【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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生還記念パーティー

 第一の課題が終わって、勇士たちの暫定の順位が判明した。細かい順位をハリーは特に気にしていなかったので、覚えてはいなかった。ただ、ホグワーツ生はダームストラング校長、カルカロフのクラム贔屓の点数に憤慨していたということは覚えていた。しかし、ハリーにとってしてみればどうでもいい。あんな危険な課題があと2回もあるというのだ。全員無事に今年の終わりを迎えられればそれでよかった。

 第一の課題のことをああだったこうだったと振り返ることは簡単だったが、ハリーはそんなことをする気はなかった。課題が終わって最初の週末、正式な手続きを経て行く初めてのホグズミードで、親友たち二人とちょっとした宴を計画していたのだ。

 

「乾杯!」

 

 ハリーはロンとハーマイオニーと杯を打ち付け合い、一気にバタービールを煽った。暖かくて甘いバタービールをジョッキで飲むと、より一層ビールのような感覚が強まって、店の雰囲気も相まって、それだけで酔ったような気分になる。大人ってこんな感じなのかな、と漠然と思う。

 

「本当に! 本当によく生き残ったわ!」

「うん、ドラゴンににらまれたときは死んだと思ったけどね」

「ホント、僕の親友はドラゴンを出し抜ける凄い奴なんだと思うと鼻が高いよ!」

 

 ロンがジョッキを煽りながらハリーを真正面に褒める。

 

「まあ、正直ハリーばっかり人気って状況に嫉妬する気持ちがないわけじゃないよ。でも、じゃあドラゴンと戦えって言われたらね……」

「ロン、気持ちはわかるわ。でも、ハリーの称賛は成し遂げた人の特権よ」

「わかってるって。――さあ、考えるべきことを考えよう」

 

 ハリーは頷いた。考えるべきこと。そんなことはただ一つ。ハリーは神妙な顔をしてその話題を口に出した。

 

「誰が死喰い人か、だね」

「何言ってんだ!? ダンスパーティの相手だろ!」

 

 即座にロンに否定されて、ハリーは苦い顔をした。ハリーだってわかってる。ドラゴンの時に手も足も出してこなかった、陰に潜むことを決め込んだ死喰い人を暴くよりも、喫緊の課題があるということを。だが、できることならハリーはそのことからは目を逸らし続けていたかった。

 

「い、いや、ロン。第二の課題に取り組まないと」

「ハリー、課題は2月よ? 正直、クリスマスのダンスが終わってからでも大丈夫だと思うけど」

 

 ハーマイオニーの至極当然のセリフに、ハリーは深いため息をついた。そして、頭を抱えて悶える。

 

「ダンスなんて、どうやって誘えばいいの? もう一回ドラゴン相手する方がはるかに楽だよ」

「わかるぜ、ハリー」

「ドラゴンと女の子とで、なんでドラゴンのほうが楽なのよ……。もう! 誰を誘いたいとか決まってるの?」

 

 ハーマイオニーが聞くと、ハリーはしばらく口をもごもごさせた。それからしばらくして、照れたように顔を赤くした。バタービールを一気飲みして、気分をほんの少し盛り上げてから、その名前を言った。

 

「チョウ・チャン」

「え? ハリーってチョウのこと好きなのか?」

 

 ロンの質問に、ハリーは顔を赤くして頷いた。

 

「マジかよ……ジニーは失恋だな」

「まだわからないわ。ええ、恋は戦争よ? まだ私はわからないけど、最終的に心を落とした人が勝者なのよ」

「好きな人もいない癖にえらっそうに」

「そういうロンはどうなのよ?」

 

 ロンは黙ってバタービールを煽った。

 

「二人とも、僕は割と真剣なんだけど」

「あ、悪いハリー。でも、正直に誘うしかないだろ?」

「ごめんなさいね。チョウは人気よ? それに……その、残念なお知らせが一つあって」

 

 ハーマイオニーはその事実を言う事がとても心苦しかった。しかし、親友が敗北が決まっている勝負に挑もうとしていると知って、言わずにはいれなかった。

 

「チョウには好きな人がいるの」

「は?」

「セドリック・ディゴリーよ」

 

 ハリーは顔を顰めさせた。それからゆっくりと、胸に付けたセドリックの応援バッジを胸から外して、テーブルに置いた。

 

「僕もうセドリックを応援しない」

「ハリー、それはよくないんじゃないか?」

「なんで僕がライバルを! 応援しなきゃいけないんだ! こんなひどいことってある!? ――店員さん! バタービール追加で!」

 

