カサンドラは自室に戻るとトランクをひっくり返して装備を整える。
剣を置いて巨大な刃がついたハルバードと重厚な一撃を与えることのできるメイスを背中に担ぐ。秘密の部屋の入り口をこじ開けるため、シンジケートを作っていたときに物資としてもらったダイナマイトを何本かひっつかむ。準備が完了したカサンドラは自室を飛び出した。
――1993年5月 血文字現場
「ロン、だめだ、止まって。スネイプとフリットウィック先生だ」
「何してるんだあの二人……?」
状況は最悪だった。カサンドラを探してホグワーツ中を駆けずり回っていた2人は、スネイプとフリットウィックの話を聞いた。秘密の部屋に、ロンの妹が連れ去られてしまったのだ。
「――なんとも、哀れなことだ。カサンドラとマクゴナガルはこのことは?」
スネイプが言う。
「ええ、知ってます。……彼女の家族にフクロウ便を出します。こんなこと……あっていいのですか……?」
フリットウイックの絶望したような声が、やけに響いた。その時、カツカツと廊下を歩く音がして、ロックハートがやってきた。
「失礼! 状況が悪化したと聞いたのですが……聞き間違いですかね?」
「ああ」
スネイプは薄ら笑いを浮かべる。
「流石は英雄……持っているものがあるということですな。ロックハート先生。本のタイトルを考えた方がよろしいかと」
「ど、どういうことです?」
「ロックハート先生はいつもおっしゃっておられましたな」
フリットウィックが芝居がかったような、馬鹿にしたような口調で言う。いつも優しげに生徒に話す彼しか知らないロンとハリーにとって、少しだけショックだった。すぐに、ロックハートがそれだけやらかしていたことに気付いたが。
「いつも、いつも、秘密の部屋の入り口を知っていると、化け物の倒し方も全てわかっていると、そうおっしゃっておられましたではありませんか。今こそ、望みを叶える時ですぞ」
「し、しかしですな…」
「ロックハート先生。今こそ実力を発揮する時ではありませんかな。ダンブルドア校長のやってきたことは今年一年無駄だったと、私に任せてくれれば全て問題なく事態は収束していたと……吾輩、何度も耳にしましたぞ」
スネイプの圧力に、ロックハートは屈した。
「……そ、そうですな。では、支度をしないと」
ロックハートはそう言うと踵を返して走り出した。
「ふん。厄介払いはこれですみましたな」
「ええ。では、我々は自分の寮を。対応の指揮は……」
「マグゴナガルに任せましょう」
「おや? 次期校長と呼ばれて嬉しそうだったではないですか」
スネイプは肩を竦めた。
「気分がよかったのも、野心があることも否定しませんがね、実力もないのにその座につけば『ああ』なると学べましたのでな」
「おお、確かに彼は素晴らしいですな。反面教師として」
「左様ですな。では」
「ええ」
2人はお互いに軽口を言い合って、わかれた。
ロンは茫然と、その文字を見つめる。もう一刻の猶予もない。カサンドラを探している時間さえ惜しい。
「ロン、ロックハートに化け物の正体を伝えに行こう」
「行って、どうするんだ……。そうだ、カサンドラ! カサンドラに言えば全部解決だ!」
ロンは嬉しそうに言うが、ハリーはその案は首を振らざるを得ない。
「でもどこにいるかわからないよ。ロックハートの部屋ならここから近いし……」
「でも、あいつはへっぽこだ!」
「やるしかないんだ。本当に嫌だけど……。それに最悪……僕とロンがいれば、多分、戦力にはなると思う」
「……絶対、うまくいかないぞ。でも、やるしかないか……」
そうロンは言うが、凄まじい速度で駆け回るカサンドラを探し回るよりかは遥かにマシだと感じた。ただカサンドラを探して時間を浪費するよりかは、はるかにいいはずなんだ。
――1993年5月 ロックハート居室
――ハリーとロンは最後の希望とばかりにその扉を開いた。
「ロックハート先生! 大変なんです、秘密の部屋の化け物は、バジリスク……なんです……」
