【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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真似妖怪退治

――1993年9月 ホグワーツ ハグリッドの小屋

 

 カサンドラはクルミの殻を指で挟むようにしてパン、と割る。中の実を取り出すと、口に運ぶ。

 

「――それで、そこまで飲むほどのミスをやらかしたのか?」

 

 ボロっちいソファに深く腰掛け、リラックスした様子で、カサンドラはハグリッドに声をかける。彼はもう何本目かになるスコッチ・ウイスキーの瓶を開けている。

 

「ああ、そうだ。俺はクズだ、ダメな先生だ……」

「そう落ち込むな。最初なんだ。完璧とはいかないさ」

 

 慰めながら、カサンドラは苦笑する。このずんぐりむっくりとした大きな友人は時々信じられないくらい気弱になる。

 ただまぁ、気持ちはわかる。ハグリッドの記念すべき人生初の授業がグリフィンドール、スリザリンの合同授業だったのだ。この時点で嫌な予感はする。カサンドラとしてもできることなら避けたいだろう。そして、ハグリッドは世話の初歩を伝えるための魔法生物にヒッポグリフをチョイスした。カサンドラとしても始末するのに手こずりそうな、空が飛べる馬のような魔法生物である。それなりに扱いの難しい生き物だが、手順を守れば無害。そんな生き物だ。ハリーがうまく手懐けて安心していたら、スリザリンのホープ、ドラコがヒッポグリフを挑発し、その鉤爪の餌食になった。そして、ハグリッドは最初の授業でけが人を出してしまったと落ち込み、浴びるように酒を飲んでいるというわけである。

 

「俺は大馬鹿なんだ。冷静に考えりゃわかる。なんで俺はバックビークを最初の授業に選んだんだ……。俺はハリー達なら大丈夫だと思っとった。だが俺はもうハリー達や俺と親しい奴らのことだけ考えりゃいいわけじゃないんだ……。それをすっかり忘れちまってた。大馬鹿野郎だ。レタス食い虫にするべきだった!」

 

 またハグリッドはまた酒を煽る。カサンドラは窓から外を窺う。そろそろ日が落ちる。今年はブラックの件もあって夜間の外出はかなり厳しい。そろそろ巡回に戻るべきだろう。

 

「そう深く考えるな。生徒にけが人が出たのはマズかったかもしれないが、挽回はできる」

「挽回、挽回か……」

 

 ハグリッドは不安を振り払うように酒を飲み干した。追加の酒瓶を開けようとしたところで、小屋の扉が開いてハリー達三人がやってきた。

 

「ハグリッド!」

「おお。挽回なぁ。新記録だろう。挽回する間もなくたった1日で首になる先生なんて」

 

 ハグリッドはかなり深酒しているらしい。ハリー達は時間ギリギリだ。それでも叱らないあたり、かなり酔っている。

 

「ハグリッド、首になったの? カサンドラ、本当なの?」

「いや、まだだ。それより三人ともとっとと帰れ。今年の夜間外出は厳しい。50点は減点されるぞ。もちろん私が今までのように先生に黙っているとは思わないことだ」

「それより! ハグリッドは大丈夫なの?」

「まだ首は繋がっとるよ。だがなぁ、ハリー、俺は飛ばし過ぎたんだ……。理事達にも当然話は行っとる。マルフォイの傷が、ああ、本当に腕で良かった……もし死んどったら俺はマルフォイの親父さんになんて詫びを入れれば……」

 

 ぐびり、と一口で瓶の3分の1は飲み干したハグリッドに、ハーマイオニーが悲鳴を上げた。

 

「そんな飲み方危ないわ! 本で読んだもの! スコッチ・ウイスキーは度数が40もあるのよ!」

「そんだけしかねぇんか……」

 

 ハグリッドはさらに酒を煽った。慌ててハーマイオニーが酒瓶をひったくった。

 

「ダメ! ハグリッド、酒に逃げてる場合? 次の授業のこと考えなきゃ!」

「次からはレタス食い虫の飼育だ。もう決めた。今年一年はずっとそうだ。学年関係なしに」

 

 それはハーマイオニーにとって死の宣告に近かった。なにせレタス食い虫というのはレタスを与えていれば勝手に育つような、ロースクール前の子供でも飼えるような生き物なのだ。それを1年間?

