ダンスパーティーは佳境に入っていた。
「ホグワーツは素敵よ。でもボーバトンはもっと素敵なの。大広間中が氷の彫刻みたいにキラキラしてて、ダイヤモンドみたいに光を取り込んだ彫像がたくさん並んで……ホグワーツはお城よね? だからかしら、鉄の鎧が物凄く武骨に思えるの」
「気持ちはわからんでもないが、まぁ、本格的なマグルのところだと讃美歌やらなにやら厳格にやる。それよりかははるかにましだろう?」
「もちろんよ。でも結局、私はキャシーとなら楽しいのかも。だって男性とパーティーに行ったら、こんな世間話すらできないのよ? ホント、やんなっちゃう」
「まあ……それは宿命だろう。だが、本命が見つかればお前に抗える男がどれほどいるか」
「もう。私だって年頃の乙女よ? こんな力で手にした男なんて……きっと、力によるものなのか、本当の気持ちなのか、それがわからず苦しむのはわかってるのよ」
「フラー、そう思えるお前は十分素敵だ」
もう、とフラーは照れたように言った。彼女がカサンドラを見つめる目はずいぶんと熱っぽかった。もしかしたら、『本命』はすぐ近くにいるのかもしれなかった。
「ハー、マイ、オニー」
ハーマイオニーとクラムはずいぶんと親密になったようで、ハーマイオニーが自分の名前の正しい発音を繰り返し教えていた。
「ハーミー、ハーム・オウン・ニニー」
「かなり上手になったわ。でも……そ、そうね、ビクトール」
ハーマイオニーは少しだけ顔を赤くして、それから照れたように言った。
「その、あなたさえよければ、ヘルミオネーって呼んでもいいわよ」
本心的には、滅茶苦茶恥ずかしい。何せ、いくら自分の名前がギリシャ神話の神々から名前が付けられたとはいえ、読み方も神々に近づけるなど。まるで自分を『そう』思えと言っているかのようだった。
「ヘルミオネー。――ヴォクの女神さまになってもらえるのかな」
「え? ……そ、その、ごめんなさいね、まだちょっと答えられないわ」
危なかった。もしここで『はい』と答えたら、ブルガリアのダームストラングまで『お持ち帰り』されるかもしれなかった。まぁ実際そこまで過激なことにはならないだろうが、遠い異国の恋人ができる可能性はあった。
――ロン
恋人という文字が頭によぎった時、ハーマイオニーの脳裏に一人の男がよぎった。ここ最近ダメダメで、評価を下げ続けている男だ。彼の方をちらりと見ると、いまだにパートナーとおしゃべりすることも忘れてハーマイオニーの方を見ている。
だが、ハーマイオニーにとってしてみれば、だからと言って男としてナシかといえば……正直よくわからなかった。自分でも、『君は女の子だ!』なんて言われれば一生『ナシ』でもいいとは思う。だが……そう判断することを心の奥底で拒絶している。複雑な気持ちだった。積み重ねてきた彼との時間が、彼はそれだけの、デリカシーがないだけの人じゃないと教えてくれる。
「ねえハリー、私、今日を一生の思い出にするわ。ハリーと一緒に食事ができたなんて、本当に幸せよ」
「う、うん。ジニー、僕もその……」
ハリーは追い詰められていた。
なまじカサンドラやらロックハートやらから手管を教わったのがアダとなっている。何も知らない少年だったころなら、無邪気に『僕も幸せ』なんて返すことができていただろう。そしてあっさり狩り取られるのだ。ジニーがどれほど本気でハリーを落としにかかっているか、なんとなくでも理解してしまった以上、ハリーはジニーを、親友の妹を女性として意識せずにはいられなかった。
――僕がジニーを彼女にして……そうすれば……?