 ごきゅごきゅと喉を鳴らしてハリーはバタービールを飲み干した。今ほどこの飲み物にアルコールが入っていないことを恨んだことはない。それくらい衝撃的だった。

 

「その……アプローチをかけることは無駄じゃないわ。もしディゴリーとダメだったら、もしかしたら思い出してもらえるかも」

「そんな補欠みたいな扱い……! でも、仕方ないか……」

 

 ハリーはすっかり気落ちした様子だった。

 

「まあまあ。ハリー、今日は夜にはグリフィンドールで生還記念パーティだ。そこで情報収集しようぜ。そうすりゃ、チョウの好きなものとかわかるかもしれないだろ?」

「うん、そうする……」

 

 ハリーはすっかり意気消沈したようだった。

 

「――割と重症ね。さ、とにかく今は飲んで食べましょ。生還した勇士には休息が必要よ」

 

 追加のバタービールが来て、それを飲み干して、また注文して。それを三回くらい繰り返すほどの時間が経った頃。

 

「――それにしても、第一の課題っていや、カサンドラはマジでドラゴンより強いんだな」

 

 ロンがふと思いついて、そんなことを言った。ハリーもハーマイオニーも、そろって頷く。

 

「ボーバトンとかダームストラングの生徒たちがカサンドラを見る目がガラッと変わったわね。ダームストラングの生徒なんてカサンドラが通りかかったら大げさに道を開けるのよ?」

「僕はクィレルとかバジリスクとか倒してるところ見たから『やるだろうな』って思ったけど……そういえばみんなはカサンドラの戦いを見るのは初めてなのかな?」

 

 ロンがうなずいた。

 

「あんなの反則だろ? いや、もう課題は終わってたけど……。ギリギリ、とかやっとのことで、とかじゃなくて余裕勝ちだったじゃん。なんならもう一匹いても瞬殺しそうだったろ? なんであんなに強いんだ? いくら僕でもマグルがあんなに強くなれるわけないって知ってるぞ」

「多分、カサンドラのあの記事が理由なのかも。あの『イス』がどうのこうのって」

 

 ロンは眉を顰めた。まさかハーマイオニーがあの捏造ゴシップ記者の記事を話題にするとは思わなかったのだ。

 

「それがどうしたっていうんだよ」

「カサンドラから直接聞いたわけじゃないから確信はできないけど、カサンドラはきっと私たちよりはるかにイスに近いんじゃないかしら」

「なあハーマイオニー、その『かつて来たりし者たち』ってなんなんだ? パパも闇の魔術がかかった魔法具の話するとき時々出す名前だけどさ。魔法史には出てこないよな?」

 

 ロンの質問に、ハーマイオニーは頷いた。

 

「私たちの範囲ではまだのはず。古代史と、それから魔法具史になると出てくるはずよ。――『かつて来たりし者たち』は、マグルの間では知る人ぞ知る存在よ」

「マグルでも知ってる人がいるの?」

 

 ハーマイオニーは頷いた。

 

「詳しくは知らないはずだけどね。とにかく、大事なのは……神のような力を持っていたこと、かつて人間を支配していたこと。そして、彼らにとって便利になるように、様々な効果を持った『秘宝』を生み出したこと、よ」

「『秘宝』ね。たしか、ホグワーツの『みぞの鏡』もそれなんだっけか?」

 

 ロンが思い出すようにして言うと、ハーマイオニーは頷く。ハリーたちが1年生の時に広間に置かれていた大きな鏡で、ハリーは一時期その鏡に魅入られてしまっていたことがある。

 

「いろんな効果があるけど、共通しているのは、人間の精神に強く作用する効果ってこと。ハリー、覚えがあるでしょ?」

「うん。父さんと母さんが鏡に映って……その鏡をずっと見てた」

「つまり、だ。その連中とカサンドラが『近い』ってことは、『かつて来たりし者たち』はそれくらい強かったってことか?」

 

 ハーマイオニーはうーん、と首を傾げた。

 

「どうなのかしら……? それなら私たちだってもうちょっと力が強くてもいいわよね? もしかしたら他に何か秘密があるのかも」

「どうでもいいよ。カサンドラは最強の警備員で、『ヤバい』のがいたらカサンドラに報告すりゃおしまい、ってのがよくわかった」

「まあ、私たちにとってのカサンドラはそれでいいのかもね」

 

 ハーマイオニーはそう締めくくった。

 

 ――

 

 それから数日後。ハーマイオニーはハリーとロンを連れて、一つの扉の前に立っていた。果物がたくさん書かれた扉だ。ハリーの生還記念パーティの時にフレッド、ジョージの二人から教わった、ホグワーツの厨房へと続く扉だ。

 