 

「だ、ダメよ。ハグリッド、思い直して! 私、この前の授業良かったと思うわ。マルフォイが悪いのよ!」

「教師がそんなこと言ってられると思うんか、ハーマイオニー……」

 

 ハーマイオニーは黙った。

 

「ざ、座学中心にすればいいのよ!」

「わかったわかった。わかったからそう叫ばんでくれ……」

 

 そのままハグリッドはテーブルに突っ伏し、寝息を立て始めた。

 

「……もういいだろう。ハグリッドが良い教師になるか、そうじゃなくなるかはこれからにかかってる。送っていく。もうこんな時間にこんなところに来るなよ」

 

 カサンドラは三人を連れて小屋を出る。

 

「でもさ、カサンドラ。マルフォイが悪いんだ。あいつ、するなって言われたことをしてヒッポグリフを怒らせたんだ」

「その上で起こったことに責任を取る。それが大人というやつだ。危険な物を取り扱う授業をするっていうことはそういうことだ。スネイプは怖いだろう?」

 

 カサンドラが言うと、三人とも頷いた。

 

「甘い顔をするわけにはいかないんだ。体に入る物を取り扱うってのはそういうことだ」

「……ってことはカサンドラ、次からハグリッドは怒鳴りながら授業するのかよ? そんなのやだぜ僕」

 

 ロンの言葉に2人は同意するように頷くが、カサンドラはそれくらいが丁度いいとすら考えていた。

 

「そういうやり方もあるってだけだ。ただ、どんな風に変わってもあいつはあいつだ」

 

 カサンドラはグリフィンドールの寮まで三人を送り届けた。

 

――1993年9月 ホグワーツ職員室

 

 カサンドラはソファで今年の闇の魔術に対する防衛術の教科書を読んでいた。

 

「なぁスネイプ。この教科書、やけに生き物についての記述が多くないか?」

「ルーピンは自分がなんの科目を担当しているのか理解していないようだな。ハグリッドの席でも狙っているのだろう」

 

 同じように肘掛椅子に座って魔法薬学の本を読んでいるスネイプがカサンドラの方を見ずに言った。

 

「まいったな。もっと実践的なことをやるもんだとばかり」

「そうされるべき科目ではある。形骸化して久しいが」

「なるほどな。好きにやっていいと言われてるし、少し教科書からずれたことも教えてみるか……?」

「その前に、人狼について生徒達に教えるべきではないかな。394ページだ」

 

 スネイプの言葉に、カサンドラはため息をついた。ページをめくる。

 

「お前そりゃないだろう。生徒達に気取られたらどうする」

「これはこれは」

 

 スネイプは意地悪く笑った。

 

「生徒を守る警備員らしからぬ発言だ。人狼は制御されなければ危険なのだ。特にホグワーツは生徒達が悪ガキで固められるのもあって、思わぬ時に、思わぬ場所に沸いて出る。ふと満月の日に人狼と化したルーピンと出会えば、それで終わりだ。ゆえに、知識は与えるべきではないかな」

「……まぁ、言うだけは言ってみるよ。丁度ブラックの件もある。夜に出歩くのがいかに恐ろしいか、たっぷり語ってやるとするか」

 

 スネイプは心底楽しそうに笑った。

 

「それは良いですな。せいぜい煽ってやるといい」

 

 くっくっく、と実にスネイプは愉快そうだった。

 

「……そういえば数日前、ハーマイオニーが理不尽に減点されたと泣きついてきたんだが、スネイプ、何か知ってるか?」

 

 数日前カサンドラの居室にハーマイオニーが泣きついてきたのだ。曰く、ネビルの手助けをして魔法薬を完成させたらほめるどころか減点された、と。

 

