――1992年1月 ホグワーツ構内 禁じられた森近郊
ホグワーツの敷地は広い。ホグワーツ城そのものもさることながら、北部に広がる大きな森、禁じられた森はホグワーツ城に勝るとも劣らぬ面積を誇る。ホグワーツの番人、ハグリッドが住う小屋は生徒たちが立ち入ることができるギリギリの位置にある。
カサンドラは小屋の入り口に立った時点で嫌な予感がしていた。何せ今は冬だ。にも関わらず小屋の周囲は熱気とも言えるほどの熱が包んでいる。グリフィンドールのちびっこ三人は小屋から聞こえた何かの鳴き声を聞いて、カサンドラの影に隠れてしまった。
「――失礼、ハグリッド」
カサンドラが意を決してノックをすると、扉が開いた。カサンドラよりも頭2つ分ほど大きい男、ハグリッドがにこやかに出迎えてくれた。
「おお! カサンドラ。お前さんがこっちに来るのは珍しいな。今日は休みか?」
「いや、今もなお勤務中だ」
「それはいけねぇ。じゃあ休憩中ってことにして、紅茶でも飲んでくか?」
「いや……」
カサンドラはなんと声をかけたものかと悩む。
何せ視界の端、ハグリッドの背後では骨ガラみたいな、カサンドラほどもある大きさのドラゴンが大暴れしている。時々炎を吐いてハグリッドの服を焦がし、小屋の一部を炭に変えている。おもちゃとして与えられたのだろうぬいぐるみはとっくに中身が全部ぶち撒けられている。
――
「ハグリッド、ドラゴンを飼い始めたと話を聞いてきたんだが……」
「おお! 三人に聞いたんだな!ほら、ちっちゃなノーバートだ!」
「――ハグリッド。『飼えている』んだよな? 荒らされているようにしか見えんが」
ハグリッドはボロボロにされる小屋を見ても顔色一つ変えず……いや、ニコニコと満面の笑みだ。
「ああ。もちろんだカサンドラ。なにせドラゴンは気難しい。俺はドラゴンを飼うのが子供の頃からの夢だったんだ」
「そ、そうか。夢が叶ったのか」
「ああ!」
嬉しそうに楽しそうにするハグリッドに、カサンドラはなんとも言えない顔をする。
「ハグリッド……。そのドラゴン、この小屋より大きくなるんだぞ? それも、今月中には」
「わかっちょる、ロン。ノーバートのために家を建ててやらんとな」
カサンドラはため息をついた。
「ハグリッド。お前は気の良い同僚だ。できれば仲良くしていきたい」
「別嬪さんにそう言ってもらえるとは思わなんだ。俺もだ、カサンドラ」
カサンドラは背中に帯びたレオニダスの槍を構える。
「カサンドラ?」
「友として、忠告する。ダンブルドアに報告するか、そのトカゲを私に始末させるかだ」
「な、なにを言っとる? カサンドラ、ノーバートを殺すつもりか!?」
「それはハグリッドの返答次第だ。――お前ら、下がってろ」
カサンドラの影に隠れて出てこない三人を小屋から離すと、カサンドラは不思議な紋様が描かれた剣――アレクシオスから託された剣、ダモクレスの剣を抜く。
「な、お、お前さん、ノーバートが嫌いなのか?」
「事がそう単純じゃないことくらいわかるだろう? ハグリッド、ドラゴンは飼ったらダメな生き物らしいじゃないか。――禁止された理由はまぁ、今目の前の光景を見れば誰でも理解できる」
カサンドラにも、そしてホグワーツ入りたての子供の目にも、ちっちゃなノーバートは制御できているようには見えない。ハグリッドを親とも思っていないだろうし、周囲の人間はちょっと大きい餌くらいに思っているのだろう。
「だが、俺は
「叶えるべきではない夢はある。ハグリッド。誰かを殺す事が子供の頃からの夢だったと言われたら、お前は止めないのか?」
「そんなものと一緒にせんでくれ!」
「同じだ。犯罪という意味ではな」
カサンドラはさらに凄む。
「ハグリッド、お前のためだなどと言うつもりはない。そいつは危険で、ここに生徒は入ってこれる。警備員としてそいつの存在は認められない」
「ノーバートはただここにいるだけだ! それのなにが悪い! カサンドラ、わかってくれ!」
「それは無理だ」
「カサンドラ! ――……! カサンドラ! 俺は、俺は……! ただではノーバートを渡したりしないぞ。お前とだって戦う!」
後ろで三人から悲鳴が上がった。まるで今すぐにでもハグリッドが無残に殺されると確信したかのような悲鳴である。
「ダメだハグリッド! 殺される! カサンドラはトロールより強いんだぞ!」
「いや殺さないが」
昔だったら殺ってたかもしれないが、今は20世紀末だ。同僚とちょっとペットの扱いで諍いがあったからと言って殺してはダメなことくらいカサンドラは理解している。それに、新任が上の判断を仰がずに長年働いた人間を始末すれば、外聞が悪いなんてレベルじゃない。