ハリーは途中で尻すぼみになった。何せ、今から化け物退治に行くと宣言したはずのロックハートは、今すぐにでもホグワーツから出て行くとばかりに大急ぎで帰り支度をしていたのだ。衣服、本、そして部屋中に飾られた顔写真。それら全てをトランクに詰め込んでいた。
「ああ、やあ、2人とも。こんなときに何か御用かな?」
「御用かな、って……。秘密の部屋の入り口は? バジリスクの倒し方も、知ってるんですよね?」
ロックハートは目を見開いて驚いた。
「バジリスクですって? なんて恐ろしい……。やはり、私の決断は正しかった。非常に残念ですが、化け物退治は私の職務管轄外ですよ」
「そんな。そんなこと言う先生なんて聞いたこともない! 先生、闇の魔術に対する防衛術の先生でしょ?」
「その通り!」
ロックハートは大仰にうなずいて言った。
「ハリー、あなたが言った科目名の中に一文字でも、化け物、もしくはバジリスクという言葉はありますかな? ないようですね。それが答えです」
「でも先生! それじゃ、それじゃ僕の妹はどうなるんだ!」
ロックハートは苦々しい顔をした。ハリーはその顔が演技のように思えてならなかった。
「残念ですがおそらくもう手遅れです。バジリスクは見るだけで対象を殺せる魔法界でも特に危険な生き物です。私やあなたたちを殺すのに1秒もかからないんですよ? 挑むだけ無駄です」
ハリーは杖を取り出した。
「――たくさん冒険していたんですよね? あれほど僕らに演劇をさせるくらい、素晴らしい功績を挙げていたんですよね!?」
ハリーは恫喝するように言うが、ロックハートは涼しげな顔で、力なく笑うだけだった。
「功績、功績、功績か……。ふふふ。――ハリー。君はマグル育ちだね。なら昔の本は読んだことあるかな?」
「……何が言いたいんですか」
「なに、昔の本もバカにできないということさ」
ロックハートは杖を取り出し、ゆっくりと魔法で文字を描いた。手練れの魔法使いなら誰でもできるその魔法さえ、ロックハートは拙かった。
『自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述』
「……なんですか?」
「いわゆる、ロビンソン・クルーソーだよ。知らないかい? そうか。古い本だからね……。この小説が発表されたとき、著者名になんて書いてあったと思う?
そう、『自筆による』。つまり、ロビンソンクルーソー本人が書いたと、そう宣言したのですよ」
ハリーはロックハートの言ったことが信じられなかった。理解できてしまったがゆえに、信じたくなかった。
「……まさか、全部作り話だったんですか!?」
「ちっちっち。私がただ300年も前のマグルの真似をすると思いますか? 私の著書は全て実話です。それは間違いありません。違うのはそう、誰が成し遂げたか。それだけです」
「手柄を横取りしたの!? 信じられない!」
ロンは嫌悪感を丸出しにして叫ぶ。
「いいですか、ロン。小太りの中年がヴァンパイアを倒したって誰も喜ばないんですよ。ハンサムが苦労しながらも強大な敵を倒す。いつの世だって、それがメジャーで、人気なのです」
「……ロックハート、あなたが全部考えたの? その剽窃を」
「そうですね。私の家には古い本がたくさんありましたからね。アイデアを発展させるだけでよかった。あなた方が思っている以上に簡単でしたよ。ハリー、あなたや私に群がる群衆を思い出してください。彼らの演技をするのです。
『ああ、流石は素晴らしきお方だ! あなたほどの英雄には会ったことがない、是非ともお供させてください!』
彼らはいつだって私のように称賛されることを望んでいました。すぐに『一番弟子』だの『相棒』だのと呼んでいただけましたよ」
ハリーは嫌悪に顔を歪める。人の心の隙間を突いた、悪辣な手口に反吐が出そうな思いだ。
「そんなことを、ずっとしてたんですか」