「理不尽? ほうほう、彼女はそう言ったか」

 

 カサンドラの質問に、スネイプは意地悪く口角を吊り上げる。根はいいやつなのは間違い無いのだが、時々信じられないくらい意地悪く、いじめっ子みたいなことをする。ハーマイオニーの言葉が気に食わないのか、ネビルをいじめたいのか。

 

「カサンドラ。たしかに吾輩ネビル・ロングボトムをいびっていることは間違い無い」

「なんだそりゃ。やめてやれよ」

「万が一にでも、魔法薬学を高学年になっても受講されては困るのでな。……しかし、あの小娘がでしゃばりであるということは間違い無く真実だ」

 

 カサンドラは本から視線を外し、立ち上がってスネイプの椅子まで歩く。

 

「詳しく聞かせてくれ」

「ふむ、実に簡単な話だ。13歳にもなって家族にしてもらうよりも手厚く手伝ってもらって作った魔法薬はいったいなんの学びになるのか、という話だ」

 

 カサンドラは腕を組んだ。

 

「それは……難しいな。ロングボトムはそこまで落ちこぼれなのか」

「実に、その通り。ペットの命が掛かっているとわかれば少しはやる気を出すかとも思ったのだが、あの小娘が全て台無しにしてくれた。吾輩がそばで見ているというのにネビルの耳元にささやいて。気づかれないと思っているのが実に腹立たしい」

「ペットを人質にしたのか? 萎縮して余計にうまくいかないだろう」

「それならばそれで結構。縮み薬の失敗作でペットが死ぬと思い込むような知識で魔法薬学を受講してもらうわけにはいかん」

 

 カサンドラはお手上げだとばかりに手をあげた。

 

「やっぱり教師はよくわからん」

「何をおっしゃる。その教師なのだぞ、お前は。たとえ臨時でも」

「月数回でも気が重いよ」

 

 カサンドラとスネイプが話していると、バタン、と職員室の扉が開いて、ルーピンが入ってきた。その後ろに、グリフィンドールの生徒がゾロゾロとついてきた。ルーピンは真っ直ぐにガタガタと揺れるクロゼットにむかう。どうやら今朝何かが侵入したという先生用クロゼットに用があるらしい。

 スネイプは顔を嗜虐の笑みに染めて、立ち上がった。

 

「これは、これは。ルーピン先生」

「あ、ああ。スネイプ先生。今朝話していた件です。こいつを教材にしようかと」

「ええ、素晴らしい。最初の授業としては上々ですな。同じことを去年の教師もなさっていた」

 

 スネイプが言うと、グリフィンドール生はハリー達三人を除いて一気に不安そうな顔になった。

 

「ま、まぁ失敗することはありませんよ」

「いえいえ。万が一ということもあるでしょう? ルーピン先生、もしあの大男のような失敗をしたくないのでしたら、ネビル・ロングボトムにはどんな小さな課題でもさせるべきではありませんな。たちまち授業を台無しにしかねない」

 

 ルーピンはスネイプの言い方にムッとなって言い返した。

 

「ご忠告感謝します。しかし私はロングボトムに実習のお手本となってもらうつもりですよ」

「それは、恐ろしい。吾輩、ここが惨事になる前に退散させていただく。カサンドラも、我が身が可愛ければ離れるべきと、提案させてもらう」

 

 陰気な男は黒のローブを揺らしながら職員室から出て行った。

 

「どうしますか、カサンドラ」

「いや、見学していく」

「結構」

 

 ルーピンはグリフィンドール生を見回した。

 

「さて……このクロゼットにはとある化け物がいます。――おっと、その物騒なものをしまって、カサンドラ」

 

 視界の端でレオニダスの槍と剣を構えたカサンドラを制すると、ルーピンは続ける。

 

「真似妖怪、ボガート。知っている者は?」

 