「カサンドラ。俺はただ夢を叶えたいだけなんだ」
夢、夢、夢とバカの一つ覚えみたいに繰り返すハグリッドに、カサンドラはついにキレた。
「いい加減にしろ! 飼えもしないドラゴンをそばに置いて、周りの迷惑を考えろ!」
「ここに生徒は滅多にこない!」
「この三人が来てるだろうが! それとも何か、次は三人にもう近寄るなと言い放つのか!」
「ノーバートはいつかわかってくれる! なんで待ってくれないんだ!」
カサンドラはハグリッドに詰め寄る。
「資格も持っていない人間が、飼おうとしているからだ。それとも何か? そこの化け物トカゲが犬や猫みたいにおとなしくするようになると? お前は自分のしている事を本当に理解しているのか!? お前がやっていることは汚職と変わらん。ダンブルドアの顔に泥を塗る気か? 恩人だと私に話してくれたのは口だけか!?」
「違う! 俺は今でもダンブルドアを尊敬している!」
カサンドラはハグリッドの胸ぐらを掴んだ。具体的な事情をカサンドラは知らない。だが、今こうしてハグリッドがホグワーツで働いているのに『恩』を感じるほどの何かがあったということは教えてもらったし、ハグリッドがダンブルドアを深く尊敬しているのも知っている。
だが、彼の尊敬には行動が伴っていない。
「尊敬しているだと? なら、このザマはなんだ! もし事が然るべきところに知れてみろ、責任は全てダンブルドアが負うんだぞ!」
「そんなことはねぇ! 悪いのは全部俺だ!」
「そんな子供みたいな理屈が通用すると思っているのか! ここで働けと言ったのもダンブルドアなら、ドラゴンの存在を察知できなかったのもダンブルドアということになるんだぞ! 最悪お前の行動を黙認していたなんてことになってみろ! お前も! ダンブルドアも! 揃って悪人ということになるんだ! わかったらとっととそこのドラゴンを諦めろ!」
カサンドラはハグリッドを突き飛ばす。ノーバートが新しい餌が来たとばかりにハグリッドの肩に噛みつくが、子供のドラゴンではハグリッドには全くダメージを与えられない。だが、これで証明されたようなものだ。ドラゴンはハグリッドになついてはいないし、家族と思うこともないだろうということが。
「それが甘噛みとでもいうのか?」
「そ、そうだ」
「――そうか。つまり、お前はここでドラゴンを飼うと。恩義も、職務も、法律も、すべてを放り出して夢を優先するんだな」
「――いや、だが……本当にダンブルドアに迷惑がかかるのか?」
「決まってるだろう」
「ど、どうにかならんか」
カサンドラは今日何度目かになるため息をついた。だから、その『どうにか』がドラゴンの始末という意味なら可能だ。だが、ハグリッドも、そして後ろの三人も、ここでドラゴン抹殺ショーを見たいわけではないのだ。始末するわけでないのなら、魔法界に詳しくないカサンドラにできることなど限られている。
「ダンブルドアに相談する」
「それじゃあノーバートを取り上げられちまう!」
「それがダンブルドアの指示なら、従え。さもなくばそのドラゴンは殺処分だ」
行くぞ、とカサンドラはハリーたちを連れて小屋から離れた。これ以上ハグリッドと話していたら、彼のことを嫌いになりそうだった。
「……その、なんとかなる、よね」
「ハリー、お前はどうしたいんだ」
「――それは……」
「僕としては、とっととあのドラゴンにはホグワーツからいなくなってほしいよ。見てよこの指。食いちぎられかけたんだ」
ロンの指には包帯がぐるぐる巻きにされていて、今もなお乾いた血で茶色に染まっている。
「――」
カサンドラは今すぐにでも引き返してドラゴンを始末するか、と考えた。彼女から溢れた殺意を感じたハーマイオニーは、慌てて話題を変える。
「でもカサンドラ、魔法省にバレずにドラゴンをどこかへやる方法なんてあるのかしら?」
規則の番人たるハーマイオニーも流石に生まれたばかりのドラゴンを殺し、友達をアズカバン送りにするのは気が引けるらしい。カサンドラにはハーマイオニーの質問に答えられるだけの知識がなかった。
「いや――何もかもはダンブルドアに聞こう」
カサンドラは三人を連れたまま、校長室へ向かう。それなりに長い道のりだったが、歩を進めるにつれて三人が楽しくおしゃべりをはじめるので、そこまで退屈ではなかった。話題は『石』について。どうやらニコラス・フラメルという男が大昔に作った石をケルベロスに守らせているらしい。最初はスネイプにバレるかもと煩かったロンだが、カサンドラが彼には黙っていることを約束すると、すぐに何も言わなくなった。
