【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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真実

――1992年6月、ホグワーツ地下秘密宝物庫

 

 そこは、今までで一番奇妙な部屋だった。

 まるで円形の劇場のようだとハリーは感じた。すり鉢状に部屋が段々と窪んで行って、一番低い広間にみぞの鏡がポツンと置いてあるだけの部屋。広間の広さはざっと半径50メートル。中々広いが、その広い空間に鏡が一つというのが奇妙で、不気味だった。

 ――最も奇妙なのは、そして不思議なのは。

 

 なぜ鏡の前に立っているのが、スネイプじゃなくてクィレルなのだろう。

 

「あ、ああ、ああ! ご主人様、ああ、ご主人様! どこにも、どこにも石がないのです! ああ、愚かな下僕(しもべ)を罰してください! しかし、私には見えるのです! はっきりと、くっきりと! 何よりも鮮明に! 私が石を手に入れ、ご主人様に献上しているその瞬間が! 『よくやったぞ!』とお褒めいただいているその絶頂を! こんなにも克明に映しているというのに! なのになぜ! 鏡の中の私は石を手に入れているのに! この私は、現実の私の手の中にはなにもないのだ! どこだ、どこにある、どこにあるんだ、あるはずだ、ここに、こんなにも苦労したのだ、あるに違いない。石はどこだ、鏡の中なのか? それとも仕掛けがあるのか? ああ、ダンブルドアのやりそうなことだ!」

 

 クィレルは今まで聞いたことがないくらい淀みなく、そして早口で何事かを叫んでいる。そしてべたべたと鏡に張り付くようにしてみたり、足のところを舐めるように見てみたりと、奇妙な行動をする。もしかしたら、鏡に魅入られていた時の自分はカサンドラからああ見えていたとしたら……ちょっと、いや、かなり嫌だ。

 

「――く、クィレル先生? そんな、スネイプだと思っていたのに」

 

 思わずハリーが声をかけると、クィレルの動きが止まった。ゆっくりと、しっかりと。鏡の足を調べていたクィレルは立ち上がると振り返り、ハリーを見つめる。

 その表情は鋭く、これが()()()()クィレルだなんて、きっと誰も信じないだろう。どもりもしない。怯えもしない。まるで別人のような変貌に、ハリーは動揺が隠せない。

 

「スネイプ。そう、スネイプ! 彼は実に、そう、実に役に立った。多くの者がスネイプを疑った。それもそうだろう! ホグワーツに入りたての一年生を……それも、()()ハリー・ポッターを親の仇でも見るような目で見る男だ! 誰が信じる? なぜ信じられる! だが当のスネイプだけが! この私を疑っていた。――だがそれでも別に構わなかった。なにせあのスネイプだ。陰気で、高圧的で、じめじめした雰囲気のいかにも怪しい風体の男がそばにいれば……。

 

 

 ――誰がこ、このく、クィレルきき、教授を、う、疑うかな?」

 

 

 恐ろしい、とハリーは思った。この1年間、誰もがクィレルを侮った。いっつも怯えてて、どもりで。ハリーでさえ、緊張した面持ちでここにきて、鏡の前にいるのがスネイプではなくクィレルだと知った瞬間、安堵した。『彼なら僕でも止められる』と。

 

 ホグワーツの一年生が。

 禁じられた呪文はおろかまともな攻撃呪文一つ知らないハリーが。

 

 ホグワーツの教師に勝てる気でいるのだ。

 

「だ、騙してたんですか?」

「いいや、誰も彼もが勘違いしただけだ。少し呪文が上手く唱えられないから、私は()()()()()使()()じゃないだろうと。有言呪文ができないからと……。そうだ、学生のころからだ! ホグワーツが誇る勉学のレイブンクロー、その主席が! どんなウスノロよりも侮られたのだ!」

 

 それは、幼い頃のコンプレックス。逃れられない過去だった。どれだけ勉強で成果を出しても、どれほど無言呪文に熟達しようと、クィレルは決して認められることはなかった。

 

「ハリー。お前の成績は特に優れたものではなかった。持て囃されている割には平凡。あるいは、平均以下。

 

 にも関わらず! ホグワーツの連中は揃いも揃ってお前を英雄と讃え! まるで今なお偉業を成し遂げたかのように扱う!」

 

 激昂したかと思うと、クィレルは感情が抜け落ちたかのようにすとん、と表情をなくした。

 

「――だがもういい。私はついに満願を成就させる。この一年、苦労した。本当に苦労した……。全てはあの、悍しいマグルのせいだ。そう、マグル! いつからホグワーツはマグルを、あんなにも重用するようになったんだ! ああ、ああ、嘆かわしい!」

