「諸君らに残念なお知らせをせねばならん。名誉ある
ダンブルドアの言葉に、ざわざわと生徒たちがざわめく。
「汚いぞポッター!」
スリザリンの席から隣の部屋へ聞こえるくらい大きな声でそんな言葉が飛び出した。すぐ近くにいたボーバトン生は眉を顰めたが、ホグワーツ生の気持ちは大体同じだった。グリフィンドールですら困惑が勝り、スリザリンのその罵声に反論する余裕がない。ヒートアップする大広間だったが、ダンブルドアがパン、と手を打ち鳴らすと、再び静寂が戻った。
「気持ちはわかる。否定はせんよ。しかし、我々三校の校長は今回の件にハリー自身が関わっているとは思っておらん」
困惑がさらに深くなる。それならばなぜ、ボーバトンもダームストラングも大人しくしているんだろうか。ホグワーツだけが勇士が二人という状況なのに、話がまとまるのが早すぎる。そうみんなが思った。
「重要なのは二点じゃ。
ハリーは
ハリーは第三者によって無理やり参加させられたこと
――ゆえに特例としてハリーを勇士と認めると同時に、審査の対象外とすることが決定した」
――審査の対象外? 多くの生徒が頭に疑問符を浮かべた。
「具体的な話をしようかの。ハリーはどれほど素晴らしい試合をしたとしても審査員からの点数は1点で固定される。そして、他にもいくつか、ホグワーツが有利にならないよう、様々な枷がハリーには架せられる。ハリーは本当に、ただ参加するだけじゃ。これだけは諸君に伝えておかねばならんことがあっての、この決定をハリーに伝えたとき、彼は一言も文句を言ったりはせんかったよ」
「ボーバトンはこの決定を支持しまーす」
「ダームストラングもこの決定を支持する」
さて、とダンブルドアは話を切った。
「次に大事なことがもう一つだけある。――誰が、ハリーを勇士に仕立て上げたか」
トーンを落としてダンブルドアが言う。その声には冷酷な冷たさが宿っていた。
「14歳に
そこまでダンブルドアが言うと、彼はにっこりと笑った。
「……もう、辛気臭い話はおわりじゃ。これからは
ほっほっほ、と笑いながらダンブルドアは二人の校長を連れて隣の部屋に戻った。
「カサンドラ」
教員席に座るカサンドラに、ダンブルドアがすれ違い様に名を呼んだ。彼女は立ち上がると、校長たちの後ろについて歩く。
「……災難でーすね。そうでーす! ちょうどマホウトコロの勇士として選出されたーのですから、ニッポンに行ってお祓い受けてくるといいでーす!」
「ははは……うん、今年生き残ったらそれもいいかなって思うよ」
「ハリーは毎年命を狙われたりしてるからなぁ。ハリー、安心しろ、ハッフルパフは僕が変な噂を立てないように説得するからな」
「ありがとうセドリック。僕、もう嫌な目でじろじろ見られたくないよ」
「ミスター・ポッター。ヴォくがアドバイスできるとしたら、そう言った視線は無視するに限る」
「ありがとうクラム! クラムにアドバイスしてもらったなんて、本当にうれしいよ」
どうやら勇士たちはハリーを囲んで楽し気に話しているようだった。勇士に選ばれるだけあって、デラクール、クラム、セドリックの三人はハリーが何かしらをして勇士の座をかすめ取ったとはほんの少しも思っていないらしい。それどころか入学して以来災難続きのハリーに同情的だった。勇士たちは校長たちに加えてカサンドラが部屋に入ってくると、一斉に校長たちの方に顔を向けた。
「カサンドラ! お迎えかしら?」
母国語でカサンドラに話しかけながら、デラクールが彼女に駆け寄る。
「多分な。全く、今年もハリー関係でトラブルだ」
「ポッターくんから聞いたわ。『
「ああ、死の飛翔はハリーにお熱みたいだからな。ちょっかいかけずにはいられないらしい」
「どっちが『上』なのかしらね? 私は意外とポッターくんが『上』なんじゃないかと思うわ。何せ……死の飛翔は挑むたびに負けてるじゃない」
カサンドラは悪戯っぽく笑う。
「そうだな。今年もどうせ奴の負けだ。私がそうする」
