【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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賢者の石編もそろそろ佳境です。


大いなる予兆

 ――1992年 5月 ホグワーツ グリフィンドール談話室

 

 ハリーはじくじくした思いを抱きながら日々を過ごしていた。額にある稲妻型の傷跡がずっとズキズキと痛みだしてからもう一週間になることもそうだし、自分を憎む教師、スネイプが賢者の石をつけ狙う悪党だということを突き止めたはいいものの、どうすることもできないこともそうだ。だが一番ハリーの心を追い詰めていたのは、もう一週間にも迫った試練、学年末試験である。もし万が一にでも落第しようものならハリーは来年からマグルの、なんの面白みもないだろう学校に通わなければいけないのだ。あのダーズリーの家で! そう考えると恐ろしくてたまらなかった。勉強に身を入れたいのに、額の痛みがそれを阻害する。

 

「なあハリー、医務室に行けよ。一週間も痛み続けるなんて普通じゃないよ」

「わかってるよ。でも……これはきっとどんな魔法薬でも治せないと思う」

 

 ハリーは羊皮紙にがりがりと宿題を書きながらロンに言った。

 

「その、警告? だったかしら。ハリーは本当にその傷跡が何かを知らせてると思うの?」

 

 ハーマイオニーは懐疑的である。何せ現在ホグワーツに迫る危険といえば、スネイプが賢者の石を狙い、不老不死を得ようとしていることくらいで、ハリー自身に差し迫った危険があるわけではないのだ。

 

「僕はそう思う。僕か、ホグワーツか。どっちかにとんでもないことが迫ってる。そんな気がするんだ」

「ハリーが言ったんじゃなかったら、気のせいですませられたんだけどね……」

 

 ハーマイオニーは思案顔だ。何か見落としていることはないだろうか。『成し遂げた』人物の直感はバカにできない。そう本で読んだのだ。

 

「……そもそも、スネイプ先生って、賢者の石をどうする気なのかしら」

「そりゃ、不老不死になりたいんだろ」

 

 ロンは言うが、ハーマイオニーにはそうとは思えなかった。

 おそらく、まだ怖くて実際に確認したわけではないが、カサンドラは最も『それ』に近いだろうとあたりをつけている。だが……カサンドラのみぞの鏡に映った『死んでしまった大切な人』はかなりの数に上る。ハリーから教えてもらった名前だけでも数十人。それも、紀元前450年には大体亡くなっている。そんなカサンドラの気持ちを考えると、とてもではないが不老不死が素晴らしいものだとは思えないのだ。

 

「そうかしら。普通の大人って……もしかしたら、そこまで不老不死を求めたりはしないんじゃないかしら。だって……知り合いとか大切な人とか、みんないつか死んじゃうのよ?」

「本人が死ぬわけじゃないだろう? 何がなんでも死にたくないやつだっているだろうさ」

「それは……そうだけど。でもどっちにしろ、三頭犬が石を守っている限り、石に手出しはできないわ。それがたとえカサンドラでもね」

 

 そうなのだ。三頭犬の守りは万全だ。何を心配する必要があるのだ。確かに、音楽を聴かせれば眠りについてしまうという弱点はあるが、それを知るのはハリーたちの他にはダンブルドアとハグリッドのみなのだ。心配なんてない。そんなことより試験なのだ。そう、試験! ハーマイオニーは考え事に集中し始めたハリーを見咎める。

 

「それよりもハリー。手が止まってるわよ」

「わかってるよ、ハーマイオニー」

 

 そう、何も心配はいらない。

 

 ――ホグワーツ職員室

 

 ホグワーツは曲がりなりにも教育機関である。教員各員には個室と、各教科の教授には研究室と充実した個人用設備があるが、それとは別に会議をするための職員室というものがある。普段は休憩室に使われるが。茶目っ気たっぷりな校長の意向で、暖炉に大きなソファがいくつか。部屋には紅茶セットとお茶菓子が常備されている。使う者は少ないが。この職員室を、生徒たちにも簡単に理解できるように説明するとしたら、『職員用談話室』が最も近い。

そんな談話室で、スネイプとカサンドラはお互いくつろいでいた。

スネイプは机の羊皮紙に向かいながら時々紅茶を飲み、カサンドラは暖炉側のソファに腰掛けて新聞を読んでいる。

 

「なあスネイプ。もうすぐ一年が終わるわけだが、まだ尻尾はつかめないのか?」

「あるいは、掴む気がないのかもしれぬな」

 

