――1994年 6月 カサンドラの居室
カサンドラは焦ったようにキョロキョロと周囲を見回すハーマイオニーを眺める。ソファにゆったりと座り、湯気の出る紅茶カップに視線をやる。
「カサンドラ、何かしら? その、私勉強しないと……テストのために。カサンドラ、お願いだから邪魔しないで」
「邪魔……邪魔か」
カサンドラはハーマイオニーの胸元に目をやる。逆転時計が目に付く。
「――随分と荒れてるそうじゃないか」
「反抗期よ! それに、クィディッチ前にはみんな荒れてた!」
一刻でも早く会話を切りやめたいのか、ハーマイオニーは早口で、刺々しく、素っ気なかった。こうも変わってしまうのか、とカサンドラは改めて時計の危険性を認識した。
「もう時計を使うのもあとはテストくらいだな。今年一年――どうだった? 来年も使うか?」
ハーマイオニーは眉を潜めた。うつむいて、ぼそりと言った。
「――頭がどうにかなりそうなの」
「だろうな。隈もすごいことになってるぞ。化粧でも隠し切れてない。髪の毛の艶もなくなってるし……。ボロボロじゃないか」
「何度1時間目を受けたのかもわからなくなって……今自分はどこにいて、誰と話してて……そんなことを考えていくだけで気が狂いそうなの。でも、私はやらないといけないの」
カサンドラは紅茶をハーマイオニーの前に差し出した。ハーマイオニーはゆっくりとカップを持ち上げ、一口飲む。ほう、と息をついた。
「そんなに神経質になることはない。ハーマイオニーの優秀さを疑う教員はいない。あのスネイプ先生すら」
「――私……世界の法則を歪めたの」
ハーマイオニーの声は罪悪感に満ちていた。
「過去に戻れるなら……。そんなの、魔法界に来ても、
――夢幻の方が良かった……」
ハーマイオニーは俯くと、ポロポロと涙を流し始めた。
「クルックシャンクスがスキャバーズを食い殺したの」
「ああ。聞いてるよ」
「私は……私だけは、スキャバーズを助けることができた。世界でただ一人、ロンのネズミを死の運命から助けることができたの」
カサンドラは首を振った。並大抵の覚悟じゃなかっただろう。想像を絶する重圧だっただろう。
「だがしなかった。そうするべきだと思ったからだろう?」
「私は、ロンのネズミを見殺しにしたの……。助けることができたのに、しなかった。もう限界よ……。これからこの時計を持つ限り、私はありとあらゆる不幸を自分の意思で選び続けることになるの。たとえパパとママが死んでも、それを回避できるのに、回避しちゃいけないの。――もしそうなったら私、多分おかしくなる。もしかしたら……今もうおかしくなってるのかも」
ハーマイオニーの声は後悔と、罪悪感に満ちていた。
「バックビークの件もそうよ。たとえ判決が死刑でも、処刑される寸前まで時間を戻せば助けることができる……でもそれはダメなの。この時計はそういうことに使っちゃダメなの、勉強に使うと約束したの」
カサンドラはため息をついた。
「もう少し早く話を聞くべきだった。ハーマイオニー、お前はもう限界だ。時計は試験の日まで預かっておく。そして、その間、試験の日まで私はお前がどれほど望んでも、たとえダンブルドアに殺されるような目に遭おうとも、この時計をお前には渡さない」
カサンドラはハーマイオニーの首に手を回し、逆転時計をハーマイオニーから外した。彼女は抵抗しなかった。
「だから――もうそんなことで悩む必要はない。休め」
「でも私、勉強しなきゃ。それに、バックビークの裁判もあるし」
「ハーマイオニー。お前は限界なんだ。これ以上無理すると壊れるぞ。お前の今までの努力はけしてお前を裏切ったりしない。試験までの日を休息に当てたところで問題はない。
それに、ハグリッドは大人だ。いつまでもお前らに頼ってること自体がおかしいんだ。だから、裁判のことは忘れろ。私があいつのケツ叩いて調べさせる」
でも、とハーマイオニーはなおも言い募る。
「ハーマイオニー。あまり思い詰めるな。それに……もうやめろ。無駄だ」
カサンドラの指摘に、ハーマイオニーは項垂れる。否定できなかった。『危険生物処理委員会』のことも調べたのだ。彼らは何も悪意があって魔法生物を処刑していくのではない。力のない魔法族を化け物から守るために人生を捧げた人間ばかりなのだ。彼らが今まで積み上げてきた功績、苦労を思えば簡単に否定できるものでもない。
