【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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 多忙な日々が続いています。本日も感想には返信できそうにありません。


純白のケナガイタチ

――1994年9月 ハグリッドの小屋前

 

 ハリーにとって、4年目の滑り出しはまぁまぁ順調だったと言えるだろう。とても平和だった。

 今年は屋敷しもべ妖精に登校を妨害されなかったし、コンパートメントに吸魂鬼が入ってくることもなかった。危険がどうこう忠告されたり、殺人鬼がうろつき回ってて危険だと警鐘を鳴らされることもない。極々普通の学校生活。こんなに穏やかに学業に集中できるのは一年生以来だった。学校で起こる一大イベントもハリーは参加資格を有していないため、心置きなく外野で観戦を楽しめることだろう。ホグワーツの勇士は誰だろうか。ハリーは去年のクィディッチを思い出す。初めて敗北を喫することになった相手、セドリック・ディゴリーのことが脳裏に浮かぶ。

 グリフィンドールのハリー信奉者はセドリックの勝利を偶然だとか、吸魂鬼にやられたハリーの隙を突いただとか口さがないことを言うのが常だったが、ハリーの意見は違った。

 どんな状況だったとしても勝ったやつが強いのだ。スリザリンのような卑怯な手段を使うのなら確かにそれは論外だろうけれど、状況を利用するくらいならハリーだってやるだろう。

 それに彼は紳士だった。自らの勝利を恥じ入るほど、正々堂々とした人だ。彼が勇士になれば、間違いなく他校との交流はうまく行くだろう。ハリーはセドリックが素晴らしい試合をすると確信していた。彼が勇士となれば、ホグワーツ中が彼に熱中することだろう。もちろんハリーもその中の一人だ。

 

「ロン、次はスリザリンと一緒に『魔法生物飼育学』だよね。今年のハグリッドはどんな授業するんだろう」

 

 ハリーとロン、ハーマイオニーの三人はハグリッドの小屋へと歩きながら話をしていた。話題はもちろん、次の素晴らしい授業についてだ。

 

「私、きっとレタス食い蟲の飼育だと思うわ。その間に、次の授業で飼育する魔法生物の座学をやるの。今年の年明けからそんな感じだったでしょ?」

 

 ハーマイオニーが何冊もの本を小脇に抱えながら言った。授業とは関係のない本を彼女が抱えているのはいつものことだが、ハリーにはそのタイトルが気になった。『差別と奴隷売買について』。なんとマグルの本である。ハリーも屋敷しもべ妖精については思うところがあるが、だからといって積極的に彼らを『救おう』だなんてことは思えなかった。だが、ハーマイオニーは本気で魔法界の奴隷についてどうにかしようと考えているようだった。

 

「それはあり得るね。何せスリザリンにはマルフォイがいる。今年も嫌味ったらしくハグリッドをいびるに違いないよ」

 

 ロンは正義感に燃えていた。去年のマルフォイ達の嘲笑は、三人の記憶にも新しい。またハグリッドをあんな目に遭わせるわけにはいかない。

 

「そうなったら僕らで止めよう。ハグリッドを守れるのは僕らだけだ」

 

 ハリーの言葉に賛成、と二人は頷いた。

 

――

 

 と、言ったはいいものの。実際に授業が始まるとハリーは顔を痙攣らせることになった。

 ふと、スリザリンのドラコ・マルフォイの方を見る。彼もハリーと同じような顔をしていた。ロンも、ハーマイオニーですらそうだった。もしかしたら、スリザリンとグリフィンドール、犬猿の仲の二つの寮の心が一つになる、歴史的な瞬間だったかもしれない。

 

――ハリーはハグリッドの小屋の前に置いてある大きめの木箱に視線を向ける。カサカサと何かが動く音、時々小さく爆発する音。さっぱりわからない。正直な話、このままわからないままの方がいい予感すらする。

 

「よう集まってくれた! お前ら、今年も元気に面白い生き物を見ていくぞ!」

 

 ハグリッドがスリザリン、グリフィンドールの生徒たちを見回して言った。マルフォイのところに視線をやったときほんのわずか、動揺したように動きが止まった。しかしすぐにハグリッドは視線を別の生徒へと向けた。

 

「今日は新年度初めての授業だからな、お前らに『面白い』生き物を見せてやろうと思っちょるんだ」

 

 ハリーは自分でも驚くほどの警戒心を木箱に向けた。ハグリッドが『面白い』と言う生き物、つまり危険でヤバい生き物ということだ。

 