 

 再び火がついたように顔を赤くし、怒鳴り始める。まるで繋がりが見出せないクィレルの変化に、幼いハリーはついていけない。ダーズリー一家だってもう少し前後に繋がりがある。ハリーにとって、いきなり怒り出すのはまだ理解できるが、いきなり平静に戻るのが、想像の埒外なのだ。

 

「マグルの癖にトロールよりも強い? 透明マントを難なく見破る? あまつさえ呪文を切り払う? ふざけるな! マグルはな、道具がなければゴミくずみたいに死んでいく生き物なんだ!」

「そ、そうだ。カサンドラがここに来るぞ。今ハーマイオニーが先生を呼びに行った。絶対に、すぐにカサンドラがお前をやっつけてくれる!」

 

 くっくっく、と、恐ろしい事実を知ったはずのクィレルが、楽しそうに笑う。

 

「な、なにがおかしいんだ」

「カサンドラ。カサンドラ。あぁ、カサンドラ。そんなにカサンドラが、あのマグルが好きなのか? いいだろう。実はな、ハリー。もう招待してあるんだ」

 

 クィレルが懐から杖を出し、ちょい、と振るうと鏡の裏側からぐったりとしたカサンドラがずりずりと引きずられるようにして出てきた。両手両足をがんじがらめに縛られて、身動きが取れなくされている。

 

「カサンドラ!」

「無駄だよ。磔の呪文を三度、いや四度か。それだけ受けた。しばらく目を覚さない。もしかしたら一生かもな。くくく、いい気分だ。ああ、爽快だ。あのカサンドラが、邪魔で邪魔で仕方なかったカサンドラを、下した! ダンブルドアは今魔法省で朝まで帰ってこない! そして私は最後の仕かけ、鏡の前にいる! 石はもう手に入ったようなものだ! ハハハ! ご主人様、どうかご照覧あれ! あなたの忠実な下僕があなたの命令を達成するその瞬間を!

 

 ――あとは、石さえ、石さえ手に入れば……そうすれば全てうまくいくというのに」

 

 クィレルが再び鏡に向かう。

 ずきりと、今までで一番強く、ハリーの傷跡が痛んだ。思わず、額を押さえてしまうほどに。

 

『――あの子を使え……』

 

 ゾッとするような声が、響いた。

 

「……ポッター! ここに来い」

 

 恐ろしくて動けないハリーだったが、クィレルがカサンドラに杖の先を向けた瞬間、足を動かしてゆっくりと歩く。

 

「そうだ、それでいい。死の呪文は知っているな?

 そう、お前の母親と、父親を殺した呪文だ……。もちろん私は使える。どうだ? 見てみるか? ()()()()クィレルが本当に死の呪文を使えるかどうか、知りたくはないか?」

「何をすればいいんだ!」

 

 たまらなくなって、ハリーは叫んだ。

 

「鏡の前に立て」

 

 いつか、ハリーがカサンドラに言ったようなことをクィレルが言った。

 

「それが何になる?」

「口答えか。よほど緑色の閃光がみたいらしい」

「わかった! 鏡を見ればいいんだろう!?」

 

 ハリーはクィレルを押し除け、カサンドラとクィレルの間に立つようにして鏡の前に立った。

 

「何が見える」

「何って」

 

 パパとママ以外の何が。

 そう言おうとしたハリーだったが。

 

 鏡に映る内容は変化していた。

 ただ一人、ポツンとハリーが立っている。辛い思いをしている今のハリーと違って、にっこりと微笑んで、楽しそうに、悪戯っぽく。

 鏡の中のハリーは小さな球体をどこからともなく取り出した。不可思議な紋様が描かれた黄金の真球だ。鏡の中のハリーはそれを飴細工のように握り潰し、こねくり回し、やがて琥珀色に輝く小さな石ころ――賢者の石を手に入れた。 鏡の中のハリーは笑みを深くすると、石をポケットに入れた。

 

 ずしり、とわずかにポケットに重みが。そして、気付いてしまう。

 

 今自分は、賢者の石を手に入れた。

 

「ぼ、僕がダンブルドアと一緒に表彰されてる! 沢山のガリオン金貨も一緒だ!」

『嘘をついている!』

「嘘をつくなポッター!」

 

 クィレルはハリーから離れながら、杖を構えた。

 

「いいか、ダンブルドアが言っていただろう。『痛くて苦しい死に方をしたくなければここに入るな』と。どうだ。どんな死に方がいい!」

『クィレル……私が話す』

 

