――1994年9月 ホグワーツ大広間。
カサンドラはずぶ濡れの生徒が山ほどいる大広間を見渡して苦笑した。
今年のホグワーツ生はのっけから随分と洗礼を――文字通り――うけたらしい。一年生はボートで湖を渡る際に巨大イカに悪戯されてずぶ濡れに、上級生はまとまっているところをピーブズに中身がたっぷり詰まった水風船で爆撃されてずぶ濡れに。ホグワーツはいつもにまして悪戯っぽいらしい。
ローブがぐずぐずに濡れたまま組み分けされた一年生は一生の思い出だろうな、と思いながらハリーたちを見る。ハリーは初めてみる下級生の組み分けにすっかり見入っているし、ロンは早く宴が始まらないかとウキウキした様子である。ハーマイオニーもキラキラした様子の下級生を微笑ましげに見ている。ワールドカップでの出来事が尾を引いていないようでよかった。
各寮に目を向けると、大体全員が新しい学友を興味深そうに見ていた。違うのはスリザリンくらいか。今までは厳しい顔を向ける学生は多かったが、今年はまるで吸魂鬼でも目にしたような、怯えた表情をする生徒が多い。
――そういや、あの子らの親を殺った可能性もあるのか。
カサンドラはその可能性に思い至るが、まぁそれも仕方ないかと開き直る。子供たちの親の仇になるのは心苦しいが、恨みを買うことを恐れて人殺しなんてできやしない。それに、あの場で死喰い人を殺しまくったのは『死』という化け物だ。そうなっている。もし生徒にワールドカップのことを聞かれたら、素知らぬ顔で白を切るつもりだった。
教員席に目を向けると、ムーディの姿だけがなかった。どうやらド派手な登場がお望みらしく、天井の幻もそれに合わせて曇天に雷雨という様相だ。最初に威圧して力関係を明確にしようとするあたり、本職の戦闘員らしさが滲み出ている。
「――さて、素晴らしい組み分けじゃった」
全員の組み分けが終わって、ダンブルドアが立ち上がる。特に何か特別なことをしたわけでもないのに、全員がダンブルドアを見る。圧倒的なカリスマがあった。
「さらに楽しい時間が来る。その前に――風邪を引いてはいかんのでな」
パン、とダンブルドアが手を合わせ、そして広げる。ふわりと風が吹き、生徒全員の服が乾いた。びしょびしょだった床も、水滴がついていた椅子も、すっかり乾いている。
カサンドラでも感心するような魔法の技術に、一年生はすっかりやられてしまったらしい。わくわくするような表情でダンブルドアを見ている。
「さぁ、もはや何も言うつもりはない。
掻っ込め!」
わっ、と空の皿に山のように料理が盛り付けられた。金のゴブレットには飲み物が、カサンドラの皿には肉料理が満載されている。量も多めだ。
「相変わらず、魔法はすごいな」
「料理自体は屋敷しもべ妖精が作っている」
スネイプがポークステーキを切り分けながら言った。この陰気な男とももう4年になる。気が付けば過ぎている時間に、カサンドラは感慨深くなった。
「へぇ、あんなチビどもが料理ねぇ。よくやるよ」
カサンドラには想像できなかった。それに、奴隷に口に入るものを作らせるなんて、信じられなかった。
「ホグワーツの厨房は彼らに合わせたものになっている。そう不思議でもあるまい」
「いや、奴隷に料理作らせるなんてよくやるなと思っただけだ。普通、料理は専門家か、女の仕事だ」
スネイプはなるほどな、と呟くように言った。
「貴様は相変わらず、古いのか新しいのかわからん」
「そりゃそうだ。全部新しかったら、過去の私はなんだったんだってなるだろう?」
カサンドラは楽しげに食事するハリーたちをみる。三人は視線を何もない空中に定めている。虚空に向かって話しているところを見るに、ゴーストがいるのだろう。
「――ん?」
カサンドラはハーマイオニーが急に食事を切りやめたことを見つけた。悲しげな表情で、美味しそうな料理に手をつけようとしない。何かあったのだろうか。そう思うが、ハーマイオニーはもう14歳。色々思うところはあるだろう。カサンドラは特に気にせず食事に戻った。あんまりにも絶食ダイエットが続くようなら忠告しようと、そんなことを考えつつ。
