――1994年 1月 グリフィンドール談話室
ハリーはそれから忙しい日々を過ごした。
学期が始まってすぐに開催されたレイブンクロー対スリザリン戦で、スリザリンが僅差でレイブンクローに勝利したおかげで、グリフィンドールは次のレイブンクロー戦に勝利すると2位にまで浮上することが確定した。そのことに狂喜乱舞したオリバーは練習を週5に増やし、内容も密度の高いものになった。あのオリバーが演説するよりも先に、箒に跨がれと檄を飛ばすほどである。無茶苦茶疲れる練習に加えて、週一回の吸魂鬼対策の訓練もあった。この訓練がクィディッチの練習5回分よりもさらに精神的に消耗するのだから、週末になるころには、ハリーはへとへとになりながら一週間分の宿題をこなさなければななかった。どう考えても激務である。ただ、ハリーは自分が不幸だとは思わなかった。ストレスを感じるが、ハーマイオニーに比べれば全然全く、問題ないレベルで収まっていた。
対してハーマイオニーは誰の目から見てももはや限界に近かった。
毎晩必ずハーマイオニーは談話室の一角を占拠し、山ほどの本、山ほどの教科書、うずたかく積まれるほどの羊皮紙をテーブルに広げて一瞬も休むことなくノートや羊皮紙にがりがりと何かを書き込んでいる。授業が終わって放課後だというのに誰とも――ハリーやロン達とも――口を利かず、ほんの少しでも邪魔されるとイライラした様子で怒鳴りつけた。新学期に入ってから、というかハグリッドからバックビークの件を聞いてからずっとこうなのだ。
「……大丈夫かな、ハーマイオニー」
ハリーは談話室でロンと一緒に宿題をやりながら言った。視線は一人だけ離れて眉間にしわを寄せながら机に向かう彼女に向いている。
「さあ。ヤバかったらさすがに誰かに言うだろ。……言うよな? どっちにしろ、どうやってるんだろうな」
「どうやってるって、何が?」
「パーシーもおんなじくらい授業選択してるけど、あんなになってないだろ? それにさ、今朝ハーマイオニーが『数占い』の先生と授業内容について話してるのを聞いたんだ。おかしくないか?」
「ハーマイオニーが先生に質問するなんて、普通のことだと思うけど」
「数占いの授業が『魔法生物飼育学』の授業と被ってるって知ってもそう思う?」
ハリーは黙りこくった。
「ハッフルパフのアーニー・マクミランが言ってたけど、『マグル学』もずっと出てるらしいよ。半分以上『占い学』と被ってるけど。ハリー、ハーマイオニーが『占い学』皆勤だって知ってるよな?」
「……きっと、秘密があるんだ」
「聞いてみようぜ」
「やめとこうよ。理由があるんだ。限界だったらきっと、ハーマイオニーから教えてくれる」
それに、とハリーは手元の羊皮紙に目を向ける。
「魔法薬学の宿題を終わらせないことには、誰かに構っている余裕はないよ」
「う……そうだな。でも心配じゃないか? 夜中でもあいつ勉強してるらしいぞ?」
「――信じよう」
ハリーだって心配だった。グリフィンドールのみんなが同じことを思っている。だが、ハーマイオニーならやり遂げると思っているし、限界なら言ってくれると信じているのだ。
……それに、今のハリーはスネイプから出された難題をこなさねばならないのだ。
教科書とにらめっこしようとした矢先、グリフィンドールの談話室にオリバーがやってきて、ハリーのほうにまっすぐやってきた。バン、と乱暴に机をたたくと、彼は悔しそうに言った。
「悪い、ハリー。失敗した」
「……何が?」
「説得の件だよ。あの素晴らしい、伝説的な、勝利をもたらす箒をマクゴナガルから奪い返せなかった」
別に奪われたわけじゃないんだけど、とはとてもじゃないが言える雰囲気ではなかった。
「でも俺の考えは間違ってない。マクゴナガル先生はイカれてる。俺が本末転倒だって怒るんだぜ。ハリーの命より優勝杯が大事だと、そう俺が思ってるんじゃないかって、そんな当たり前のことを言ってきたんだ。何をそんなに怒るんだ? 俺はただ、スニッチを捕まえた後だったなら、ハリーが箒から落ちても気にしないって言っただけなんだぜ?」
