ダンブルドアが宣言すると、生徒たちはようやくか、と期待に目を輝かせた。
「選出された栄誉ある勇士は、名を呼ばれたら大広間の一番前に来るがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋へ」
ダンブルドアがすっと手のひらで大広間の扉を指す。生徒たちの視線がその扉に集中する。がちゃりと、ひとりでに扉が開いた。
「よいな? 部屋の奥で、勇士としての最初の指示が与えられるであろう」
ダンブルドアが目を瞑った。とたんにカボチャをくりぬいたランタンを残して全ての照明が消えた。すぐ隣の人の輪郭さえとらえきれないほどの暗闇。ただただ、大広間の最も目立つ場所に置かれているゴブレットの青白い炎が最も強い光源だった。キラキラした幻想的な魔法の炎がだんだんと強くなる。今や倍以上に膨れ上がった炎は、目に痛いくらいだった。
急に、ゴブレットの炎の色が赤に変わって、ひときわ大きくぼうっと燃え盛った。火花が散り、すぐに小さくなった。ひらひらと焼け焦げた羊皮紙が、宙をひらひらと舞っている。ダンブルドアは羊皮紙をすっと手に取ると、高く掲げて、大声で読み上げた。
「ダームストラングの勇士は――」
力強く、はっきりとダンブルドアが読み上げた。
「ビクトール・クラム!」
ダームストラング生は義務的に拍手をしただけで、歓声一つあげなかった。その様はまるで訓練された軍人のようだった。スリザリンのテーブルからクラムが立ち上がると、ゆっくりと、堂々と、全生徒の視線を一身に受けて歩く。その表情に、立ち居振る舞いに緊張は見られない。自分が喝さいを浴びるのは当然だと、そう思っているかのような表情だった。だが、彼はそう思っても許されるほどの実績がある。肩書がある。実力がある。『クィディッチ・プロチーム』所属という、学生にして大人の世界にいち早く足を踏み入れているのだ。残酷な実力勝負の世界で生きている彼は、それだけの凄みがあった。クラムが隣の部屋に消えた。
「よくやったビクトール!」
カルカロフの大声が聞こえた。
「本当によくやった!」
心から楽しそうな声だった。
拍手とおしゃべりが収まり、次の勇士の発表を生徒たちが心待ちにするようになったころ、もう一度ゴブレットは炎を赤く変色させてひときわ大きく燃えた。ひらひらと舞う焦げた羊皮紙をつかみ取ったダンブルドアは、一息に発表した。
「ボーバトンの勇士は、フラー・デラクール!」
「ロン、あの
おお! とロンとハリーは大はしゃぎした。ロンが今夢中になっている女の子が勇士として選ばれたのだ。デラクールに魅了されているのはロンだけではないらしく、男子連中の歓声はすさまじいものだった。まるでアイドルのような扱いだったが、当のデラクールは平然としていた。レイブンクローのテーブルから立ち上がると、優雅な歩き方で教員席まで歩く。なんと、デラクールはカサンドラの前を通るとき、彼女に投げキッスをしたのだ。
「な……、は? なんでフラーがカサンドラに投げキッスするんだよ!? 女にするくらいなら僕にしてくれたっていいだろ!?」
ロンの無茶苦茶な理論にハーマイオニーは頭を抱えたくなった。だが、デラクールの気持ちもわからなくはない。もしカサンドラが女子学校にいたとしたら、王子様役として人気になり、そして彼女は完璧に役をこなすだろう。まあそうなった場合その学校の女子生徒は全員カサンドラと一晩過ごすことになるのだろうが。
「正気に戻ってよロン。それに、女はそこまで喜んでるわけじゃないみたいだけど?」
ハーマイオニーは周囲を見ると、女子生徒はそこまで熱狂していなかった。彼氏持ちの女子なんかは今にもデラクールを殺さんとばかりに睨みつけていた。ボーバトンの生徒たちは自分が勇士ではなかったことを嘆き、泣いている生徒もいた。
デラクールが同じように隣の部屋に消えると、また静寂が支配した。
「――なあハリー、今クラムとフラーは二人っきりってことだよな……? ヤバくないか?」
「ヤバくないわよ。先生がいらっしゃるに決まってるでしょうが」
ロンはずいぶんと色ボケしているようだった。叶わぬ恋だろうに、いっそのこと哀れだった。だが、ロンですらすぐにデラクールのことを忘れた。なにせ次は待ちに待ったホグワーツの勇士だ。