「その通りです。もちろん、事実に違いがあってはいけません。なので、冒険を見届けたあとは、彼らの目の前で冒険録を書き上げ、添削をしてもらうのですよ。一つ一つ、思っていたことに間違いがないか、見ていたもの、聞いたこと、話したことに誤解がないか。本人の添削が終われば、あとは手柄をいただくだけです。こんなふうに『オブリビエイ――』」
「『エクスペリアームズ! ――武器よ去れ!』」
ハリーはほとんど反射だった。ロックハートの話に聞き入っていて、凄まじく反応が遅れた。あと一瞬気付くのが遅かったら終わっていた。
「――嘘だろ……ロックハート、それ、闇の魔法使いのやり方だぞ!」
ロンは茫然としていた。確かに忘却呪文は闇の魔術でもなんでもない。だが、さっきのロックハートは手慣れていた。どんなヘボよりも下手な魔法しか使えないのに、忘却呪文だけは教師相応だなんて、それはまるで、罠のような悪辣ささえ感じられた。
「……今のを喧伝しますか? 別に構いませんよ。ハリー、名声は確かに一夜で崩れ去る危険があります。しかし、一定の人気を保っていれば致命傷さえ無傷にすることができます」
ハリーは吹き飛ばした杖を拾い、その杖をロンに渡した。
「ロン、折って」
「任された」
ばきり、と叩き折られた杖を前にしても、ロックハートは少しも動じなかった。
「私は諸君ら学生と違うのでね、今週末にでも新しい杖を買うことにします」
「今週末を迎えられるかどうか、試してみる?」
ハリーはロックハートに杖を向けたまま言う。
「ついてこい。本物の英雄にしてあげる」
ハリーの目は、ほんの少しも笑っていなかった。
――1993年5月 秘密の部屋 入口
ハリーとロンはロックハートを小突きながら三階女子トイレ、つまりマートルのトイレに向かっていた。三階の廊下に差し掛かったあたりで、廊下を震わせるほどの爆発音がマートルのトイレから聞こえた。ロンとハリーはお互いに顔を見合わせる。
「……継承者かな」
「ロックハート、前を歩いて」
「しかしですな、私は杖を折られてしまってもはやマグルとそう変わらないんですが」
「マグルなら! カサンドラと同じことできるだろ」
ロンは無理くりロックハートに前を歩かせる。ロックハートは恐る恐るだったが、それでも前に進んだ。もはや、半ば諦めているのかもしれない。
「……おったまげー」
女子トイレを覗き込むと、そこはロンの知っているマートルのトイレではなかった。トイレのそばではマートルが蹲って泣き続けていて、トイレの中心にあった洗面台がまるまる吹き飛んでいる。そして、爆破された洗面台跡地には、いかにもな大穴がぽっかりと、口を開けていた。
「あれが、秘密の部屋の入口? てかこれカサンドラがやったの?」
「あの人もしかしてダイナマイトでも持ち込んでたの? ホグワーツに?」
信じられない。ハリーは泣き続けているマートルの側によると、腰をかがめて話しかけた。
「大丈夫、マートル」
「ひどい、ひどいわ。あの人、どんなに話しかけても無視するし、私のトイレの洗面台を吹っ飛ばすし……。最低よ、あの人……ひどい、ひどいわ……」
全く話にならなかった。ハリーは力なく首を振ると立ち上がり、大穴の側による。
ぽっかりと空いた大穴はしかし、真っ直ぐに地下まで伸びていた。光が届かないせいで下がどうなっているのかはわからない。
「これ落ちたら死んじゃうかな」
「いや……」
ハリーはしばらく考えて、うなずいた。
「大丈夫だよ。空を飛ぶ魔法は学生に使えるものじゃない。だから、ここの高さは継承者……小さな子供が飛び降りても生きてる程度でしかないはずだ」
「よし、確かめよう」
ロンは興味深そうに穴を見ていたロックハートを後ろから突き飛ばした。
「ロン! 何やってるの! 頭から落ちても無事だなんて言ってないよ!」
「頭から落ちないようにしただろ? それに、闇の魔法使いだぜ、あいつ」
ハリーはげんなりした。闇の魔法使いなら死んだっていいのか?