オリバーは信じられないといった風に首を振った。ハリーとロンは信じられないといった風にお互いに顔を見合わせた。それからハリーはオリバーが『冗談だ』と言ってくれるのをずっと待った。
「滅茶苦茶怒鳴られるほどのこと、俺言ったか? まぁいいや。とにかく、俺はあとどれだけ世界最高の箒を拷問にかけるのか聞いたんだ。そうしたらマクゴナガル先生、なんて言ったと思う? 『必要なだけ、長くです』って言ったんだ! ハリー、もうあの箒は獄中死が決まったようなもんだ。新しい箒を注文するといい。『賢い箒の選び方』の最後に注文書がある。それを使えばわざわざ店に行かなくても買える。ここからでも、それこそアズカバンからでもだ。
なあ、ニンバス2001とかどうだ。スリザリンと一緒のヤツだ」
「マルフォイと同じ箒なんて、僕嫌だ」
あと今のオリバーのオススメは避けたい。なんとなくだけど。
あっという間にひと月が過ぎて、グリフィンドール対レイブンクロー戦がどんどんと近づいてきた。だがハリーは『賢い箒の選び方』を開くことすらしていなかった。ファイアボルトが手元に戻ると信じて、『変身術』の授業のあとに毎回マクゴナガル先生にファイアボルト調査の進捗を聞くのが恒例になった。毎回マクゴナガル先生は『まだです、ポッター』と答えたが。
ファイアボルトを切実に望むハリーだったが、性能の低い箒を使ってのクィディッチの練習は思わぬ効果を生み出していた。学校貸し出しの箒では極限まで考え抜かないとまともに飛ぶことも、スニッチを追うこともできやしなかった。それがハリーの基礎技術の向上に貢献し、まともに飛ぶことすらおぼつかなかった最初に比べると、今ではスニッチを捕まえることすらできるようになった。
成長をしっかりと感じられるクィディッチの練習とは裏腹に、吸魂鬼対策は思う以上に上手く進まなかった。杖の先から守護霊未満の靄を出すことまでは上手くいくようになった。吸魂鬼に真似たボガート相手にも安定して出せるようになったが、その先が上手くいかない。半透明の雲のようなものを形にしようとするが上手くいかず、度重なる失敗はハリーの精神をがりがりと削る。訓練が終わるころには、もはや会話もしたくないくらいにへとへとになってしまう。
「……あー……」
ハリーは闇の魔術に対する防衛術の教室の片隅でうなだれるように座り込んだ。
「慰めに聞こえるかもしれないがね」
ルーピンはハリーの隣に同じように胡坐をかいて座る。
「上手くやってるよ」
「僕に必要なのは……頭に『三年生にしては』が付くような成功じゃダメなんです」
「今はそれで充分さ。もう吸魂鬼の姿を見ても気を失ったりしないだろう? 今の半端な状態でも盾くらいにはなる。吸魂鬼から身を守りながらしばらく飛んでいれば、校長先生がみんな吸魂鬼を追っ払ってくれるさ。『一秒でも長く生存する』のが学生にとっての防衛術だとカサンドラ先生も言っていただろう?」
「でも……たくさんいたらそれができるかすら」
ルーピンはほほ笑みながら言う。
「君ならできるさ。カサンドラから聞いたよ。去年、土壇場でフィニートの呪文を成功させたんだろう? なら君はきっと本番に強い。これは頭に『三年生にしては』が付く強さじゃないよ。多くの大人たちが闇の魔法使いに盾の呪文すら使えずに殺された。――さあ、今日はこれでおしまいにしようか。いつもチョコっていうのも味気ないし、これはどうかな。飲んだことがないはずだ」
そう言ってルーピンはハリーにバタービールの瓶を手渡した。
「わ! 僕これ大好き!」
ルーピンの眉が不審げに動く。慌ててハリーは手慣れた手つきで瓶を開ける。
「ロンとハーマイオニーがお土産にくれたんです」
「そうか。いい友達を持ったね」
ルーピンは同じようにバタービールの瓶を取り出すと、ハリーのほうへと掲げる。
「じゃあ、グリフィンドールの勝利を祈って!」
「グリフィンドールの勝利を祈って!」
乾杯、とハリーとルーピンはかちん、と瓶を合わせた。
