――ホグワーツ城、闇の魔術に対する防衛術教室
フレッド・ウィーズリーは目の前でおどおどとしている紫色のターバンを頭に巻いた先生を前に、悪戯心がむくむくと湧いてくるのを感じていた。今彼とクィレルは二人きりで、授業が終わった後に話があると残されたのだ。正直乗り気ではなかったが……『あのクィレルに居残り授業をさせられた』というのはいい話のタネになると、フレッドは興味津々だった。
「あ、ああ、あなたは、その、あ、あまりせ、成績が、よ、よくありませんね」
「あー、まぁ、俺は本気を出してないだけなんです、先生」
「そ、それは、よくない。よくないです。わ、私がが、学生の頃も、同じことをい、言っていた人がいました」
その言葉に、フレッドはクスリとする。どうやら悪戯仕掛け人及び成績の悪い悪ガキの言うことは今も昔も変わらないらしい。ならば、最も新しい悪戯仕掛け人として、クィレルに何か特別な悪戯をしてやらないといけないな。そんなことを考える。
「わ、私としても、せ、せ生徒がら、落第するというのは、こ、ここ、心苦しいものです。な、なので、とく、特別授業を、その、実施、したいと思います。ほ、ほほ、補習のようなものと、か、かか考えてください」
「そいつはありがたい。で、何をするんです? 書き取り? 宿題?」
どっちにしてもやる気はなかったが。クィレルの授業はつまらないのだ。そのうえつまらない補習に時間をかけるくらいなら、成績が『T、トロール並み』でも構わないとさえ思う。まあ、そうなったらママは死ぬほど怒るだろうが。
「み、ミスターウィーズリーは、そ、そんな授業では、たた、退屈でしょう? で、ですので、簡単な、か、課題を、よ、用意、しました」
ゆっくりと、クィレルが杖を取り出した。その先から出るのは――失神呪文か、はたまた金縛り呪文か。ウィーズリーは同じように杖を構える。
「ははーん、実技ってわけですね?」
フレッドは楽しそうに笑う。だってそうだろう。
「そ、その通りです、み、ミスターウィーズリー。あなたが防ぐ、じゅ、呪文は――」
――杖を振り上げた瞬間、クィレルの顔が凶悪に歪んだ。
「服従の呪文だ。『インペリオ-服従せよ』」
呆気に取られているうちに、フレッドはその魔法を受けてしまう。
……。フレッドは、とてもとても幸せな気分になった。目の前の人物の言うことを聞いていればそれだけで世はこともなし。そうだ、最高だ。何をおいても、彼の命令をこなせばそれでこの幸せな気分がずっと続くんだ。その気持ちはまるで麻薬のようにフレッドの心にしみわたった。
「フレッド、指示に従ってもらうぞ。まぁ、仕事が終われば元の生活に戻してやる。殺しはしない」
「もちろんだ、クィレル教授」
親愛の情を向けるフレッドだが、その様子は普段ロンやジョージを見ているのと同じような、穏やかなものだった。狂気的な笑みが浮かんでいるわけでも、普段のフレッドからかけ離れた言動をするわけでもない。
心の底から服従し、命令に従う。
だからこそ、この魔法は『洗脳』ではなく、『服従』なのだ。
――ホグワーツ城、夜
カサンドラは四階の廊下に繋がる階段をじっと見つめていた。敵の狙いがわかっていて、ダンブルドアがいない今、石を狙うのに絶好の機会であると考えたのは何もハリーたちだけではない。カサンドラも同じことを考え、昼間は堂々とまるで自分がケルベロスになったかのように廊下へ繋がる道を警備していたのだ。夜になった今、物陰に隠れて息をじっと潜めている。昼間はこれみよがしに立っていた警備員が、夜にはいない。そう敵に思わせるために。
――来るはずだ。
カサンドラはじっと待つ。待ち伏せとは忍耐力と、鋼の精神がいる。じりじりと、外に出てしっかりと確認したいという気持ちや、自分のやっていることは正しいのかという疑念。そう言ったものを捻じ伏せて潜み続ける。ここで痺れを切らして姿を現すようではダメなのだ。必ず校内に潜む敵を炙り出し、もしそれが生徒や教師なら捕縛する。外部の人間なら始末する。簡単だ。カサンドラは動かず、敵を待ち続ける。もし来ないなら来ないでもいい。特に注意するべきなのが今日であり、明日からはダンブルドアがいる。この城の、魔法と不思議の主がいるのだ。だからこれが最善のはずだ。
どん、と腹に響く重低音が遠くで鳴った。かなり大きい爆発が起こったらしい。
(……囮か……?)