――
「信じ……られない」
ハーマイオニーは愕然と言った。ゴブレットを倒してしまい、かぼちゃジュースがこぼれてしまったが、そんなことにも気が回らないくらい打ちのめされていた。
「このホグワーツに、屋敷しもべ妖精がいるって、そう言ったの、ニック?」
「ええ。イギリスで最も屋敷しもべ妖精を有する家とも言えるでしょう」
「――そんなことありえないわ。ダンブルドア先生のお膝元よ? お休みや……お給料は出てるんでしょう?」
ハーマイオニーが何にショックを受けているか全く理解できず、ロンは思わず言う。
「そんなわけないだろ? あいつらはそういう種族なんだって。ウィンキーを見ただろ? あれが普通なのさ」
「――じゃあダンブルドア先生もそう思ってるってこと?」
「当たり前だろ?」
ハーマイオニーは目に見えてショックを受けた。
「そんな……奴隷労働よ。ダンブルドア先生が生まれる前にはイギリスでも禁止されているっていうのに、どうして?」
「だから、それがあいつらの習性なんだって!ハーマイオニーが絶食したってあいつらが病欠取れるようになるわけじゃないんだぞ? ほらかぼちゃのプディングだ。食えよ」
「私は――もう何も食べない!」
ハーマイオニーは頑なだった。気難しい顔をして腕を組み、奴隷労働、奴隷労働……と繰り返す姿に、ハリーとロンは顔を見合わせる。
「……新入生歓迎会でこうなるのは、最短記録じゃないか?」
ハリーは思わず頷いた。今年もハーマイオニーはおかしくなるんだろうか。そんなことを僅かに考えた。
それから、カサンドラと学生たちはお腹がはち切れるんじゃないかと言うほど食べまくった。しこたま腹に入れて、デザートまで食べて、それでようやくダンブルドアは再び立ち上がった。
「みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう! 今年も、また諸君に知らせねばならんことがいくつかある。今一度、耳を傾けて欲しい」
ダンブルドアは学生達を見回して言った。全員が自分を見ていることを確認してから、次の話を切り出す。
「まず……管理人のフィルチさんからお知らせじゃ。持ち込み禁止品リストが更新され、いくつかの悪戯グッズが持ち込み禁止になった。『叫びヨーヨー』をはじめとするゾンコの新商品が中心じゃ。詳しくはフィルチさんの事務所前に、今週1週間貼り出される。もし万が一、確認したい生徒がおれば、そこで確認できる」
ダンブルドアは半笑いになりながら言った。悪戯グッズの禁止品リストを確認するような生徒は間違いなく悪戯グッズを買ったりしない。それは誰だってわかっているのだ。
「では次じゃ。校庭にある森は立ち入り禁止じゃ。境界は森番のハグリッドの小屋があるところまでじゃ。ホグズミード村も、三年生になるまでは禁止じゃ。三年生以降の生徒も、許可証に保護者のサインが必要じゃ。サインをもらうのを忘れた生徒は、急いでふくろう便を飛ばすのがよかろうな。ワシなら今夜にでも飛ばすじゃろう」
ダンブルドアはチラリとハリーの方を見る。ホグズミードの話題が出たのに全く暗い顔をせず、それどころか楽しそうにワクワクした顔をしている。はて、と思ったが、疑問は胸の内に留めた。
「次の話題は少し――いや、誰にとっても辛い話題じゃ。今年の寮対抗クィディッチは中止じゃ。ワールドカップがあって皆意気込みがあったろうに、すまんのう」
えーっ、と大多数の生徒が絶句した。クィディッチが中止?その中でもハリーは特にショックを受けていた。世界の高さを認識し、そして、努力すればそこに手が届くレベルに自分はいると確信できた矢先の悲報だった。フレッドとジョージも口をパクパクさせて驚いている。
「もちろん、理由はある。今年度の10月から始まり今年度末まで続くイベントが用意されているため、やむなくじゃ」
――イベント?