 グリフィンドール生は全員がハーマイオニーを見た。彼女は当然とばかりに高く手を挙げていた。

 

「どうぞ、ミス・グレンジャー」

「はい先生。ボガート。最たる特徴は相対した人間の最も恐れるものを真似て脅かす妖怪です。人に見られている時は真似をしているので、真の姿を見た者は誰もいないと言われています」

「素晴らしい! もう教科書を開く必要はないね。ではなぜその魔法生物をこの授業で取り扱うか。過去の事例に闇の魔法使いがボガートを使役した記録があるからだ。さて、恐怖とは、まさしくとても恐ろしい。その最も恐れるものにボガートは変身する。ボガートの危険度は人によって違う。鼻歌まじりに撃退できる者もいれば、恐怖のあまりに立ち向かうことも忘れてしまう者もいる。

――しかし、不安がることはない。なにせ諸君らはもはやボガートに絶対的有利な状況に身を置いているのだから。なぜかわかるかい? ミスター・ポッター」

 

 ハリーはしばらく考えたように視線を彷徨わせる。

 

「はい。誰に変身するか迷うからですか」

「その通り! ボガートは複数人と同時に遭遇すると誰の恐怖に変身するべきか迷い、ちぐはぐな変形をする、頭がドラゴンで頭から下が巨大ななめくじの不思議生物を恐る人間はいない。むしろそのへんてこな変身が可笑しくって笑みさえ浮かぶだろうね。

 

 ――そして、その笑みこそ、ボガート退治において重要なんだ。ミスターロングボトム。君、怖いのは何かな」

「……イプ」

 

 ん? とルーピンは再度促す。

 

「スネイプ先生」

「あー……うん、彼は怖いね。とても。実によくわかるよ。切実に。じゃあ……そうだね、ミスターロングボトムはおばあさんと暮らしているよね」

「ばあちゃんも怖い」

 

 クラスが笑いに包まれる。

 

「うん、うん。世の中、怖いことだらけだ。さてロングボトム。おばあちゃんはどんな格好をしている? 強くその格好を思い浮かべて。ああ、口に出さなくていいよ、すぐにわかるから。

 さて、では……その恐ろしいおばあちゃんが着ている服を、恐ろしいスネイプ先生が着ている光景をはっきりと思い浮かべて……」

 

 ネビルの眉からシワが少しとれる。恐怖が和らいだらしい。

 

「そう、そう。じゃあ、あとは簡単だ。みんな、一緒に練習しよう。リディクラス!」

「リディクラス!」

 

 ルーピンは満足そうに頷くと、クロゼットの封印を解いた。真っ黒なクロゼットの中から、先ほど職員室から去ったばかりのスネイプがいつもより威圧感マシマシで歩いてきた。

 

「ミスターロングボトム、貴様のようなグズには吾輩お会いしたことがない」

「ひっ……」

「ロングボトム!」

 

 ルーピンの声に、怯えきったネビルははっとなって、覚悟を決めて言った。

 

「り……リディクラス!」

 

 ひゅおん、と音がしてスネイプがのけぞる。するといつもの黒いローブはピンク色のナイトキャップにネグリジェという珍妙不可思議な格好に変化した。クラス中がクスクス笑いに包まれる。

 

「じゃあ、次々行こう!」

 

 生徒が立ち代わり入れ替わり、ボガートを攻撃していく。

 

 マミーに変身したかと思えば全身の包帯がトイレットペーパーになり。

 蜘蛛に変身したかと思えば足にローラーを嵌められて無様にダンスすることになる。

 ボガートは散々変身させられたあと、疲弊したように変身の精度を下げていく。

 

「……もうそろそろいいかな。最後にカサンドラ、どうかな」

「私が? 魔法は使えないぞ」

「この撃退法で最も大事なことがひとつあってね。実は魔法を一つも使っていないんだ。嫌なら構わないけれど、どうかな?」

 

