――1994年2月 ホグワーツ
ロンとハーマイオニーの仲はもはや修復不可能だと誰もが思った。仲が冷え込んだ二人の代わりと言わんばかりに、どっちがどれくらい悪いとグリフィンドールの生徒たちは色々議論し合った。スキャバーズを保護するために籠の中に入れておかなかったのが悪いだとか、クルックシャンクスの躾より勉強を優先したのが悪いだとか。だがハリーにはそんなことはどうでもよかった。いっそのことお互いに言い合って喧嘩するほうがいいとさえ思っていた。だがロンとハーマイオニーはまるでお互いをいないものであるかのように扱って、すれ違っても挨拶すらしなくなった。このまま関係が冷え切って大人になるなんてとても悲しいことだとハリーは思っていたが、ハリーは何も言わなかった。どっちに何を言っても今は刺激するだけだと、ハリーにはよくわかっていた。バーノンの家でそうしていたように、ハリーはこの件については沈黙を貫いた。
「ロン、元気出せよ」
ペットを失って打ちのめされているロンに、フレッドとジョージが話しかける。
「スキャバーズはつまんないっていつも言ってただろ? それにもうあいつは寿命だった。老衰で死ぬのか、自然の摂理に従うのか。その違いだって」
フレッドがロンの背を撫でながら言う。
「そうだぜ。パクっと一口にやられて、きっと何も感じなかっただろうぜ。それに、食って寝るしか知らないやつだって言ってたじゃないか」
「二人とも、いい加減にしてよ! ロンのこともうちょっと気遣ってあげられないの!?」
ジョージの言葉に、ジニーが怒鳴る。
「……あいつはすげー奴だった。僕たちの為にゴイルに噛みついたよ。覚えてるよね、ハリー」
「うん」
そんなことあったかどうか、ハリーは覚えていなかったが、そう答えた。
「奴の最も素晴らしい戦績だ」
フレッドが真面目くさった顔で言う。
「彼の者に残りし傷痕よ、英雄の記憶と共に永遠たれ――。
ロン、今度ホグズミードに行って新しいペットを飼えよ。いつまでもめそめそして何になる?」
フレッドの言葉にロンは頷かなかった。ロンはそれからもずっと落ち込んだままだった。ハリーは最後の手段として、クィディッチの練習が終わったあと、ロンにファイアボルトに乗ってみないか誘ってみた。その目論見は上手くいって、ロンから一時的に笑顔を引き出すことができた。
ハリーも練習でファイアボルトに乗ったが、まさしく最高の箒だった。記憶の中のニンバス2000の数倍はある最高速度、そして加速。タイトな操縦は少し慣れがいるが、学校貸し出しの箒に比べればなんてことはない。思うがまま加速し、思うがまま操作できる。完璧だとさえ思った。最高速を出した時など周囲が色の集合体としか認識できないほどだった。
オリバーがうきうきした様子でスニッチを放つと、数十秒もしないうちにハリーの手にはスニッチがあった。
もはや勝利は目前だと、グリフィンドールチーム全員が確信した。
翌日、ハリーはたくさんのグリフィンドール生と一緒に大広間まで向かった。みんな、ファイアボルトは護衛が付くに値すると思ったらしい。大広間に入ると、みんなの目がファイアボルトに向けられ、興奮したような囁き声が聞こえる。スリザリンチームが雷に打たれたような顔をしたのが、最高に愉快だった。
「ハリー、ちょっと見せてもらってもいいか」
グリフィンドールのテーブルに箒を置いてみんなで観賞会をしていると、パーシーが恋人のペネロピー・クリアウォーターを伴ってハリーに声をかけた。
「え、いいけど……」
ちらりとハリーはペネロピーを見た。パーシーの彼女はレイブンクローなのだ。
「ペニーは卑怯な真似はしないよ。な?」
「ええ。……すごいわね、これ」
「だろう?」
なぜかパーシーが得意げに言った。
「ふふふ。ハリー、頑張ってね。私、パーシーと賭けをしてるのよ。レイブンクローに勝ってほしいけど……同じくらい、彼の喜ぶ顔が見たいの」