「今日は……というか今日から、お前らには『尻尾爆発スクリュート』の飼育をやってもらう!」

「ごめんハグリッド、もう一度お願い。なんて?」

 

 ロンが思わず聞いた。不穏な単語が名前に含まれているような気がしたのだ。()()だとかなんとか。聞き間違いだろうとロンは思いたかったが、現実は無情だった。

 

「『尻尾爆発スクリュート』だ」

 

 ハグリッドはそういうと、ウキウキした様子で木箱の箱を開けた。

 

「ギャアアアアアアアッ!?」

 

 ラベンダー・ブラウンというグリフィンドールの女子生徒が悲鳴を上げて隣の友達に抱きついた。その友達も悲鳴こそあげなかったものの、同じようにラベンダーを抱きしめ返した。いつもはその騒音に迷惑そうな表情を向けられるのが常なのだが、誰一人としてラベンダーを責めるような顔をした生徒はいない。

 それもそうだろう。この場にいる生徒全員が、ラベンダーと気持ちを同じくしていた。

 女子生徒がつんざくような悲鳴を上げるような化け物。つまるところ尻尾爆発スクリュートとはそういう生き物だった。

 

 外殻のない伊勢海老のような姿で、ハサミはなく、また頭部らしい頭部はなかった。不気味なほど青白い胴体はヌメヌメした粘液でテカっており、生物としてそれなりに重要な部分であるはずの脚は勝手気ままなところから飛び出していて、規則性も、合理性もなかった。本数すら個体によって違う。

 3本しか脚がない個体もいれば、20本は生えてる個体もいる。酷く細長い脚を器用に動かして、やたらめったら木箱の中を這いまわっている。腐った魚のような匂いが漂い、そのうえ爆弾のような黒くて丸いコブが付いている尻尾は時々火花を瞬間的に出して『爆発』していた。爆発するたびに10センチほど大きく前進し、時々木箱の壁に体を打ち付けていた。大きさは15、16センチ……ハリーの杖くらいの大きさで、それなりの大きさである。

 恐ろしいことにその化け物が一つの木箱につき百匹ほどひしめきあっている。重なり合い、押し合い、へし合いして木箱の中を思う存分蠢いている。

 

「たった今孵ったばかりだ。凄いだろう、こんな面白い生き物他にいねぇぞ!」

 

 ハグリッドはさらにとんでもない情報を開示した。ハリーの杖くらいの化け物が生後すぐくらいの産まれたてだって? じゃあ大きくなったらどれくらいになるっていうんだ?

 

「これを育てるのが今年度の一大プロジェクトにしようと思う!」

「あー、失礼、ハグリッド先生」

 

 顔を痙攣らせたまま、マルフォイが聞いた。よくやった、とハリーでさえ思った。

 

「本気で、こいつらを我々が育てなければならないとおっしゃるんですか? つまり……この、なんですか? 化け物を? 我々がするべきなのはこいつらにエサをやることではなく……カサンドラを呼ぶことなのでは?」

「カサンドラを呼んだって、尻尾爆発スクリュートを殺したりはせん!」

 

 それはどうだろうか。全員が思った。

 

「あー、それで、カサンドラが『退治』しないとしても……爆発する魔法生物を僕らが育てるんですか? その――何のために? つまり、どのような学習ができるんですかねぇ?」

 

 ハグリッドは言葉を詰まらせた。それから、しばらく考えて……そして、口を開いた。

 

「マルフォイ、そいつは次の授業で教える。まずはエサやりをやってみよう、な? 今日はエサやりを通して、どんなエサを好むか調べる学習だ……」

 

 ハリーは渋々、木箱のそばに置いてある気持ち悪いものを詰め込んだ箱のそばによる。アリの卵、カエルの肝、牛肉、キャベツ、ジャガイモ、などなど種類は豊富だ。この中のどれかがエサってことなんだろうと思ったハリーは、とりあえずキャベツの切れっ端を指で摘んだ。

 

「よーし、ハリー、いい調子だ。俺はこいつらを飼ったことがないもんで、どんなエサを食うのかも知らんからな、みんなで調べよう」

 

 木箱の中のスクリュートへキャベツを与えようとしていた手が、ハグリッドのその一言で止まる。ぎぎぎ、と錆び付いた機械のようにゆっくりとハリーはハグリッドを見た。

 

「ハグリッド、こいつを……なんだって?」

「俺は飼ったことない魔法生物ってこった」

「ハグリッド『先生』? 念のために聞いておくわ」

 

 ハーマイオニーが恐る恐る聞いた。去年あんなことがあったのだ。そんなわけがないと思いながらも、それでも不安げに疑問を口にする。

 