 杖を構えて臨戦態勢だったクィレルが、急にはっとなって、首を振った。

 

「いえ、いえ! どうか! 愚かな下僕に機会をください! ご主人様。ご主人様のお手を煩わせるほどでは……それに! お言葉ですが、ご主人様はまだ、弱っていらっしゃいます」

『私の言うことが聞けないのか』

「いえ! そんな! 恐れ多い!」

 

 クィレルは慌てて杖を懐にしまうと、ゆっくりと頭に巻いたターバンを外していく。

 

「ポッター。跪き、首を垂れろ。偉大なる御方との謁見だ」

 

 ターバンを外し終わると、クィレルはゆっくりと、後ろを向いた。

 

「――……!」

「――久しぶりだな、ハリー・ポッター」

「お前は……」

「私か? 知っているだろう? 初めましてではない。()()()()だ。およそ、十年になるか? ……ここまで言えばわかるだろう?

 私の名前は、ヴォルデモート。最も偉大な魔法使いだ」

 

 ハリーは愕然とした。ヤツは、死んでなどいなかったのだ。ハリーはひた隠しにされた真実を知った。ヴォルデモートは死んでなどいなかった。クィリナス・クィレルの後頭部には、かの魔法使い、ヴォルデモートがいた。だが、そう名乗る『何か』は、あまりにおぞましかった。

 

「に、人間、なの?」

「おお――それは、実に……そう、実にいい質問だな、ハリー。そうだ、人間だ。お前と同じ。だが……。私を見ろ。矮小で、塵芥のような、そんな私を。他者に寄生し、生命力を分けて貰わねば生きることすらできない私を。お前に敗れてからずっと、ずっと、こんな姿になり果てた」

 

 それはまさしく異形だった。ほんの産毛すらないようなのっぺりとした頭頂部。本来だと鼻があるべきはずのところは削げ落ち、まるで蛇のような穴があるだけ。目は鋭く、しかし眉毛も睫毛もない。かろうじて各パーツが人の顔の配置にあるから人だと一応認識できるが、ほとんど化け物だった。他人の後頭部に張り付いていることを考慮すると、ほとんどが『紛れもなく』に変化する。少なくともハリーは彼と自分が同じ種族だということを信じたくなかった。

 

「ハリー。おぉ、ハリー・ポッター……。私の、唯一の失敗……。ハリー、私は今日、完全になるのだ……賢者の石の力を使って。もはやこの身体は使い物にならぬ。ユニコーンの呪いに蝕まれ、限界を迎えつつある」

「なんだって……! お前は部下も使い捨てにするのか、ヴォルデモート!」

「そうではない、そうではないのだよ、ハリー……よく考えてみろ。お前が手にした石さえあれば、使い捨てではなくなる。さぁ、その石を渡せ――そうすれば、そこのマグルは見逃してやろうじゃないか。もちろんハリー、お前もだ」

 

 ハリーは唸る。

 石を渡せばヴォルデモートが完全に復活する。だが、渡さなければカサンドラが死ぬ。

 ハリーにはわからなかった。

 

「さあ、石を渡せ。そうすればお前は日常に帰れるのだ。何を意地を張ることがある。お強い、本物の英雄ダンブルドアがいるだろう? 復活したヴォルデモート卿なんて簡単に『やっつけ』られるかもしれないじゃないか。ここで子供のお前が命を張ってどうする。無駄死にだ。

 ――お前の母親もそうだった。ただ子供を見捨てるだけでよかったのに。子供などまた産めばいい。なのにあの女はつまらない意地を張り、『この子だけは!』と命乞いをした。ははは、本当にバカな女だった。

 

 ――お前まで、愚かな母親の後を辿る必要はあるまい?」

 

 ハリーはキッとヴォルデモートを睨んだ。

 

「愚かな、だって? 僕は知ってるぞ。本当の意味でお前を倒したのは僕じゃない、ママだ! お前はそのバカにしているママに倒されたんだ!」

「挑発のつもりかハリー。だが挑発してどうするというのだ。自分に攻撃を向けさせて何がしたい? お偉いダンブルドア先生から秘密の魔法でも教わったのか? 悪い魔法使いを簡単にやっつけられる魔法を特訓してもらったのか? ふははは! そんなわけがない。ダンブルドアは全て知っていた。知っていて、泳がせていた。なぜかわかるか? ハハハ、スパルタ教育というやつだ。ここで死ぬような『英雄』など不要だと、そういうわけだ。強力な呪文を教えるのも、悪の魔法使いヴォルデモート卿を倒すための秘策を授けるのもすべて、この日を生き残ることができたら、だ。同情するぞ、ハリー・ポッター。ここまでの試練、私でも部下に課したことはないくらいだ」