学生達の心は一つになった。
「先生方やワシも、今年度はほとんどの活力をこのイベントに注力することになろう。もちろん、諸君も大いに楽しめることと確信しておるよ。今年、ホグワーツで――」
ふと、ダンブルドアはにんまりと笑って口を閉じた。ハリーが疑問符を浮かべていると、幻の雨と雷が一層激しくなった。雨は土砂降りに、雷も雨の如く降り注ぐ。おどろおどろしい雰囲気になったところで、大広間の大扉が勢いよく開け放たれた。ザワザワとしていた大広間が静まりかえった。
――不気味な男だった。
真っ黒な旅行用のマントを着て、長いステッキに寄り掛かった男は、生徒達の視線を一身に受けながら真っ直ぐにダンブルドアの方へと歩き出した。一歩歩くたびに彼からコツ、コツ、と木の杖で床を叩くような音がする。足音とも、彼が持つステッキの音とも違う音だった。
幻の雷雨が彼の顔を覆い隠している。黒いマントを揺らし、コツ、コツ、とダンブルドアのすぐ前まで来ると、彼はダンブルドアに深く一礼した。生徒たちの方に振り返ると、一際大きな雷が男のすぐ前で轟いた。光と音で、多くの生徒が息をのむ。
そして、その雷を最後に、雨と雷が止む。
顔が露わになった男を見た生徒は、驚愕に目を見開いた。
恐ろしい形相の男である。
元は整っていただろう顔は傷だらけで、唇を大きく欠くような傷跡が目立つ。鼻先も削れていて、歴戦の戦士と言った風貌である。
そして何よりも彼の顔を恐ろしいものにしているのは、その左目。奇妙な眼帯と、目蓋のない青い瞳の目。その目はもう片方の普通の目とは全く関係なく上下左右にぐるぐると動き、時折男の『内側』の方にさえ目を向けた。
「――今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教授を紹介するとするかの」
ダンブルドアは手を広げて、宣言するようにその名を言った。
「元闇祓い、『マッドアイ』アラスター・ムーディ教授じゃ」
ムーディはステッキで床を強く叩いた。
「今年から、私がお前らに闇の魔術のなんたるかを、そしてその防ぎ方を教えていく! 訓示を忘れるな――油断大敵!」
雷のような大きな、鋭い声だった。その名と、殊更に強調されて言われた一言――油断大敵――その言葉が生徒たちに染み渡ったことを確認したムーディは、ふん、と言うと肩をいからせて教員席の一番端に座った。ムーディは皿に向かって杖を使って調べて、出てきた料理にも杖を向け、フォークとナイフで少しずつ切り分け、一口一口確認して、亀のような遅さで食事を取り始めた。
「――さて、話を戻そうかの」
ダンブルドアは苦笑しつつ言った。劇的に生徒たちに印象付けたいと言うので色々と協力したのだが、その結果が長い時間食事も取れずに待ちぼうけとは、すこし悪いことをした気になる。だが、ダンブルドアから見てもムーディは満足そうだった。
「どこまで話したかのう……そうそう、今年いっぱい、素晴らしいイベントをホグワーツで開催すると言う話じゃったな。まこと、光栄であるな。なにせ、この催しは数百年近く行われておらなんだ……。この発表ができることを、ワシはとても嬉しく思う。
今年ホグワーツで、
「ご冗談でしょう!?」
フレッドが茶化すように大声を出した。ハリーはその催しのことがさっぱりわからなかったが、楽しげにニヤニヤするフレッドを見て、楽しいイベントなんだろうと思った。
「フレッド・ウィーズリー、ワシは決して、冗談など言ってはおらぬ。
では……うむうむ、知っておるものも、知らぬものもおるのう。では、すでに知っているものには非常に申し訳ないがの、ここは知らぬもののために少々説明を挟ませてもらおう。
ことの起こりは700年前じゃ。――うむ、カサンドラの年齢に比べれば大したことがないように聴こえてしまうがの、とてつもなく昔ということじゃ。
その昔、ヨーロッパの魔法学校で親善試合をしようということになった。ホグワーツ、ボーバトン、タームストラング。一つの学校につき一人の
夥しい数の死者が出るまでは、魔法使いの交流として最も優れた物であると衆目を集めたものじゃ」
大量の……死者? ハリーたち三人の頭にその言葉が反響する。周囲の生徒たちはそんな過去のことより今のことを教えろという顔をしていたが、ハリーたちはもうすでにワクワクよりも心配の方が勝っていた。思い出すのは、ワールドカップの夜、何かに撃たれて糸が切れたみたいに崩れ落ちて、動かなくなった死喰い人のことだった。あんな光景が山ほど起こった試合を復活させる?