ペネロピーはそういうと、照れたように顔を赤くして自分のテーブルに向かっていった。
「な……、もう、恥ずかしいな。ハリー、頼むよ、絶対勝ってくれ。10ガリオン賭けてるんだ。逆立ちしたって出ない額だ……」
後半は囁くような声だった。パーシーはそう言うとペネロピーのところへと行った。
「……あいつ絶対女で破滅する」
「だね」
ロンとハリーはお互いに笑い合った。
「箒ばっかりすごくても、乗り手がヘボじゃね……」
その時、気取ったような声が聞こえた。ハリーが振り返ると、嫌な笑みを浮かべたマルフォイがクラッブとゴイルを連れて立っていた。
「僕がヘボかどうか、次の試合でわかる」
ハリーの声は自信に満ち溢れていた。
「そりゃいい。でもその箒にパラシュートか落下制御機能がついてるかどうか確認したか? してない? それは残念だ……。吸魂鬼が来たらどうしようもない」
くすくすとクラッブとゴイルが笑う。
「君こそ、パパに手をもう一本つけてもらうように頼まなくていいの? 箒を持つのに精いっぱいで、スニッチに手を伸ばす余裕がないみたいだし」
楽しそうに笑っていたマルフォイの目が細められる。
「ずいぶんと吠えるじゃないか。また無様に落ちないように気を付けるんだな」
「君こそ、僕に置いてけぼりにされないよう練習頑張ってね」
ふん、とマルフォイは肩をいからせてスリザリンのテーブルに戻った。スリザリンチームが彼に群がるようにして顔を突き合わせてるところを見るに、マルフォイは斥候だったようだ。
――ハーマイオニーは結局、大広間に現れなかった。
――1994年2月 グリフィンドール選手控室
ハリーはカラッと晴れたピッチを見て、気持ちをどんどん上げていく。ピリピリと神経全体が張り詰めているのを感じる。だが頭は冷静で、感情はわずかに興奮している。戦士の気迫を携えたハリーは、ふとユニフォームに忍ばせている杖に意識を向ける。クィディッチは杖と魔法に関してはかなり制限される競技だ。もし万が一にでも他の選手に当たったら失格となる。
だが、ハリーは冷静に判断する。大丈夫だと。何も心配はいらない。ダンブルドアもカサンドラもいる。オリバーだって言ってた。究極そういう事なのだ。スニッチを取った後なら落ちようがどうなろうが大丈夫。
「勝利だ」
オリバーが試合前の演説を始めた。
「我々は勝利する。練習通りにやれば間違いなく勝てる。だが――負ければ、もはや後はない。
勝利への道を進むか、全てを失うか。我々は、勝利する!」
オリバーがそう言うが、チームは恐れてはいなかった。勝てる。そう全員が確信していた。そんなチームメイトを見て、オリバーは満足そうにうなずいた。
「もう言葉はいらないな。行くぞ! グリフィンドールに栄光を!」
「グリフィンドールに栄光を!」
ハリーは箒に乗ってピッチに出た。学校中の人間がハリーたちを見ている。ファイアボルトを見ている。敵のレイブンクローを見ている。
「ハリー」
ふと、声をかけられた。
「あ、え」
ふと、一瞬。ハリーは箒に乗って、クィディッチアリーナにいるというのに、試合のことを忘れた。話しかけてきたのはレイブンクローのシーカー、チョウ・チャンだった。アジア系の顔立ちで、幼気な愛くるしい顔をしている。長い黒髪が風にたなびき、柔らかくほほ笑むその表情がやけにハリーの気を惹く。
「よろしくね。負けないんだから」
「う、うん」
試合前に選手が一列に並んで相対するとき、またハリーは彼女をじっと見つめる。見たことがないタイプの女性だった。チョウはハリーよりも一学年上の4年生だ。だが、彼女の身長や顔立ちは、ジニーよりも幼く見えた。そのギャップにハリーの胸は妙に高鳴る。
「二人とも、握手!」
フーチがきびきびと指示をした。キャプテン同士が地面に降りて、お互いに握手を交わす。
「さあ、ホイッスルで試合開始です。いいですね」
