「信じられない!」
ハーマイオニーは顔を怒りに染めて言った。ハグリッドの小屋を出て、玄関ホールへの道を、ハリーとロン、ハーマイオニーは並んで歩いていた。ハグリッドの授業が終わってからこっち、ハーマイオニーは怒り心頭だった。
「ハーマイオニー、そこまで怒ることかよ? マルフォイを黙らせるいい手だったじゃないか」
ロンの言葉にも彼女は頷かない。
「その手は『教師』なら使っちゃダメなの! 本当に――ハグリッドは本当に何考えてるのよ……! 去年散々苦労したっていうのに、どうして何も学んでくれないの……」
ハーマイオニーは半分くらい泣きたくなった。だってそうだろう。去年狂いそうになってでもバックビークの擁護をして、弁護の方法を一からハグリッドに教えて、命の重圧に苦しんで、なのにハグリッドはそもそも訴えられないようにしようとはほんの少しも思ってくれないのだ。もし「尻尾爆発スクリュート」が裁判にかけられて絶滅を決定づけられたとしても、もうハーマイオニーはハグリッドを手伝ったりしないだろう。
「グレンジャー、どんな気分だ」
そこへ、マルフォイが厭味ったらしい笑みを浮かべてやってきた。となりにはクラッブとゴイルが当然のように侍っている。
「どんな気分? 最悪よ! あなたをケナガイタチに変えるなんて……そんな脅しを使うなんて! あなただけじゃないわ、誰だってスクリュートと毎日顔を合わせるなんて嫌でしょうに……!」
「あの男はおかしいんだ。だからは僕は速やかにホグワーツから追い出そうとしていたのに……去年はずいぶんと邪魔してくれたな」
ハリーはむっとした。
「ハグリッドをホグワーツから追い出したら、それはホグワーツじゃないよ」
「よく言う。そんなにあの男が好きなら、課題発表のとき大喜びしてやればよかったじゃないか」
ハリーは思わず黙った。とんでもない課題についてはハリーだっていやだった。たった一人でスクリュートの群れを観察していたら、いきなり襲い掛かってくるかもしれなかった。そして、『襲い掛かってこない』という確証は未だ、ハグリッドですら得ていないのだ。マルフォイはさらに続ける。
「それに、リーチはかかってる。僕はあの化け物も怪しいと思ってる」
「怪しい……?」
ハーマイオニーが聞いた。
「グレンジャーなら知ってるんじゃないか? あの化け物はどんな図鑑にも載ってない。つまり、新種ってことだ」
「ええ、そうなるでしょうね」
「魔法生物を掛け合わせて新種を生み出すことは違法だ」
ハーマイオニーはゆるゆると首を振った。
「それが事実なら、よ」
「けがれ――グレンジャー、よく考えろよ。生まれたばかりの化け物、そしてハグリッドですら知らない生態。図鑑に載ってない化け物。ん? 『賢い』ハーマイオニー・グレンジャーはどう思うんだ?」
「……故意とは限らないわ」
「あんなにうれしそうにしてたのにか? 全く、どれだけ庇うんだ? 犯罪者を庇うとロクなことにならないぞ」
いくぞ、とクラッブとゴイルを連れて、マルフォイは先へと行った。
「ああ、もう! ハグリッドはなんでこう毎年毎年……!」
「確かになー。なんかハグリッドって毎年なんかやらかしてるよな」
ロンはしみじみと言った。
「一年の時はドラゴンで……2年の時はハグリッドの友達の蜘蛛の子供たちに食われかけた」
「――何よそれ?」
ハーマイオニーが心底よくわからないという顔をした。
「そりゃハーマイオニーは知らないだろうさ。なにせそんときには石になってたからな。バジリスクのことを知ろうとして、ハグリッドの助言で禁じられた森に入って、50年前にハグリッドが飼ってた蜘蛛……アクロマンチュラに話を聞きに行ったんだ」
「なんてバカなことしたの!? アクロマンチュラ!? あ、あなたたち食い殺されてないわよね?」
ハリーとロンはお互いに顔を見合わせた。
「いや、僕らはゴーストじゃないよ」
「そうそう。まぁ、アラゴグは――そいつの名前なんだけど――僕たちに襲い掛かってこなかったんだけど、そいつの子供たちが一斉にわーっと」
「ストップ!」
ハーマイオニーが慌ててロンの言葉を止めた。
「……アクロマンチュラが、繁殖してたの?」
「それがどうしたんだよ」
「東南アジアの化け物よ、アクロマンチュラって。そして、蜘蛛なんだから
「それがどうし……まさか、ハグリッドが? 奥さんまで用意したって?」
かも、とハーマイオニーは知りたくなかった事実を知ってうなだれた。