カサンドラはすぐにその可能性に気付いた。このタイミングで都合よくカサンドラを集めるような事態が発生するだろうか? それに、爆発? 気を引きたいという意思が透けて見えるような『異常』である。
しかも、発生箇所はこの周辺ではない。方角的には図書室が近いだろうか。どうする。もしこれが囮なら、みすみす敵を素通しすることになりかねない。音で注意を引き、衛兵が去ったあとに侵入する。カサンドラも時代を問わずよくやった手法だ。ここまで派手ではなかったが、そこは魔法界クオリティというやつだろう。
――だが万が一、だ。万が一さっきの爆発が囮ではなかったら? 悪戯を仕掛けるつもりの馬鹿な生徒がホグワーツの隠された仕掛けをうっかり作動させて吹き飛んだとしたら? 血塗れで倒れている生徒がいるのかもしれない。その可能性は本当に少ないのか?
(爆発。爆発か。……。クソっ)
カサンドラはほんの数十年前のことを思い出す。
――戦争があった。
魔法使い達はヴォルデモートとその配下である死喰い人達との戦いを戦争だなんて言っているが、カサンドラの知るそれはもっと過酷で、もっと残酷で、もっと規模の大きいものだ。
投下される爆弾に吹き飛ばされる子供。
占領するためにやってきた兵隊に蹂躙される女達。街頭に並べられて撃ち殺される男たち。カサンドラでさえ逃げ隠れるしかできなかったほどの、超長距離からの攻撃に、莫大な人員を投入した戦場。
爆発は嫌なことを思い出す。
手足を吹き飛ばされ、顔にも火傷を負い、それでも即死できなかった可哀想なドイツ人の子供がいた。救いを、助けを求めるその声を、カサンドラは今でも覚えている。その子をどうしたのか、カサンドラは思い出したくもない。
――もしかしたら爆発に巻き込まれた生徒がいるのでは? 今この瞬間にもあの子供のような目に遭っている生徒がいるのかもしれない。
そんなはずはない。ないはずだ。
もし違ったら。平和なホグワーツが、生徒の血で汚れることになったら。
――。悩んでいると。
「カサンドラ! カサンドラ、どこにいるんだ! ジョージが! ジョージが吹き飛ばされた! 助けてくれ! カサンドラ!」
フレッドの悲痛な声が聞こえてきて、カサンドラは頭が真っ白になった。ジョージが? そんな馬鹿な!? ――だが、あり得る。奴らは悪戯好きで、カサンドラもほとほと手を焼かされていた。爆発物を『悪戯グッズ』として自作していたことを思い出し、最悪の可能性に行き当たる。
悪戯グッズの調整を間違って、想定以上の爆発を起こしたのか!?
「クソッ! ――フレッド!」
仕方ない、こうなったら生徒優先だ、とカサンドラは物陰から飛び出してフレッドを探す。カンテラを片手に持ったフレッドが、図書室の方から走ってきた。カサンドラも同じようにフレッドに駆け寄る。慌てた様子で、息を切らせている。頬には切り傷のような傷がついており、爆発の時すぐ近くにいたのだろうことが窺える。ローブにも煤がついていて、ところどころは燃えた跡がある。本当にぎりぎりだったらしい。――だったらジョージは?
「ああ、カサンドラ、来てくれ、いきなり図書室が爆発したんだ! 俺たちは何もやってない、ジョージが巻き込まれて、腕が、カサンドラ、ジョージを助けてくれ!」
「わかった、落ち着け。いいか、お前は今から医務室に駆け込んでマダム・ポンフリーに事情を伝えろ。私がジョージを医務室に連れて行く。わかったな!?」
「ああ、わかった。頼むよカサンドラ!」
よし、とカサンドラはフレッドの肩を叩くと、図書室へと向かって駆け出し。
その背を、魔法に貫かれた。
「――な、に!?」
全身を貫くような痛み。痛覚神経全てが刺激されたかのような耐えがたい、どんな拷問よりも恐ろしく、辛く、苦しい痛みがカサンドラを襲う。受け身も取れずにバタリと倒れたカサンドラは、痛みに全身を攀じる。全身に焼き鏝を押し付けられたような、爪を全部剥がされたような、目玉をナイフでくりぬかれたかのような、そしてその全部合わせたような、そんな痛みがずっと続くのだ。
「が、あっ!? な、何をしたフレッド、悪戯の、つもりか!? 冗談になってないぞ!」
「まだ意識があるんだ。流石はカサンドラ。『クルーシオ――苦しめ』!」
「があああっ! や、やめろフレッド!」
意識が痛みで朦朧としてくる。マズい。カサンドラは槍を手にする。だめだ。見上げると、フレッドは杖を持ち、術の制御に神経を集中させているらしい。反撃されることを全く想定していない。苦痛で身体能力が下がっているといっても、一瞬あれば殺せる。
カサンドラは自分の思考が戦闘状態に移行していることに気づき、慌ててその思いを振り払う。
何を考えてる! 生徒だぞ相手は!