「安全は、ちゃんと、確認したのよね?」

「あー……うん、俺が触った時は大丈夫だった。ちいと爆発に巻き込まれたら火傷するが、それだけだ」

()()()()()()()? 本にはなんて書いてあったの?」

 

 ハーマイオニーからしてみれば当然の疑問だろう。だがハグリッドは斜め上の回答をした。

 

「本? なんで本なんか見にゃならん。こいつは俺が世界で初めて飼う生き物だ。だーれも飼い方を知らん。それを探り当てるのが、楽しいんだろ?」

 

 ハーマイオニーは思わず、マルフォイを見た。マルフォイも、ハーマイオニーを見ている。マルフォイが嘲るように言った。だがその顔は引きつっていた。

 

「冗談を言っているのですかね、ハグリッド先生?

 誰も飼ったことがない? その化け物がドラゴンより安全だって保証はあるんですか?」

「スクリュートは化け物なんかじゃねぇ! 可愛くて面白い生きもんだ!」

 

 自信たっぷりにハグリッドは言っているが、残念ながらハーマイオニーすら同意しない意見だった。

 

「そもそも、ハグリッド先生、そいつにエサをやる意味があるんですか? ――そいつには口がないようですが」

「隠れてるだけかもしれんじゃろうが。それを探るのも授業の一環だ」

 

 身体の構造すら把握できていないとは。ハーマイオニーは頭を抱えたくなった。ハグリッドを擁護してやりたいが、危険度が未知数なのに安全だなんて言えるわけがない。

 

「わかりました」

 

 マルフォイは結論付けた。

 

「こいつに関しては何もわかっていないと、そうおっしゃるのですね?」

 

 ハグリッドは何も言えなかった。

 

 それからドラゴン革の手袋をした上でエサやり体験をしたが、全員が恐る恐るスクリュートに接しており、ハグリッドが望んだ和気藹々とした生き物飼育授業とはかけ離れた光景になったのは言うまでもなかった。

 三人は授業を終えた後、大広間へと昼食を取りにやってきていた。

 

「ハーマイオニー、なんでマルフォイに言わせっぱなしだったんだよ? あいつのあの勝ち誇った顔見たかよ? 相変わらずむかつくやつだ」

 

 昼食時、話題になるのは当然、さきほどのハグリッドの授業のことだった。

 三人はグリフィンドールのテーブルについて、マルフォイの独擅場となった授業について思い思いに話していた。

 

「私だってマルフォイに言おうと思えば言えたわよ。去年は頑固なおじいさんを説得するために知恵絞ってたんだもの。それに比べたら楽よ。でもね……マルフォイは間違ったことは言ってなかったわ」

「確かに今はなんの意味もない生き物かもしれないけどさ、また別の使い道ができれば、それでいいってことじゃないか」

「それはそうよ。でもどれだけ大きくなるかも、寿命がどれくらいかも、危険性がどれくらいあるのかもわからないのに育てさせるなんて無責任よ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ロンはげんなりする。

 

「去年も聞いたぞ、責任とかなんとかって。そこまで気にすることかよ?」

「ロン、この際はっきり言っておきますけれど、私はハグリッドを友達だと思ってるわ。でもね、教師として評価できるとは思ってないの」

「ハーマイオニー、どうして? ハグリッドはいい先生だよ。授業は楽しいし、宿題も試験も簡単」

 

 ハーマイオニーは首を振った。ハリーの言葉を否定するのは簡単だった。だが、学生にとってハリーの言う点が評価項目なのもまた事実なのだ。ハーマイオニーの視点は少しばかり『大人目線』に過ぎる。

 

「確かに、悪い先生じゃないと思うわ。ハリーの言う面がダメって言うわけじゃないし……きっと、これも難しいのよ。ごめんなさい、私もう行くわ」

 

 ハーマイオニーは手早くポテトとポークチョップを食べ終わると、二人を待たずに立ち上がった。

 

「どこ行くんだよ?」

「図書室よ」

「宿題なんて一つも出てないのに!?」

「人権について真剣に考えるべき時がきてるのよ。じゃあね!」

 

 ハーマイオニーは手を振るとサッサと大広間を出てしまった。

 

「――なんか去年からこっち、ずーっと小難しいこと考えてるのな、あいつ」

「そうだね。いいとか悪いとかすぐに言わなくなったし……。うーん?」

 

 ハリーはロンと一緒に首を傾げた。ハーマイオニーの変化を、二人は未だ理解できずにいた。

 

 昼食を終えて寮に戻ろうとしたところで、ハリーとロンの前にいつものスリザリン三人が立ちはだかった。

 

