――1994年7月 隠れ穴
「――カサンドラほどの女性なら理解できるだろう?大鍋は魔法使いにとって重要だ……。にも関わらず規格が統一されていないせいで漏れ率が年3%を超えてるんだ」
「そりゃ大変」
ロンが皮肉げに言った。
「一面記事間違いなしだね」
「ロン、新人はそんなもんだ。最初が肝心って言うだろ?」
「僕は本気で鍋の厚さに憂慮してるんだ。そんな点数稼ぎでやってるみたいな言い方はよしてもらおう。クラウチ氏から与えられた仕事を十全にこなして見せる」
カサンドラとロンは顔を見合わせた。予想以上の拗らせっぷりに言葉も出ない。
「あー……カサンドラ、上の部屋においでよ。ハーマイオニーもいるし」
「ん、悪いな。そうさせてもらう。じゃあな、パーシー。頑張れよ」
「もちろんさ」
カサンドラとロンは示し合わせたようにうなずき合うと、階段を上る。
「ずっとあんな調子なのか?」
「
うんざりした様子でロンが言った。
「部署が全然違うのに、パパがわざわざパーシーに家に帰るように言わなきゃずーっと職場にいるんだ。いかれてるよ。カサンドラ、何があってもパーシーのボス、クラウチのことに触れちゃだめだぞ。クラウチ氏が何を言ったのかとか、僕にこう申しつけたんだ、とか延々聞かされることになる。僕の予想じゃ今年中にパーシーはクラウチに告るね。間違いない」
「素敵な上司というのは崇拝に近い尊敬を集めることもある」
「そんな奴早々いるもんかよ」
「まぁな。私でも知ってるのは……エツィオくらいか」
ロンは露骨に嫌そうな顔をした。
「カサンドラ、そいつの名前を出すなよな。去年度の末、ハーマイオニーがそいつに関わる本を読んでたせいで、エツィオみたいに復讐に走らないかずっとビクビクさせられたんだぞ」
「ははは、悪かったよ」
ロンは自分の部屋の扉を開いた。中にはハーマイオニーが部屋の片隅で本を読んでいた。ハーマイオニーは視線だけちらりと向けて、カサンドラの姿を見ると、本を閉じて駆け寄ってきた。
「カサンドラ! クィディッチまでここにいるの?」
「いや、今日だけだ。ハリーの送り迎えついでにダーズリー家に偵察に行くよう指示を受けてな」
「モリーさんかしら」
そんなところだ、とカサンドラはごまかした。モリーに頼まれたことも事実なのだ。もう一人、別口で依頼人がいることは言わなくてもいいことなのだ。
「それにしても、カサンドラ。今年は平和なの? もうあんな思いたくさんよ」
「あー、うん、多分大丈夫」
死人が山ほど出たせいで中止になった競技が復活することは果たして平和なのか、カサンドラにはどうにも判断がつかなかった。仕方がないのでハーマイオニーの頭を撫でて誤魔化すことにした。
「もう。私もう子供じゃないのよ」
手を払ったりはしないが、彼女はふくれっ面だ。悪い悪い、とカサンドラは手を離した。
「なあ、ハリーは大丈夫そうだった?」
「いや、どうだろうな、もうあの家にいるのはハリーも限界なんじゃないか」
カサンドラは率直に意見を言った。シリウスと会う前ならそこまでではなかっただろうが、今のハリーは一度は希望を夢見てしまった。これからハリーはダーズリー家からの脱出を本格的に考えるようになるだろう。そして、愛の魔法のことを知ったカサンドラは、最悪それを妨害しなければいけないのだ。積極的に妨害することはしないが……この辺は本格的にダンブルドアと話す必要があるだろう。なあなあで済ませていたら、ハリーが家出を決行する可能性がある。そして、今の事務所にはハリーをかくまうことに全力を注ぎそうな中年男が転がり込んでいるのだ。
「……私たち、お菓子とか食べ物とか送ってたけど……それがなかったら餓死してたかもしれないの」
「強制ダイエットに付き合わされたらしいな」
「不健全よ。食事制限して痩せるなんて、不健全よ。運動すればいいのよ」
カサンドラはちらりとハーマイオニーの体を見つめる。入学当初から入念に鍛錬を続けてきたのだろう。コツコツと積み上げてきた努力が実り、今のハーマイオニーは同年代の女子の中では抜きんでている身体能力を有していると言っていいだろう。
「ふむ……ずいぶん頑張って鍛えてるみたいじゃないか。ハーマイオニーが望むなら、護身術くらいなら教えようか?」
ハーマイオニーは悩んだそぶりをみせた。
「……その、正直カサンドラに教わるのは怖いわ。私、素手で狼を倒すなんて無理よ」
「あれは男の戦士限定だ」
