一から手作りしているからか、ハリーとロンの注文はすぐにとはいかなかった。ハーマイオニーが頼んだハッシュドポテトは早めにきたが、いかんせん量が多かった。ひと抱えほどもあるポテトを女の子一人で食べるのはあまりに辛い。ジャガイモは炭水化物であるからして、脂肪になりやすいモノを大量に食べるのは気が引ける。
「あー……。あなたたちもどうかしら? 私、こんなに食べないから」
「マジで? ありがとう!」
「ありがとう、ハーマイオニー」
ロンとハリーがそう言うと、すかさず取り皿とスプーンがハリーとロンの前に用意された。魔法ではなく、屋敷しもべ妖精手ずからである。手間がかかっているだけに、ハリーもロンも自分が貴族にでもなったような気分になった。ハーマイオニーも同じことを思って、そして気分が良くなったことにとてつもない罪悪感を覚える。
「ねえ、少し聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「はいお嬢様。なんなりと」
ハーマイオニーは言葉を選ぶ。ハーマイオニー自身は彼らが長年の洗脳教育が原因で、骨の髄まで奴隷根性が染みついていると考えている。ちゃんとした啓蒙を行えばきっと権利を求めるだろうと思っている。
だが、それは今現在目の前にいる屋敷しもべ妖精の現実ではないだろうと言うこともわかっている。カサンドラや、魔法生物のプロであるハグリッドの言葉を否定するほど、ハーマイオニーは自身の思想を正しいものだとは思っていない。
「そうね、ダンブルドア先生はどんな雇い主かしら? 私、雇用者としての校長先生に興味があるの」
ハーマイオニーの聞き方は屋敷しもべ妖精にとって嬉しい話題だったらしい。彼……もしくは彼女は嬉しそうに笑顔を作って言った。
「ご主人様は本当に素晴らしいお方でございます! ホグワーツで働けるわたくしは、きっと屋敷しもべ妖精で一番の幸せ者でございましょう!」
「そうなの。どういうところが素晴らしいのかしら? 私たち人間は、お給料が良かったり、お休みが多かったり、そういうところが評価項目なのよ」
「まぁ……! お嬢様は人間であらせられます。わたくしたち屋敷しもべ妖精にとっての素晴らしいご主人様というのは、蹴ったり殴ったりして来ない、怒鳴ったり脅したりしてこない、それでいてたくさん、息の吐く間もないほどたくさんの用事を言いつけられる、そんなご主人様なのです!」
薄々わかっていたが、ハーマイオニーがやろうとしていたこととは全く正反対の言葉に、頭を殴られたような気分になった。
「そうなの? 私たち人間からすれば……お休みもお給料もないなんて、ちょっと尻込みするような働き方よ?」
ハーマイオニーが言うと、屋敷しもべ妖精は胸を張って言った。
「人間のお嬢様はそうでございましょう! しかし、我々屋敷しもべ妖精はお給料も、お休みも、無い方がいいくらいなのです! ――それなのにあの
ふと、屋敷しもべ妖精が顔を暗くした。しかし、慌てて表情を取り繕い、ハーマイオニーに現状を言って聞かせた。
「ともかく、お嬢様は何かお調べになっておられるのでしょう? ご主人様のことをもう少しお話しいたしましょう。ご主人様は二人といないほど素晴らしいお方ですが……時おり、人間の方々と同じように私たちを扱うのです。――いえいえ! もちろん、文句があるというそんな、とんでもないことを考えているわけではありませんとも。ですが、人間のお方が喜ぶことと、我々屋敷しもべ妖精が喜ぶことは、『違う』のです。いい悪いではありません。そういう心の作りをしているのです」
屋敷しもべ妖精のことを深く知らなかったハーマイオニーは、すっかり意気消沈しているようだった。ダメだとわかっていても、それでもなお、最後の希望とばかりにハーマイオニーは聞いた。