そうすればどうなるんだ? 何をためらうって言うんだ? ハリーは自身が『遊びたい』と思うタイプではない。それなら……。思考がどんどんジニーを受け入れる方向に傾きつつある。
「――ねえ、ハリー、そろそろかしら」
「え? ああ、ああ、そうだね」
そういえば、もうしばらく食事を頼んでいない。周囲を見ると、ハリーと同じように食事はずいぶんとテーブルに出現していないようだった。ダンブルドアは立ち上がり、そして生徒たちにも同じように立ち上がるよう促した。全員が立ったことを確認したダンブルドアは、おしゃれに杖を取り出した。周囲の大人たちが、ごくりと息を飲んだ。――そういえばハリーはダンブルドアの杖を見たのはこれが初めてかもしれない。
ダンブルドアが杖を振るうと、休憩用のいくつかのテーブルを残して、テーブルと椅子が煙のように消えてしまった。壁の一部が儚くなって消える。今まで壁だと思っていたその部分は、ダンブルドアがかけていた幻だと、壁がなくなって初めて気づいた。壁の向こうにはドラム一式やギターが数本、リュート、チェロ、バグパイプがあった。そして、演奏舞台が煙に包まれる。煙が晴れるとそこには、伝説的な魔法界のアーティスト、『妖女シスターズ』が楽器を手に立っていた。生徒たちが割れんばかりの拍手をした。畏まった場だからか、歓声は控えめだった。
「ハリー……」
すぐ隣のジニーが、ハリーの手を握った。
「どうか私と、踊ってください」
「――」
ハリーは、その時ジニーに感じた気持ちを言葉にするのがとても簡単だった。ありふれていて、とても素直な気持ちだった。
――可愛いなぁ。
「僕の方こそ、是非、踊ってください」
ハリーはおずおずと、ゆっくりと、ジニーの腰に手を回し、体を揺らすようにして踊り始める。それと同時、『妖女シスターズ』が物悲し気な、スローな曲を演奏し始める。その曲の巧拙も、曲のタイトルも、ハリーにはどうでもいい。大事なのはこの曲がどれほど長く続くのか。それだけだった。といっても、ジニーもハリーもダンスパーティーは初めてだ。時々お互いの足を踏んでしまうが……ハリーも、ジニーも、お互いの顔を見て『ごめんなさい』と言いながらほほ笑み合っていた。
「……ふふふ、男性パートも上手なのね」
「まあな。かつては結構ならしたもんだ」
「お相手に嫉妬しちゃうわ」
「安心しろ、みんな骨だ」
「……あらまぁ」
フラーは珍しく本気で驚いたようだった。自分の腰に手を回し、色っぽく手を握るダンスパートナーが殊更長生きなのを意識したらしい。フラーとカサンドラのペアは慣れたもので、代表選手の中で一番優雅に踊っている。
「ごめんなさい、ビクトール、私その、ちょっと、ダンスって難しいわね」
「大丈夫です。不慣れな女性をリードするのも、男の役目です」
と、言いつつもクラムは内心驚いていた。腰に手を添えたクラムだが、彼女の体幹は想像以上にしっかりとしていて、技術さえ磨けばアスリートにすらなれるのではと思えるほどの頑強さだった。無論それを口にする気はないが、想像以上にストイックなその姿に、クラムの中で好意がさらに上昇する。
最も情熱的にお互いを見つめ合っているのはセドリックのペアだった。今にもキスでもしそうなほど顔を近づけて、体を抱き寄せて踊っている。もしかしたらこのまま『しけこむ』ことになりそうだが……ハリーはその時、チョウとセドリックがダンスフロアにいないことに気付きもしないかもしれない。
勇士たちが踊り始めてしばらく、他の生徒たちや教員たちも踊り始め、ダンスパーティーはどんどんと盛り上がっていく。
ダンブルドアはマクシームと踊っており、その姿はまるで大人と子供だった。生徒たちはあれほど身長差があっても優雅に踊れるものなのかと感心した。
