――1994年 10月 ホグワーツ大広間
カサンドラは一気に20人は増えた大広間の教員席で突き刺さる視線を感じていた。ボーバトンの生徒はレイブンクローの席、ダームストラングの生徒はスリザリンの席にそれぞれ座っている。ボーバトンからはちらちらと、ダームストラングからは否定的な鋭い視線が、それぞれ容赦なく飛んでくる。だがカサンドラは意にも介していない。どうせすぐに受け入れられるとは思っていないし、どうせ今年一年だけだ。最悪受け入れられなくてもいいとさえ思っていた。
「時は来たれり」
歓迎の宴が終わり、ダンブルドアが立ち上がり朗々と宣言した。
「
威厳に満ちた声だった。普段はおちゃめで適当な風を装っているダンブルドアだが、彼の真実はこちらにあるとカサンドラは思っている。カサンドラが知る幾人もの伝説的な英雄に引けを取らないほどの実力を持つ魔法使い。英雄ダンブルドア。彼が周囲を見回し、一言二言喋れば、それだけで彼を疑う人間は激減する。
「審査員をお連れする前に……説明しよう。まず、
ダンブルドアは生徒たちの顔を順々に見回しながら続きを言う。
「では、代表選手……
その言葉が放たれた瞬間、全生徒はさらに聴覚神経を研ぎ澄ませてダンブルドアの話に聞き入った。発表の瞬間を今か今かと待つ生徒たちをじらすように、ダンブルドアは手を大広間の脇にある小さめの扉にかざした。すると、扉が開いて外から一抱えもある木箱を抱えたフィルチが入ってきた。その木箱は宝石がちりばめられ、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングのエンブレムが並んで描かれている、宝箱のようにも見えた。真四角でいかにも古臭く、歴史のあるものだということが如実にわかる。フィルチは箱をダンブルドアのすぐ前に捧げるように置くと、さっと退出した。
「代表選手たちが今年取り組むべき三つの課題に関してはすでに全て決定しておる。その課題で勇士たちは魔法使いとしての実力を示さなければならん。魔法の卓越性、果敢な勇気、論理、推理力。――あるいは、友情かの? そして言うまでもなく、最も重要な項目がある。危険に対処する能力じゃ」
ダンブルドアが力強く強調したことで、生徒たちは最後の警告のような言葉が脅しではないのだと理解させられた。
「勇士は各校から一人ずつ選出される。強力な契約魔法が内包された魔法具、この『炎のゴブレット』によって」
ダンブルドアが木箱に手を翳すと、天辺が開き、中から荒削りの木のゴブレッドがゆっくりと宙に浮きあがった。箱のふたが閉まり、ダンブルドアはそのふたの上にゴブレットを置いた。ゴブレットから青白い炎が吹き上がり、溢れんばかりに燃え盛り始めた。
「勇士になることを希望するものは、羊皮紙に名前と所属校をはっきりと書き、このゴブレットに投げ込まなければならん。立候補の期限は、今からきっかり24時間じゃ。場所は玄関ホールに設置するゆえ、我こそはと思う者は自由に近づくがよい。明日、ハロウィンの夜にゴブレットは三校の勇士を選出する」
さて、とダンブルドアは続ける。
「選出に当たって注意事項がある。まず、羊皮紙に投げ込む行為を妨害してはならん。特にホグワーツ生は数の時点からそれが可能な立場にある。決して、そのような卑怯な行いをせんよう厳に言いつけておく。
次に、事前に通達のあった通り、既定の年齢に達していない者は絶対に参加できんよう、ワシが対策を施すことにした」
グリフィンドールのフレッドとジョージだけでなく、各寮の何人かが殊更にダンブルドアの言葉に集中する。突破の手段を今からでも考え始めるらしい。
「ゴブレットの周囲にワシが『年齢線』を引く。下級生向けに説明するとじゃな、指定した年齢未満の人間の侵入を拒む結界じゃよ。どれほどの力で拒絶するのか、どれほど『ごまかし』が利かなくなるか。それは術者の技量に左右されるが……今回の術者はワシじゃ。自らがワシよりもはるかに強大な魔法使いであると自負があるのならば……挑戦するのもよかろうな」