 紅茶をすすりながら、陰気な魔法薬学の教授、スネイプは答える。彼は意外にも談話室にいることが多い。生徒にとってみればスネイプという男と『談話室』というものは致命的に相性が悪いように思える。だがスネイプの個室も研究室も貴重な魔法薬学の素材に溢れているせいでまったく人に優しくない気温に保たれているのだ。具体的にいうとめちゃくちゃ寒い。

それに比べて談話室はいつも適温に保たれているのだ。スネイプでなくたって、談話室に入り浸るようになるに決まっている。ちなみに他の寮監は寮の管理人室にいることが多く、談話室に来るのはスネイプの他にはカサンドラ、ダンブルドアをはじめ、各教科の教授。クィレル教授は基本的には自分の研究室に篭っている。

 

「どういうことだ?」

「三頭犬の守りは突破されることを想定されている。その先にあるのは時間稼ぎに主眼を置いた罠の数々。おそらく校長は犯人捜しをするよりも現行犯で捕縛した方が効率がいいとお考えなのだろう」

「なるほどな。だが結局、ホグワーツにトロールを引き込んだ犯人は捜さずじまいか。ダンブルドアは生徒を守る気があるのか?」

「口を慎め、カサンドラ。……だが、ダンブルドアは校長としてより、英雄としての自分を優先される傾向にあることもまた事実」

 

 スネイプは苦々しい顔をする。

 

「英雄、か」

「『校長として優秀』なダンブルドアよりも、『校長もできる』希代の英雄ダンブルドアを望む魔法使いが多い。校長でありながら、魔法使いの危機を救うことを期待されているのだ。そして、ダンブルドアもその期待に応えるのだ」

「それは……歪だろう。校長は生徒のことだけを考えていればいいと思うんだが」

 

 スネイプは否定しなかった。

 

「それは理想だ。ダンブルドアになら、叶えることができるはずの……。だが、それができる状況でないことも事実」

「どういうことだ?」

「十年前の悪夢が復活をもくろんでいる」

「……それは……クソッタレ魔法使いか?」

 

 スネイプは苦笑しながらもうなずいた。

 

「奴はハリーが始末したんじゃないのか?」

「しそこなったんだろう。奴の息子のすることだ、何もかも中途半端に決まっている」

「あのな。赤ちゃんに何を期待しているんだ」

 

 カサンドラは相変わらずのスネイプにあきれながら新聞を眺める。どうでもいいことがさも一大事であるかのように書かれている。

 

「何も。いまだポッターを英雄視する魔法使いにはいい加減に辟易させられる。奴の魔法薬学の成績を見せてやれば、そんな奴らを一掃できるのだろうがな」

「お前は本当にあいつが嫌いなんだな。……ああ、子供が気にならなくなるくらい楽しいことをしてみないか? その、二人でできることで、道具も金も何もいらない。あるいは、服さえも」

 

 カサンドラは軽く誘惑してみるが、スネイプはまったく、むしろ不快そうに眉をひそめた。

 

「貴様と遊ぶ? 冗談はほどほどにしていただきたい。あまりに慎みがないならダンブルドアに報告してホグワーツから出て行ってもらう」

 

 カサンドラは肩をすくめた。

 

「はいはい、二度としないよ」

「まったくだ」

 

 スネイプは当然とばかりに嘆息すると、羊皮紙に向かい始めた。どうやら試験問題作成を中断するほど衝撃的だったらしい。ウブなことだ、とカサンドラは薄く微笑む。

 

「テストはもうすぐだろう? まだ作ってなかったのか?」

「マグルの世界では知らんが、ホグワーツには教授の部屋に忍び込むことをなんとも思わん人間が多数存在する」

「あー、なるほど」

 

 カサンドラの脳裏にも両手で利かないほど顔が浮かぶ。遵法精神という言葉すら知らないであろう魔法使いが多数を占めるのだ、ホグワーツでは。

 

「試験といえば。試験勉強に夢中なハリーたちからお前を見張っているよう頼まれたんだが、心当たりは?」

 

 べきり、とスネイプの手元で音がなった。羽ペンを握り折ったらしい。

 

「――なんだと?」

「彼らが言うには、賢者の石を狙う犯人の第一候補らしいが……狙っているのか?」

「カサンドラ。吾輩、自分のことを気が長い方だと思っている。そう、必死に守っている石をつけ狙う犯人だと『あの』ポッターに思われている。それを世間話として切り出されても怒鳴らない程度には、気が長い方だと。カサンドラ。貴様は吾輩が嫌いなのか?」