「もしそれがバレたらダンブルドア先生でも庇いきれないわ。卵の取引だって禁止、買うのも育てるのも禁止。とにかく人の近くに近寄らせちゃいけないっていうのが基本の化け物なのよ」
「……僕たち本当にヤバかったんだな」
「そんなどころの話じゃないわ……もう私禁じられた森に近寄れないじゃない……」
もともと近寄りたい場所ではなかったが、アクロマンチュラの群れが生息しているとなると、万が一にでも近寄るわけにはいかなくなった。
玄関ホールにたどり着くと、生徒たちが集まっているのが見えた。先に行ったマルフォイ達も興味深そうに掲示板を見ている。
「何かしら……また事件とか?」
「そう毎年ヤバいのが起こるわけないだろ」
そう言いつつロンは掲示板を見た。
『
ボーバトン、ダームストラングの両校代表団が10月30日(金) 18時に到着する。 授業は30分早く終了し、全校生徒は鞄と教科書を寮において、『歓迎会』を実施する前に城の前に集合し、お客様の出迎えをすること』
「ハロウィンの前だぞ!」
掲示板の前に集まっていた生徒たちが思い思いに言う。
「ボーバトンってどこの学校?」
「ダームストラングって闇の魔術を教えてるんだろ? 全員スリザリンみたいなやつじゃないといいけど」
「セドリックはこのこと知ってるかな? 知らせに行ってやろうぜ!」
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は寮への道を歩きながら、パタパタと駆け出したアーニー・マクミランを見送った。
「なんでセドリック?」
ロンが言った。
「勇士に乗り上げるんだよきっと」
「ハン! 運だけが取り柄のウスノロが代表?」
ロンはバカにするように言った。
「ロン、セドリックはウスノロなんかじゃない。僕に勝った。それとも君の友達はウスノロよりも雑魚ってことでいいの?」
「いや、そんなつもりはないよ。ただ、ハリーに『ちょっと卑怯な』ことして勝ったのが気に食わないだけだ」
「スリザリンの反則を知ってるだろ? セドリックのアレは卑怯でも何でもないよ」
「それに」
ハーマイオニーが言った。
「とっても優秀な学生で……監督生ですって」
「ハーマイオニー、君はあいつがハンサムだからそんな風に庇うんだろ?」
ロンが皮肉気に言うと、ハーマイオニーは顔を怒りに染めた。
「お生憎様。私、もう顔がいいというだけで好きになったりしないわ。ロックハートでもうこりごりよ」
ハーマイオニーは憮然とそう言った。
ボーバトンとダームストラングが来る。この事実の流布によってホグワーツは一気にそのことでもちきりになった。ボーバトンがどういう場所か、ダームストラングがどういう場所か。正直なところマグル生まれやホグワーツしか知らない生徒ではロクな推測すら立てることができない。そこで人気になったのが、歴史の長い純血魔法使い、およびスリザリンの生徒たちだった。スリザリンの生徒にグリフィンドールとハッフルパフの生徒が並んで話を聞きに行くという歴史的な光景がそこかしこで起こっていた。融和の芽は間違いなく順調に育っていた。
――1994年10月 ホグワーツ城正面玄関前
カサンドラは出迎えの衣装を決めるのに、数日を要した。鎧姿で行くか、傭兵の時の身軽な姿で行くか、それともラフな格好か、ドレスか。
結局、誰に聞いてもマグルが魔法界で振舞う際の正装など知らなかったので、仕方なくカサンドラは仕事で使うレディーススーツに身を包むことにした。ダークグレーのスーツに青色の無地のネクタイ。金色のネクタイピンは特注で、ヘルメス・トリスメギストスの杖があしらわれている。靴もしっかりとヒールのある靴で、今すぐに商談をしにオフィスビルに乗り込んでも問題がないくらいバッチリと決めたカサンドラは、しかし周囲からすさまじく浮いていた。
カサンドラは他の生徒たちと同じように、城前で雑然と並んで、お客様が来る瞬間を今か今かとまっていた。
「カサンドラ……本気でその恰好なの?」
隣のハーマイオニーが聞いた。
「まあな。結局、一番しっくりくるのはこれだ。昔は鎧だったんだがな」
「でも、その……とっても素敵よ」
「ありがとうハーマイオニー。お前も素敵だ。是非一晩一緒に……悪い、忘れてくれ」
さすがのカサンドラも他校の魔法使いと実際に会うとなって緊張しているのかもしれない。普段なら抑えている口説き文句がつい口をついて出てしまった。