「――結局、何もかも無駄だったのね」
「いや。お前の優しさにハグリッドは救われただろう。それにマルフォイも変わった。お前に叩かれてからというもの、バックビークに関して何も言わなくなったじゃないか」
「でも、本当に助けたい命は……助けられない」
カサンドラは何も言わなかった。ハーマイオニーはその様子にショックを受けたようだったが……やがて、ゆっくりとその事実を飲み込んだ。
「――ごめんなさい……。お話ありがとう。私、無理してたみたい」
ハーマイオニーは紅茶を飲み干すと、部屋から出て行った。
「……ダンブルドア、聞いてるんだろう? 話をしよう」
バシン。ハーマイオニーが座っていた椅子に、ダンブルドアが座っていた。
「ホントに聞いてるとはな」
カサンドラは苦笑した。
「今回は特別じゃよ。逆転時計の件については、繊細な対応が求められるでの」
「そうだな」
カサンドラは手の中の逆転時計を弄ぶ。
「学生には過ぎた道具だ」
「ハーマイオニーがあそこまで自分を追い詰めるとは思わなんだ。自分は世界の法則を歪めているのだから、常に全力で、勉学に励むことこそが義務だと……そう思い詰めておった」
「いっそのこと悪戯にでも使うくらいの適当さがあればな。なぁダンブルドア。あの子の言ってたことは本当なのか?」
「ん? どのことかな」
カサンドラは猫とネズミの件を思い出す。
「ロンのネズミを助けたらダメという件だ」
「スキャバーズは助かっていない。それが答えじゃよ」
「――つまり? 私は生徒じゃないぞ」
せっかちじゃのう、とダンブルドアは微笑んだ。
「実はこう言った考証はマグルのほうが進んでいるとさえワシは思っておる。お主はどう思うかの?」
「SFはあまり読まないんだ。わからん」
「質問がいがないのう。魔法省の不思議担当、『神秘部』の公式見解は『時間は改変を含めて成立している』という考えじゃ」
「……なるほど?」
明らかにわかっていなさそうなカサンドラに苦笑しつつ、ダンブルドアは解説を続けた。
「たとえばじゃ。逆転時計を使える状態で、お主がお主一人ではどうしても勝てない敵と対峙したとしよう」
カサンドラはヴォルデモートとバジリスクの群れが襲い掛かってくるところを想像する。
「逆転時計を使い、過去に戻れば過去の自分を助けることができるという状況じゃ」
「んー、まあ、想像したが」
「おそらくお主はなんらかの隙をついて過去に戻り、過去の自分へ増援に向かい、勝利する。そういう流れを想像したと思う」
「まあ、そうだな」
過去に戻れるなら、おそらくダンブルドアが言ったような流れで逆転時計を使い、過去を改変するだろう。
「
「……意味が分からん」
「つまり、『何らかの隙をついて過去に戻る』必要がない。お主は一人では決して倒せない敵と対峙していると、どこからともなく自分と全く同じ実力を持つ人間が増援に現れ、協力して敵を倒し、いずこかへ消えていく。そして気づくのじゃ。あの増援は逆転時計を使った自分だと」
カサンドラは頭がこんがらがってきたのを自覚する。
「すまん。さっぱりわからん」
「つまりの、真実の意味で『過去を変えることなどできん』ということじゃ。逆転時計を使い、過去を変えたならそれが本来の歴史なのじゃよ」
「その理屈は……たとえばだ、もし私が50年前か100年前かに飛んで、ダンブルドアを殺したら、どうなる?」
ダンブルドアは愉快そうに笑った。
「ワシがここにおるということは、そうなることはあり得ないということじゃよ」
「それじゃあ、誰にも見つかるなっていうのは?」
「そこはの、影響を最小限にとどめるための方便というやつじゃよ。逆転時計の法則は強固じゃ。逆転時計を使うにおいて真に気を付けなければならないのは『過去でどう行動するか』ではなく、『どれだけ過去にさかのぼるか』じゃ。何十時間も、何か月も、何年も過去に戻る研究は進めようとしておる。じゃが一向に進まん。なぜかというとな、それを試したものは皆時間の狭間に閉じ込められて誰一人戻ってこなかったのじゃよ」
「……わからん」
カサンドラは理解するのをあきらめた。