フーチがカウントダウンし、ホイッスルが鳴った。
――試合開始。チョウ・チャンに向いていたハリーの意識は一気にクィディッチ用に切り替わった。
「さあさあ皆さん、試合が始まりました。本日の試合の目玉はなんといってもグリフィンドールのシーカー、ポッター選手のファイアボルトでしょう。ファイアボルトは今年の世界選手権大会、ナショナル・チームの公式箒になるということで注目と人気が集まる箒でありまして――」
「――ジョーダン、試合の解説実況を、お願いします」
リー・ジョーダンとマクゴナガルのいつもの漫才を聞きながら、カサンドラはピッチの周囲に視線をやっていた。
「了解です先生。ただ背景を説明しただけです。ほら、ファイアボルトがどれだけ凄い箒かわからない警備員さんのための必要な解説というやつです」
「カサンドラには私がしっかりとレクチャーしました!」
カサンドラは『箒学』のことを思いだし苦笑する。
「そうなのですか?」
「その通りだ、ルーピン先生。あの箒には自動ブレーキ機能が搭載してあってな。正面衝突を防ぐそうだ」
「ずいぶんと詳しくなったようですね」
「マクゴナガルが教授なんだ。テストまで受けさせられたぞ」
それはそれは、とルーピンは気の毒そうな顔をした。楽しかったから別によかったのだが。
「しっかし、速いな。ありゃホントにF1でもなきゃ追いつけないんじゃないか」
「速さばかりではな」
スネイプが顔を忌々しそうに歪めて言った。
「あの速度が制御できるとはとても思えんな」
「確かに難しそうだが……」
「仮にできたとしても、ポッターがまともなコンディションだとは思えん」
「あー、あの二人か」
カサンドラは顔を苦々しいものに変えた。ロンとハーマイオニーのペットの問題は噂にはなっていた。そして、猫とのネズミの攻防に決着がついてしまい、二人の仲が決定的に違えてしまったことも。
「猫とネズミを同じ環境に置くなど、子供でも分かる理屈を放置するなど、さすがはあのでしゃばり娘だ」
「……確かに妙だな」
カサンドラは思案顔になった。もしかして限界に来てるんじゃないかと、そう推測する。
「――見てください、あのファイアボルトの素晴らしいバランス! ターンも速度もチャン選手、全く追いついていけません! これほどの性能は過去に類を――」
「ジョーダン! いつからファイアボルトの宣伝係に雇われたのです! まじめに、実況をしなさい!」
カサンドラは思わずクスリと笑う。
「あの二人を漫才コンビとして売り出したらどうだ」
「……吾輩、時々貴様がとても恐れ知らずに思える」
「その感覚は正しいですよ、スネイプ先生」
両隣からドン引きされたようなことを言われたが、カサンドラには納得がいかなかった。あんなにも面白いやり取りができるコンビはそうはいないと確信していた。
試合に意識を向けると、もうハリーはスニッチを見つけたらしく、凄まじい速度で……それこそ、赤いユニフォームも相まってその名の通り『炎の雷』と見紛う速度でスニッチに向かう。チョウ・チャンも必死になって追いすがるが全く追いつけていない。旋回性能、加速性能、桁が違う。
その時、チャンがアリーナの下の方を見て指をさした。カサンドラもつられてそっちを見て――慌てて弓を構える。
黒いローブを被った三つの影。
「あれが……吸魂鬼か?」
なぜ見えてるんだ? とりあえず矢を番えるが、違和感はぬぐえない。隣のスネイプに視線を向けると、思わず顔を逸らしたくなるような憤怒に顔を染めていた。
「あれは違う。だが、当てることなく脅かしてやるといい。全く、幼稚すぎる。あれが吾輩の寮生だと思うと心底嘆かわしい」
「生徒のコスプレってことか?」
カサンドラは矢じりを非殺傷のものに変えると、一射。ハリーが出した半透明の靄に押し出されて全員バランスを崩したが、倒れ込んだ先を狙って、こめかみの隣を通過させてやる。
「驚異的な腕前だ」