「ロン、ニックのこと悪く言えないよそんなんじゃ」
「う……。ごめん、気をつける」
ならいいけど。と言ったところでロックハートの呻き声が聞こえた。
「大丈夫そうだね。じゃあ、僕から行くよ」
ロンが恐る恐る、ジャンプして穴に落ちていった。
「……よし。マートル。秘密の部屋の怪物、倒してくるね」
「ひどい、ひどいわ……。え? ハリー、今あなた、なんていったの? 倒してくれるって言った? あの怖いのを?」
「あんまり期待しないでね」
ハリーは飛び降りた。
浮遊感をしばらく感じたと思ったらどうやら半ばから傾斜になっているらしく、ハリーは骨折も怪我もなくパイプの出口にたどり着くことができた。
「ロン? ロックハート?」
ハリーは2人の名前を言いながら、秘密の部屋の入り口を歩く。床は白い骨で埋め尽くされている。凄まじい時間、ここで化け物が過ごしていた証拠だ。さらにしばらく歩くと、半透明の蛇がいた。いや違う。蛇の抜け殻だ。顎の下から鼻先の高さがハリーよりも高い。全長はどれくらいだろうか。クィディッチアリーナの端から端まで? ホグワーツの廊下くらい? とにかく長かった。ハリーは抜け殻を通り過ぎてもまだ見えない2人に、怖くなった。もしかしたら2人とも殺されちゃったんじゃ。
「ロン! ロックハート!!」
ハリーは杖を取り出して駆け出した。
「動くな」
そして、その背中に声がかかった。
ハリーは動きを止めて、ゆっくりと振り返る。
「……ロックハート!」
「先生をつけなければなりませんよ。私に先生でいてほしいなら。先生は生徒を守るものですからね」
「ロックハート先生」
ロックハートはロンの首にナイフを突きつけていた。もう片方の杖腕には、ロンの杖がある。魔法がなくても首のナイフは何より脅威だった。
「どこにいたんですか」
「蛇の抜け殻に隠れていたんですよ。決闘クラブでは教えませんでしたが……。後ろを取れるなら取るべきなのです。そして、子供一人で大人を見張っていられるとも、思わないことです」
ハリーは杖を振り上げる。
「杖は、ダメですよ」
ぷつり、とナイフの切っ先がほんのわずかにロンの首の皮を切った。
「ひっ」
ロンは小さく悲鳴をあげる。ハリーは慌てて杖を下ろした。
「……ロックハート先生、どうすればロンを解放してくれますか」
「ふふふそうですね、悪役ならここで跪いて詫びろとでも言うのでしょうが……私は悪役ではなく、英雄です。有名人なのですよ。さあハリー。杖を置いて私のそばにきなさい。何もかも忘れて……そうですね。秘密の部屋の怪物は倒せたものの、その恐怖に哀れな下級生2名は正気を失い、赤子のように退行してしまう……。劇的だ。それがあのハリー・ポッターならなおさらです! 次の本のタイトルは決まりですね。
『ハリー・ポッターとロックハートの栄光』!」
ハリーは仕方なく従うことにした。
「杖をしまうんじゃダメかな。その、床は汚いし」
「構いませんよ。引き抜くより、お友達の首から血が出る方が早いですし」
ハリーは杖をしまって、ゆっくりと歩き始める。
「さて、最初はハリー、あなたです。記憶に別れを告げるがいい。オブリビエ……」
ロックハートは杖を振り上げたまま、固まった。みるみる顔を青くして、小さく震える。そして、茫然と、呟くように言った。
「……か、カサンドラ……」
「ギルデロイ」
弓を構えたカサンドラが、暗闇から現れてハリーの隣に並ぶようにして立った。
「死ぬ覚悟はできたか?」
その声は、隣で聴いてるハリーでさえ竦み上がるような冷たさを持っていた。
「や、やあカサンドラ。どうしてここに?」
「秘密の部屋の化け物を始末するためだ。だが――」
「それは重畳! 私も同じ目的で――」
「――今は、お前を殺すためだ」
ロックハートは黙った。
「な、何故ですか? よく考えてください。なにも彼らを殺そうと言うわけではありません。記憶をなくしてもらうだけです。そして、あなたにも」
「記憶は、その人そのものだ。それを奪えば、その人はその人でなくなる。すべてを奪うというのなら、殺人とどう違う」
カサンドラは一歩も譲らない。