だがこのような痛みを与える相手に遠慮するのか?
一撃で殺せる相手なのに? 隙だらけで? アテナイ市民のほうが強そうに見えるのに? それでも我慢するのか?
カサンドラは槍を投げようとする自分を必死にこらえる。こらえる意味が、だんだんとあいまいになっていく。
だってそうだろう。フレッドは、カサンドラが知っているフレッドだ。いきなり攻撃してくること自体は不可思議だが、様子が変なようには見えない。もしかしたらずっと、この一年、フレッドはカサンドラをだましていたのではないか? そんな思考さえ湧いてくる。
いや、だめだ!
カサンドラは少しずつ立ち上がる。そうだ、杖、杖を壊せばいい。杖さえ、どうにか、すれば。
「俺もまだまだってことだな。クルーシオ」
「――!!!」
三回目の磔の呪文で、カサンドラは意識を失った。ばたりと脱力したカサンドラを見て、フレッドは彼女に近づく。慎重に近づくと、足でつつく。反応はない。
「んー、カサンドラだしな。クルーシオ」
四回目。目を覚ます様子はない。よし、気絶したな。フレッドは確信する。
「……終わったか」
「ああ、クィレル教授。見ての通りだよ。で、次は何をすればいいんだ?」
フレッドはにこやかに聞く。今回は楽な仕事だった。どうやってカサンドラを出し抜こうかと頭を悩ませていたら、我らがロニー坊やから名案がもたらされたのだ。
曰く、図書室を吹っ飛ばして気を引けばいい。ロンはそこまでで思考が止まったらしいが、フレッドはさらにもう一つ悪戯を仕掛けることにした。ジョージが爆発で吹っ飛んだことにして、カサンドラの背後を取る。想像以上に上手くいって、フレッドは上機嫌だ。
「いや、しばらくは普通に過ごしていろ。また追々指示を出す」
「ああ。待ってるぜ。で、カサンドラはどうするんだ?」
「私が運ぶ。どうやら賢者の石の作成にはこいつが関わっているらしいからな。誰も来ない場所でゆっくりと聞くとする」
「そうか。じゃあ、俺は寮に戻るよ、クィレル教授」
「ああ。戻るといい」
フレッドはそう言って寮に戻っていった。
クィレルは薄く笑う。服従の呪文はこれだから素敵なのだ。一見、操られているとは思わない。本人のまま、命令をこなさせることができるのだ。魔法に全く詳しくないカサンドラからしたら、いきなり裏切られたようにすら思えるだろう。それが可笑しくて仕方なかった。
――時は少し遡る。
「作戦ってのはこれさ。『時限式非殺傷手投げ弾』」
ロンが小さな手榴弾を手に、ニヤリと笑った。
「えっと、これで何を爆破するつもりなの?」
「それは僕にもわからない。双子に仕掛けてきてもらうんだ。夜までバレなくて、それでいて見回りの教師たちの気を引けるような場所にね。そうすれば爆発のあとしばらくは見回りの教師全員の気を引けるはずだ。もちろん、カサンドラもね」
「ロン、君は天才だよ」
ハリーは手放しで友達を褒める。これで邪魔をされずに石を守ることができる。
――その日の夜。ベッドから抜け出したハリー、ロン、ハーマイオニーの三人はグリフィンドールの寮から出ようと、談話室に集まった。
「よし、行こうぜハリー。早くしないと爆発するし、スネイプが石を盗っちゃう」
「うん」
「行きましょう、慎重に、くれぐれも、見つからずに」
三人は頷き合うと、透明マントを被ろうとする。
「どこへ、行く気なの?」
そこで、声がかかった。びくっと揃って肩を跳ねさせた三人だが、声の主が見知った者、ネビルのだと気付くと安堵した。
「ああ、ネビル。僕たちは大事なことをやりにいくんだ。黙っててね」
「――当然みたいに僕が通すと思ってるみたいだけど、僕の意見は違うよ」
ネビルは怯えた顔をしながら、それでも寮の出入り口に陣取った。
「ネビル?」
「ハリー、優勝はもうすぐなんだ。クィディッチにも優勝して、試験もハーマイオニーのおかげで凄い得点だ。スリザリンなんか目じゃないくらい点を取ってる。あとほんのちょっとの時期をみんなが減点されずに済んだら、寮杯はグリフィンドールのものだ。
……なのに夜出歩く? 夜のホグワーツを?」
ロンは首を振った。
「大丈夫だよネビル。僕の兄貴たちも夜出歩いてるけど、バレたことないって言ってた」
「それは去年までの話でしょ? 今年はカサンドラがいる。見つかったら終わりだよ」
「それも大丈夫なんだ、ネビル。カサンドラにはちゃんと対策がある」