挑戦的にダンブルドアは言う。そして、最後に彼は今までで一番表情を引き締めていった。
「最後に。この試合に参加しようと思っている者にこれだけは言っておかねばならん。軽々しく名乗りを上げることなかれ。『炎のゴブレット』は
よくよく考えるのじゃ。
熟考に熟考を重ねよ。
自らが過酷な試練で生き残れるかどうかを。よいか、覚悟を決めて立候補せよ」
ダンブルドアは生徒たちを十分に忠告したところで、にっこりと笑った。
「――話は以上じゃ。もう寝る時間じゃのう。みんな、おやすみ」
――選考までの24時間が始まった。
「ミス・カサンドラ」
すると、クラムは押し寄せている女子生徒の波をかき分けてカサンドラの方へとやってきていた。
「どうした、クラム」
カサンドラはブルガリア語で聞くと、彼は一瞬驚いたような表情をして、それからうれしそうな顔をした。
「合わせてもらってありがとう、カサンドラ」
「いや、気にするな。それで、しがない警備員に何か用か?」
「いえ、結構噂になっていたので気になっていたんだ。その、有名クィディッチプレイヤーなら話しかけても鬱陶しがられないかって思ってさ」
「私はしつこくされなければ邪険にしたりしないぞ」
「それを聞けてよかったよ。でも、それをダームストラングの奴に言うのはやめといたほうがいいな。あいつら、『遊び相手』に飢えてるんだ」
「そっちも別に気にしないぞ。列を作るような真似をするなら話は別だがな」
クラムは驚いたような顔をした。
「それは……実に興味深い。ただ、名誉のために言っておくと、僕は遊び相手に立候補するつもりはないよ。でも、カサンドラがブルガリア語を話せてすごく安心したのは本当だ。緑のバッジをつけてる子たちはブルガリア語を話してくれる人もいるけど……カサンドラほど堪能な人はいなかった」
「私も怪しいところはある。まあ、何か不都合があれば言ってくれ」
「そうさせてもらうよ」
「ああ。頼りにしてくれ。それでクラム。勇士になるのか?」
カサンドラが聞くと、クラムは頷いた。
「もちろん。そのために来た」
「そうか。死ぬなよ。死んだらお前のファンが悲しむ」
「カサンドラは悲しんでくれるか?」
カサンドラは苦笑する。
「女の気の引き方はそこまで上手くないみたいだな。そんなこと言えば、お前に興味ない女はヒくだけだぞ」
「あー……ごめん。嫌な言い方になるけど、最近何言っても喜ばれるから勘違いしてたかも」
カサンドラは嫉妬の視線を自分に向ける女子生徒たちに向ける。
「うらやましいことだ。さ、もう私は行く。このままだとお前のファンに刺されかねない」
「あー、ごめん、僕から話しかけたのに」
「何、クラムに話しかけてもらったことを一生の思い出にするさ」
カサンドラはそう言ってクラムとにこやかに別れた。
今のホグワーツは見慣れたローブだけじゃなく、薄水色のローブに、茶色の軍服のような制服の生徒も歩き回っている。カサンドラの鎧姿を見てお客様方は驚いたような目を向けるが、ホグワーツ生みたいに悪戯を仕掛けてくるようなことはしなかった。
数人の女子生徒を連れたいかにもグループ・リーダーのようなボーバトン生徒がカサンドラの隣に並んだ。
「ハロー、ミス。カサンドラと呼んでも?」
ずいぶんと色っぽい女だった。非の打ちどころのないプロポーションに完璧な容貌。髪は腰ほどもあるシルバープラチナで、まるで宝石のようにキラキラと煌めいている。瞳の蒼は透き通ったような色をしていて、美しい海を思わせる。
「ああ。まさかこんな美人と会えるなんて私は幸せ者だな」
「デラクールよ。フラー・デラクール。
強気で自信に満ち満ちた言葉に、カサンドラは笑みを深くする。
「それなら、是非とも仲良くさせてもらいたいところだな。もう立候補は済んだのか?」