「ワシも……そして世界の誰も、遥か長い時間を移動したときのことなどわかりはしないのじゃよ。極限定的な場面で証明を進めてはおる。しかし、それは取り返しがつくレベルでの話じゃよ。具体的には、5時間以内の時間遡行じゃ」
「……なるほどな。ということは、ハーマイオニーがスキャバーズを助けても問題はなかったってことか?」
ダンブルドアは頷いた。
「そうなるの。そういう意味では彼女の懸念は正しい。彼女はスキャバーズの死を『選んだ』のじゃよ。ゆえに、あれほど苦しんでおる」
「……やっぱり、これは学生に持たせるべきじゃない」
カサンドラが言うと、ダンブルドアは頷いた。
「うむ。ワシとしても生徒の一人が壊れかけるなど、本意ではないのでな。来年からは禁止しようかと思っておる」
「じゃあこいつはもらってもいいか?」
「無論、ダメじゃ」
だろうな、とカサンドラはポケットに逆転時計を入れた。
「試験の日が来たらハーマイオニーに渡すよ。――5時間以内なら、どれだけ過去の人間とあっても影響はないんだな?」
「うむ、その通りじゃ。じゃが無茶なことをするではないぞ?」
「ふーむ。じゃあ、この部屋で自分に会うってのはどうだ?」
「……なんとも奇妙なことを考えるのう。理論上は問題ないし、実験事例もある。特に問題はなかったそうじゃ」
「なら試すか」
その時、ガチャリと扉が開いてカサンドラが入ってきた。ダンブルドアが愉快そうに笑った。
「……驚いたな」
ソファに腰掛けたままのカサンドラが立ち上がって自分を見た。
「自分と話すことになるとはな。ダンブルドア。これは面白い。だが……本当に奇妙だな」
「なるほどな。これが『改変も含めて過去』ってことか」
ソファに座ったカサンドラはすたすたと歩いて外に出た。おそらく外で逆転時計を使ったのだろう。
「……実に、不思議じゃのう」
「本当にな。しっかし、ハーマイオニーにこのことを教えてやらなくていいのか?」
「それはできん」
「なぜだ?」
「ハーマイオニーがこのことを知れば、『グループワーク』をしかねんのでな」
図書室の一角を占拠して何人ものハーマイオニーが協力して宿題を片付ける様がありありと想像できる。そんな姿を誰かに見られたら『ヤバい』ことになる。
「確かにな。だが……知っていれば、彼女の苦しみはもう少し和らいだんじゃないか」
「カサンドラ」
ダンブルドアは、厳しい表情になった。
「厳しいことを言うようじゃが、ワシは和らげる必要はないと考えておるよ。『もう二度と逆転時計は使いたくない』と思うくらいがちょうどいいとさえ考えておる。過去を簡単に変えられると知るのは、どんな人間をも邪悪に貶めるじゃろう。この時計は真に必要な時がくる……。カサンドラ、くれぐれもその時計を悪用せんでおくれ」
「ああ。気を付けるよ。心配しなくても……私は『選べる』」
「――すまんのう」
ダンブルドアは、静かに言った。
――1994年 6月 グリフィンドール談話室
試験を二日後に控えたその日、グリフィンドール生はついにハーマイオニーが疲労でおかしくなってしまったのだと悟った。グリフィンドール生のほぼ全員がカンヅメ状態で猛勉強している中、彼女は談話室の隅っこの方で試験に全く関係のない本を読んでいるのだ。
「は、ハーマイオニー? 勉強はいいのかい?」
ロンが思わず聞いた。気になったというのもあるが、魔法薬学の試験勉強に嫌気がさしたという理由のほうが大きい。
「え? ……ええ。ちょっとね、考え方を変えたのよ」
そう言うハーマイオニーの声は穏やかで安らいでいた。ほんの数日前まで眉間にシワを寄せて隈を作り、ピリピリした様子で勉強していたのが嘘のようだった。
「ハーマイオニーが試験に関係ない本読むなんて、信じられない……。何の本?」
「ん……。一昔前のイタリアの話。覚えてるかしら、エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェの話よ」
ロンはその嫌に長ったらしい名前には聞き覚えがあった。
「確か、ほとんど首なしニックが復讐に手を貸した奴だっけ?」
「ええ。エツィオのお父さん、お兄さん、弟さんは……理不尽な裁判で無実の罪を着せられて処刑されたそうよ。アサシンとなったエツィオは……裁判に関わった人間を皆殺しにして、復讐を遂げたの」