「あー、三人はかなり真実に迫ってきていてな。クィレルかお前かのどっちかまで絞り込んだらしい。で、お前が犯人扱いと。クィレルを警戒するよりかはいいと思って訂正していないが……どうする?」

 

 スネイプは顔をゆがませた。これ以上はないってくらいに苦い虫をかみつぶしたような顔だ。

 

「忌々しいが、本当に不本意だが。クィレルに警戒心が向くよりかははるかにいい。ああ、そうだとも」

「素晴らしい献身だ」

「カサンドラ。貴様はイギリス人ではないが……なかなかの皮肉だ」

「いや、本心なんだが」

「なおのこと悪い」

 

 そりゃそうか、とカサンドラは素直に詫びる。

 

「……カサンドラ。あの傲慢なポッターのことだ。もしかしたら自分で石を守ると奮起し、禁じられた廊下に向かうかもしれぬ」

「いや……彼らはそこまで考えなしか?」

「おそらくは」

「だが……無理だろう。ケルベロスは私でも始末するのに時間がかかったぞ」

 

 三頭犬を倒したということを知ると、スネイプがカサンドラを見る目が化け物を見る目に変わった。

 

「――普通、三頭犬は『倒す』相手ではない。出し抜く方法も、マグルの書籍に記されるほど有名だ。突破が不可能という前提は捨てるべきだ」

「なら……罠にあの子たちがかかる可能性があるのか?」

「問題はない。三頭犬を越えた先にある罠に殺傷能力を持つものは一つもない。そして、私の罠を除いて彼らに突破できない罠は存在しない。忌々しいことにな」

 

 ハリー自体はそこまで優秀ではなくとも、ロンはチェスの名プレイヤーだし、ハーマイオニーに至っては知識の宝庫だ。時間稼ぎを主眼に置いた罠では遅かれ早かれ突破されるだろう。

 

「もしもの時は、カサンドラ、貴様に救援、もしくは彼らの捕縛に向かってもらうかもしれん。その時の為に、吾輩の罠の答えを、教えておく。誰にも言うなよ」

「わかった。ありがとう、スネイプ」

 

 カサンドラが礼を言うと、スネイプは鼻を鳴らす。

 

「ふん。貴様は仮にも同僚だし……ホグワーツを守ろうという意識と実力は本物だ。その職務に敬意を払っているにすぎない」

「それでもありがとう。いざというときは彼らを無事に回収しよう」

「多少傷ついても構わん。その短慮を後悔する程度にはな」

「はいはい。休憩は終わりだ。私はもう行く。試験作成頑張ってな」

「いわれずとも」

 

 カサンドラは立ち上がって職員室から出る。巡回に戻ると、いつもの日常が始まる。

 

 ――

 

 ハリーは自分がどうやって試験をこなしたのか、ついぞ思い出せなかった。変身術がなにかを『嗅ぎたばこ入れ』に変身させる試験で、魔法薬学が……忘れ薬だっただろうか。とにかく、長い長い試験が終わり、すべての重圧から解放されたはずだった。

 なのに、ハリーの気はちっとも晴れない。相も変わらず痛む額が原因だろうか? それとも、そろそろ楽しい楽しいホグワーツから去り、一時的にとはいえダーズリーの家に帰る日が近づいているからだろうか。そのどれでもない。ハリーには三頭犬に守られた、小さな石ころが脳裏に浮かんで仕方ないのだ。そして、それを掠め取って嬉しそうに笑うスネイプの姿が。

 

「ハリー、どうしたんだよ? もう復習も、試験も、ハーマイオニーのお小言もなしなんだぜ? もっと喜べよ」

「ロン、私はずいぶんあなたに余計なことをしていたみたいね? 来年からは一人で勉強頑張ってね。――それはともかく、本当にすごい顔よ? 医務室に行ったほうがいいんじゃない?」

「ハーマイオニー、僕が悪かった。だから来年も宿題を見てほしい。ハーマイオニーの言う通りだぜハリー。まるで今すぐにでもスネイプに殺されるって顔してる」

「僕は病気じゃない。……何か見落としてる」

「何かって……何? だから、どうやってもケルベロスを倒すことなんでできっこないって結論が出たじゃない」

 

 ハーマイオニーの言葉に同意しそうになったハリーだったが、ふと思いなおす。

 

 ……そうだ、なんで『倒さなきゃ先に進めない』なんて思ってたんだ? 出し抜く方法はちゃんとあるのに。

 