「もちろんよ。でもイギリスは寒いわね。私の友達も寒くて震えてるわ」
「暖めあいたいというお誘いか?」
デラクールはわずかに肩を竦めるだけで、否定も肯定もしなかった。
「あなた男性みたいな反応するのね。でも下心は感じない。不思議な感じよ」
「レディを誘うのに下心があるような奴は女をひっかけたりできないのさ」
それは矛盾した物言いだった。だがデラクールには覚えがあるようで、楽しそうに笑った。
「そうね。イタリア男みたいねあなた」
「イタリア人のナンパ野郎から手管を学んだ。実地訓練付きでな」
カサンドラとデラクールはくすくすとお互いに笑い合う。
「あー、おかしい。ホグワーツの男もロクなのいないと思ってたけど……あなたがいた。今年一年、とっても楽しめそうだわ」
「私もだな。ボーバトンがどんな学校か、今年一年で教えてくれるんだろう?」
「ええ、もちろんよ。期待してて。それじゃあねカサンドラ」
「ああ。じゃあな」
デラクールは楽しそうな顔をして廊下を曲がり、カサンドラと別れた。きゃいきゃいと他のボーバトン生と話しているのを遠目に見送った。ホグワーツを巡回して玄関ホールまでたどり着くと、ホグワーツ生がちらほらとたむろしていた。
「カサンドラ」
カサンドラは自身を呼ぶ声の方を見ると、フレッド、ジョージ、リー・ジョーダンの三人が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「どうした?」
「やってやるから見ててくれよ。『老け薬』で半年ほど体を成長させてきた。いけるはずだ」
カサンドラは肩を竦めた。
「挑戦するのは結構だがな。死ぬかもしれないんだぞ?」
「夢のためなら惜しくはないさ。1000ガリオンなんだぞ、カサンドラ」
「そうか。まあ、やってみるといい」
フレッドとジョージ、ジョーダンの三人はお互いに顔を見合わせて、玄関ホールの中央に鎮座するゴブレットに近づく。豪華な箱の上に燃え盛る青白い炎を満たしたゴブレットが置いてある。そして半径2メートルの範囲に青白い線が見える。どうやらその線が『年齢線』のようだ。三人は手に羊皮紙を持って、にじり寄るように線に近寄る。他の生徒たちが息を飲んで三人を見守っている。そして、フレッドとジョージ、ジョーダンの三人は線の向こう側に足を踏み入れようとした。上手くいく。そう思ったのも束の間、青白い線がひと際大きく輝きを増した。その瞬間三人は円の外に弾き飛ばされた。まるで罰だとでも言わんばかりにポンと音がして、三人には同じようにダンブルドアのような白いひげが生えていた。髪の毛も真っ白になっており、髪だけ一気に老化したようだった。
「ほっほっほ。ふーむ、老け薬か……考えたのう。じゃが……まあ、『多少』力不足のようじゃな」
玄関ホールに続く階段から、ダンブルドアが降りてきた。こっそり観察していたらしい。顔にはいたずらっ子みたいな笑みが浮かんでいる。ダンブルドアは白髪頭になった三人と、立派に蓄えられた髭を見て楽しそうに笑った。
「残念じゃったが……そうじゃな、お主らにとって朗報がある。おぬしらは老人になっても頭頂を寂しくさせる心配はないということじゃよ。『イージー・スリークの毛生え薬』のお世話にならずに済むということが今わかるということは、まっこと、素晴らしい」
ほっほっほ、とダンブルドアは絶好調だった。
「忠告したはずなんじゃがのう。まあ、三人とも医務室へと行くといい。すでにレイブンクローのミス・フォーセットとハッフルパフのミスター・サマーズもすでにお世話になっておる。特にサマーズは『なぜか』将来に絶望しておっての、どうにか慰めてやってくれんかの? ……お主らでは逆効果かもしれんがのう?」
フレッドとジョージ、ジョーダンの三人は言われるままに医務室へと向かっていった。
――1994年10月 ホグワーツ大広間