「もし、もしもよ? もし誰かが貴方達に人間と同じような権利を――給料や休日の義務化、魔法省に意見するために代表を選出する権利などを勝ち取ろうとしたら、貴方達はどう思うのかしら?」
ハーマイオニーの言葉を彼、もしくはその彼女は、明確に、言われた通りその光景を想像したのだろう。すると彼、あるいは彼女はカタカタと恐怖に震え始めた。
「なんという……なんという『恐ろしいこと』をおっしゃるのですか、お嬢様!」
ハーマイオニーはついに崩れ落ちそうになる。ロンとハリーも、イバラの道を進むことになってでも取り組もうとした事業が喜ばれるどころか恐怖を与えることに気付いて絶望しているハーマイオニーに何も言えずにいた。
「そ、そんなに嫌かしら?」
「申し訳ありませんが、もしそのような恐ろしいことが現実になれば、わたくしは『そんなに嫌』なのでございます。ああ、恐ろしい。そんなことを喜ぶのはあの変わり者のドビーくらいなものでございましょう」
屋敷しもべ妖精の言葉に、ハリーは反応した。
「ドビーってそんなに変なの?」
「まぁ、旦那様。ええ、おっしゃる通りでございます。今ドビーはホグワーツにいるのですが……」
「ドビーがホグワーツにいるの!?」
ハリーが驚く。それからキョロキョロと周囲を見廻し始める。ドビーが2年生の時のように、ハリーの命を守ろうとしないか、警戒し始めたのだ。
「その通りでございます、旦那様。しかし、まさかあのようなできそこな……失礼しました。変わり者をお客様の前にお出しするわけには参りません。現在ドビーめは私たち屋敷しもべ妖精でも扱いに困っておりますので。御給金としていただいたガリオン金貨を日がな1日眺めているような変わり者に任せる仕事など一つもないのでございます」
それは権利の侵害よ! と言いたくなったハーマイオニーだが、ぐっと堪えた。屋敷しもべ妖精の幸せがなにか、ハーマイオニーには推し量れない。権利と自由があれば人は幸せになれると信じていたのだが、その理屈は完全に否定されたと言ってもいいだろう。ここまできっぱりと自分の考えが本人に否定されれば、洗脳教育だ云々も言えなくなる。今ここに、ハーマイオニーの活動の方針が定まった。
「ねぇ、最後にいいかしら」
「なんなりと、お嬢様」
「あなたのお話、とっても貴重だったわ。あなた達が思う素晴らしいご主人様……。理不尽をせず、暴力を振るわず、それでいてちゃんと命令してくれる人がいいのよね?」
「はい! それは理想でございます。そして、ここはその理想が実現する場所なのです!」
幸せそうに笑う屋敷しもべ妖精に、ハーマイオニーは笑いかける。
「じゃあ、その理想のご主人様がたくさん増えるように動く人がいたら……あなた達は嬉しいかしら?」
ハーマイオニーの言葉に、屋敷しもべ妖精はにっこりと、満面の笑みで頷いた。
「もちろんでございます!」
――
翌日。ハーマイオニーはロンとハリーを前に、活動を再開することを発表した。
「――では、発表するわ。入念な調査の結果、私たち『SPEW』の活動は大きく変更することになったわ」
「私たち?」
勝手に仲間にされたことを、ロンは不快そうに言った。ただまぁ、前の時よりかははるかに理解を示している様子だった。
「まず、組織の最終目標は、『屋敷しもべ妖精のご主人様としての在り方を啓蒙する』こと。具体的には理想のご主人様となる人間を100%にすることよ。そのための計画は私の一生涯に渡って立ててきたけど……」
マジかよ、という顔をした。権利解放とかいう頓珍漢なことをやめてくれたのは良かったが、だからといって終わるかもわからない目標のために一生分の計画を立てることは理解できなかった。
「ただ、ロンとハリーはその最後まで知る必要はないと思う。大事なのは、ホグワーツ生の間の活動、もっと言えば今年の活動内容よ」
またとんでもないことやらされそうだな、と思っていたロンだが、想像に反して彼女が取り出したのは一枚の羊皮紙のポスターだった。
「なになに……?