「なあ、本気でやる気か?」

「ええ。私はやると言ったらやるわ」

 

 ハーマイオニーは敵の陣地に乗り込むような顔つきで扉を睨んでいた。大量の屋敷しもべ妖精がここで働いている。ハーマイオニーはここで調査を行う予定だった。

 

「でも、カサンドラも、ハグリッドも、屋敷しもべ妖精はみんなウィンキーみたいなのが普通で、ドビーが変なんだって言ってるよ? その、ルシウスさんも」

()()()()()()?」

 

 ロンがハリーの言葉に噛みついた。

 

「ハリー、いつからマルフォイパパのことをさん付けするようになったんだよ? あの人、元死喰い人だぞ!?」

「それはわかってるけど、なんか大人でしょ、ルシウスさん」

「信じられない!」

「マルフォイのお父さんのことなんてどうでもいいでしょ? 今は、搾取された人々から事情を詳しく聞かないと」

 

 ロンとハリーはそろって肩を竦めた。

 

「僕、今と同じような感じ、二年前に経験した覚えあるぞ。そう、絶命日パーティとかいったっけ?」

「う……今度は大丈夫よ」

「ホントかよ? 事情聴こうとした瞬間石投げられたりしないよな?」

「しないように穏便に聞くから安心して」

 

 信じられない、という顔をするロンをよそに、ハーマイオニーは教えられたとおりに手順を踏んで、扉を開けた。

 

「わあ……」

 

 ハーマイオニーが思わず声を上げた。

 

 厨房はものすごく広かった。流し台や調理場など、全ての調度品はそこで働く人々、屋敷しもべ妖精に合わせて設えており、見た感じは子供向けのおままごとセットを本格的にしたような印象である。厨房と言えば脂ぎった床など、衛生的にするべき箇所以外はそれなりに汚れているイメージだったが、屋敷しもべ妖精は掃除もマメにするのか、床も壁も、そして天井に至るまで新品同様にピカピカだった。特に、お客様用の調度品は念入りに掃除されていた。品のいいラグの上にある、人間サイズのテーブルと、上品な椅子が4脚。真っ白なテーブルクロスの上には、まるで高級レストランのように小さな花瓶と花があった。

 

「お嬢様、旦那様方!」

 

 屋敷しもべ妖精の一人がハーマイオニー達に気づいて声を上げると、厨房で忙しく働いていた屋敷しもべ妖精の顔が一斉にハーマイオニー達の方を見た。そして、嬉しそうににっこりと笑った。

 

「さあさあ、ようこそいらっしゃいました。さあさあこちらへ」

 

 屋敷しもべ妖精に案内されて、ハーマイオニー達はテーブルについた。椅子を引いてもらって、テーブルにつくと、すぐに搾りたての果実水が入ったゴブレットが三人の前に置かれた。そして、メニューが書かれた羊皮紙がテーブルに人数分置かれた。

 

「うわ、サービスいいなぁ」

「ロン、これは奴隷労働の結果なのよ?」

「ハーマイオニー、ここに僕らが入った時のあいつらの顔ちゃんと見たかよ? 『僕たち私たち搾取されててツライ目に遭ってるんです!』って顔してたか?」

 

 ロンの言葉がすべての真実だった。ハーマイオニーは口ごもった。

 

「……ハーマイオニー、とりあえず何か頼んだら? その時の反応で、彼らがどう思っているかわかるでしょ?」

「……そうね」

 

 ハーマイオニーはメニューを見る。サラダやポテトフライなど簡単なメニューから、ハンバーグやポトフなど、作るのが難しいメニューまで盛りだくさんである。

 

「僕はハンバーグにしようかな」

「かしこまりました!」

 

 ロンの注文に、屋敷しもべ妖精は今にも飛び上がらんとするほど嬉しそうにうなずいた。

 

「じゃあ私はハッシュドポテトで」

「僕は……ビーフステーキ」

「はい、お嬢様、旦那様」

 

 簡単なメニューを頼んでもうれしそうな顔は変わらない。だが、難しいメニューほど大喜びはしなかった。

 

「あの」

「はい、何でございましょうか、お嬢様」

「難しいメニューを頼まれたらどう思う?」

 

 ハーマイオニーが聞くと、屋敷しもべ妖精は満面の笑みになっていった。

 

「そんなことをされたら、わたくし共はうれしくて飛び上がってしまいます!」

 

 もう調査いるのかな、とハーマイオニーはぼんやりと思ったが、まだまだ聞きたいことはある。だが、しかし……。

 

 ハーマイオニーの中で、屋敷しもべ妖精の権利開放の形が明確に変わりつつあった。


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