「そうだ、ハグリッド」

「ああ、そうだな、ハリー。試験が終わったことを報告に行こう! そうすりゃ気も晴れるよ!」

「違う! ハグリッドのドラゴンだ!」

 

 何が、とロンが聞く前にハリーは駆け出していた。

 

「ハリー、待てって!」

「ロン! ドラゴンは希少で、危険なんだろう!? ハグリッドは賭けで巻き上げたって言ってたけど、そもそもハグリッドが行くところにふらっとドラゴンの卵を持ってる人が賭けを持ち掛ける? それに応じる? それが偶然!?そんなのがありえるって?」

 

 走りながら、ハリーは思考を叫ぶ。

 

「全部仕組まれてたんだ! ハグリッドからケルベロスの情報を聞き出すために!」

「三頭犬のことをハグリッドが話すわけが……いや、でも」

 

 ニコラス・フラメル。賢者の石。ホグワーツに隠された秘密の大部分をハグリッドから聞き出したハリーたちは、もはやハグリッドの口を信じることはできなかった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。私はカサンドラじゃないの。そんなに走らなくてもいいでしょ?」

 

 ハーマイオニーが息を切らしながら言った。あ、と二人は足を止める。

 

「ごめん、ハーマイオニー」

「いいの。……私も鍛えようかしら」

 

 いつもいつでもかっこいいカサンドラを見てきたハーマイオニーは、カサンドラに対してあこがれのようなものを抱き始めていた。筋肉質なハーマイオニーになるかどうかは、今はまだわからない。

 

「馬鹿なこと言ってないで、早く行こう」

「ええ」

 

 ――ハグリッドから情報を聞き出した三人は、もはや三頭犬の守りはあってないようなものだということを知る。つまり、案の定ハグリッドがドラゴンの卵をもらうときに重要な情報をあらかた喋っていたことを、知ったのだった。

 

 グリフィンドールの談話室。普段から悪ガキで鳴らす生徒が多い寮なので、試験が終わった今はまるでこの世の春が来たかのように振る舞う生徒が多い。フレッド、ジョージの双子から買った悪戯グッズを片手に他の寮へと殴り込みをかける生徒や、試験疲れで死体のように眠る上級生、試験の答え合わせをして絶望の表情で項垂れる一年生など、悲喜交々(ひきこもごも)である。そんな混沌を極めたような談話室の中で一際異彩を放っているのがハリーたち三人組である。とある並行世界と違い、ハリーたちは未だに『生き残った男の子』として一定の人気がある。代わる代わる成績はどうだった、試験は上手くいったのかどうかと聞かれたが、それも真剣味を帯びてきたハリーたちの様子を見ると、次第になくなっていく。

 

「――どうするんだ? カサンドラに全部言って、守ってもらう?」

「いいえ、ダメよ。いい、カサンドラはホグワーツの警備員として物凄く優秀だけど、身内には甘いのよ。スネイプ先生に『これも仕事のうちだ』って言われたら素通ししちゃうかも」

「あ――、それもそうか」

「それにカサンドラは外敵に対する警備をしてるのであって、中にいる敵には無力なのよ。そういうのは、私たちがやるべきことなの」

 

 違うぞ、とこの場にカサンドラがいたら言いたいだろう。ホグワーツが彼ら三人に望むのは健やかに成長することであって、つまり今彼らがするべきことは学年末を迎えて家に帰るまで面白おかしく過ごすことだけなのだ。

 

「――僕らで、石を守ろう」

 

 ハリーはそう決断する。

 

「わかった。たぶんスネイプが石を狙うなら今日だ。さっきマクゴナガルが話してるのを聞いたんだ。ダンブルドアは明日までホグワーツから帰ってこないって」

 

 ロンの報告に、三人の中で危機感が募る。

 

「だったら早くしないと。さすがに昼間からやるってことはないだろうから、夜だね」

「そうね。でも、夜にはカサンドラがいるわ」

 

 ハーマイオニーの指摘に、ロンとハリーは唸る。そう、カサンドラは強い。トロールをあっさりと殺せる――それも傷一つ負うこともなく!――だけの実力があるだけでなく、理性的で、隙がない。正面突破は自殺行為だ。

 

「じゃあ、こういうのはどうだろう」

 

 ロンの作戦に、二人はそれだ! と手を打った。

 

 

 決行は、今夜だ。 




誘惑選択肢、初回はにべもなくあしらわれるのが様式美
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