「なんだよマルフォイ?」

 

 ハリーが聞くと、マルフォイはニヤニヤした顔で後ろ手に隠していた新聞を広げた。

 

「お前の父親が載ってるぞ。一面記事だ」

 

 ハリーとロンはマルフォイが差し出した記事を見た。

 

魔法省、再三の失態

 

 クィディッチ・ワールドカップでの失態や魔法省職員失踪事件の未調査問題など、非難が続く魔法省に新たな失態が追加される運びとなった。「マグル製品不正使用取締局」の()()()()()・ウィーズリーが新たに失態を侵したのだ』

 

 マルフォイは心底楽しそうだった。

 

「君の父親は名前すらロクに覚えられないなんて、本当に哀れだね」

「……名前を間違えて書く記者がおかしいんだ」

 

 ロンが記事に集中したままマルフォイに答える。

 

『彼は二年前にも職権を悪用し空飛ぶ車を所有していたことで責任を問われ、『所有のみなら合法』という「マグル製品不正使用取締局」の人間らしからぬ理論展開をして処分を免れた前歴がある。彼は非常に攻撃的なゴミ箱をめぐり、マグルの憲兵(警察のことだろうか、とハリーは思った)と揉め事を起こした。ウィーズリー氏は『マッドアイ』アラスター・ムーディ氏の救助に駆けつけた結果マグルの憲兵と衝突することになった模様である。『マッドアイ』は、もうすでに友好的な握手と殺人未遂との区別がつかないほどにパラノイアに侵されており、まともな職務遂行が不能になったために魔法省を引退した元『闇祓い』である。過剰なまでの警戒網を突破して必死に『マッドアイ』の自宅にたどり着いたウィーズリー氏は、『マッドアイ』が案の定誤って警報を発したことに気づいた。マグルの憲兵に記憶修正術を使い難を逃れた両者だったが、そもそもなぜ引退した、現在は魔法省とは何の関係もない人間にここまで手厚く魔法省が関与するのか。

 記者リーター・スキーターは上記の疑問を魔法省に問い合わせたが、満足のいく回答は得られなかった』

 

「『マッドアイ』ムーディとお前の父親が写真に映ってるぞ。どうやら今年の『闇の魔術に対する防衛術』も()()できそうじゃないか? それにしても――この後ろに映っているのは本当に、君の家なのか?」

 

 くすくすと嫌な笑みを浮かべてマルフォイが言った。ムーディとアーサーがくたびれた様子でモリーに『隠れ穴』で出迎えられている様子が写真に収められていた。

 

「君の父親も……なんでイカれた男を守るような真似をしたんだろうね? きっとよっぽど給料がないんだろうね」

 

 うきうきとロンを馬鹿にするマルフォイをよそに、ハリーは記事をあらかた読んで、それからわざとらしくため息をついた。

 

「マルフォイ、こんな記事大真面目に信じてるの? 『程度』が低いって大好きな父上にもよく言われない?」

 

 マルフォイは言葉を止めた。

 

「ポッター、今なんて言った?」

「リーター・スキーターの書いた記事を信じるなんて、本当に教養がないんだなって思ってさ。ルシウスさんはちゃんと道理はわかってるって言うのに、息子の君がこんな様子じゃね。行こう、ロン。相手にしたってしょうがないよ」

「あ、ああ」

 

 ハリーはロンの腕を引っ張って、その場を立ち去ろうとする。

 

「き、きさ、貴様」

 

 何かをマルフォイは言おうとするが、言葉が出てこない様子だった。内心にんまりしていると、嫌な予感がして慌てて杖を引き抜きながら体をひねり、振り返った。ハリーの頬のすぐ隣を、魔法の閃光が通り過ぎて行った。

 

「マルフォイ!」

 

 ハリーは厳しい表情で杖を振り上げる。そして、ぽかんとした表情になった。マルフォイは不審な表情になる。ハリーの表情からいきなり敵意が消えたのだ。疑問に思っていると、マルフォイの背中に誰かが放った魔法が命中した。玄関ホールに怒号が響く。

 

「卑怯な真似をするな! 若造!」

 

 ムーディが杖を()()()()()()()()()に突きつけたまま、玄関ホールへと続く階段を下りてくる。コツ、コツと義足が立てる足音が嫌に響く。玄関ホールが恐怖によって支配されていた。先ほどまでマルフォイがいた場所に、白いイタチがいて、そのイタチはかたかたと小さく震えていた。