三回目の赤熱。溢れるような火花と共にホグワーツの勇士を記した羊皮紙が飛び上がった。ダンブルドアも感慨深そうな面持ちで羊皮紙を受け取って――そして、得心したような表情でその名を呼んだ。
「ホグワーツの勇士は」
ダンブルドアは間を置かず言った。
「セドリック・ディゴリー!」
割れんばかりの拍手が大広間に満ちた。グリフィンドールの中には不満げな声もあったのかもしれない。だがハリーはその内容を全く聞き取ることができなかった。隣のハッフルパフのテーブルが大広間を揺らすほどの大歓声を上げたのだ。ハッフルパフ全員が立ち上がって、セドリックのことを祝福していた。セドリックは照れくさそうに頬を掻くと、緊張した様子で歩き出した。どうやら彼は注目されることになれていないらしく、居心地悪そうにしていた。セドリックは隣の部屋に消えても、ハッフルパフ生の歓声の拍手は鳴りやまなかった。
――ハッフルパフは目立たない寮だ。堅実に、そしてまじめに学生生活を送るものが多いため、魔法界のトンチキなイベントの中心になることはほとんどない。だからこそ、
ダンブルドアは彼らの気持ちを汲み、自然と拍手と歓声がやむのをまった。
「結構、結構!」
ダンブルドアは嬉しそうに呼びかけた。照明が再び灯って、大広間に光が戻った。
「これで、三人の勇士がそろった。選ばれなかった生徒は悔しいじゃろう。なぜ自分じゃなかったのか。そう思うことを否定はせん。じゃがもう事は決まったのじゃ。ボーバトン生も、ダームストラング生も、ホグワーツ生も、皆が勇士を心から応援してくれると信じておる! 勇士に声援を送ることで、勇士たちは真の力を発揮し――」
ダンブルドアは言葉を突然切った。あり得ないことが起こっていた。
――炎のゴブレットがまた、再び赤く瞬いた。大きく炎を燃え上がらせ、焼け焦げた羊皮紙を吐き出した。ひらひらと羊皮紙が宙を舞う。ダンブルドアはその光景を驚愕の目で見ていた。羊皮紙が床に落ちたところでダンブルドアはハッとした表情になって、浮遊魔法を使って床の羊皮紙を自分の手元に引き寄せた。
「……」
ダンブルドアは呆然とハリーを見た。――嘘だ。
ハリーはもう次に何を言われるのか分かった。今すぐにでも大広間から逃げ出したい。
「……『
どこだそれは。ハリーはダンブルドアに怒鳴りつけたかった。大広間の視線が全て、先生も含めたすべての人間の視線がハリーを向いている。ハリーはめまいがするような思いでただ座っていた。驚愕なんてものじゃなかった。現実感がなかった。そんなわけがなかった。あり得るはずがない。聞き間違いだ。夢だ。あるいはダンブルドア先生がついにボケたんだ。とりとめのない思考がハリーの中をぐるぐると回る。
困惑が大広間を支配していた。『マホウトコロ』? なぜハリーの名前が。誰も拍手しなかった。
ロンとハーマイオニーが苦い顔をしてハリーを見ていた。もはやどうにもならないことを二人とも悟っていたのだ。ゴブレットの勇士選出は魔法契約も含んでいる。何がどう転んだとしてもハリーは戦い続けなければならないのだ。
「ぼくじゃない」
ハリーの声は震えていた。涙声だった。なんで毎年毎年こんな目に。ああ、トレローニーの予言の宿題をまじめにやっていればよかった。そうしたらきっとこのことを知れたかもしれないのに。
「ぼくはなまえをいれてない」
違う。絶対に自分じゃない。友達の二人には、二人だけには信じてほしかった。
「ハリー・ポッター」
ダンブルドアがもう一度名前を呼んだ。
「ハリーや、おいで」
ダンブルドアが優しく促したが、ハリーの足は言う事を聞かなかった。顔を蒼白にして、何もわからない様子だった。そんなハリーを見て、ハーマイオニーは決意した。
「ハリー、私が抗議するわ」
ハリーは思わずハーマイオニーをまじまじと見た。彼女はことさら大きな声で言った。静まり返った大広間で、彼女の演説する様な声だけが響く。
「こんなの間違ってるわ。ハリーは未成年よ。そもそも3校しかないのに4校目がカウントされる時点で、『炎のゴブレット』は古いだけのポンコツ魔法具だってのは証明されたようなものよ。いい、ハリー、絶対に勇士になっちゃダメ。とにかく契約を破る方法を考えるわよ。私は」
ハーマイオニーはダンブルドアを見る。ダンブルドアはハーマイオニーを感心する様な表情で見ていた。眩しいものを見るかのような慈愛に満ちた表情だった。
「私はたとえ退学になってでも、抗議する」
