【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

47 / 171
ハーマイオニーの暴走

――1994年4月 カサンドラの居室

 

 カサンドラはため息をつきつつ、顔を引きつらせて椅子に座るハリーを見た。今年は妙に呼び出しをすることになったな。これも教師となった影響か? とカサンドラは思った。

 

「さて、ハリー。スネイプ先生の説教はどうだった。ルーピン先生が中座させてしまったようだが」

 

 全く、とカサンドラは内心でルーピンに愚痴る。何を思ってハリーを庇ったのかさっぱり理解できなかった。スネイプからあらかたの事情を聞かされたカサンドラは、ハリーに半ば失望しつつも、それも仕方ないか、と一定の理解はしていた。

 

「その……ごめんなさい」

「まぁ、親のことを出すスネイプも問題があった。伝えたいことがずれてしまったのは……お前にとって不幸だった」

 

 スネイプはおそらくハリーの親への感情と、校則違反に対する怒りがごっちゃになってしまったのだろう。似たような感情であるがゆえに分けて考えることは難しく……つまり、スネイプはハリーに教え、叱るには少し不適当なのだ。来年からはハリーのお叱りはカサンドラが担当するとスネイプに進言してみようか、なんて考えながらカサンドラはソファに深く座りなおし、背もたれに背を預けた。

 

「誰かを守りたいと思ったその時……守護者が護衛対象に望むのはおとなしくしてもらうことだ。――だが、カンヅメだと誰だっていやになる。何か月も一歩も部屋から出るなと言われれば、いくら安全のためとはいえ、私だって脱走を考えるだろう」

 

 難しい問題だ。カサンドラは正直な話、超長期に渡る護衛はほとんど経験がない。彼女は護衛対象を狙い続ける組織がいるなら、その組織の人間を皆殺しにしたほうが手っ取り早いと考えるタイプだ。それが可能な実力を持っているだけに、動き回る護衛対象に不自由を強いるくらいなら敵を全員永久に黙らせる方がはるかに楽なのだ。だが、このホグワーツではその手法はとれない。

 

「だがなぁ、ハリー。好き勝手に動き回られると、いくら守ろうとしても守れなくなる。私でも守り切れない」

「……カサンドラでも?」

「ああ。少し昔話をするか。2400年くらい前……私には仲のいい女の子がいた。お前らよりちょっと小さいくらいの子だ。ポイベーと言ってな。お前も見たことがあるはずだ。私のボガートだよ」

「あ……」

 

 ハリーは思い出す。身なりのいい服を着た褐色の肌の女の子を。その子は胸から血を流していた。つまり、話の終着点とはそういうことなのだと覚悟した。

 

「まあ、察した通りだ。アテナイっていう町で疫病が流行ってな。その子は勇敢で……伝令役を申し出たんだ。余裕がなくて猫の手も借りたかった私たち大人は……これ幸いと了承した。彼女が町に蔓延ってた暴漢に殺されたのはそのすぐあとだった」

 

 ハリーはごくりと喉を鳴らした。

 

「危険な状況で大人の手から離れると、子供はあっけなく死ぬ。ハリー、発覚さえ恐れなければ、お前を殺すのに10秒もいらないんだ。優等生になれとも、悪戯も校則違反もするなと言わない。ただ、もう少しだけ危険から遠ざかってほしいんだ。それだけなんだ……」

 

 カサンドラは静かに言う。

 

「あの……僕は……。もう、ホグズミードに行かないよ」

「なら、いいんだ。それから、あの便利な魔法道具……『忍びの地図』か。あれはルーピン先生が処分した。お前の手に戻ることは二度とない。――話は終わりだ。行け」

 

 ハリーは若干ショックに思ったが、カサンドラの話を聞いた後なら、そこまで強く落胆はしなかった。忍びの地図がないなら大人しくするしかない。そう自分を納得させた。

 

「……ごめんなさい、カサンドラ」

「いいんだ。ブラックを取り逃がす大人にも責任はある」

 

 ハリーはカサンドラの居室から出て行った。

 

「……子供を守るって、本当に難しいよ、ポイべー……」

 

 カサンドラは小さく、呟いた。

 