「私を殺せば! 沢山の恨みを買うでしょう。なにせ私は有名人だ。沢山の魔女、そして私を信じる善き人たちがあなたの敵に回るんですよ」
「それがお前を殺さない理由になると思っているのなら、見当違いだ」
カサンドラが弓を引き絞る。
「こ、このナイフが見えないのですか。ほんの少しでも動けば彼は死ぬのです!」
「それも違う」
カサンドラは断言する。人間の首には太い血管が通っているのは事実。それを傷付ければ死ぬのも事実。だが素人が一瞬でできるかというとそれは違う。現に今ロックハートがナイフの先端を突きつけているのは頸動脈からかなり逸れた位置にある。
「――、なにがお望みです」
「お前の死だ」
「ま、待ってカサンドラ」
ハリーはあまりの恐ろしさに、つい声を出してしまった。
「ハリー。目を閉じて、耳を塞いでいろ」
「違うんだ! ロックハートは本に書かれた人の記憶を忘却呪文で消して、手柄を横取りしてたんだ!」
なるほどな、とカサンドラは言った。
「だから、ロックハートはアズカバンに入れないとダメなんだ! そうじゃないと、手柄を取られた人は、取られたままになる!」
「……なるほど」
カサンドラは小さくつぶやいた。
「そ、それに僕たちの目の前で人殺しなんて、そんなのやめて!」
それは、すべての理屈をすっ飛ばした本音だった。
しかし、いまのカサンドラには決して無視することはできない感情だった。
「……わかったよ。じゃあ、こいつはボコボコにすればいいんだな」
一瞬、カサンドラは弓の照準をロックハートから外す。
「『オブリビエイト――忘れよ』」
「!!」
カサンドラは弓を構え直す。
「ダメ!」
ハリーはカサンドラに抱きつくようにして突き飛ばす。照準はぶれず、数歩ほど動かされた。射撃がコンマ数秒遅れる。
そして、すべての記憶を消しとばす呪文が。
ロックハートに逆流した。
――
「バカなことを。てっきりその杖でもまともに使えるのかと思ったぞ」
「――カサンドラ。これは死なのでしょうか」
「ああ、そうだ。人を人たらしめる物を、お前は奪い続けてきた。その報いだ」
「私は……最後の最後まで、名誉欲が忘れられませんでした。抑えられなかったのです」
「お前は優れた役者だったよ。いい作家だった」
「それでは我慢できなかった。『私』を褒めて欲しかった。ダンブルドアに、世間に、魔法省に、そして、何よりあなたに」
「私は、いつもお前を凄いと思っていたよ。才能があると思っている。真実を知った今でもな」
「……それを、もっと早くに知っていれば。いえ、きっと変わらなかったでしょう。思い返せば、あなたが私の才能を疑ったことはなかった。――まっさらになった私は、どんな選択をするのでしょう。カサンドラ、もし私が同じことを選んだら……」
「その時は、今度こそ始末してやるよ」
「……それだけが、救いです」
「――お前の死は誰にも知られることはない。だが、私だけはお前を覚えておいてやる。
――大地よ。全ての母よ、祝福を」
――
ロックハートは自分の魔法に吹き飛ばされて壁に激突した。
「……バカな男だ」
カサンドラは弓をしまってロックハートを……。いや、ロックハートだった誰かを見つめる。
その時、わずかに天井が揺れる。激突の衝撃で、地下室のバランスが崩れたのだろう。まるで道を分断するかのように、天井が崩落してきた。カサンドラは隣のハリーを抱き抱え、自分が来た方向――秘密の部屋の方向へと飛ぶ。
しばらく、土砂や岩、柱のかけらが降り注ぐ音がした。
揺れが収まったころにカサンドラは顔をあげ、立ち上がる。
――すっかり道は塞がれてしまっていた。
「ロン! 無事か!」
「こっちは大丈夫! そっちこそ無事!?」
「僕は大丈夫! ロンはロックハートを見てて!」
ハリーはそう言うと、奥に向かって歩き出した。
「ハリー」
「行くよ。だって、他に道もないし」
カサンドラはため息をついて、歩き始める。ハリーを連れていかねばならない事態になった運命を呪いながら。
その人格を構成する全ての記憶が綺麗さっぱり消えることを、本作では死に等しいとしています。