ハーマイオニーはそう言いながら、本に視線を戻す。近くで聞いてたロンは顔を引きつらせていたし、遠くで聞いていたハリーも顔を青くした。
「ハーマイオニー、まさか、君復讐する気?」
「昨日くらいまではそれもいいかなって思ってたわ。でも……やっぱり、復讐はいけないことよ」
「でも……どうするんだ? このままだとバックビークが処刑されるぞ」
「……大人を信じましょう」
ハーマイオニーはそう言った。ロンとハリーは彼女がそんなことを言うのは半ば信じられなかったが……もはや3人とも限界を迎えていたのは確かなのだ。ハリーとロンは試験勉強があるし、ハーマイオニーは疲労がピークだった。
「私……今年は色々無理してたわ」
そう言ってしみじみと呟くハーマイオニーは、肩から荷を下ろしたような、そんな穏やかな顔をしていた。
「――でもさ、本当に大人を信じられるのかよ? 試験最終日に裁判が起こって……関係者みんながホグワーツに来る。裁判官、魔法省大臣、マルフォイのパパに、死刑執行人が。死刑執行人もセットで来るんだぞ?」
「――もしそうだったとしても……私たちの出る幕はもうないわ」
ハーマイオニーは悟りきったような表情で、本を閉じた。立ち上がると、みんなの勉強の邪魔をしないようにと、女子寮への階段に向かった。
「――どうしちゃったんだ、あいつ?」
「燃え尽きちゃったのかも」
ハリーの目には、そうとしか見えなかった。気が狂いそうなほどの激務を終え、平穏を手にしたハーマイオニーを責めることは、二人には出来なかった。
――1994年6月 ホグワーツ廊下
試験最終日。闇の魔術に対する防衛術の試験を終えたハリー達はハグリッドの小屋へと通じる玄関口へと向かう大人たちを目にした。
「ふむ、ふむ……。ヒッポグリフ……。うむ、彼奴を処断するのは久々じゃのう……。ファッジ、マルフォイよ、管理人の説得は済んでおるのかのう?」
ヨボヨボの老人が、ポヤポヤした様子で言った。好々爺たる笑みを浮かべているが、目は変に鋭く、にこりともしていない。
「いえ、それがまだ……。頑固な男でして」
魔法省大臣、ファッジが答えた。
「それは、それは。実に悲劇じゃのう。しかし、愛着があるからと言って、気を抜くわけにもいくまいて……」
「実に、おっしゃる通りですな」
ルシウス・マルフォイがすぐ後ろに息子を引き連れて言った。
「マルフォイ? どうして?」
ハリーが言うや否や、ハーマイオニーは駆け出していた。
「ちょっと、ハーマイオニー!?」
ロンとハリーが駆け出した彼女を追う。ハーマイオニーはルシウスの前に立ち、複雑な表情で彼を見上げる。
「おや。君は……ミスグレンジャー。何用かな」
純血主義魔法使い筆頭の人間にしては、嫌に丁寧な態度だった。
ルシウスの後ろにいるドラコが苦々しい顔をしてハーマイオニーから視線を逸らす。
「どうして……御子息のいいなりになって、生き物を処刑させるんですか」
「ふむ……。なぜ、なぜか。ミスグレンジャー。君にはおそらく理解できないだろう……しかし、我が儘を叶えてやっているわけでは、ないのだよ。苦肉の策……したくてしているわけでもない。私とて、敵を作るのは避けたいのだがね」
ハーマイオニーの顔に疑問符が浮かぶ。
「――父上、僕がこいつと話します。だから、先に行っていてください」
「それはならん。ドラコよ。ハグリッドの嘆きを、判決が下される様を、ヒッポグリフが処刑される瞬間を、お前は見届けなければならない」
「しかし父上、このままではグレンジャーはどきませんよ。邪魔ではないですか?」
「説得にそう時間はかからんよ。――お前と違って賢いお嬢さんだ」
ドラコは顔を赤くして黙った。
「どういう、ことですか」
「……君にはとても腹立たしいことであろう。だがこれも愚息には必要な教育なのだよ」
「意味がわかりません」
「
ハーマイオニーはムッとして言った。
「そんなの! 実際に殺す必要なんてないわ!」
「そう思うかね? 有名な逸話があることは知っているだろう。『子供が生まれたら子犬を飼いなさい』と」
ハーマイオニーは目を見開いた。ルシウスの言いたいことが半ば理解できてしまったのだ。
「――やはり、素晴らしく賢く、知識に富み、機転も利く……。血筋さえ良ければ、言うことなしなのだが。行くぞ、ドラコ」