この場で最もシュールでぎこちないペアがあるとすれば、ムーディーと『天文学』教授、シニストラのペアだろう。あのムーディが女性とダンスを踊るという光景が意外過ぎて、ほぼ全員がそのダンスに注目していた。教職員が注目する理由は、少し違ったが。
ムーディは義務のようにシニストラと踊り終わると、ダンスフロアの端に向かって歩き始める。こつ、こつ、と義足が音を立てる。魔法のぐるぐる目玉は相変わらずせわしなく動いていた。
「――正直さ、キャシー」
自分のそばを通り抜けたあと、フラーがちょっと不機嫌になって言った。
「ん?」
「あの目、嫌いなの」
「ああ、魔法の目か。まぁ不気味だろうな」
「違うのよ。あれ、確か木の机を透視できるでしょ? じゃあ、服だって当然透視できるわよね?」
「あー……まあ、もし機会があれば聞いておくよ」
具体的には、『クロ』だった場合に。まあもし黒だった場合、死喰い人なんていう倫理観も価値観もイかれている奴が魔法の目を手にしたら何をするかなんて想像に難くないので、全校生徒の女子生徒の分も制裁を加えるつもりだが。
最初のパートナーと一曲終えると、大体は自由に別れてダンスを楽しむことになる。パートナーを変えずに踊り続けるというのは、ジニーやハリー、セドリックやチョウのようにお互いのことを離したくないと思うほど惹かれ合っているペアくらいで、大体は――フラーですら、パートナーを変えてダンスをする。
「調子はどうだ、ロン」
カサンドラは、群がってくる男どもの中から一人を任命し、至極適当に踊り始めているフラーを尻目にロン達がいるテーブルに座った。ロンは答えない。パートナーを変えずに二曲連続でクラムと踊るハーマイオニーをぎらついた目で睨んでいる。
「まったく。処置なしだな。どうだ、ルーナ、踊るか?」
「……いいの?」
「こんなのはほっといて楽しめ」
カサンドラは立ち上がってルーナの手を引いた。
「ロン、私……」
踊ってくるね、と言おうとしたルーナだったが、全くこっちを見ようとしないロンを見て、ルーナはぷいと顔を背けてカサンドラに体を預けた。
「カサンドラ、私、魅力ないのかな」
「おまえが? 冗談だろ? お前が14歳を超えていたら、一晩頼みたいほどだ」
「――それ、後で後悔するって知ってるモン」
「さすがはレイブンクロー。その通りだ。会場の熱に浮かされて一晩過ごす相手を見誤るなよ。特に、熱狂した男は危険だ」
踊りながら、カサンドラはせっかくの機会だとばかりにルーナに女性としての『夜の男に対する防衛術』の授業を開始した。
「危険? ヒッポグリフより?」
「ああ。あいつは礼儀を尽くせば傷つけてこないが、夜の男は時に死喰い人並みに話が通じなくて、欲望一直線の時がある。そういう時、男は大体『君が欲しい、君が好きだ』なんて言ってくるが、真に受けるなよ」
「ン……難しい」
「だろうな。まぁ、大事なのはな、用意するものを用意しないで事に及ぼうとする男など、女と遊ぶ資格はないってことだ」
「用意するもの?」
「また今度見せてやる」
ルーナはお遊戯のような拙いダンスをカサンドラと踊りながら、首を傾げた。
「でも、私にそんな人現れるわけないモン」
「だと思うだろ? そういう女はガードが甘い。遊び人にとっては絶好のカモだ。気がついたら裸で男とベッドに入っていたなんてことになりかねないぞ。油断大敵、だ」
「……私、まだ13歳」
「残念だがな、ルーナ。人間は生殖を拒絶する仕組みがないんだ。神父なんてホグワーツ入学前の男の子を山ほど食ってる」
ルーナはクスリと笑った。
「今日クリスマスなのに、変なこと言うんだ」
「心配なんだよ」
「ありがと、カサンドラ。――ロンよりもずっと、優しい」
不思議な少女の本音がポロリと出た。カサンドラは思わず苦笑する。