 ハリー達三人はそれから一丸となってバックビークのために情報を集め、できるだけ有利に控訴が進められるよう対策を立てた。日に日にハーマイオニーは窶れていくように疲れた様子を見せたが、二人には大丈夫と言って憚らなかった。

ハグリッドはハーマイオニーと同じくらい疲れた様子を見せていた。授業終わりの隙をついて、三人は気落ちしたハグリッドに話しかけた。

 

「ハグリッド、大丈夫?」

「ああ、ロン、ハリー、ハーマイオニー……。悪かったなぁ、俺がウスノロで」

「いいのよ、ハグリッド」

 

 ハーマイオニーは静かに言った。

 

「弁護自体は一応は聞いてもらえた。けどなぁ、もうあいつらは最初っから判決を決めてるみたいだった。『それはそれとして、死刑』って言い出しそうな勢いだった」

「ハグリッド、まだあきらめちゃだめだ。控訴がある! 僕らハーマイオニーと一緒に準備してるんだ。きっと上手くいくよ!」

 

 ハリーが慰めるように言うが、ハグリッドは涙声になって首を振るだけだった。

 

「いいや、もうダメだ……。俺にできんのは、バックビークの最期の時まで一緒にいてやるくれぇだ。ビーキーに残された時間を、精一杯幸せにしてやんねぇとなぁ……」

 

 ハグリッドはうっ、うっ、と泣きながら自分の小屋へと戻っていった。その背を三人は茫然と見つめることしかできない。もう終わってしまったのだ、バックビークは処刑される……止めることができない。無力感に打ちひしがれる。

 

「ははは。見ろよ、あの泣き虫が。子供みたいにピィピィ泣いて、あれが先生? 冗談だろ」

 

 楽しげな笑い声が聞こえて、三人は振り返る。

 

「マルフォイ」

 

 ハリーが声に怒りを滲ませて言った。

 

「三人もあいつが情けないと思うだろ? 生徒に弁護のやり方まで教わって、1から10まで全部子供任せ。あんなのが化け物を管理できるなんて誰が信じる? ははは!」

 

 ロンは怒りのままに杖を引き抜いた。呪いをかけようと杖を振りかぶるより早く、ハーマイオニーがマルフォイのすぐそばまで駆け出した。

 

「なんだよ、この穢れた――」

 

 

 言うか言わないか。ハーマイオニーは力の限りマルフォイの頬を思いっきり張った。乾いた音が響く。

 

「穢れてるのは、どっちよ!」

 

 マルフォイが頬を手で押さえてよろめいた。クラッブとゴイルも、そしてロンとハリーさえ驚いた表情でハーマイオニーを見る。

 ハーマイオニーはさらにマルフォイに近づいてローブの襟首を掴み上げた。

 

「ハグリッドが情けないなんてよくも言えたわね! 全部パパに言って、生き物を殺すように手配したあなたが言えることじゃないわ!」

「ぐ、が、な、なにを」

「手を汚さずに命を消してもらうってそんなに気分がいいの? それを頼むあなたも、頼まれたまま訴えるあなたのパパも! 穢らわしい性根を持った悪党よ! 私はあなたとは違う! 絶対に諦めないから! やると決めたら必ずやり遂げてみせる――!」

 

 慌てて、ハリーとロンがハーマイオニーをマルフォイから引き離しにかかる。思ったよりも力が強くて、二人がかりでもなかなか引き離せなかった。マルフォイからハーマイオニーを引き離すが、ハーマイオニーは瞳に殺意を漲らせてマルフォイを睨んでいた。

 

「――放して!」

 

 そうハーマイオニーが叫ぶが、放せるわけがなかった。このままだとハーマイオニーがマルフォイを締め殺す。二人はもう必死だった。

 

「マルフォイ! 許さないから……! 私に殴られて、あなたはどうする気? またパパに頼む? 今度は私の処刑をお願いするのかしらね!」

「ハーマイオニー、やめて! ――マルフォイ! 行け! 早く!」

 

 ハリーが思わず叫んだ。マルフォイは怯えたように乱れたローブを整えると、クラッブとゴイルに指示を飛ばした。

 

「行くぞ。――このことは黙ってろよ」

 

 逃げ出すように、スリザリンの三人は駆け出して去って行った。

 

「ハーマイオニー、落ち着け、落ち着いてくれ!」

 