ハーマイオニーが立ち上がろうとするのを、ハリーは手で止めた。代わりにハリーが立ち上がった。
「――ありがとう、ハーマイオニー。でも……僕行くよ。ありがとう」
ハリーはハーマイオニーから勇気をもらって、テーブルから立ち上がり、ダンブルドアの元へと歩いた。長い道のりだった。痛いばかりの視線。否定的な目。だがハーマイオニーはこの視線から退学を賭けてでも守ろうとしてくれた。そんな友達が自分にいるのならきっと、勇士になってもどうにかこうにか乗り越えられる。そう確信した。
「……ハリーや、
「はい。でも先生、『やれ』というなら、やります。それが先生の望むことなら」
ハリーはそう言って隣の部屋へと向かった。監督の先生が一人はいるだろうと思っていた控室は、大量の絵画があるくらいで代表選手しかいなかった。勇士たちは暖炉の前に集まって何かを話していた。ハリーの入室に気づいたセドリックが、ハリーの元へと歩いてきた。
「ハリーか。呼び出しかな。それにしてもあの『ハリー・ポッター』が伝令になるなんて、自分が偉くなったんじゃないかって勘違いしちゃうな。デラクールはどう思う?」
「わたーしは、カサンドラがいいでーす」
「本当にあの人は誰からも人気だな……」
「わたーしは単純にー、言葉がちゃんとつうじーるから、いいんです」
「それは、ヴォクもおもいます」
勇士たちが和気あいあいと話していると、怒声と共に三人の校長が入ってきた。
「なんということだ! 開催国特権があるならあるで事前に通達が欲しかったところですな!」
「そうなったばあーい、ボーバトンは参加しなかったでしょーう」
「まこと、弁明のしようもない……」
小さく謝罪の言葉を繰り返すダンブルドアをハリーは初めて見た。自分が勇士に選ばれてしまったことはそれほどまでに重大なことなのだと理解できた。クラム、デラクールの二人が自身の校長の元に駆け寄る。ハリー達にはそれらの会話を全く理解できなかった。
「マクシーム校長、どうしたんですか? お怒りみたいですけど」
マクシームはチラリとハリーの方を見た。その表情は厳しかった。
「そこのポッターが勇士になったのですよ」
「――? ディゴリーさんを押し除けたってことですか? なにそれサイアク。ないわー」
「言葉遣いに気を付けなさい。ですがもっと『サイアク』ですよ。ディゴリーは変わらず勇士のままです。ポッターは二人めの勇士です」
「――は!? なにそれ? そんなんアリ!? ……いや、だけど校長先生、ポッターくんまだ14歳なんじゃないですか? ズルするにしても……なんか不自然じゃないですか? 正直他の勇士相手ならともかく、ポッターくんに負ける気しないんですけど。っていうか試合でサクッと死んじゃいそう」
デラクールは首を傾げて疑問をマクシームに言う。
「確かに妙な部分はあります。『マホウトコロ』所属ということで勇士に選出されたようなので、おそらくは『錯乱の呪文』……。しかし、ダンブリー・ドールがそれを防げなかったとはとても思えません」
マクシームの言葉に、デラクールは肩を竦めた。
「あのさ校長先生、ここでくたびれてるダンブリー・ドールを見てくださいよ。本当にその、凄い魔法使いなんです? 確かにゲラート・グリンデルバルトを倒したのは凄いですけど……今でも凄いかどうかは微妙じゃ無いですか?」
「ダンブリー・ドールは今でもその実力を翳らせてはいません」
「――の、割にはねぇ? 校長先生、もっと現実を素直に見たらどうです? かつて英雄だったから今でもなんでもお見通しで全ては布石……そんなのあります? チェスプレイヤーだって加齢で衰えるんですよ?」
「デラクール。大事なのはホグワーツが重大な協定違反をしたことです」
デラクールは大袈裟に肩を竦めた。
「はいはい、それで、今から
「斜に構えた物言いはやめなさい。そこまで長くするつもりはありませんよ」
「ならいいんですけど。名誉ある
「そんなこと言うタイプでもないでしょうに。まったく」
デラクールは肩を竦めて、それきり黙った。
「校長先生、ポッターが勇士って一体……?」
「おお、ビクトール! 俺がこんな無法、絶対にやめさせるからな。お前が負けるような要素は極力排除せねばなるまい」
「それはありがたいんですが、可能なんですか? 文献が正しければ、勇士に選出されてその義務を果たさなかった場合、その勇士は死ぬとかなんとか」