「あらかっこいい。死の飛翔って言うのよりはるかに……。ねえカサンドラ、勇士になって不安なの。今夜、慰めてくれないかしら――」
「――デラクール!」
ごほん、とマクシームが咳ばらいをした。
「警備員と仲がいいのは結構ですが、礼節をわきまえてくださいね」
「ちぇー。ごめんなさいね、カサンドラ。ママが会うなってうるさくって」
「親御さんは恐ろしいものだ。いつの世も」
「ミス・カサンドラ?」
「悪い悪い、冗談だ」
カサンドラは肩を竦めた。
「――全く。さあ、ダンブリー・ドールの話を聞きますよ」
「はーい」
デラクールは元の席に戻ると、ダンブルドアが咳ばらいをした。
「では、勇士たちよ。多少の異常はあったが……審査と、そして試合には何も変更はないのじゃよ。最初の課題は、お主らの勇気を試す。しかしじゃの、どうやって試すかをここで言うわけにはいかん。未知の脅威に遭遇したとき、その時の勇気とは魔法使いに真に必要なもの……。ゆめゆめ、努力を怠らんようにの」
ダンブルドアは隣のカルカロフに視線を向ける。
「勇士たちよ」
カルカロフが説明を引き継いだ。
「心せよ。先達の智慧も協力も借りることは叶わん。己が実力、あるいは友の力のみを借りて勇気を示すのだ。最初の課題に生き残った者のみが第二の課題への情報が与えられる。試合は過酷で、長期に渡るが故に、勇士たちは期末テストが免除される」
「この点に関しては、ハリーも同じじゃよ」
ダンブルドアが言った。
「そしーて、数日後、課題で用いる杖に異常がないかを調べるたーめ、『杖調べ』が予定されーています。これーは不正がどうこうというよーり、勇士たちの安全を確認するたーめです」
「伝達事項は以上じゃよ。そして、紹介しておこう。この女性はカサンドラ」
ダンブルドアが言うと、カサンドラは周囲を見回して、それから小さく頭を動かして軽くお辞儀をした。
「ハリーの件について調査を担当する警備員じゃ。彼女の要請にはできる限り応えるよう、切にお願いしたい」
「じゃあカサンドラ、今から私の部屋に来て『調査』を」
「――デラクール!」
ちぇっ、とデラクールは肩を竦めた。
「――今日はこれで解散じゃよ。では、勇士の諸君もおやすみ」
その言葉を契機に、その場は解散になった。
つまり、
――1994年11月 ホグワーツ
ハリーはどういうわけか勇士に選出されてしまった。ありとあらゆる規則を押しのけて、自身の栄光の手掛かりにすると推測されて、ホグワーツ中の否定的な視線がハリーを……貫くことはなかった。
「大丈夫か、ハリー。協力できることがあったら何でも言ってくれよ。お前が
「ハリー、頑張ってね。どうせ優勝なんてできないんだし、生き残ることを最優先に考えてね。間違ってもよく見せようなんて考えちゃだめよ」
「ハリー、死ぬなよ」
「ハリー、頑張れよ」
――声援がハリーの胸に染みわたる。
ホグワーツの真の勇士、セドリック・ディゴリーと悲劇の勇士、ハリー・ポッター。ホグワーツの反応は大体そのような反応だった。スリザリンですら表立って悪口を言ってきたりしなかった。普段ならどうだったかわからなかったが、今は他校の生徒がいる。無理やり勇士にされた未成年の魔法使いを寮総出で叩いたとなると、印象最悪なんてものじゃない。マルフォイ一派は顔を合わせるたびに嫌味を言ってきたりしたが、そのくらいのものだった。
ロンもハーマイオニーもハリーの味方で、例年よりも厳しい状況にいるのは間違いないのだが、ハリーの心は遥かに穏やかだった。ホグワーツの声援と友達の存在を思えば、どんな困難だろうと乗り越えていける。ハリーはそう確信していた。
だが一方で、誰がハリーを勇士に仕立て上げたのかはさっぱりわからなかった。ハロウィンから数日、カサンドラとムーディが調査を続けているが一向に何もわからない。
「ハリー、君の不運はすさまじいね。子供の頃はハリーがうらやましかったこともあるけど」