「え……。え、ええ。そうよね。ええ。でも……カサンドラって、そういうことにも理解があるのよね」
「ん? ああ。女とも男ともよく遊んだよ。それより、ハーマイオニーは勇士に立候補する気はないのか? フレッドとジョージがなんとか突破する方法を見つけようとしているらしいが」
「ないわよ。知ってる? 1792年の試合だと『コカトリス』が大暴れして三校の校長全員が負傷してるの。コカトリスよ? 全部『ホグワーツの歴史』に書いてあるわ。……まあ、本当に信用できるか微妙だけど」
ほう? とカサンドラは苦笑した。
「どうしたんだ? 愛読書だろう?」
「屋敷しもべ妖精についての記述が一ページもないのよ。いつからいて、どれだけの数がいて、どのような待遇なのか……1000ページもあるのに、ほんの少しも書かれてない」
「ハーマイオニー、こういうとお前の活動をよく思っていないと思われるかもしれない。それでも言うが、他の学校の連中に活動のことを口にするのはやめた方がいい。誰もが開口一番『カルト』のことを言われたくないだろう?」
「うう……カルトじゃないのに……」
わかってるよ、とカサンドラは言う。
「私もハーマイオニーから話を聞いて、思うところがあってな。屋敷しもべ妖精に会いにいった。城の厨房だ」
「本当? うれしいわ。カサンドラならきっと、客観的に物を見てくれるって信じてるわ」
カサンドラは静かに語り掛ける。
「幸せそのものだったよ。善き主人に仕えられて自分たちはどんな屋敷しもべ妖精よりも幸福だと、そう言っていた」
「それは……! あの人たちが教育を受けていなくて、洗脳されてるからよ!」
「そう思うか? 私は彼らの言葉に嘘や欺瞞があるようには見えなかった。だから、例の活動は権利の向上というよりも、『善き主人でいること』を啓蒙した方がはるかにお互いに幸せになれると思った」
「どういうこと?」
ハーマイオニーは首を傾げた。
「暴力を振るわない。理不尽な命令をしない。簡単に解雇をちらつかせない。まあそんなところだ」
「それが、彼らの幸せだって言うの? 休暇は? 給料は?」
「いらない、だそうだ」
「じゃあ、ドビーはどうなるの?」
カサンドラは悩む。正直あまり祝いの場で言いたいことではない。
「ドビーは『おかしい』んだ。精神病なんだよ」
「違うわ、ちょっと個性があるだけで」
「個性? 個性か。ハーマイオニー、マグルの基準が私に合わせられたらどう思う? 魔法使いがマグルに要求する能力が私を基準にしたものに定められたらどう思う?」
「そんなの無理よ。……あ」
カサンドラはふと空を見上げた。
「そろそろ来るぞ。この話はまた今度だ」
「ええ。絶対に、あきらめないから」
カサンドラはほほ笑んだ。
「その意気だ」
カサンドラが空を見ていると、少しずつ『それ』が見えてきた。
何か、大きな物体だった。カサンドラはまるで飛行船のようだと思った。濃紺の空を、ホグワーツへと向かって一直線に疾走しているそれを、生徒が指さして叫んだ。
「ドラゴンだ!」
「落ち着けって! そんなわけないだろ!?」
そんな風な会話がそこかしこで聞こえる。
「あれは……空飛ぶ家、かな。お兄ちゃん、どう思う?」
「多分そうだと思うよ」
デニス・クリービーが兄のコリン・クリービーに聞いた。コリンの弟は今年ホグワーツに入学した1年生で、入学早々にハリーに突撃取材をかますようなことはしない、常識的な人間だった。
デニスの推測はかなり真実に近かった。それは巨大な馬車だった。パステルブルーの、屋敷ほどの大きさもある箱馬車が、空を飛んでいた。12頭のペガサスに牽かれ、猛スピードで空を走っている。ペガサスの大きさも、一頭一頭が象よりも大きい。猛スピードのまま高度をさげ、地面を揺らすほどの衝撃と共に地面に降り立ち、急制動をかけた。
屋敷の入り口に描かれた紋章を、カサンドラは見る。金色の杖が交差し、それぞれの杖から三個の星が飛んでいるデザインだ。扉から淡い水色のローブを着た少年が飛び降りた。どうやらそのローブが制服らしい。彼は馬車の下に格納してある足場を引っ張りだすと、恭しく足場の脇に侍った。
「……ほう」
カサンドラは馬車から降りてきた女性を見て思わず声を上げた。身長はおよそカサンドラを倍にしたくらいで、ハグリッドよりも頭二つ分ほど大きい。彼女は先頭にいたダンブルドアを見つけると、にこやかに近づいていく。きらめくような手をほんのわずかに上げて、ダンブルドアに手の甲を上に向けて差し出した。ダンブルドアは首を少しだけ下ろして、その手に唇を下ろした。その姿はさすが英国紳士といった風で、素晴らしく様になっていた。本来なら跪くのが通例だが、身長差があまりにも大きいのでお互い立ったままだった。