「そうなったとしてもかまわん! なぜホグワーツだけが二人も勇士を選出できるのだ! こんな理不尽経験したことがない! 全く……!」
「僕はポッターのような未来ある少年が死ぬのは避けたいところですね」
「う……わかった、わかった、ビクトール。その方向には話さんようにする」
「ありがとうございます、校長」
クラムはそういうとペコリとお辞儀をして、カルカロフから離れた。
「……まずは、大事なことを聞こうと思う。ハリー、お主は羊皮紙をゴブレットに入れたのかの?」
ダンブルドアの問いに、ハリーは首を振った。
「では、誰か上級生に頼んで入れてもらったのかの?」
ダンブルドアの問いに、ハリーはポカンとした表情をした。
「――え? そ、そんな簡単な方法で突破できたんですか?」
「うむ……。それで質問の答えはどうかの?」
「僕、頼んで無いです」
ダンブルドアはうんうんと頷いた。
「彼はー、嘘をついてーいるのでーは?」
マクシームが言うと、カルカロフも同意した。
「実に狡猾なやり口だ。今まさにその手段を知ったかのように振る舞うなど。ホグワーツでは随分と質の高い『嘘のつき方』を教えているようだな」
「ワシはハリーが嘘をついているとは思っておらん。悪意ある第三者がハリーを勇士に仕立て上げたのじゃろう」
「でーは」
マクシームが言う。
「その第三者のそうさーくは、行うのでーすか?」
「無論じゃ。状況が不自然に過ぎる。早急に調査を開始するとしよう」
「待て、待て。誰がこんなガキを狙う?」
ダンブルドアは一瞬も悩まずに答えた。
「おそらくは『例のあの人』の信奉者じゃろう。毎年似たような事件が起こっておる。じゃが……それとは別に、ハリーのことで校長先生方にどうしてもお願いするべきことがあっての。ハリーを勇士として扱うことに関してじゃ」
マクシームは首を振った。
「『お願い』の内容はいくつーか予想していまーすが、受け入れられまーせん。ボーバトンとしては、ポッターが勇士としーて扱われるこーとを、絶対に認めまーせん」
「ダームストラングも同じだ」
わかっておる、とダンブルドアは言った。
「しかしじゃ。ハリーはすでに魔法契約に縛られておる。
――なのでの、ハリーは審査の対象外とする。これでどうじゃ?」
マクシームは顔をしかめさせた。カルカロフもだ。
「それしかないのはわかる。だが……」
カルカロフが言う。
「俺とてこんな子供が無惨に死ぬのを眺めたいわけではない。だが……どこまで審査に手を抜くことが契約に引っかかるかわからん。それに最後のアレは協力が可能だ。違うか?」
「わたーしも、若者が死ぬのがいいとは思いまーせん。しかし最後の競技に関しーて、大いに懸念がありまーす」
ダンブルドアは頷いた。
「お二方の懸念はごもっともじゃ。もちろんそのことについても提案がある。審査の点数は1点で固定し、ハリーが優勝するようなことがないように取り計らい、最後の競技に関してはハリーは最後の勇士が出発してから30分後に出発。ディゴリーがハリーと合流するような動きを見せたら失格。これなら協力はおろか合流も不可能だと思うのじゃが、どうかのう」
しばらく、二人の校長は悩んだ風に黙った。それからしばらくして、一度ハリーの方を見た。それから、頷いた。
「まー……」
マクシームが言う。
「ポッターが無実というのーは、同意してもいいでーす。審査のことも、大丈夫でーす」
カルカロフも同じように頷いた。
「自分が優勝できなくなったと知っても全くなにも言わんし顔色一つ変えんということからも……まぁ、ポッターの無実を信じようじゃないか。審査の件も問題ないぞ、ダンブルドア。
ただ」
カルカロフは強い口調で言った。
「
「無論じゃよ。――では、話もまとまったことじゃ。事情を知りたがる生徒たちに説明せねばの。このままではホグワーツ生の間でハリーを貶す何かしらが流行りかねんのでな。例えば……」
ダンブルドアはハーマイオニーが大量のバッジが入った木箱を抱えてホグワーツを右往左往していたことを思いだした。
「――バッジをつけるとかのう?」
ダンブルドアはハリーたち勇士にこの部屋にいるように指示し、大広間に戻った。
ダンブルドアが大広間に戻ると、ガヤガヤとしていた生徒たちが黙り、シンと静寂が訪れた。
ダンブルドアと校長たちは教員席の中央、最も生徒たちからよく見える場所に移動する。ダンブルドアはゆっくりと、語り始めた。