数秒後、ハリーがスニッチを取り、試合終了のホイッスルが鳴った。
「これくらいなんてことない。試合は終わったな? 行ってくる」
カサンドラはぴょん、と軽やかに教員席の塔から飛び降りて、ピッチを歩いて吸魂鬼らしき黒ローブに近づく。脅かしてやろうと思って、レオニダスの槍と剣を構え、いかにも警戒しているように半ば前傾姿勢になりながら近づく。
「まって、やめろ、カサンドラ、僕、僕だ!」
「ほう、吸魂鬼はどうやら知り合いのフリをするらしい」
さて、始末するかとポソリと言うと、慌ててローブを剥がして中から生徒が出てきた。マルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人だった。
「カサンドラ、僕だ、ドラコ・マルフォイだ!」
「ふむ。マルフォイ。こんな一節を知っているか。『亡霊を装いて戯れなば、汝亡霊となるべし』。吸魂鬼のフリをしたんなら、吸魂鬼として処理されても……文句は言えないだろう? 遺言があれば聞くが」
カサンドラが一歩近づくと悲鳴を上げて後ずさる。
「カサンドラ! 愚か者はちゃんと捕まえたのですか!」
「ま、マグゴナガル先生!」
怒り心頭のマグゴナガルがやってくると、スリザリンの三人は助けを求めるようにマグゴナガルに近寄った。
「泣きそうな顔になっても無駄です! 全く、なんたることです! クィディッチをこんな悪戯で汚すなんて! スリザリンは50点減点です! 当然罰則もです! このことはダンブルドア先生に報告させていただきます!」
それでもカサンドラに殺されるよりはマシだと、スリザリンの三人は何度も何度も頷いていた。
――1994年2月 ホグワーツ職員室
クィディッチの試合が終わったその日の夜。カサンドラはガチャガチャと装備を整えながら、マグゴナガルと話していた。時刻はもう夜中の2時近い。
「ははは! それで、あいつらついさっきまで宴会やってたのか!」
マグゴナガルは寝間着にヘアネットという格好で紅茶を飲んでいた。首位争いに食い込んだグリフィンドールはなんと深夜の1時ほどまで大騒ぎしていたそうだ。騒がしいグリフィンドールの面々に怒鳴り込んだらすっかり目が覚めてしまったらしい。
「まったく、もう優勝した気でいるなんて気が早過ぎます。優勝した暁には、夜通し騒いでも黙認しますがね」
「確かにそうだな。そのときは差し入れでも持っていくか。バタービールか、本物のビールか」
「バタービールです! 私の目の黒いうちはたとえ成人していようと、寮内での飲酒はさせません!」
カサンドラは重厚な金属鎧にバカでかいウォーメイスを背負うと、兜まで被って臨戦態勢になった。
「……それで、本題の方はどうだ」
カサンドラが聞くと、マグゴナガルは苦々しい顔をした。本題……つまり最近めっきり余裕がなくなってピリピリしているハーマイオニーの様子のことだ。
「一応、その場にはいたようですが……。明らかに時間が足りていないようでした。ロン・ウィーズリーとの決裂も彼女から余裕を奪っているのでしょう」
「そろそろ医務室にブチ込むか?」
マクゴナガルはしばらく悩んだような顔になった。
「……彼女はおそらく授業以外にも何かを背負っています。時間割を見る限りそこまで消耗する様なものではないはずです。それに私も、そして他の逆転時計使用者も彼女ほど消耗してはいませんでした」
「そうか。私は……できることなら、あの時計を使わせるのをやめさせたい」
「しかし、彼女はまだ助けを求めていないのです」
「だが……。心配なんだ」
「私もです。ですが、私は……我々は教師なのです、カサンドラ」
マクゴナガルは落ち着いた様子で言った。
「我々の生徒に対する権限は強いです。罰則に、減点、加点。説教と称して長時間生徒に不自由を強いることもできます」
「悪用しようと思えばとんでもないことになるな」
ええ、とマクゴナガルは頷いた。