ネビルはハリーの手にある透明マントを見た。
「もしかしてそれのことを言ってるの? 無理だよ。カサンドラに透明マントは効かないんだ」
「もちろん他にも用意してるさ。当然だろ? でも、効かないわけないだろ? だって……カサンドラはマグルだ」
ロンは透明マントに絶対の自信があるようだったが、ネビルは否定する。
「僕見たんだ。デミガイズの透明マントでこっそり近づく双子を、完璧に見破ってマントを剥いだんだ。見えないマントを剥がしたんだよ? お兄さんから聞いてないの?」
「いや、兄貴たちはそんなこと……。マントを剥がす? そんなことできるなんて……」
「ハリー、ロン、ハーマイオニー。僕は弱虫で、力もない。でも……でも、ここで見逃してたくさん減点されたら、君たちの立場が悪くなる。寮杯と、君たちの立場を守るためなら、僕、僕……。君たちとだって、戦えるよ」
ネビルは拳を構える。なにせネビルはどんな魔法だって落ちこぼれて、ろくに使えないのだ。同級生と戦うなら、色付き火花以下の性能しかない杖より、拳や蹴りの方が遥かに役に立つ。そして、本気を出したネビルはそこそこ強いのだ。
「――私、あなたのことみくびってたわ。ええ。侮辱していたのかも。でも、ごめんなさい」
「なにが」
「『ペトリフィカス・トタルス――石になれ!』」
全身金縛り呪文をもろにくらい、ネビルは談話室の床に転がった。
「――ごめんなさい」
三人は、寮を抜け出した。それと同時に、どこか遠くで爆発が起こった。
「――カサンドラから聞いたことがあるわ。透明になったらバレないなんてのは、初心者のやることだって」
ぼそぼそと、小さな声でハーマイオニーは言う。
「呼吸の音、衣擦れの音、匂い――それらを隠してはじめて隠れるっていうんだって。だから二人とも、静かに、静かに歩いてね」
コクコクと、二人は無言で頷いた。なんなく禁じられた扉の前にたどり着いた三人は、鍵の間扉から音楽が聞こえてくることを確認した。
「もうスネイプが来てる……」
「急ごう」
三人は禁じられた部屋の中に入り、三頭犬が守っている扉を開けた。
それから三人は困難に見舞われる。
全身を縛り上げる悪魔の罠。光と炎に弱いことをハーマイオニーが思い出さなければ三人ともここで養分と化していただろう。
その次は無数の鍵が飛び回る部屋だ。ハリーが箒を掴んだ途端、正解の鍵は逃げの一手を、他の鍵はハリーに向かって襲いかかってきた。ハリーがグリフィンドールを勝利に導いたシーカーだったからうまくいったものの、一歩間違えたら全身に『鍵穴』を新調することになっていただろう。それも、一つや二つじゃなく、いっぱい。
その次の部屋は魔法使いのチェスだ。ハーマイオニーはロンとハリーが動く人形で戦争ゲームをやっていたことを趣味が悪いと感じていたが、その『動く人形』を生きた人間がやるとなるとさらに趣味が悪い。命の危機を感じながらのチェス・ゲームを制したのはロンだったが、ナイトであるロンは討ち取られ、巨大なチェス・ボードの端に転がることになった。ハーマイオニーがざっと状態を確かめると、気を失っているだけだからと先に進む。
その次はトロールが二匹警備していた。トロールはカサンドラほど感知能力があるわけではないので、透明マントであっさり通り抜けることができた。
その次の部屋に入ると、入口と出口が炎で阻まれた。七つの瓶と、ヒントの文章。そこに書かれた論理パズルは並の魔法使いなら永遠に足止めできるほどの難易度があったが、我らが知識の宝庫、ハーマイオニーにかかれば五分もかからなかった。
「……ハリー。私はここで戻って先生を呼んでくるわ。ロンを……見てもらわないと」
「でも、ロンが起きるまで待っていることはできないの?」
「気絶って結構重大なのよ、ハリー。ホグワーツじゃ挨拶代わりみたいに気絶させあってるけどね。頭を打っていたとしたら大変。――ねぇ、ハリー。頑張ってね」
「――うん。ハーマイオニーこそ、気をつけて」
ハリーは透明マントをハーマイオニーに渡し、そしてハリーは正解の瓶に入っている薬を飲み、先へと進んだ。
その先に、スネイプがいると信じて。
――だが、彼はこの先で思い知る。
『戦う』ということが、どういうことか。
試練はがっつりダイジェストで。手に汗握るシーンの数々を知りたいのであれば、原作を読もう!映画もいいぞ。