「素手で、狼を倒させるのか!?」
ロンが愕然と言った。カサンドラは何を当たり前のことを、という顔をしている。
「そりゃ、それくらいできなきゃ戦士とは言えないだろう。それとも何か、ロンにとって戦士とは剣と盾がなくなっただけで戦えなくなるような男のことを言うのか?」
「いや、そうとは言わないけどさ……僕、絶対にカサンドラが『闇の魔術に対する防衛術』の教師にならないよう祈ってる。もしなるんだったら、絶対に抗議するからね。マルフォイと手を組んだっていい」
顔を青くして、ロンが言った。去年、地獄のスパルタ式特訓にリーチがかかっていたことを今更ながらに理解したのだ。ずいぶんな嫌われっぷりにカサンドラは苦笑する。
「まぁ、冗談だ。今の時代、そんなのが合わないってのは知ってる。それに……結局、スパルタは滅んだ。滅んだ国の練兵術なんて……2000年以上も固執するようなもんじゃないのさ」
「で、でも、カサンドラ。スパルタのやり方はずっと今も残ってるわ。何もかも悪いってわけじゃないと思うわ」
「私もそう思う。だから、私が誰かを鍛えるときは甘くはしない。当時ほど厳しくもしないが」
カサンドラがそう言うのと同時くらいに、ロンの部屋の扉が開いて、ハリーがジニーを伴ってやってきた。
「ああ、ハリー。
「最高だよ、カサンドラ。もう、下はすごいよ。双子とモリーおばさんがずーっと論争してるんだ」
「今年の夏は最悪よ!」
ジニーが頬を膨らませながら言った。腕を組んで、本格的に不機嫌そうだ。
「
ぷりぷりと怒るジニーを、ハーマイオニーが慰める。
「もう、最低ね。でも、双子はそうやって怒るのを楽し気に観察するのよ、反応しちゃだめよ」
「……ハーマイオニー、ありがとう」
カサンドラは肩を竦めた。
「みんな元気そうでよかったよ。私は下でモリーを手伝ってくる。じゃあな」
「え、もっと話そうよ」
「それもいいんだがな、偵察の結果を依頼主に報告しなきゃならん」
カサンドラはひらひらと手を振りながら、扉を開けて部屋を出た。階段を降りると、モリーはいくらか落ち着いたようだった。
「モリー、手伝おうか」
「まあ、カサンドラ。いえいえ、いいのよ。ここには悪戯するほど余裕のある男手が二人分もあるんですからね!」
「それならいいんだが。手紙の件で報告だ」
カサンドラが言うと、モリーはキッチンに向かっていた体をカサンドラの方に向けた。
「それで……どうでした?」
「想像通りだったな。凶悪な名付け親の名前を出して脅かしてようやく最低限の生活ができる、ってところか」
カサンドラが言うと、隣で聞いていたフレッドが信じられない、という風な声を上げた。
「なんだって? やっぱりカサンドラ、『べろべろ飴』を止めなくてよかっただろ!? ハリーにそんな目に遭わせる奴なんて、痛い目に遭った方がいいんだよ!」
モリーは眉間に皺を寄せて、何かを考えていた。フレッドを叱ることすら忘れているらしい。
「フレッド、ジョージ、庭にいるお父さんを手伝ってきなさい。バーベキューの準備よ」
「……でもな、母さん」
「お願いよ」
「……――わかったよ。行こうぜジョージ」
「おう」
双子はきれいにシンクロした動きで庭に向かっていった。ビルとチャーリー、パーシーがいないところを見ると三人も庭にいるらしい。
「……カサンドラ、ハリーの育て親をどうにかできないかしら。あまりにも可哀そうだわ」
「暴力で分からせることはできる。だが、そのやり方はマフィアに近いぞ?」
カサンドラの提案に、モリーはさらに渋面を作る。
「ハリーは去年に比べてまた痩せていたのですよ。あんなに痩せて……」
「難しいな。本人もある程度は自衛できるようになってきた。ただ、ハリーへの当たりの強さは親が原因だ。取り除くのはかなり難しいだろう」
「……ジェームズとリリーが?」
ああ、とカサンドラは頷いた。
「去年ハリーの父親の同級生だったヤツと話をする機会があってな。在学中はかなり悪戯でならしたらしいじゃないか。そのノリをマグルの前で披露すれば……わかるだろう?」
「なんてこと……。確かに、ジェームズはそういう意味では双子と変わりありませんでした」
「それに、彼らは魔法使いそのものを恐れてる」
「私たちは凶暴な種族ではありません! カサンドラ、それくらいなら説明すればわかっていただけるでしょう?」
「恐怖の根源にあるのが例のクソッタレ魔法使いだった。『それは違うんだ』なんて言えると思うか?」