『尊敬なくしては良き主人にあらず。理想のご主人様になって素晴らしい主従関係を!』
――かなり、いや、別物レベルで変えたんだね」
ハリーとロンは揃って同じ感想を抱いた。
「まず、今年はこのポスターを校内に貼って、質問が有れば答える。それだけよ」
「――バッジは?」
「なしよ」
「2シックルは?」
「なしよ」
「募金は?」
「なしよ。そういうのは全部なし。最初から集金を考えてたのが間違ってたのよ」
でも、とハリーは疑問に思った、
「これ……その、これだけなの?」
「まあ、最初だし、これだけよ。今年はハリーの課題があるから、無理はできないわ。本格的な活動は来年からよ。質問って言っても、屋敷しもべ妖精の理想のご主人様がどういうものかを答えるだけでいいわ。面倒な質問は全部私に回して頂戴」
てっきり暴走全開のスケジュール組まされたり、山ほどの資料を読まされたりすると思っていたロンにとって、ハーマイオニーが提示した活動は随分とスマートで、とっつきやすいように思えた。
「さぁ、これでもいいなら、ここの担当者のところに自分の名前を書き込んで」
ハリーとロンはお互いに顔を見合わせた。
それからハリーはにっこりと笑って、総責任者と肩書の書かれたハーマイオニーの名前の下に、自分の名前を書いた。
「来年から面倒な活動するのはなしだぞ。そうなったら僕抜けるからな」
「もちろんよ。――現状、奴隷労働に近い雇用形態が彼らにとって『良い』ものであるなら、そこまで急いで改革する必要はないのよ」
「ならいいんだけどな」
ロンは肩を竦めながらも、ハリーの下に名前を書いた。
「さぁ、これであなた達もSPEWの一員よ。さ、一緒にポスター貼りに行きましょう!」
ハーマイオニーは何枚ものポスターを二人に渡した。
二人は苦笑しながらも、拒否することなく受け取った。
――この日から、ホグワーツでは屋敷しもべ妖精の主人のあり方というものが、時折スリザリンを中心に議論されることになった。
――1994年12月
カサンドラはマクゴナガルと隣り合って歩いていた。その表情は呆れたような顔だった。マクゴナガルが最近カサンドラの巡回についてくるようになったのだ。カサンドラとは全く違うところを見張っているマクゴナガルに、カサンドラはほほ笑みかける。
「――で? 今日はどのカップルの邪魔をするんだ?」
「乱れる風紀を正しているだけです」
マクゴナガルのセリフに、カサンドラは呆れたように肩を竦めた。
「もう諦めろ。風紀を正すには人手が足りん。そうだな、あと5人は『お邪魔虫』役の教師がいる。それでも足りるかどうか。避妊の仕方を教えるほうが絶対に建設的だ」
「――まさかとは思いますが、生徒に避妊具を配って回っているのはカサンドラですか?」
鋭い視線のマクゴナガルの目をカサンドラは飄々と受け流した。今年はダンスパーティーがクリスマスに開催されることも相まって例年以上にカップルが増えている。特にボーバトンやダームストラングの生徒とカップルになった生徒は今年一年を充実したものにするべく連日連夜『お楽しみ』だ。
「そういやマクゴナガル」
「……なんです?」
「例の催し、ハリーは勇士枠で強制参加だろう? 相手が見つからなかったらどうするんだ?」
他の勇士に関して、カサンドラは心配していない。セドリックはチョウ・チャンと参加することが決まっているし、クラムも相手を定めているようだ。デラクールとハリーだけが未だに相手が決まっていない。
「そうなった場合、やむを得ません。私が相手を努めます」
「本当か? ハリーはこのまま相手を決めなければ最高の女とダンスができるって知ってるのか?」
真正面から褒められて、マクゴナガルは思わず言葉を詰まらせた。
「――からかうのはおやめなさい。カサンドラはともかく、ポッターはごく普通の感覚を持ち合わせているでしょう」
「マクゴナガルの魅力に気付くには資格がいるからな。まあ、お子様なハリーには無理な話だったか」
「全く。調子がいいことです――おや」
マクゴナガルは対面からやってくるデラクールを見て不思議そうな顔をした。いつもは連れているお友達はおらず、たった一人で歩いている。その顔は緊張しており、まるで課題に挑む前のような雰囲気だ。デラクールはカサンドラの前に立った。カサンドラは足を止めて、デラクールの顔をまじまじと見る。相変わらずすれ違う男たちを片っ端から魅了していたが、いつも以上に外野が目に入っていない様子だった。
「カサンドラ。どうかわたーしと、ダンスパーティにでてもらえまーすか?」
デラクールの辿々しい英語に、周囲の男と、隣のマクゴナガルが驚いたような顔をする。
「――もちろんだ、お嬢さん」
カサンドラはフランス語でそう答えると、デラクールに跪いて手を取り、手の甲にキスをした。
「私の方こそ……どうか、私のパートナーとしてパーティーに出席してはもらえませんか?」
「――もちろんオッケーよ、キャシー」
立ち上がり、カサンドラは優雅に一礼した。その所作は実に貴族的で、サマになっていた。
「ふふ、嬉しいわ、キャシー」
「すまないが、本当のところを教えてくれ。虫除けなのか?」
カサンドラの質問に若干ふてくされたような顔をしたフラーは、渋々、と言った風に頷いた。
「ええ。ダンスパーティなんか男と行ったとしても私を褒めるお人形か、私を貪ろうとする野獣かのどっちかよ。私、お人形遊びも獣に食べられるのもゴメンだわ。私、人生で一度は純粋にダンスパーティーを楽しんでみたかったの。憧れを叶えてくれるわよね、キャシー」
「もちろんだとも、フラー。もし嫉妬に狂った男が現れても心配するな。私なら誰が相手でも制圧できる」
「たとえそれがドラゴンと同じくらい強くても安心ね、キャシー」
カサンドラの自信に満ち溢れた発言を疑う人間はもはやこの学校には存在しない。フラーは満足そうににんまりと笑った。