「おっと。先生は中立でいないといけないのにね。これは秘密だよ?」
悪戯っぽくルーピンが笑った。ハリーの顔にも笑みが浮かぶ。
「……そういえば、カサンドラが愚痴ってるの聞いたんですけど、吸魂鬼ってほとんどよくわかっていないんですよね?」
「ん、そうだね……。私もいろいろ聞かれたが、ほとんど答えられなかった。知識がないわけじゃない。誰も知らないんだ。それが彼女には不思議らしい。マグルはどうやら『知らないことを知らないままにする』ことが我慢ならないらしいね」
ハリーは頷く。マグルの身の回りはどんどん便利になっていく。それは、過去の人たちが思った『これはどうなっているんだろう?』から始まった、世界の仕組みの探究の先にあるものだ。
「吸魂鬼の顔って、いったいどうなってるんですか?」
「それは……未知のようでいて、未知じゃない。知っている者は口を利けない状態になっているだけだ」
ルーピンの謎かけのような言葉に、ハリーは首をかしげる。
「吸魂鬼があの頭巾を取るときは、最後の武器を……『吸魂鬼の接吻』を使うときだけだ」
キス、キスか、とルーピンは皮肉気な笑みを浮かべた。
「吸魂鬼はね、破滅させたい相手に……おそらく口かな。獲物の口を上下の顎で挟み込んで、口から魂を吸い尽くすんだ」
ハリーは嫌悪感を顔に滲ませる。去年の秘密の部屋を思い出す。リドルがジニーの魂を食らい、ジニーの体に巣食い、操った。
「殺すってことですか?」
「いや……多分もっと悪い。魂がなくても死ぬわけじゃないんだ。脳も、心臓も生きてる。体はどこも問題はないんだ。でも……もはや記憶も、意思も何もなく、回復の見込みもなく……ただ、そこに存在しているだけの抜け殻になってしまう」
「……死んだようなものです」
ハリーはロックハートの末路を思い出す。記憶がさっぱり消え去った彼は、もはや前のロックハートとは似ても似つかなかった。カサンドラは明言しなかったが、前のロックハートは死んだようなものだ。
「――そうかもね」
ルーピンはバタービールを一口飲む。無性に、この飲み物にアルコールが入っていないことが恨めしく思えた。
「シリウス・ブラックに待つ運命がそれさ。今朝の新聞に載ってたよ。彼は発見され次第、吸魂鬼にキスされる」
「当然の報いだ」
ハリーは顔を苦々しいものにしながら言う。自分の両親を裏切った男が処刑される。そう思うと胸がすくような思いすらする。だけど、人が死ぬ。それを喜ぶ自分に嫌悪を抱く。ハリーの胸中は複雑だった。
「そうか……。君はそう思うんだね」
「はい。そういう場合も、あると思います」
ルーピンはハリーの考えを叱ったりしなかった。ただ、何も言わずバタービールをごくりと煽った。その姿が、ヤケ酒を煽るハグリッドに被って見えた。ハリーは暗くなった気分を紛らわせるようにバタービールを飲み干すと、立ち上がった。
「先生、ありがとうございました」
「ああ、うん。また来週」
「はい、また来週」
教室を出ると、外にはカサンドラがいた。
「どうした、ずいぶん暗いが」
「あ……」
まあ、帰るか、とカサンドラは歩き始めた。
「ブラックが見つかったら……吸魂鬼にキスされるって、カサンドラは知ってる?」
「ああ。今朝の新聞に載ってた。わざわざ化け物にエサをやることはないだろうとは思うが」
「……カサンドラは、ブラックが死ぬべきじゃないと思ってるの?」
いや、とカサンドラは当然のように否定した。
「死の呪文でも、縛り首でも、いくらでも方法はあるだろう?」
ハリーは隣を歩くカサンドラを見る。ルーピンはたとえブラックでも、人が死ぬことはよくないことだと、そう思っているように思えた。だがカサンドラは違う。カサンドラがそういう考えの人間だということは、よくわかっていた。よくわかっていたのだが、あっさりと別の殺し方をすればいいなんて言う彼女が、とても恐ろしく思えて仕方がなかった。
「……ハリー、罪に対する罰ってだけだ」
「え?」
ハリーの内心の恐怖を感じとったのか、カサンドラはゆっくりと切り出した。