 ルーピンは善意で言っているのだろう。ボガード退治授業の体験というわけだ。カサンドラはゆっくりと歩き出す。憮然と立ち、腕を組む。長い人生を歩んできた。一体何に変身するのか……。

 

「――ポイベー!」

 

 床に倒れ伏す、10歳くらいの女の子が現れた。格好は上等だが、胸から血を流して倒れている。生徒たちが息を飲む。カサンドラは平静を失い、思わず駆け寄ろうとする。その寸前、踏みとどまった。

 

「ああ……そうか。クソッ。リディクラス!!」

 

 カサンドラが叫ぶと、死んだように倒れていた少女、ポイベーがガバリと上体を起こし、悪戯だよ! ひっかかったね! とばかりにカサンドラを指さしてケラケラと笑った。楽しそうに、幸せそうに。そして、それがボガートの最後だった。ポン、と音を立てて消えてしまった。カサンドラの顔には、懐かしむような笑みが浮かんでいた。

 

「あー、うん、よくやったね。その、すまなかった」

 

 ルーピンはデリカシーのないことをしてしまったと素直に謝る。

 

「いや……いいさ。たとえ真似妖怪でも、懐かしい顔ぶれと会えた」

 

 カサンドラはそういうと、脇に移動した。

 

「――ボガートの恐ろしさ、退治の方法、よくわかってくれたと思う。ボガート退治に成功した子達は1人1点ずつ、ハリーとハーマイオニーは知識を示したために1人1点だ! では宿題だ! ボガートが実際に現れ、ボガートが巻き起こした事件について調べておいで。羊皮紙一巻き! 今日はおしまい!」

 

 そのとき、チャイムが鳴った。グリフィンドール生は楽しそうにお喋りしながら、職員室から出て行った。

 

「重ね重ね済まない。生徒達にはああ言ったが……。あの妖怪は歳を重ねるごとに、脅威度が増すタイプの特殊な妖怪なんだ」

「だろうな。5歳児なら出てくるのはせいぜいガミガミ怒る母親くらいだろうが……ダンブルドアなら、どんな恐ろしい化け物になるか」

 

 ルーピンは頷いた。

 

「ハリーはきっと例のあの人だ」

「いや……案外私かもしれんぞ」

 

 カサンドラは去年、ウィーズリーの末の妹、ジニーに死ぬほど嫌われて、ヴォルデモートの記憶に協力するほど恐れられていたことを思い出す。仲良くなれると思っていただけに、思い出すとすこしショックだ。

 

「そ、そうなのかい?」

「ああ。ハリーの目の前で結構殺したからな」

「……2人ともどんな学生生活を送ってるんだ?僕らの時でも2年の時は大人しかったぞ」

「まぁ色々あるんだ。それで、授業はあんな感じでいいのか」

 

 ルーピンは頷いた。

 

「ああ。指導要領は見なくていい。君のやり方で構わないよ」

「ありがたい。ハーマイオニーを選ばなかったのも似たような理由か?」

「そうだね。知識のある子は何を恐れるかさっぱりわからないからね」

 

 そこまで心配する必要はあるだろうか。きっとハーマイオニーの真似妖怪はマクゴナガルだ。それで『ハーマイオニー・グレンジャー。あなたは留年です』とでも言えば彼女は気絶するだろう。

 

――1993年9月 ホグワーツ廊下

 

 今年の『闇の魔術に対する防衛術』授業の評判は上々だ。カサンドラは占い学が行われている尖塔の近くを歩きながら周囲を見張る。外の出入口は吸魂鬼が固めているが、奴らは逃げられた前科がある。油断はできなかった。

 真似妖怪の次はレッドキャップ、その次は河童とずいぶん多岐にわたる生き物を教えているらしい。

 

「見ろよカサンドラ。うちの屋敷しもべ妖精の方がよほど綺麗だ」

 

 授業が終わったらしいマルフォイが遠くを歩くルーピンを見て嘲笑う。その腕にはミイラのようにぐるぐる巻きにされた包帯が巻かれていて、腕を吊っている。

 