「下手な嘘はやめろ!」

「嘘かどうか、その空っぽの頭で考えてみたらどうだ。自分が入学するのに合わせて雇われた……そう、凄腕の傭兵。平和なホグワーツでトロールを片手間に殺せる警備員が必要かどうか、本当に考えたことがあるのか?」

「それは……人手が足りなかっただけだ」

「んん? 反論に力がないな、ハリー。どうだ。絶望したか? 大好きな校長先生が実は自分を選別していた……なんと哀れなハリー」

「ぼ、僕はお前なんかに負けない!」

 

 ハリーは杖をホルスターから引き抜いて構えるが、この一年必死に勉強したはずの呪文がほんの少しも出てこない。『ルーモス――光よ』のルの字さえだ。対する敵は曲がりなりにもホグワーツの教師で、しかも頭にヴォルデモートをくっつけている。どれくらいの確率で勝てるんだ? そもそも、まともに戦いになるのか? だってそうだろう。もしハリーが今年一年学んだ呪文をすべて……それこそハーマイオニーレベルで使えたとして、それで大の男を打ち倒せるほどの力があると言えるだろうか?

 ……どんなに楽観しても、答えはノーだ。

 

 ――ああ、戦うってこんなにも怖いんだ。

 

 トロールの時も、ドラゴンの時も、ケルベロスの時も感じなかった恐怖が込み上げてくる。ハリーは今、猛烈に後悔していた。全部大人に任せるべきだった。授業の時は頼もしく思えた杖がただの木の棒にしか見えない。それくらい、自分の力が弱いことを、今さらに悟ったのだ。強大な化け物を前にしていたから、感覚がマヒしていたのだ。ただの人間相手だ、と。ただの一度もまともに戦ったこともないくせに。

 

 ――ひょっとしたら、ヴォルデモートが言うように石を素直に渡したほうが上手くいくんじゃないか……そんな気さえしてくる。

 

「震えているぞ? そうだ、ハリー。私と一緒に来い。ダンブルドアがいかに恐ろしい人間かわかっただろう? 私と共にくれば何もかも思いのままだ。今お前が感じている恐怖も、遠い未来にお前が抱く恐怖も、その石があればなくすことができる。わかるな、ハリー……不老不死だ。死なずに、永遠に生きるのだ。ずっと、ずっと、何者にも脅かされることのない人生が待っているのだ」

「――!」

 

 ハリーは息を呑む。自分のポケットに、まるで拾ってきたコインみたいに無造作に入っている石ころは、誰かに永遠を与えることができる秘宝なのだ。なら、なおさら渡せない。でも、だからって戦うのか? それに、カサンドラが殺されてしまう。

 ハリーは再び思考の坩堝に囚われる。怖くて仕方ない。敗北……いや、死がすぐそばにある。目の前に。死の飛翔が。

 冷汗が止まらない。杖を持つ手が震える。目の前の化け物が怖くて仕方がない。

 

 ……だが。

 

「い、いし、石は」

「――ほう?」

 

 怖いけど。

 それでも、それでも。その恐怖に負けていい理由なんて、どこにもないんだ。

 

「石は、お前になんか、渡さない、渡さないぞ! 死んでもだ!」

「ならば、お望み通りにしてやるとしよう」

 

 杖を振り上げたヴォルデモートを見て、ハリーはもう勇気を使い果たした。恐怖に負けて、目を閉じてしまう。

 

「や、やめ、ろ」

 

 その時、ハリーの後ろで弱々しい声が聞こえた。ハリーが目を開けて振り返ると、縛られていた両手が自由になったカサンドラが、上体を起こしていた。

 

「――バカな。どうやって縄抜けを。マグル風情が?」

 

 ゆっくりと、緩慢に……だが確実にカサンドラは体を動かす。

 

「マグル、マグルと……前々から思っていたがな、お前たちはマグルをなんだと思ってるんだ……クソ」

「カサンドラ!」

「本当に、本当にヤバかった。ギリシャ時代なら終わってたかもな。だがな、化け物。……」

 

 カサンドラはハリーを見る。それなりに、いや、かなり仲良くこの一年やってきた。だからこそ、この先を言うのはためらわれた。だってそうだろう。関係の終焉さえあり得る『真実』なのだから。だが、ハリーから注意を逸らすためには、避けられないことでもある。カサンドラは意を決して語る。

 