 ロンはびっくりするやら、感動するやらよくわからないままに声をかけた。

 はぁ、はぁ、とハーマイオニーは荒く息をついて、ようやく体から力を抜いた。

 

「ハリー、負けないでね、スリザリンに――あいつに!」

 

 ハーマイオニーはハリーに強い視線を飛ばしながら言った。

 

「もし次私がマルフォイのくだらない侮辱を耳にしたら……どうするか、私にだってわからないんだから!」

「わかった、わかったよハーマイオニー。早く『呪文学』の教室に行こうぜ。遅刻する」

「遅刻!? ――いけないわ!」

 

 遅刻と言う言葉聞くや否や、ハーマイオニーは全力で走り始めた。

 

「……ハーマイオニー、暴走してないか?」

「あー、かも」

 

 ハリーとロンは遅刻したが、ハーマイオニーはちゃっかりフリットウィックの授業に間に合っていた。どれだけの速さで駆け抜けたのか、ハリー達にはわからなかった。

 呪文学の授業を終えて談話室に戻ると、いつものようにハーマイオニーが彼女専用となった机にいた。

 

「――わーお。居眠りしてるぜ」

 

 ロンは珍しいものを見たと言う顔でハーマイオニーの隣に座った。『数占い学』の教科書を枕にぐっすりと眠っている。ロンはニヤニヤと悪戯っぽい顔を浮かべてハーマイオニーの頬を突いた。

 

「……ん……」

「おはよう」

「今は……いつ……?」

 

 ハーマイオニーはのろのろと体を起こすと、目を擦りながら聞いた。完全に寝ぼけているらしい。

 

「今2時間目が終わったところだ」

「……何回目……? 今週の予定表だと……3回……いや、4回目……?」

 

 夢でも見ていたらしい。ロンは寝ぼけたハーマイオニーをクスクス笑いながら眺めている。このまま放っておけばもっと面白いことを言うんじゃないかと期待していた。

 

「――はっ! ロン! 今度は何の授業だっけ?」

「もう目が覚めたのか。占い学だよ、ハーマイオニー」

 

 ああ、そうなのね、とハーマイオニーはロンにお礼を言って立ち上がる。ふらり、とふらついたところを慌てたロンが支える。

 

「おい、大丈夫かよ?」

「ええ、大丈夫よ。私はまだやれるわ……」

 

 ハーマイオニーの目元には薄らと隈さえ見えていた。化粧で隠しているが、近くに寄ったロンには不健康そうな顔がありありとわかった。

 

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫……やらなきゃいけないの、やるべきことなの……」

 

 ハーマイオニーは幽鬼のよう呟きながら、談話室を出ていった。

 

「――本当に大丈夫かよあいつ? ()()()()するんじゃないか?」

 

 多分大丈夫、とハリーはロンに返した。

 

――1994年 4月 占い学教室

 

 結局のところ、全然大丈夫じゃなかったのだ。

 

 占い学は曖昧な授業だ。女子人気が高い科目で、占いの結果を友達ときゃっきゃしながら話し合えるような人でないと退屈極まる授業なのだ。本来の予定ならもう少しあとでやるはずの水晶玉占いだったが、今度の試験に出ると予言が出たので早めるらしい。誰が試験を作るのかちょっとでも考えたのか、とハーマイオニーは舌打ちしながら愚痴を言った。

 過去類を見ないほど機嫌が悪いハーマイオニーに怯えながらハリーとロンは水晶占いをするフリをした。

 ハリーにもロンにも、水晶玉を使って占いをしてみろと言われても……何も見えやしなかった。明確なビジョンが浮かぶわけでも、暗示された何かが見えるわけでもない。適当なことを言って時間でも潰すかとかんがえたところで、トレローニーがハリーの水晶玉を覗き込んだ。

 

「あなた方は……どうにも、内なる眼に意識を向けることを最初からくだらないと切って捨てているようですね。そのようでは、眼が啓くことなどありえませんことよ」

 

 じいっと、ハリーの水晶を見て、トレローニーはハリーを憐むように見つめた。

 

「なんて――可哀想なのかしら。はっきりと、くっきりと……あなたにはこれが見えないのかしら?あなたの死を告げる死神犬が。おお、ハリー。あなたはそう遠くないうちに死神犬に捕まり、その命を――」