「何世紀にもわたって……復活の試みはあった。しかし今回、魔法省全面協力のもとで、安全に最大限気を使いながらも、開催を決定することになったのじゃ。
それに伴って、ボーバトンとダームストラングの校長が、勇士の最終候補を連れて10月にやってくる。ハロウィンの日に選考が行われ、優勝杯、栄光、名誉、そして賞金の1000ガリオンを賭けて戦うのじゃ」
「俺が出るぞ!」
フレッドが叫んだ。その表情は名誉と富とをゲットするチャンスに煌めいていた。
三校一の魔法使いの座を志すのはなにもフレッドだけではない。寮問わず、そこかしこでヒソヒソと話し声が聞こえる。
「素晴らしい名乗りじゃった。しかし、残念なお知らせが一つある。
ワシらは出来る限り安全を考えておる。しかしのう、どうしても危険というものは付き纏う。故に、じゃ。参加資格を有するのは自分の道を自分で決めることの年齢に達している者……つまり、一部の六年生と、七年生だけじゃ」
フレッドは即座になんとか出し抜くことにしたらしい。顔が悪戯っぽくなった。その表情をダンブルドアは楽しげに見つめている。
「予め言っておこうかの。無駄じゃ、と。公正明大な選出者を出し抜くのは無理じゃ。大人しくしておくのがよかろう」
さて、とダンブルドアは空気を変えるように手を叩いた。
「楽しい話が続くがの、今年のホグワーツでは他の学校の生徒が生活する。勇士の最終候補に残るだけあって、皆優秀な生徒じゃ。ワシはお主らが礼節と厚情を持って、彼らと接することが出来ると確信しておるよ。
そして、ホグワーツの勇士を皆が一丸となって応援できると、それを信じておる。
――随分と長く話し込んだの。さあ、わかるじゃろ? もう寝る時間じゃよ。皆の者、寮まで駆け足!」
組み分けの儀式はそうして終わった。
寮までの道すがら、フレッドとジョージが何やら話し込んでいる。
「ったく、マジかよ!? 来年4月には17歳なんだぜ俺ら? ほんの半年くらい『誤差』だろ?」
「フレッド、ジョージ、悪いこと言わないから絶対やめとけって。ダンブルドア先生が『死ぬかもしれない』なんてマジでヤバいだろ」
ロンがげんなりとして言った。
「俺たちには金が要るんだよ。それも相当な、まとまった金が」
「ワールドカップでバグマンの顔を真っ青にするくらい巻き上げたろ?」
「それはそれ、これはこれだ」
フレッドはしたり顔で言った。双子はこの前のワールドカップでバグマンと凄まじい額の賭けをして、しかも『アイルランドが勝つがクラムがスニッチを掴む』という意味不明の状況をピタリと当てて、凄まじい金を手にしたはずなのだ。
「二人はお店を開きたいんでしょう? それなら、1000ガリオンだって端金に思えるはずよ」
「悔しいがハーマイオニー、その通りだ。とにかく金が要る」
それから、フレッドはロンに言う。
「俺たちが出し抜く方法を見つけたら、お前も立候補してみろよ。で、それで優勝したら1割いただく。どうだ?」
「どうだって……。そもそも審査員すらわかってないのに。カサンドラだったらどうすんだよ?」
「カサンドラなら逆に楽だろ? 半年くらいの誤差、金で埋めてくれるさ」
「お金が欲しいのにお金を使うの?」
ハリーが聞くと、フレッドはニヤリと笑った。
「世の中そんなもんさ、ハリー。俺たちだって店を買って金を稼ぐ。金を得るには投資が不可欠なのさ」
「もっともらしいこと言ってるけど、カサンドラを買収するのは投資じゃないからね」
「ロニー坊や、1000ガリオンの前なら大抵の金は必要経費だぞ」
「勝てなきゃ意味ないし、死んだらもっと意味ないだろ! ダンブルドア先生が死ぬかもって言ってる意味もっとよく考えろよ!」
ロンは思わず叫んでいた。去年はペットの死を、去年末には復讐する瞬間を目にするところだった。そして今年の頭にはワールドカップで、誰もが恐れる死喰い人をあっさりと始末した『死』を感じた。自分の兄があんな風に死ぬかもしれないなんて、考えただけでどうにかなりそうだった。
「あー、悪かったよ、ロニー坊や。でも俺は諦めたりしないからな。スリルを超えてこそ、栄光と富は転がり込んで来るんだ」
フレッドはロンの気持ちを理解したが、それでも考えを改めたりはしなかった。無理もない。WWWは双子にとってそれこそ『死んでも』叶えたい夢なのだ。
不服そうに顔を歪めるロンの頭を、ジョージが撫でた。
「お前だっていつかわかるよ」
「子供扱いするなよ! 僕だってもう14だぞ」
「そりゃ悪かった。お兄ちゃんがいなくなるなんて嫌だーって泣き言言うからついな」
もう、とロンは憮然とその手を振り払った。
それからロンは心配そうな顔のまま、寮でベッドに入るまで一言も喋らなかった。