「今のあいつより下の男ってのはなかなかいない」
「普段のロンは、そこまで嫌じゃないのに、よくわかんない」
「まぁ……あいつも今はいっぱいっぱいだ」
ついにロンが立ち上がって、休憩してテーブルに座るハーマイオニーとハリーの席に向かった。
「……アレ、喧嘩にならないかな」
「大丈夫だ。私がいるところで喧嘩をするとどうなるか、あいつらには2年前に教育した」
とは言いつつも、いつもの三人の雰囲気がピリピリしているのは結構な人目を集めている。
「大丈夫、ハーマイオニー。暑くない?」
ジニーの手を握ったまま、ハーマイオニーにハリーが聞いた。
「ええ、ちょっと暑いかも。へんね、3キロマラソンより全然楽なはずなのに……ちょっと疲れちゃったわ」
魔法使いらしからぬたとえに、ハリーは思わずクスリと笑った。
「ダンスとランニングは全然違うからじゃない?」
「ええ。でも、鍛え……運動しててよかったわ。入学したての私だったらビクトールと2曲も踊ればへとへとになってたかも。――ああ、今彼、飲み物を取ってきてくれてるのよ」
「優しいみたいだね、彼。僕勇士としてのクラムしか知らないからちょっと意外だ」
「ええ。ビクトールは私の話にも興味持ってくれてるみたいで……なんだかうれしいわ」
ロンがじろりと彼女を見つめた。
「ビクトール、ビクトール、ビクトールね。なあハーマイオニー、まだあいつ、『ビッキー』って呼んでくれって言わないのか?」
ハーマイオニーは不快そうに顔を顰めた。
「そんな軽率なこと言わないわ。彼は紳士よ」
「紳士? ずいぶん肩持つじゃないか。あいつがダームストラング生って忘れてるんじゃないか?」
ハーマイオニーは一転して困惑したような顔になった。
「……忘れるわけないでしょ? それがどうしたっていうの?」
「『
ハーマイオニーはぽかんとした。それから、ロンに明確な怒りを抱いたようだった。
「『敵』? ねえロン、私たちにとってその言葉って
「僕にとってしてみれば一緒だ! 君、スパイだって疑われることが怖くないのか? 今の様子だと、君は全部話しちゃいそうだよ」
「馬鹿言わないでよ!」
ハーマイオニーはしばらくロンを睨んでいた。それから、チクチクと思い出話を始めた。
「私、クラムのことは最初あなたから教えてもらったのよ。ええ、覚えてるわ。『今世代最強のシーカー』『希代の天才』だったかしら? そういえばダームストラングがホグワーツに来て最初にあなたがしたことってなんだったかしら? 敵として警戒してたかしら? ……どこかの誰かさんにサインをねだりに行ってたのは私の記憶違いね、きっと」
「……っ」
「クィディッチワールドカップでかったミニチュア人形とか、たくさん買った公式グッズがまだ寮にたくさんあるんじゃないかしら? ロン、きっと私とあなたで彼への好意を比べればきっと、あなたの方が強いわよ」
ロンはハーマイオニーのその言い分を無視することにしたようだった。
「で、君はあいつに図書館にいるときにでも誘われたってことか?」
「ロン」
ジニーがいたたまれなくなって言った。
「なんだよ? お前はすっこんでろよ」
「ロン、妹にそんな言い方はひどいよ」
「な……は、ハリーまで僕が悪いって言うのかよ!? 僕は当然の懸念を言ってるだけだ! 次の課題のことをハーマイオニーに聞きやしないかって」
「そんなこと! ビクトールはしやしないわ!」
と、そこへ、飲み物を両手にもったクラムがやってきた。見かねたルーナとカサンドラのペアもやってきた。
「ヘルミオネー、どうかしたのですか?」
「ヘルミオネーだって!?」
ロンは驚愕した。
――親しい女性が、知らない男にその人だけの呼び方をさせている。ロンにとってその事実は、想像以上に衝撃だった。