「――もう、たくさんよ!」

 

 ハーマイオニーはデーブルをバン、と思い切り叩いて立ち上がった。教室中が静まり返る。ハーマイオニーが、先生に、こんなことを言うなんて。誰の目から見ても明らかに異常事態だった。

 

「なんと、おっしゃいましたか」

「もうたくさんって言ったの。こんなくだらない! 先生のくせに……生徒の死を望むようなことを言って! 知ってるわよ、あなた毎年生徒の死を予言してるんでしょ!? ()()()()なのかしらないけど、死をチラつかせて驚かせるようなマネ……信じられない!」

 

 まぁ、とトレローニーはわずかに怒りを滲ませて立ち上がり、ハーマイオニーをじっと見つめる。

「持ちネタ? 私の予言を、神聖な占いの結果を()()()()といいましたか? こんなことを申し上げるのは酷かもしれませんが、あなたには、占い学を修めるために必要なものがほんの少しも備わっておりませんの。わかりますか? 高貴な心です。あなたのような『俗』っぽい心根をした生徒には私、お目にかかったことがありませんので、どう指導したものかとずっと悩んでいたのですよ」

 

 一瞬、ハーマイオニーは沈黙した。そして、あっという間に爆発した。

 

「なら――もうそんなこと、悩む必要はないわ! もう結構!」

 

 ハーマイオニーは机の上に広がっている、びっしりとメモ書きがされた教科書をひっつかんだ。

 

「ええ、もう結構ですとも! 最初からこうすればよかったんだ!」

 

 乱雑に本を鞄の中に詰め込むと、ハーマイオニーは怒鳴りつけるように宣言した。

 

()()()() 私、もう二度とこの授業には出ない!」

 

 ハーマイオニーは入り口の跳ね戸を前蹴りの要領で蹴飛ばすと、あっという間に教室から出ていった。

 

「……嘘だろ、おい」

 

 ロンとハリーはお互いに顔を見合わせて、呆然と言った。ハーマイオニーは限界に近かった。

 

――1994年 5月 ホグワーツ廊下

 

 今年のイースター休暇はとてもではないが休暇と呼べるような穏やかさではなかった。カサンドラは対立するスリザリンとグリフィンドールの間に立って、レオニダスの槍で威嚇しながら叫ぶ。

 

「いいか、やめろ! これは警告だ! 杖を出したやつから黙らせるぞ」

「カサンドラ、これは聖戦なんだ」

「フリント、次にその単語を出したらお前のボガートが私になるまで痛めつけるぞ!」

「カサンドラ、どいてくれ。我々に対する妨害はもはや看過できない! わからせてやる必要があるんだ!」

「オリバー、そこから一歩でもスリザリンの方へ近づいてみろ、わからせられるのはお前になるぞ! 全員解散しろ! 今すぐ散れ!」

 

 過激な言葉で威嚇しながらも、カサンドラは早く増援が来てくれないものかとひやひやしていた。

 クィディッチの決勝戦を控えたグリフィンドールとスリザリンの対立は最高潮に高まっていた。お互いがお互いのことを滅ぼす怨敵だと考えているかのように、至る所で小競り合いが続いた。やれグリフィンドールに悪戯グッズを投げ込まれただの、やれスリザリンに呪いをかけられただの。上級生二人が決闘の末お互いの耳からネギを生やして医務室に担ぎ込まれた事例すらあった。その争いの種類に男も女も上級生も下級生もなかった。

 

「いいか、お前らもう少し紳士的に争え。アテナイとスパルタでさえもう少し大人しかったぞ!」

 

 そう叫ぶが、お互いの勢力はどんどん増えていく。この場だって最初はクィディッチチームだけだったのだ。それなのに言い争いが長引けば長引くほど、上級生下級生問わず集まって、軍集団のうちの一人になるのだ。たかが競技にバカバカしい。カサンドラは一瞬そう思ったが、よく思い返せばサッカーのフーリガンなどは応援チームの違いで殺し合うことすらある。古代のオリンピックでは選手関係者が毒殺されたこともあった。スポーツは人をどこまでも熱くするらしい。

 