「私が言うのもなんなんだがな、今の時代人を殺すことは悪いことだ。その悪いことをしたなら、罰を受けるのは当たり前だ。ハリーが夜歩いてたら50点減点されるのと同じように……人をたくさん殺したら死をもって罰とする。それだけだ。深く考えるな」
カサンドラはそういうと気まずそうに黙った。ハリーもそれ以上何か言う気になれなくて、黙って寮までの帰り道を歩く。落ち込んでいるせいなのか、吸魂鬼が頭巾をかぶって魂を吸い取る情景を想像してしまい、さらに気が滅入る。吸魂鬼のことなんて聞くんじゃなかったと、興味本位で聞いたことを半ば後悔していた。
「ポッター」
その時、グリフィンドールの寮からマクゴナガルが出てきた。
「マクゴナガル先生」
「今探しに出るところだったのですよ。これをまさか他の誰かに任せるわけにはいきませんからね」
そういって、マクゴナガルは普段の厳しい表情から満面の笑みになって、ハリーにそれを差し出した。
ファイアボルトだった。ハリーは駆け出してマクゴナガルからそれを受け取った。
「か、返してもらえるんですか?」
「もちろんです。我々で思いつく限りの呪いを調べましたが、全く問題ありませんでした。――差出人不明なのが今でも気がかりですが、少なくともその箒に乗ってあなたに危害が及ぶことはありません」
「……よかった」
ハリーはぎゅう、とファイアボルトを抱きしめた。もう二度と離さない。全身でそう主張する。信じてよかった。
そんなハリーの様子を見て、カサンドラもマクゴナガルもにこりとほほ笑む。
「さあ、明日から慣らし運転にそれを使っての練習に、忙しくなりますよ。いいですかポッター。勝つんですよ。いいですね? さもなければ我が寮は優勝杯争奪戦から脱落することになります。つい先日スネイプ先生が
「はい先生!」
ハリーはうれしそうな顔のまま、グリフィンドールの寮に駆け込んだ。
「そんなにすごいのか」
「まあ! カサンドラ、わかりました。今から職員室に行きましょう。その前に図書室に寄ってからですね。あの箒がどれほど素晴らしいのか、箒の歴史から教えて差し上げます!」
「あー。『箒学』の首席になれるよう頑張るよ」
カサンドラとマクゴナガルは仲良く笑いながら、廊下を歩く。
――1994年 1月 グリフィンドール談話室
ハリーがファイアボルトを持って談話室に入ると、ロンをはじめとして談話室にいたハーマイオニーを除く全員がハリーの周りに集まった。全員の視線はハリーが抱きかかえるようにしている箒、ファイアボルトに向かっている。
「ハリー……もしかして、そいつは!」
ロンが叫ぶ。
「そうだよ、ロン! ファイアボルトが戻ってきたんだ!」
ハリーがファイアボルトをロンに見せると、周りのグリフィンドールの生徒が口々に言う。
「これが噂の? すげー!」
「誰が贈ってきたんだ?」
「マクゴナガルにバラバラにされたんじゃなかったのか! これでグリフィンドールの勝ちだ!」
「僕にも乗せてくれる? ほんのちょっとでいいんだ!」
「もう乗ってみた?」
「ハリー、ちょっと持たせてもらってもいい? 持つだけだから、ねっ、ねっ?」
ハリーのファイアボルトはそれから手から手へと渡され、眺められ、撫でられ、そしてハリーの手元に戻ってきた。皆がファイアボルトの美しさを讃え、その性能の凄まじさを語る。
「いやあ、本当にすごいな! これで僕らの勝利は確実だ! ねえハリー、よければでいいんだけど、僕にもこいつに乗せてもらっていい?」
「もちろんだよロン。僕、これ寝室に持っていくから」
いや、とロンがファイアボルトを持って言った。
「僕、今からスキャバーズに栄養ドリンクを飲ませないといけないんだ。
ロンが一秒でも長くファイアボルトに触りたいことをハリーは感じたが、苦笑しつつ頷いた。
「ロン、お願いしていい?」
「もちのロンさ!」
ロンはにっこにこと満面の笑みでハリーの寝室へと向かっていった。グリフィンドールの生徒たちもロンに合わせて一緒に歩き出した。一人になったハリーは、この騒動の中でもぽつんと一人で勉強を続けるハーマイオニーが気になった。