モリーは押し黙った。
「……そういうことですか」
「だから、今みたいにお互いにいないものとして扱って、不快な何かがあれば『凶悪脱走犯』の名前で脅かしつけるっていう形が一番なのかもな」
カサンドラの報告に、モリーは苦々しい顔をして首を振った。
「カサンドラ、あなたが言うならそうなのでしょう。全く……。ままならないものですね。せめてここにいるときくらい、うんと食べさせてあげないと」
「それがいい」
モリーは家事に戻ろうと杖を手にした。次の瞬間、杖の先から水鉄砲のようにちょろちょろと流れ始めた。
「まぁ――またですか!」
「双子の悪戯グッズか」
「ええ! 全く、ウチは実験場じゃないといくら言っても理解できないんですから! ――頭は悪くないんですよ、カサンドラ……。ふくろう試験だって、高得点ではなかったにせよ、就職に困らないであろうくらいには優秀でした。……ですが、双子はどんな進路よりも悪戯専門店がいいというんです」
「ホグワーツにいたら、誰もが天職だと思うだろうな」
カサンドラが言うと、意外にもモリーは頷いた。
「本当はわかっていますよ。……でも、カサンドラ、子供相手の商売なんて水物です。それに、売り出す予定の商品を見ましたが……全て双子が開発した悪戯グッズでした」
「そりゃ、繁盛しそうだな」
「今はそれでいいでしょう。しかし、その才能に陰りが見えたとき、どうするのですか? 新しく開発した商品が全く売れなくなったら? ……誰も双子を助けることはできません。親として、安定した職場に就職してほしいと思うのはそれほどおかしいこととは思いません」
ふむ……カサンドラは顎に手を当てて考える。
「気持ちはわからなくもないが……。可能性を信じてやることはできないか、モリー」
「可能性と言われても……」
「極東、日本に任天堂という会社がある。古くはかるた……まあ、日本のローカルボードゲームだ。それを作ってた会社だな」
「それがどうしたのですか?」
「ボードゲーム屋は、今やゲーム業界のトップシェアだ。世界中の子供たちが任天堂が作ったゲーム機でテレビゲームを楽しんでる。まあ、これは特に大成功した例だが、まぁ大事なのは、子供向けってのは『定番』になれば手堅い商売ができるってことだ。双子の悪戯専門店は、ホグワーツのいたずらっ子たちの『定番』になれるだろうさ」
モリーはむむむ、と眉間の皺をさらに深くした。
「……ゲーム、ゲームですか……。確かに、似たようなものですよね……。まぁ、わかりました。ですが、それは全て、双子が私を説得できたらです。現状双子は事業のプランを全く提示できていません。そんなようでは、とてもではありませんが応援なんてできません」
カサンドラは苦笑する。
「多分双子はもっと感情的に反対してると思ってるぞ」
「私がそんな浅い段階で反対していると双子が思っているから、私は反対するのですよ。親の気持ちが理解できずに子供相手の商売が上手くいくなんて楽観が過ぎます」
モリーの言葉ももっともである。
「まぁ、双子の説得が上手くいくよう祈ってるよ」
「祈るのは結構ですが、カサンドラ。くれぐれも、双子に余計なことを言わないでくださいね」
「もちろんだ。モリーの説得は、あいつらが乗り越えるべき壁なんだろうさ」
モリーは困ったように笑った。
「私としては、越えずに普通の道を歩んでほしいんですけどね」
「双子が親の言う通りに進むと思うか?」
それもそうですね、とモリーは言った。
――
隠れ穴の庭には結構な人数が勢ぞろいしていた。テーブルもそれなりな大きさがあり、そのテーブルにはウィーズリー夫婦、ロン達赤毛兄弟にハリー、ハーマイオニー、カサンドラの招待客。ウィーズリー家が集合していると、ホグワーツ大広間のテーブルの一角ですら占拠できるだろう。カサンドラは肉を網の上に置きながら、話し込んでいるパーシーとアーサーを見た。
「忙しくて仕方ないですよ。何せ、火曜日までに仕上げるとクラウチ氏に申し上げてしまったのでね。期限よりは少し早いんですが、僕としては早い方がいいと思って。何せ……今年はとても、忙しいのですよ。ワールドカップの手配なんかが。どういうわけか『魔法ゲーム・スポーツ部』の協力がないのでさらに忙しいのですよ。ルード・バグマンがもう少し――」
「――私は、ルードが好きだよ」
やんわりと窘めるようにアーサーが言った。