「ねえ、カサンドラ、ニコラス・フラメルについて何か知ってることはあるかしら?」
カサンドラはしばらく悩む。心当たりがないわけではない。
「昔に手持ちのアダマンタイトを少し売った覚えがあるな」
「アダマンタイト?」
「ああ。秘宝の材料になるから、最高の錬金術素材だなんだと……まぁ、錬金術には興味がなかったからな。高値で売れたことしか覚えていない」
話しているとだんだんと思い出してきた。カサンドラは今から600年ほど前に錬金術――ひいては『秘宝』の再現に血道をあげた一人の狂人にアダマンタイトの欠片を売ったのだ。
「……ニコラス・フラメルってマグルだったの? ダンブルドアと共同研究するくらいだから魔法使いだと思ってた」
ロンはそう言うが、カサンドラは首を傾げた。
「いや……どうだったかな。当時は山ほど錬金術師がいたからな。賢者の石の作成を成功させたってことは、他の錬金術師とは違う……つまり、魔法使いだったってことじゃないのか?」
「え、錬金術師っていっぱいいたの?」
ハリーが聞くと、カサンドラはうなずいた。当時、今でいう科学者と同じようなポジションに錬金術師がいた。
「大体はインチキか、飛躍した理論を実証するのに忙しそうだったがな。まあ、今の科学にも繋がる部分もあったから、無駄ってわけじゃないんだろう」
マグルの錬金術師は世界の仕組みをいくつか発見し、魔法使いの錬金術師はその理想をかなえた。そういうことなのだろう。
「へー。ねえカサンドラ、ついでにさ、三頭犬を出し抜く方法って何か知ってる?」
ロンが聞くと、カサンドラは肩をすくめた。
「私はケルベロスの邪魔をしないと生涯誓ったんだ。それに、出し抜く方法なんて知らないぞ」
「そこを何とか! ヒントだけでも」
「なら私よりも強くなればいい。始末するのが一番手っ取り早い」
「それができたら世話ないよ……」
ロンがうなだれる姿に、カサンドラは苦笑する。もしロンがカサンドラより強かったとしても、必ず止めるが。番人を邪魔していいことなど何一つないのだ。
ガーゴイルの石像が守る扉の前まで立つと、カサンドラは合言葉を言う。
「百味ビーンズ」
ごごご、と扉が開く。
「ここで待っていてくれ」
「僕たちも行く!」
「正直つまらない話だぞ?」
「それでもよ。一方的な報告は、判決に歪みを生むと思わないかしら?」
「はいはい」
子供なのに聡明なことだ。カサンドラは三人を連れて校長室に入った。
――ホグワーツ城 校長室。
校長室はかつてはどこかの執務室だったのだろう。城主の部屋とは思えぬほど狭い部屋だ。壁にはたくさんの本と、歴代校長の絵がかかっている。部屋の隅にはスツールがあり、そこにはくたびれた帽子、組み分け帽子がある。その隣には真っ赤な鳥が鳥籠に入っている。寝ているのか、起きているのか。
カサンドラがグリフィンドールの三人と共に校長室に入ると、ダンブルドアはちょうど休憩中だったらしく、紅茶を片手に新聞を読んでいた。
「ダンブルドア」
「おお、カサンドラ。それに、ハリー、ロン、ハーマイオニー。何用かな」
「仕事の話だ。まぁ、この三人は――私の監視と言ったところか」
「ほっほっほ。警備員が監視されるとはのう」
「優秀な監視でな。振り切れなかったんだ。話をする前に、一つ、提案なんだが。事は内密に済ませたい」
「つまりカサンドラがそう言うほどヤバい案件ということかのう?」
「ああ。ハグリッドがヤバいのを飼ってる」
その時のダンブルドアの顔と言ったら見ものだった、とカサンドラは後に語った。
ゆっくりと紅茶を下ろし、新聞を脇へとやる。聞く態勢というやつだ。
「詳しく、聞こうかの」
「経緯は詳しくは知らない。だが重要なことはひとつだ。ハグリッドが禁じられた生き物を小屋に飼っていて、そいつは全く制御できてないということだ」
「……なんと」
「ちなみにドラゴンだ」
「…………――。……なんと」
長い、長い沈黙だった。この調子で話を続けるともしかしたらキレるダンブルドアが見られるかもしれないな、なんて思いながらカサンドラは話を続ける。
「できればドラゴンだけを排除したい。――不本意だが、まぁ、穏便な方法で」
「……。お、おお。それならば伝手がないわけではない。現在ルーマニアでドラゴン使いをやっている卒業生がおる。チャーリー・ウィーズリーと言っての、ロンの兄じゃよ」