「それこそ、教職にあるまじき悍ましいことを生徒にさせることも可能です。それは、今は脇に置いておきます。今私が言いたいのは、拘束するのと同じように……。心配だからと、不安だからと保護しようとすればどこまでも保護することができるということを言いたいのです」
「……どういうことだ?」
「たとえば一昨年の賢者の石の件。去年の秘密の部屋の件。我々教師陣はやろうと思えばポッター達の行動を全て、妨害することができました。そもそも秘密の部屋や賢者の石、それらの探究を禁止すればそれで良かった。教師に箝口令を敷き、関連書物を全て禁書庫に放り込んで、調べようとした生徒に減点と罰則を与えればあの三人といえど大人しくしているしかないでしょう」
カサンドラは黙る。それはつまり、生徒に危険が及ぶことを黙認していたとも取れる。
「ですがカサンドラ。私は全ての危険が取り除かれたホグワーツは正しくないとさえ考えています」
「それは、私も思う。だが……それは古い考えじゃないのか?」
カサンドラの意見を、マクゴナガルは否定しなかった。
「確かに、時代は常に移ろいゆくものです。そのような意見もあるでしょう。しかしカサンドラ、魔法界は危険に溢れています。魔法生物もそうですし、マグルとの折り合いもそうです。闇の魔法具がどこに転がってるかもわからない。生徒を守ることが仕事のカサンドラの前で言うことではないかもしれませんが、私はグレンジャーが逆転時計で失敗し、倒れたり、あるいはおかしくなったりすることも当然想定しています。しかし、私は、それが必ずグレンジャーに必要なことだと考えています。失敗し、限界ギリギリになり……あるいは限界を超えてしまうことすら、彼女の成長には必要だと思っているのです」
カサンドラは眉を顰める。マクゴナガルの意見が受け入れられないからではない。受け入れたからこそ、その塩梅の難しさを悟ったのだ。
「――正直、難しいよ。化け物を殺す方がよっぽど楽だ」
「化け物を殺すことを楽だと思うまでに歩んだ道は決して楽でも安全でもなかったでしょう?」
それもそうだな、とカサンドラは納得する。死ぬほどの危険ではなく、だからと言って砂場にある大きな石を取り除くほど過保護でもなく。教師とは実に難しいものだ。
「ありがとう、マクゴナガル。私は巡回に向かう」
「私もしばらく一緒に行きます。あのやんちゃ達がちゃんと寝てるか確認しなければ」
「心配のタネは尽きないな」
まったくです、とマクゴナガルは言った。
夜中のホグワーツは静寂に包まれている。重装鎧に身を包んだカサンドラだが、その物音は驚くほど小さい。
「随分と静かに歩くのですね」
「夜と昼では注意することが違う。……おいマクゴナガル、あれは……!」
カサンドラがグリフィンドール寮の入り口が見える通りに差し掛かると、はるか遠くに見える門番の絵画の前に誰かがいる。ぼさぼさの髪に薄汚れた黒いローブ。身にまとう凶悪な雰囲気。侵入者だ。カサンドラは一瞬も迷わず弓を構え、矢を番え、引き絞る。
「カサンドラ、殺してはダメです。聞くことが山ほどあります」
「わかった」
カサンドラが矢を放つ寸前、マクゴナガルは信じられないものを目にした。合言葉で守られているはずの絵画の扉がぎい、と開いたのだ。男は周囲を見回してから寮に入ろうとして、遠くにいるカサンドラに気がついた。一射。男はすばやく絵画に身を隠すと、寮内に侵入した。
「急ぐぞ! 猫になって肩に乗れ!」
「はい!」
カサンドラが駆け出す。彼女の肩に猫に変身したマクゴナガルがしがみつく。猛スピードで駆け出したカサンドラはあっという間に寮の前までたどり着く。猫から人間に戻ったマクゴナガルは合言葉を言う。
「カサンドラ、私はカドカン卿に事情を聞きます。侵入者をお願いします。先ほどはああいいましたが、生徒に危害が及ぶようなら」
「わかってる」
カサンドラは頷くと、グリフィンドール寮に入った。