「我々が全員ワールドカップを観戦できるのも、彼がチケットを取ってくれたからだ。それも、結構いい席を。まあ、ちょっと恩を売ってあったから……昔、彼の家族が問題を起こした時に取り繕ってやったのだけども……」
「もちろん、バグマンはその程度が関の山でしょうね」
パーシーは父親のフォローを一蹴した。
「クラウチ氏とは雲泥の差ですよ。なぜ部長になれたのかが不思議なくらいです。クラウチ氏なら部下が消えたら捜索するでしょうね」
「部下……バーサの件か?」
「ええ。バーサ・ジョーキンズという救いようがない人間のことですよ。不真面目で――厄介者で――」
「バーサが消えるのは何度かあった。私の部下だったとしても心配はするが捜しはしないだろう。ルードがするべきことを怠っているわけではないよ」
「クラウチ氏なら、そんな怠慢はしないでしょうね。『国際魔法協力部』は特に忙しい今ならどうかわかりませんが……知っているでしょう? あの、『極秘』の件です」
「パーシー」
「お父さんなら知っているでしょう? 『あの行事』について」
「パーシー、よしなさい」
パーシーはテーブルにいる全員に聞こえるように極秘の部分を強調して言った。カサンドラが肉をひっくり返すと、ロンが近づいてきた。
「ずっとあの調子なんだよ。なんの行事か僕たちに質問させたくてしょうがないみたいで、ことあるごとにちらつかせるんだ。カサンドラは何か知ってる?」
「クィディッチの後になにかやるんじゃないか? 国際なんたら部が関わる余地があるのなんて、ワールドカップの前か後くらいだ」
「あー、なるほど。鍋の規格の発表会じゃないことを祈ってるよ。クィディッチの前にされても後にされても白けちゃうよ」
確かに、そんなかしこまった発表会なんて挟まれたらカサンドラもイラつくだろう。皿に肉をよそって、ロンに手渡す。
「ありがとう。ごめんね、なんかずっと焼いてもらってて」
「いや、好きに焼かせてもらってるよ。気にするな。こういうのが好きだからな。これが自分が狩った獲物ならもっといいんだがな」
「……昔はどんなの食べてたの?」
「狼、猪かな。猪は美味かった」
ロンは肩を竦めた。
「食べたことないよ」
「そう思うか? 豚を少し獣臭くした感じだ。元は同じだからな」
「え、そうなの?」
ああ、とカサンドラは頷くと豚肉を一枚網に乗せた。じゅう、といい音がする。
「アイルランドが勝つ」
フレッド、ジョージ、チャーリーの三人がテーブルの上のポテトフライをつつきながらクィディッチワールドカップの勝敗予想をしていた。
「準決勝でペルーをボコボコにした。この予想は間違いない」
チャーリーの予想に、フレッドが鼻で笑った。
「ブルガリアのビクトール・クラムを忘れるなんてらしくないなチャーリー」
「いいや」
チャーリーが口いっぱいにほおばったポテトを飲み込んで、言った。
「クラムがいい選手なのは認める。ブルガリアで一番の選手ってこともな。だがアイルランドはクラムが7人いるのと同等だ」
「ああ、もう、やめろよ。イングランドが勝ち進んでないのに……!」
ジョージがため息をつきながら言った。
「しかも、ただ負けたんじゃない。ぼろっかすだ。赤っ恥ってのはあんな試合を言うんだろうぜ」
「イングランドが負けたの? 点差は?」
肉をほおばりながらハリーが聞いた。ハリーの皿には肉やら野菜やら、この場にある食べ物が一通り盛られている。そのうえで食べる端からカサンドラやモリーが追加していくので一向に減らない。幸せだったが、残してしまいそうで怖かった。
「トランシルバニア相手に390対10だ。ホグワーツの一年生を集めたチームだってもう少し善戦するだろうさ」
ジョージはがっくりとうなだれながら言う。
「それだけじゃない。ウェールズはウガンダにやられたし、スコットランドはルクセンブルクにボロ負けした。全滅だ」
その話を聞いていたカサンドラが、隣のロンに率直な疑問を言う。
「……イギリスだけ地域別なのか?」
「カサンドラ、冗談だろ? ウェールズもスコットランドもイングランドも全部別の国だ」
「あ、ああ……そうだな」
マグルで同じことをしたら非難囂々だろうな。いや、意外とその三国で潰し合って共倒れになるかもしれなかった。
「――ほら、ロン、追加の肉だ」
カサンドラは焼きあがった豚肉をロンの皿に盛りつけた。
ウィーズリー家の夕食は、平和に過ぎて行った。