大広間で昼食の時、ロンがぽつりと言った。
「今じゃ絶対に嫌だと思うよ。正直去年ちょこっと僕が有名になったことあったろ? ブラックが寮に侵入した件で」
「ああ、あったね。毎日色んな寮の生徒がロンの話を聞きに来てた」
「すごいぜ? 僕が誇張しつつ話したのはまあ間違いないよ。でもそこまでうるさく言う事はないだろ? なのに『ロンは調子に乗ってる。嘘ついて気を惹いてるんだ』なんてことを僕に聞こえるような声で陰口叩いてる奴が結構いたんだ。それを聞いて僕は有名になんてなるもんじゃないって思ったさ」
「その気持ち、よくわかるよ」
ハリーはため息をついた。
「でもハリー、課題は大丈夫なの? 優遇されたりとか……」
ハーマイオニーが聞くと、ハリーは首を振った。
「先生方が僕に協力することは、契約に引っかかるからダメみたい。でも、『不慮の事故』までは監視しないらしいから、先生方が『うっかり』する瞬間を予想して見逃すなって言われたよ」
「……それなら、よかったけど。でもほんっとうに魔法界って適当ね!」
ハーマイオニーはぷんすか怒りながらビーフソテーを切り分けた。
「そもそも何? 年齢線を引いて守りは万全かと思っていたら、『成人が別の人の名前を書けばオッケー』だなんて! 子供が考えたセキュリティシステムだってそこは潰すわ!」
「あのな、ハーマイオニー。愛読書の『ホグワーツの歴史』にはなんて書いてあったんだよ? そもそも最初はかなり勇士候補の間口は広かったんだよ」
ロンが言うと、ハーマイオニーは頷いたが、すぐに反論が機関銃のように飛んできた。
「ええ、ええ、わかってるわ。間口を広げたせいで人が死にまくったっていうこともね! 勇士の人数も今よりずっと多くて、そのせいで優秀な1年生とかが参加しちゃってあっさり死んじゃったらしいわよ。他にも課題の過酷さから逃亡を図って死んじゃったりね。強力な契約を維持するために、操作できる変数が少なすぎるのよ!」
「へんす……? 英語だよね?」
「ちゃんと英語よ」
ハーマイオニーは憮然と言うが、ハリーとロンは揃って首を傾げた。
「とにかく……どんなに無様でも死なないようにしなきゃ。勝たなきゃいけない勇士よりかは気が楽だよ」
「ええ。私たちも全力でサポートするわ。ハリー、誰があなたを陥れようとしたのかはわからないけど――」
「――そのことだけど」
ハリーは声を落としてハーマイオニーの話を遮った。
「どうしたの?」
「僕、心当たりがあるんだ。――『例のあの人』だよ」
「ハリー、またかよ?」
ロンがうんざりした様子で言った。一年生の時と、二年生の時に例のあの人に関わって、その度に生き残った。だがロンとしてはもう親友はクソッタレな運命から解放されていいはずだ。本体はカサンドラがぶっ殺して、記憶の残滓に関してはハリー直々にトドメを刺した。
去年は本人こそ会わなかったが、死喰い人を巡って随分と苦労させられた。
もう十分だろうに、運命はハリーに休ませる気はないらしい。
「傷が傷んだ日のこと、話しただろう?あの時はあんまりにもバカバカしくて言わなかったけど……。夢の中で、赤ん坊みたいに小さくなった例のあの人がホグワーツに誰かを送り込むとかなんとか話してたんだ」
「――ムーディ?」
ハーマイオニーはすぐに思いついた。ホグワーツの新任で、安心と伝統の『闇の魔術に対する防衛術』教師である。外部の何者かがハリーに害意を持つならまずそこから当たるのが定石というものだろう。しかし今回は少し事情が違った。
「それはないだろ?『マッドアイ』ムーディはアンチ死喰い人筆頭みたいなやつだぞ。ただまぁ、今はちょっとおかしくなっちゃってるみたいだけど」
「
あー、まー、うん、とロンは歯切れ悪く言った。
大広間の扉が開いて、ボーバトン生たちが入ってきた。
いつものようにデラクールが先頭で、ボディーガードのように他の生徒を引き連れている。
「――は? 嘘だろ?」