 ムーディはちらりとハリーを見た。眼帯の方の目はぐるぐるとせわしなく動いていて、瞳を頭の後ろの方に向けた状態で止まった。コツ、コツ。ハリーのすぐ前まで来たムーディは、静かに聞いた。

 

「問題は?」

 

 低い声だった。

 

「いいえ、外れました」

 

 ムーディはぴくり、と眼帯のついた方の眉を上げた。

 

「触るな!」

 

 振り返って、ムーディが叫んだ。ちょうどクラッブが白いイタチを守ろうと拾い上げている最中だった。

 

「罰の時間だ……」

 

 ムーディは再び杖をケナガイタチに向ける。きーきーと悲鳴を上げて、クラッブの手の中から浮き上がり、ハリーの身長よりも高い位置まで浮き上がった。それから、いきなり浮遊の魔法が切れて、ケナガイタチは床にたたきつけられた。またムーディは魔法を使ってイタチを宙に浮かせる。落とす。浮かせる。

 

「下らん理由で不意打ちなど――」

 

 バシン、と床に打ち付けられるたびに、イタチはきぃっ、きっ、と短く悲鳴を上げる。床にたたきつけるごとに、ムーディは一語一語区切って、刻み付けるようにして話す。

 

「二度と――卑怯な真似は――するな――」

 

 今一度床にイタチが叩きつけられた瞬間、別方向からムーディに向けて魔法が飛んできた。ムーディは素早く反応し、半透明の盾のような力場を生み出して魔法を防いだ。

 

「ムーディ先生、何をなさっているのですか! たとえ動物相手だろうと、狼藉は許可されていません!」

 

 魔法を放ったのはマクゴナガルだった。周囲の生徒たちは安堵したような表情をした。

 

「狼藉? ――教育だ」

「教育? 躾けにしてはずいぶんと……まさか、それは、『生徒』なのですか!?」

「左様」

 

 マクゴナガルの手から本がどさりと落ちた。それほど衝撃だったらしい。慌てて杖を振り上げ、ケナガイタチに魔法を使う。バシッと大きな音がして、マルフォイが再び姿を現した。マクゴナガルがマルフォイに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、マルフォイ」

「あ、う……」

 

 小生意気な嘲笑が浮かんでいた顔は今や燃えるように紅潮し、ブロンドの髪がぱらぱらと顔にかかった状態で、マクゴナガルの声も聞こえていないかのように床に這いつくばっている。ロンもハリーも、その姿を笑うなんて真似はできなかった。

 

「ムーディ!!」

 

 マクゴナガルはマルフォイの背を撫でながらムーディに厳しい表情を向けた。

 

「本校では懲罰に変身術を使うことは、()()にありません! ――懲罰に関しては、校長先生から念押しがあったはずですが?」

「そんな話もあった」

 

 しかし、ムーディはまるで意に介していないように続けた。

 

「私の考えは違う。一発厳しいショックを与えることで――」

「議論をする気はありません!  居残り罰か、さもなければ寮監にお話しするだけです!」

「――なら、次からは、そうするとしよう」

 

 ムーディはマルフォイに嫌悪の表情を向けたまま、じいっとにらんだ。

 

「……こ、こんなことをして……ち、父上に言ってやる」

 

 マルフォイは痛みと屈辱に目を潤ませていたが、ムーディを憎々し気に見上げた。

 

「父上……ルシウス……ルシウス・マルフォイかね?」

 

 コツ、コツと足音を響かせて、ムーディはマルフォイに近寄った。

 

「お前の父上とは『古い知り合い』だ……。父上に報告差し上げるといい。『マッドアイ』ムーディが僕を見張っているんです、と。いいか、お前がマルフォイである限り、私はお前から決して、目を離さん……頭を低く生きていけ……」

 

 ムーディは唸るように言った。

 

「スネイプが寮監だったな」

「……はい」

 

 マルフォイは観念したように言った。

 

「なら、奴と話すとしよう。奴とも古い知り合いだ……チャンスをずっと待っていた」

 

 ムーディはマルフォイの腕をむんずと掴み、地下牢までの道を歩き始めた。マクゴナガルはその背を苦々し気に見つめていた。それから、周囲の生徒たちを見回していった。

 

「よいですか、ムーディ先生に同じような処罰をされたら私に報告しなさい。どのような事情があったとしても、あのような処罰をホグワーツは許しません。これ以上同じことを繰り返すようなら、ホグワーツの教師を辞めていただく必要がありますので」

 

 マクゴナガルはそう言って、落とした本を拾い集めると、苦い顔をしたまま玄関ホールから出て行った。

 

 ハリーとロンは呆然としたままだった。

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