「腕はいいのか、マルフォイ?」

「いいや、まだだ。なぁカサンドラ、あのヒッポグリフは危険だ。早く始末してくれよ」

「バックビークが誰彼構わず襲い始めたらその通りにするさ。ハグリッドの授業はあれからどうだ?」

 

 マルフォイは自分の後ろを付き従うクラッブとゴイルに目配せをする。

 

「授業だって? レタス食い虫に餌をやりながら教科書を読むだけの時間が授業? ははは!」

 

 マルフォイに合わせて、後ろの2人が楽しそうに笑う。連携はバッチリのようだ。

 

「まぁ、授業をどう思うかは生徒の勝手だ。それでわざわざ私に何か用か?」

「いいや。あの弱虫ポッターから頼られていないかと思ってね」

 

 マルフォイはローブのフードをかぶり、ハロウィンで子供達がやるように「うわわ〜」と言いながら両手を揺らめかせた。今学期入ってからマルフォイ達スリザリン3年生のブーム、吸魂鬼ごっこだ。それでハリー達をからかっているのをカサンドラは何度も目にした。

 

「どうだカサンドラ」

「どうだと言われても。ハロウィンにはまだ早い」

「そういえば本当に、吸魂鬼が見えていないようだな」

「ああ。外を結構うろついてるらしいが、わたしには何も見えん」

「ふん。不幸なのか幸福なのか。まぁいい。カサンドラに護衛を頼んでないことが知れただけでよかった」

「何かあったのか?」

「おや、知らないのか? ポッター達が大騒ぎしてるものだから知ってるものかと」

「いや、知らない」

「ははは。ヤツの死が予言された」

 

 カサンドラは顔をこれ以上ないというくらいに顰めた。マルフォイの肩を掴み、逃さないというふうに問い詰める。カサンドラの思った以上に深刻そうな表情に、マルフォイは困惑する。

 

「予言? 予言だって? 誰が予言した。ピュティアが魔法界にもいるのか? そいつの権力はどんなもんなんだ。そいつを運営してるのはホグワーツか、魔法省かどっちだ。ピュティアが闇の陣営でないという確証はあるのか?」

「まて、カサンドラ、待て、落ち着け!」

 

 マルフォイは慌てて肩を震わせてカサンドラから離れた。

 

「どうしたんだ? たかが予言だ。しかもヘボのトレローニーだぞ?」

「トレローニー? 占い学の先生だったな。トレローニーがこの学校のピュティアなのか?」

「だから、ピュティアってなんだ!」

「――あー。予言者だ」

 

 カサンドラが言うと、マルフォイは鼻を鳴らした。

 

「そんな御大層なもんか。あいつは毎年適当にそれっぽいことを言うだけだ。先輩が言うには去年も一昨年も、毎年生徒の死を予言して、一度もあたったことはない。何をそんなに気にするんだ?」

「……そうか、そうなのか。いや、古代では予言者が王より強い権力を持っていたからな」

 

 カサンドラが言うと、マルフォイは楽しそうに笑った。

 

「そりゃいい! あのヘボ占い師を過去に送り込めば、トレローニーが権力者だ! トレローニーが、王様より偉いなんて! ははは! カサンドラ、ジョークのセンスはいいな!」

 

 笑わせてもらったとマルフォイは笑いながら次の教室まで向かって行った。

 

「……そんなもんなのか」

 

 カサンドラはマルフォイの様子に、ほっと胸を撫で下ろす。背後にふと視線を向けると、はるか遠くで教科書を山ほど担いで走るハーマイオニーが見えた。別の教室に向かっているらしい。

 前を向いて歩き出すと、同じようにハーマイオニーが廊下を走る姿が見える。今学期しょっちゅう見かける姿だが、良くあれで倒れないな。カサンドラはそう思うと見回りを続けた。

 




本作ではリディクラスは魔法ではなく妖怪退治用のおまじない、つまり見越し入道に対する『見越した!』と同質のものとしています。
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