「ここで引いてどうする!」

「グリフィンドールを前に引けるものか!」

 

 ついに二人のキャプテンが杖を抜いた。それに合わせてその場にいる全員が杖を抜いて臨戦態勢になる。またこうなったか。呆れながらもカサンドラは槍をしまって弓に持ち替える。

 

「よし、わかった。覚悟しろよお前ら! 全員寝かしつけてやる! 床にキスするがいい!」

 

 乱戦が始まった。

 それからしばらく、激闘が続いた。最初はお互いに呪いを放っていた生徒たちだったが、カサンドラが何本も矢を番えて放つと、それだけで矢の本数と同じ人数廊下に倒れ込むのだから、あっという間に生徒たちは危機感を募らせた。すぐにスリザリンとグリフィンドール共同で襲いくるカサンドラに魔法を放つが、あらゆる抵抗は無意味だった。

 

「がっ!」

「ぐあっ!」

 

 フリントとオリバーをほとんど同時に黙らせたところで、マクゴナガルとスネイプが騒ぎを聞きつけてやってきた。

 

「遅いぞ! もう終わった」

「お、終わったって……なんということです! ()()ですか、貴方達! 何度倒されればカサンドラの強さを理解するのですか!」

 

 廊下は死屍累々、気絶した生徒が絨毯のように一面広がっていた。カサンドラがほう、と息をつく頃には、戦闘の最初の方で気絶させられた生徒達が目覚める。そして、スリザリン、グリフィンドール問わず全滅していることに驚愕した。

 

「――全く、無様なことだ。グリフィンドールの悪ガキ共は学習能力がないらしい。こんな様子では、優勝杯など夢のまた夢であろうな」

 

 スネイプが楽しそうに眉尻を上げた。

 

「おや、学習能力がないのはお互い様ではないのですか? それとも、そのお言葉は自寮に向けたものですか? 謙虚なことで大いに結構!」

 

 カサンドラはため息をついた。グリフィンドールとスリザリンの喧嘩が絶えないのは間違いなく寮監二人がこうしてやり合ってるからだ。

 

「実に、嘆かわしいことですな。獅子と言うよりは……愚かな猪と言った風ですな」

「蛇の狡猾さをどこかに置き忘れることも、嘆かわしいと言えるでしょう」

「生徒の山に加わるか、二人とも」

 

 カサンドラが言うと、ようやく二人は黙って自分たちの寮生たちを起こしていく。

 

「まったく……」

 

 カサンドラは弓をしまって生徒たちを起こしていく。気絶から覚めた生徒から順番に寮へと戻るよう指示する。

 

「いいか、今から寮に戻るまで、私の視界で三人以上群れるなよ。わかったらいけ!」

 

 スリザリンとグリフィンドールを全員帰したところで、ようやくカサンドラは息をついた。

 

「今年の熱狂は凄まじいな。『集会の禁止』だなんて、共産野郎の真似事をすることになるとは思わなかったぞ」

 

 カサンドラの危険なジョークは魔法使いには全く通じなかった。マグゴナガルもスネイプもお互いを睨みながら微動だにしない。

 

「熱狂するのは当然です! なにせグリフィンドールが優勝するのですから!」

「言葉は正確に使うようお願い申し上げる、マクゴナガル先生。グリフィンドールはまだ優勝候補であるが故に。そして、優勝はスリザリンがいただく。例年通りに」

 

 カサンドラはヒートアップしていく二人に処置なしとばかりに踵を返す。

 

「好きにやっていろ。私はもう行くぞ」

 

 見回りをしなければまた生徒間で決闘騒ぎが起こるかもしれない。今は寮監の面倒まで見ていられなかった。こんな調子で当日正々堂々試合できるのか? カサンドラには不思議だった。

 

 試合当日の朝。大広間で朝食をとっていたカサンドラはグリフィンドールとスリザリンが大広間に来るなり警戒せざるを得なかった。クセルクセス王のように厳重な護衛付きで現れたハリーの手にはすでにファイアボルトがあった。普段なら隣の席の教員に冗談のひとつでも飛ばすのだが、今クィディッチ関連の冗談など言ったら大広間中が戦場になるかもしれなかった。選手たちは誰よりも早く飯を食い、誰よりも早くピッチに向かった。大きな拍手と共に送り出される選手達は堂々としており、誇らしそうだった。