「でも父上、その、僕処刑の場面なんて見たくない。父上だけでいいでしょう?」
「
ルシウスはドラコの腕を掴んで、引き摺るようにして歩き始める。ハーマイオニーの隣を抜けて、ハグリッドの小屋に向かった。
「――そんな、そういうことなの?」
「ハーマイオニー、どうしたんだ?何で通しちゃったんだよ!」
「ごめんなさいロン。私……わからなくなっちゃった……。何が正しいことなの……? 何をすればいいの……?」
ハーマイオニーは顔を手で覆ってその場にしゃがみ込んでしまった。ロンが慌ててその背を撫でる。
「大丈夫か? マルフォイに何言われたんだ?」
「……ロン、ペットはいつか死ぬわ。私たちより先に」
「当たり前だろ?」
「親は……その時に子供が泣いて悲しんで、嘆くのがわかっていて、買い与えるの」
ロンにはハーマイオニーが何が言いたいのかさっぱりわからなかった。
「どういうことなの、ハーマイオニー」
ハリーが聞く。
「命がどれほど大切なものか……それを子供に教えるために動物を使うのって、ありふれたことなのよ……」
「それは……ペットの話だ。ハーマイオニー、しっかりしろよ。バックビークはマルフォイのペットじゃない! ハグリッドのだ!」
「『権力を濫用したらこうなる』ということを、教えるためだったら? 立派な貴族になるために必要な教育だったら?」
「たしかにそうかもしれない。でもハーマイオニー、そんなのハグリッドには何の関係もないことじゃないか!」
ハーマイオニーはハリーの言葉にハッとなる。
「そ、そうね、そうよね。ごめんなさい。どうかしてたわ……」
「しっかりしてくれよ、ハーマイオニー。もうあとは祈ることしかできないとはいえさ、弱気になってちゃダメだ」
「ええ、そうね」
ハーマイオニーは涙を指で拭って、立ち上がる。
「次は最後の試験だ。占い学だね」
「適当に言いまくってやるわ」
三人はお互い微笑みながら、次の教室へと向かった。
――1994年6月 占い学教室
ハリーは占い学の試験を終え、教室から出ようとしたその時だった。
ガタリ、と大きな音がした。ハリーは思わず振り返る。
「今夜」
トレローニーの口から、彼女のものとは思えないほど太く、低い声が発せられた。白目を向いてビクビクと痙攣する彼女は、ハリーが駆け寄る前に何事かを叫び始める。
「闇の帝王の忠実なる下僕が12年もの拘束から解き放たれ、彼の下へと馳せ参じるであろう……!
今夜、真夜中。忠実なる下僕は真の自由を手にし、馳せ参じる……!
下僕の手を借り、大いなる帝王は蘇る……病める魂を……さらに凶悪に歪ませて……」
トレローニーはさらに続けた。
「膨大な過去が大いなる闇を討たんとするその時……魔法界に数多の死が訪れる……抵抗はできない……膨大な過去が過去に立ち返るその時……魔法界に数多の死が……訪れる……」
ハッ、とトレローニーは急に元に戻った。
「どうしました? 私……」
「今……ヴォルデモートが復活するって予言しましたよね?」
ハリーが言うと、トレローニーはまぁ、と言う顔をした。
「ハリー・ポッター! いくら私が優れた予言者とはいえ……そんな大それたことを予言するような恥知らずではありませんことよ!」
トレローニーはそう叫ぶと、ハリーに早く出て行くように促した。
――どういうことだろうか。闇の帝王が蘇る?数多の死が訪れる? 一体……。
ハリーはさっきの真に極まった風のトレローニーのことを相談しようとロンとハーマイオニーが待つグリフィンドール談話室に向かった。
「ロン、ハーマイオニー、聞いてよ、トレローニーが……」
「どうしたっていうんだ、ハリー? もしかしてトレローニーがバックビークの死でも予言したか? ならあたりだ」
え、とハリーは固まった。悲しそうな、それでも『やっぱり』という雰囲気をしたハーマイオニーがハリーに告げた。
「ハグリッドが負けたわ。バックビークは処刑されるの。――日没後に」
ハリーは目の前が真っ暗になったような気がした。
子供が生まれたら犬を飼いなさい
子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしよう。
子供が幼少期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。