男子寮への階段を上っていく一団を尻目に、ハリーは彼女に近づいた。
「えっと、ハーマイオニー」
「何?」
ハーマイオニーはそっけなく言った。
「その、座っても?」
「どうぞ」
ハーマイオニーは隣の椅子の上にうずたかく積もれた羊皮紙の山をどかした。ハリーは彼女の隣に座ると、テーブルの上を見回した。数占いの長いレポートに、輪をかけて長く文章が綴られた『マグル学』の作文。それにハーマイオニーが格闘中の『古代ルーン語』の翻訳。他にも魔法生物の裁判に関しての分厚い本が何冊も。辞書が何冊も、教科書が山となって積まれており、ノートや羊皮紙はさらに多い。
「こんなに……一体どうやって?」
「え? 頑張るの」
ハーマイオニーがちらりともハリーのほうを見ずに答えた。その姿はホグワーツにいる誰よりも疲れているように見えた。結構な激務のハリーよりもはるかに。
「いくつかやめれば……もしくは、手を抜けばいいんじゃないかな」
びっしりと書かれたマグル学の作文を見ながらハリーは言う。マグルになぜ電気が必要不可欠なのかを、現代社会が成り立つに至った歴史から解説している。ハリーならきっと『電気が必要な製品で溢れているからです』と書いて終わらせるだろう。
「そんなのできない!」
ハーマイオニーはルーン語の辞書を本の山から探り当て、ページをあちこち行き来させながら叫んだ。悲鳴のようだった。
「私は努力しなきゃいけないの、信じてもらってるんだから、義務なの!」
「そ、そうなんだ」
「世界の法則に逆らうのよ! 全力で頑張って、全力を尽くさなきゃ!」
世界の、法則? とんでもない言葉がハーマイオニーから飛び出したことを不思議に思い、聞こうとした。その時、ドタドタと階段から誰かが降りてくる音がした。
「ハーマイオニー!」
ロンの怒鳴り声が聞こえて、二人してそっちを見る。ロンが今まで見たことがないような憤怒に顔を染め上げて、ハーマイオニーのほうへ向かってきた。彼はベッドのシーツを引きずっている。
「どうしたの?」
「どうしたの!? どうしたのって言ったか!? スキャバーズが!」
ロンは怒鳴りながら机の上にシーツを叩きつけた。ロンが見せたシーツには、血がべったりとついていた。
「見ろ! スキャバーズが!」
ハーマイオニーは顔を青くさせた。もうおしまいだ。ハリーは一歩、二歩と二人から離れながら思った。ロンがテーブルに叩きつけたシーツには赤い液体がべったり付着しており、それはどう見ても血に見えた。
「わかるか! スキャバーズがいなくなって、僕のベッドがこうなってた! ええ!? それで、床に何があったかわかるか!」
ハーマイオニーは震えていて声も出ない様子だった。じっと、シーツの血を見つめている。ロンはハーマイオニーのすぐ前に何かを投げつけた。たくさんの長いオレンジの色の猫の毛。ハーマイオニーの顔からさらに血の気が引く。
「君の猫がついに! 僕のネズミを食い殺したんだ!」
「そんな……」
「僕は何度も言った! 隔離しとけって! 近づけるなって! 管理しろって! 躾けろって! 何度も! でも君はずっと、ずっとずっと勉強ばっかりだ!」
ハーマイオニーは机の上に置かれた毛をじっと見続けている。
「……あ、え……」
ごくりと、唾をのみ込むがハーマイオニーは何も言えない。ハーマイオニーの中で様々な理屈が渦を巻く。バックビークを弁護するときのためにあたためておいたたくさんの理論だ。
……だが、ロンのことを思えば、そのうちの一つも、ハーマイオニーの口から出てくることはなかった。
「……黙ってりゃ僕が落ち着くとでも思ってるのか! それとも何か次は泣くのか!? もう君とはこれっきりだ!」
ロンは踵を返して、男子寮に戻ってしまった。
「ああ……」
ハーマイオニーは机に突っ伏するようにうなだれた。頭を掻きむしって、自分の胸元の砂時計のネックレスを凝視する。何度も頭を振り、何度も何度も違う、ダメだと呟く。ハリーはそんなハーマイオニーを見ていられなかった。