「ようこそ、ホグワーツへ。マダム・マクシーム」
「このよーうな歓迎、とてもうれしーく思います。おかわりーありませんかー? ダンブリー・ドール」
深いアルトボイスに、ダンブルドアは笑顔で答えた。レディが話す英語の拙さはまるで気にしていない風にふるまっている。それを目ざとく口にするようでは、イギリス紳士とは言えない。
「お陰様で上々じゃよ」
「わたーしの生徒たちです」
マクシームが巨大な手をひらひらと振った。すると、馬車の中から十数人ほどの制服を着た男女が降りてきた。顔つきは成人間際か、成人したてのように見える。彼女たちが勇士の『最終候補』だろう。彼らはマクシームの後ろに雑に集まった。彼らはカタカタとわずかに震えていた。無理もないだろう。制服のローブはどうやら薄物の絹物のようで、防寒用のマントや上着を着ている者は一人もいない。何人かはスカーフを被っており、数人はショールを巻いたりしているが……明らかに気候にあっていない。ボーバトンの生徒たちはみんなが夜の闇に包まれつつあるホグワーツを見て不安そうにしている。
「ダームストラングは……まーだのようですね」
「もうすぐ到着するじゃろう。しかし、外で出迎えるのはあまりに寒いじゃろう? 一足先に城の中で暖を取られるのがよいと思うのじゃが」
マクシームは少しだけ自分の生徒たちを見回した。
「ごはーいりょ、感謝します。でもウーマは」
「ホグワーツの『魔法生物飼育学』の教授が担当させていただきたく思うのじゃがいかがかな?」
しかし、当の教授はこの場にいなかった。カサンドラはわずかにため息をついた。「尻尾爆発スクリュート」で手が離せないので出迎えに行けないと職員に報告があったのが数時間前。マジかよとカサンドラが思うのも仕方ないだろう。
「しかし……わたーしのウーマの世話にはちか――あー……――力いりまーす」
「無論、その点もホグワーツの教授――ハグリッドは十分に理解しておるよ。その上での提案じゃよ」
「それなら……ありがとうございまーす」
マクシームは頭を下げた。
「どうぞ、その
「畏まりました、マダム……。何か土地にこだわりはあるのかのう?」
「いいえ、ダンブリー・ドール」
二人の校長はお互いにお辞儀をした。
「おいで」
マクシームは威厳たっぷりに生徒たちを呼んだ。ホグワーツ城内への道を、生徒たちが開ける。その間を、マクシームを先頭に歩いて行った。ボーバトンの生徒が城に入ってからしばらく。
「湖だ!」
実況で鍛えた大音声で、リー・ジョーダンが叫んだ。
「湖を見ろ!」
カサンドラが湖の方を見ると、ちょうど水面がしっちゃかめっちゃかに乱れ、ぼこぼこと泡が無数に生まれ……そして、巨大な渦が生まれた。渦の中心から、黒くて長い竿のようなものがゆっくりとせりあがってきた。それは船首だった。水をかき分け、巨大な帆船が湖の水面に浮上した。引き上げられたばかりの難破船のような、古臭い雰囲気の船だった。丸い船窓から覗く淡い光がまるで幽霊のようにも見える。浅瀬までゆっくりと移動すると、巨大な船が停泊し、タラップが降りた。
それからダームストラングの生徒が降りてきたが、ボーバトンとは対照的に、今度はもこもことした分厚い毛皮のマントを着ていて、若干暑そうにしていた。ダンブルドアのすぐ前まで生徒たちを率いてきた男は、ダンブルドアの姿を見ると手を挙げてあいさつした。
「ダンブルドア! 元気だったか!」
「元気一杯じゃよ、カルカロフ校長」
彼の声は耳に心地いい愛想のいいものだった。カルカロフはダンブルドアと握手をすると、ホグワーツ城を見上げた。
「懐かしのホグワーツ城だ。少しも変わらんな」
頬は緩み、口は笑みの形だった。だが、その目は全く笑っていなかった。
「ここにこれたのはうれしい。とてもだ。さあビクトール、おいで……。暖かいところに来るといい。寒いだろう? すまないね、うちのビクトールは風邪気味でね」
カルカロフはことさら優し気な口調で一人の生徒を手招いた。曲がった目立つ鼻、濃くて黒い眉。カサンドラは彼を見たことがあった。
「ハリー、見ろよ……クラムだ!」
ロンが叫ぶのが聞こえた。
ホグワーツに三校の生徒がそろい、