ロンが絶句した。自分の目が信じられなくなりそうだった。
ボーバトン生のボディーガードは、厳密には不要だと言えるだろう。何せデラクールは苦々しい顔をしたカサンドラの腕を抱いて大広間の中に入ってきたのだ。ホグワーツ中の視線を受けても、二人とも少しも動揺しない。
「あのな。私を虫除けに使うな」
そう言いながらも、カサンドラはまんざらでもないような表情をしている。カサンドラが古代ギリシャの感覚を引きずって、いまだに性に奔放な性質をしているのはある意味で有名だ。いまだにホグワーツ内でどうこうという話は聞かないが、『しけこむ』男女を見ても注意しないというのはホグワーツのカップルでは有名だ。時にはマグルの避妊具を渡すこともあるとかないとか。
「いいじゃん別にー。虫除けがマジになるまで秒読みって感じでしょう?」
「そんな事実はないぞ。そんなに視線が鬱陶しいか」
デラクールはにこやかに、甘えてるように見えるようにしながら話を続ける。
「――当然よ。ホグワーツ生が悪いってわけじゃなくてね、ボーバトンでも……。どいつもこいつも口を開けば『ベッドへ行こう』よ。色んな行動や言葉で包み隠してはいるけどね。口では遊んでる風なのに、ストイックだったのはあなただけよ、キャシー」
「あのな。私たちはまだそこまで深い関係じゃないだろう、勝手に略すな」
「あらごめんなさい。でも私があなたに
「ああ。またな、デラクール」
「フラーって呼んでもいいのよ」
デラクールはカサンドラからサッと離れて、レイヴンクローの席へと向かった。ロンが立ち上がって思わずカサンドラのところに駆け寄った。
「ロン、やめたほうがいいって……」
「いいや、言わせてもらうね。カサンドラ、フラーにどういうつもりで近づいてるんだ?」
「どういう……と言われてもな。どうしたロン。彼女に気があるのか?」
カサンドラが聞くと、ロンはう、と唸って黙った。その態度が何よりの証明だった。カサンドラは苦笑した。
「ロン、私はただの虫除けだ。デラクールにとって虫になるか、男になるかはどれだけ本気になれるかだ」
それから、カサンドラはデラクールの方を見た。彼女は友達とのおしゃべりに夢中で、カサンドラの方を見ていない。カサンドラは声を落として、ロンに顔を近づけ、囁くように言った。
「友達なんだ、アドバイスしてやろうじゃないか。フランス語を覚えろ。それだけで印象はグッと良くなる」
カサンドラはパッと離れて、じゃあな、とだけ言って教員席へと向かった。
「――ロン、言いくるめられてるわよ」
「……ハッ! いや、あれは僕のことを応援してるんだ。よし、フランス語だな。やるぞー!」
ロンは完全に浮かれていた。図書室に行かなきゃと息を巻くロンを、グリフィンドール席のジニーが虫を見るかのような目で見ていた。ハーマイオニーも似たような目をしていた。
「――随分デラクールは人気だな」
カサンドラはムーディの隣に座った。彼は今切り分けたウインナーにこれでもかというほどマスタードをかけているところだった。
「――フン! 私はなぜあいつが学生として通っているのか理解できん。――ヴィーラの混血だぞ!」
「おいおい。他校生の批判は控えろ」
「ふん! 純粋な者のみが魔法を使うに値する。そうは思わんか、え? 現に今手当たり次第に坊主どもを魅了しておるではないか」
カサンドラはゴブレットに満たされているジュースを飲んだ。ずいぶん過激な言動に、思わずムーディを睨む。
「そりゃ暴論だ。彼女のアレは生態……。本人じゃどうにもならん。ムーディ、気持ちはわかるが口を慎んだ方がいい。ホグワーツとボーバトンで人種闘争をやるつもりか?」
「ふん……奴が問題を起こした時、私がどれほど正しかったと実感することだろうな」
闇祓い、その職歴を考えれば、人間以外に警戒を抱くのは当然として、カサンドラはそれ以上言う事はなかった。職業病のようなものだ。その都度注意してやればいいだろうと考えていた。
――この時はまだ。