 

「ハリー、頑張ってー!」

 

 レイブンクローの席から一際大きな声援が飛んだ。チョウ・チャンだ。ハリーは彼女の方をしっかりと振り向いて、それから顔を赤くして手を振った。

 

「……」

 

 何かを言いたかった。ハリーももう初恋か、とか。あんな可愛い女に送り出されて幸せ者め、とか。だが今のホグワーツの熱狂なら、ハリーを妨害するためにチョウを拐いかねない。カサンドラは沈黙を貫いた。

 

――1994年 5月 クィディッチアリーナ

 

「……ようやく一息つける」

 

 カサンドラは疲れたように声を出した。

 

「大活躍だったらしいですね。凄まじい数の生徒を黙らせたとか」

 

 隣のルーピンがウキウキした様子で言った。古代の英雄の活躍を間近に感じて喜んでいるらしい。

 

「子供相手だ。そう苦労することもない」

「いやぁ、実に素晴らしいですね」

「それよりも厄介なのは大人だ。スネイプも、マクゴナガルも、生徒に混じってやり合いかねなかったぞ」

 

 そのスネイプは今スリザリン寮の生徒席の最前線を陣取って応援している。顔は陰気なままだが応援グッズを手に持っている様はどうにもシュールだった。マクゴナガルはいつも通り実況席でグリフィンドール寄りの実況をするジョーダンの監視役だ。点数の管理も兼ねているらしい。

 

「――やった! キーパーを破りました! グリフィンドールに得点! 20対0! ザマアミロ卑怯者!」

「ジョーダン! 公平な実況をしなさい!」

 

 カサンドラは肩を竦める。試合は酷いものだった。ついこの前の紳士的なスポーツマンシップはどこに行ったのか、スリザリンのラフプレーにあっさりキレたグリフィンドールチームは反則上等の危険プレーを始めたのだ。大体はラフプレーのスリザリンを倒す正義の相手チームという構図なのだが、この期に及んでしまえばどっちもどっちである。

 スリザリンのチェイサーが体当たりすると、グリフィンドールのビーターが棍棒でスリザリン選手を殴りつける。

 スリザリン選手がボールの代わりにグリフィンドール選手の頭を掴むと、報復として強烈な突撃を喰らわせる……そんな泥沼に近い様相を呈していた。

 

「……試合終了時に選手は残ってるのか?」

 

 すでにスリザリンからチェイサーが一人、グリフィンドールからビーターが一人退場させられている。

 

「まあ、シーカーは残るでしょう」

「――だといいが」

 

 カサンドラがハリーに視線を向けると、ファイアボルトの尾をマルフォイが掴んで妨害しているのが見えた。凄まじいブーイングがアリーナ中に響き渡る。

 

「このゲス野郎!」

 

 今までにないくらい大音声でジョーダンの罵声が飛ぶ。マイクを引ったくられないようにマイクをつかんで躍り出しながら叫びまくる。

 

「この卑怯者!このカス野郎!選手の風上にも置けないボケナス――!」

 

 マイクを庇う必要はなかったかもしれない。何せマルフォイの埒外の反則にマクゴナガルも一緒になって手を振り上げて何事やらを叫んでいるのだ。

 ペナルティゴールでグリフィンドールがさらにリードする。

 お互い反則ギリギリ、あるいは反則をしてでも削り合う。その荒っぽさは戦場と見紛うほどだった。

 スリザリンが得点をし、点差が50点になったとき。マルフォイが箒を急降下させた。マルフォイがスニッチを見つけたらしい。地面スレスレをスニッチが飛んでいる。

 ハリーが遅れて気付くが、かなりリードは開いている。だが、ハリーは地面に向かって加速を続けた。速すぎるが故にハリーの姿はブレて見え、炎の雷が閃いた。あっという間にマルフォイを追い越すと、すれ違いざまにスニッチをキャッチした。

 

「ハリー! よくやった! ハリー・ポッターがスニッチをキャッチ! グリフィンドールの優勝です!」

 

 アリーナが爆発的な歓声に包まれた。

 ハリーはチームメイトにもみくちゃにされ、見たことがないくらい幸せそうだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。