「なら、うまく取り計らってくれる可能性は高いか」
「そうじゃ。手紙を書けば、内内に済ませてくれるじゃろう」
「そうか。――で、だ」
カサンドラは『だったらもう解決だね!』という顔をしたハリーに申し訳ない気持ちになりながら切り出す。
「今回の件、本当に隠蔽できるのか?」
「ワシはその言葉は好きではないのう。ただ、知らせるべきところに知らせないだけじゃ」
苦笑しながらダンブルドアは言った。自分でも無理筋な言い訳だと思っているのだろう、その言葉に力はない。
「言葉遊びをしている場合か。ドラゴンの運搬は一人でできるものなのか?」
「まぁ……無理じゃろうなぁ」
「つまり向こうから何人か人がやってくるというわけだ。その全員がハグリッドに協力的だと思うのは、楽観にすぎると思わないか?」
「それは事実じゃ。しかし、他に手がないこともまた事実。国内のドラゴンキーパーは職務に忠実じゃ。つまり、しかるべき報告を怠るような人間はおらんということじゃ」
カサンドラは苦々しい顔をする。
「ルーマニアか……遠いな。……国内の連中を金で黙らせられないか?」
ハリーたちはいたたまれなくなる。今カサンドラとダンブルドアがしているのはギンギンのブラック、いかに不正をするかという相談事なのだ。ハーマイオニーなんて前言を撤回して『魔法省に報告するべきよ!』といいそうな風にそわそわしている。
「カサンドラ。魔法使いは金銭欲が少ない」
「始末したほうが早そうだな……」
「否定はせんよ。じゃが、それは短絡思考だとは思わんか?」
「――そもそも、ハグリッドをアズカバン、だったか? 魔法使いの監獄だと聞いているが。そこに叩き込むのじゃダメなのか? 正直、隠蔽をするにはリスクが高すぎないか」
この件をすさまじく面倒にしているのは、隠して運ぼうとしている荷物がひたすら暴れて手が付けられないという点にある。
「ハグリッドは事情があっての、まともな裁判を受けられるとはとても思えんのじゃよ」
「ああ、もう、めんどくさいな魔法界。ということはドラゴンをチャーリーに引き渡すのが最善なのか?」
「そうじゃな」
「ルーマニアがドラゴンの数を把握している可能性はないのか?」
ダンブルドアはうなずいた。
「そこは大丈夫じゃ。そこまで厳密に管理している国はワシが知る限りは存在しない」
「シナリオはホグワーツに迷い込んだ雛を一時的にハグリッドに預けたあんたが知り合いの伝手を使ってドラゴンをしかるべきところに引き渡した。……という感じか?」
「そうなるじゃろうな。さ、わしは手紙を書く。カサンドラ、それに三人も、もうよいじゃろう」
「ああ。あとは頼むぞ、ダンブルドア」
ダンブルドアはにっこりとほほ笑んだ。カサンドラはうなずくと、三人を連れて校長室の外に出た。
「……――! 不正よ! 汚職よ!」
部屋から出るなり、ハーマイオニーが叫んだ。
「おお、よく我慢したな。えらいぞ、ハーマイオニー。まあ、犯罪を隠蔽するってことはこれくらい汚いことをするってことだ」
ハーマイオニーを撫でながらほめると、ハーマイオニーはくすぐったそうに身をよじる。
「それは……確かに私たちが言い出したことだけど」
「友達をかばいたい気持ちはわかるが、これっきりにしておけ。時にはかばわないことがその友人の為になることだってある」
かばったほうがいいのか、そうじゃないのか。カサンドラですら、その判断には迷う。今回はどうだったのだろうか。カサンドラにはまだ判断がつかない。
「あー、ありがとう、カサンドラ」
「ありがとう、カサンドラ」
「気にするな、ロン、ハリー。その、友達だろう?」
照れくさそうに、カサンドラは言う。あまり接点がある方とは言えないが、カサンドラは確かに三人に友情を感じていた。
「……うん、カサンドラ」
「ああ、ハリー。よし、もう行け」
カサンドラが言うと、三人はぱたぱたと駆け出した。
「……それにしても、ドラゴンか」
古代ギリシャには、いなかったな。カサンドラは巡回を続ける。そろそろ休み時間だ。ドラゴンがいても、ホグワーツは平和だ。
それから数日後、ひっそりとハグリッドのドラゴンはホグワーツから消えた。しばらく泣き暮らすハグリッドがいたが……それでも、カサンドラの手にかかるよりはマシだろう。
賢者の石のハグリッドほど大人と子供で印象が変わるキャラも少ないと思います。選択肢によってはハグリッドをアズカバンに叩き込むルート、ドラゴン抹殺ルートがあります。
事態が隠蔽されたので、夜の森での巡回シーンはまるまるカット。ハリーは健やかに過ごしています。