「私はな、『歴史』を重ねてきたんだ」

 

 その言葉を作った友人ヘロドトス、それからバルナバスと共に歩み始めたのが最初だった。

 

「古代ギリシャ人のままじゃいられなかったし、古代ギリシャ人から全く進歩しない『化石』として生きるのは、嫌だった」

 

 『隠れし者』が『アサシン教団』となるまでを見届けた。自分の血脈の行く末を目にした。実際にアサシンへと弟子入りしたこともある。キリスト教の教義を覚えた。どこにでもいる兵士として軍に参加したこともある。焼け野原になった極東が再生し、成長していく様も見た。

 人々は進化している。心も、そのありようも。

 今もマグルの世界では人種差別から真っ向から立ち向かう歌が流行り、その歌を作ったエンターテイナーが世界一の有名人となっている。

 

「だからこそ、言える」

 

 シャキリと、何か金属が擦れる音がする。いつもカサンドラがつけている革の籠手。

 

「マグルも捨てたもんじゃないぞ、ってな」

 

 その内側から、短剣が飛び出していた。

 

「――なんだそれは? マグルはそんなものを使うのか? その革の防具にそんなもの仕込むのがマグルなのか?」

「私は――まぁ、普通のマグルじゃない」

 

 さく、と驚くほどあっさり足の縄を切ると、カサンドラは立ち上がる。ふらつくカサンドラに、ハリーが駆け寄る。もう短剣は見えなくなっていた。ハリーとヴォルデモートの目には、短剣が消えたようにしか見えなかった。

 

「だ、大丈夫なのカサンドラ!」

「――いや、キツい。クソ。拷問なんてするのもされるのも趣味じゃないぞ」

 

 カサンドラはどこからともなく球体を取り出した。黄金に輝く、真球。さっきハリーが鏡の中で見た物と瓜二つだ。

 

「なんだそれは!?」

「――きっと、お前が真に望んだものかもな」

 

 キン、と甲高い音がして、真球は杖――いや、槍へと変化した。

 柄の部分から穂先までが全て金色でできた杖で、杖の先には正四角錐が逆さまについている。正四角錐の側面には天使を思わせる翼が一対。正四角錐の底面部分からは鋭い穂先がついている。

 そして、柄の部分から正四角錐の部分を包み込むように、二匹の蛇が二重螺旋を描いている。

 

 ――まるで、スリザリンが持つような杖だった。優れた魔法使いのヴォルデモートだからこそわかる、その杖が持つ濃密な、いっそ暴力的なまでの神秘。そして、魔力。神が持つ杖だと言われても頭から信じてしまうような、そんな強力な杖をマグルが持つこと自体、彼には許容できなかった。

 

「――その魔力は――!? お前は本当にマグルなのか?」

「どうだろうな。あの頃は……みんな、どこか神秘を宿していた。

 お前にとって重要なのは私がマグルかそうでないかじゃない。この杖がなんなのか、だろう?」

 

 そう言うとカサンドラは杖を構える。槍のようにして。見せびらかすように、槍を振る。

 

「この杖はヘルメス・トリスメギストスの杖と言って、効果は単純、『強力な延命』だ。どうだ、興味が湧いてきたか? 私を殺せば奪えるぞ。どれほど延命できるかも興味があるだろう?」

 

 カサンドラが一言一言発するたびに、ヴォルデモートの視線がカサンドラに向く。もはや、ヴォルデモートはハリーを見てもいなかった。賢者の石への興味も薄れ始めている。ヘルメスの杖が強力な延命の秘宝なのもある。だが、それ以上にヘルメスの杖は『危険』なのだ。強力な精神汚染作用があり、資格がなければ近づくだけで惹かれてしまう。作戦通りヴォルデモートの気をハリーから自分へと移せたことに、内心でほくそ笑む。

 

「延命効果は……そうだな、私が紀元前480年の人間といえば、その効果がわかるか? 長い眠りにつくことも、衰えることもなく……それどころか普通の人間のように成長することすらできる。そして私は、今この瞬間までの2400年近い年月を生きて、ここにいる。マーリンよりも、ホグワーツの創始者よりも、そしてキリスト教よりも長生きなんだ。で、ヴォルデモート。賢者の石なんか目じゃないくらい強い『秘宝』が目の前にあるぞ? どうする?」

 

 ヴォルデモートが叫んだ。

 

「二人とも殺せ!」

 

クィレルが振り返り、杖を振り上げた。

 

「できるかどうか、やってみるがいい!」

 

 カサンドラとヴォルデモートが、戦闘を開始した。

 

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