ハロウィーン当日の夕食時、ハリーはうきうきしながら教員席を見ていた。すでにゴブレットは大広間に運び込まれており、発表の準備は万全といったところだろう。教員たちも心なしか緊張しているようにも見える。ハーマイオニーは先生たちをじっと見まわして、そしてハグリッドに視線を合わせて呆れたような声を上げた。
「ロン、ハリー、ハグリッドはなんであんな『ダサい』礼服着てるかわかる?」
もし、ハグリッドがここにいたら傷ついたようなことを言った。だが、ハーマイオニーとて年頃の少女なのだ。男性のファッションというのはどうしても気になる。ハグリッドの礼服姿は女の子から見れば最悪に近かった。悪趣味なもこもこがついた茶色の一張羅の背広を着こみ、これでもかというほどドギツイ原色の黄色と橙色が格子縞のネクタイを締めていた。極め付きにはくせっ毛をどうにかしようとしたのか、整髪用のワックスをこれでもかと過剰に塗りたくり、まるで油をぶちまけたみたいにてかてかしていた。髪はまるでポニーテールのように垂れ下がってひとくくりにされていたが、残念ながらハグリッドにはほんの少しも似合っていなかった。ただそれだけならまだハグリッドにとってマシだったろうが、今の大広間には残酷な比較対象がいる。完璧にスーツを着こなして落ち着いた印象のキャリアウーマンといった風体のカサンドラがいるからだ。
「ボーバトンの校長のことずっと見てるし、マクシーム校長に気があるんじゃないか」
「……う、うそでしょ? あれ……畏まった場だから着てるんじゃないの……?」
ハーマイオニーは呆然と言った。
「やめてやれよ、ハーマイオニー。あれがイイっていう女もいるかもしれないだろ」
「それは……否定しないけど」
ダメな男に弱い女というのはいつの世も一定数いるものだ。マクシームが『そう』ではないと言えない以上、ハグリッドの着こなしは、目がないわけではないのだ。分の悪い賭けだということは誰もがうなずくだろうけれど。
「マクシームとハグリッドが結婚したら……子供はきっと一トン超えるな」
「ロン、失礼よ。それに……マクシーム校長はああいう服がいいっていう女じゃなさそうよ」
当のマクシームはダンブルドア、カルカロフとの交流に夢中でハグリッドの方をちらりとも見ていない。大広間に同じタイミングで入ってきたことから完全に『ナシ』ではなさそうだが……ハグリッドの想いは前途多難のようだった。
「ハグリッドの服装はもういいよ。それよりも、ホグワーツの勇士は誰だろう?」
「アンジェリーナだといいな」
ロンの隣に座ったフレッドが言った。グリフィンドールの女子生徒で、クィディッチ・チームメンバーの彼女は勇気をもって羊皮紙をゴブレットに投げ込んでいたのだ。
「私もそう思う! アンジェリーナは絶対に勝ち残るわ!」
ハーマイオニーが声を弾ませて言った。
「誰がなるにせよ、あとちょっとではっきりするわ」
ハーマイオニーの言う通りだった。ハロウィンパーティが終われば、全ての勇士が発表される。毎年恒例のパーティだが、生徒全員が『長すぎる』と思うほど発表の瞬間が待ち遠しかった。ハリーも、いつもは自分の心を奪うたくさんのごちそう、カボチャ尽くしのデザート、甘いジュースなどに興味を抱けなかった。義務のように食べ物や飲み物を食べて、適当なおしゃべりで時間を過ごす。時折会話のやりとりがおかしくなることがあったが、ほとんどお互いに生返事だったのは否めない。それくらい楽しみで、待ち遠しかったのだ。
ダンブルドアや生徒全員が食事を終え、金色の皿が空っぽになったあたりで興奮は最高潮に達し、大広間の喧騒はさらに強くなった。ダンブルドアは生徒たちを見回した。生徒全員の視線がダンブルドアに集中する。その時を見計らい、ダンブルドアは立ち上がった。シン、と生徒たちが黙りこくった。一瞬で、大広間が静まり返った。
「ゴブレットが審査を完了した」
ダンブルドアが堂々と宣言した。