第二の課題について、より推理を進めて対策を練らなければならないことは、ハリーにだってわかっていた。金の卵を開けると、聞くだけで全身が泡立つような金切り声が聞こえる謎をなんとか解明しなければならなかった。ホグワーツはハリーに優しかった。当然のようにセドリックが「水の中なら真実がわかる」とヒントをくれたり、カサンドラが「どうしても無理ならなんとかする」と言ってくれたり。
ハリーも、その声援に応えようと曲がりなりにも努力はした。監督生用の風呂場を借りて、言われた通りに金の卵を水中で開けた。
そして、ハリーはドラゴンの時と同じように、挫けてしまったのだ。
「……もう無理だよ」
「ハリー、諦めちゃダメ」
新学期最初の『魔法生物飼育学』の授業中、ハリーとロン、ハーマイオニーは第二の課題について話していた。ハリーの視線の先にはハグリッドではない先生、グラブリー・プランクがユニコーンについて解説していた。
「いいかい、よくお聞き。まずユニコーンについて大事なことは、女は好むが処女かどうかは気にしないってことだ。でなけりゃほら、このとおり、あたしが近付けるはずもない」
その魔女はひゃっひゃっひゃと何が可笑しいのか笑いながらユニコーンの背を撫でる。ユニコーンはくすぐったそうに、そして心地よさそうに身を震わせるが、老婆のことを不快に思っているようには見えない。
「だから安心おし。愛しい彼に初めてじゃないってバレたらどうしようなんて、考えるだけ無駄ってもんさ。さあさあ女子はユニコーンを撫でておやり。男子は間違っても近づくんじゃないよ」
そう言いつつ、プランクは鋭い目で男子の動きを観察していた。近づこうものならすぐさま叱咤が飛んでくるに違いない。魔法生物への意識はそこそこに、生徒の監督に集中する様は、いやでも休職中の『前任者』と比較してしまう。
「意外と簡単な謎だったのはよかったよ。ウン」
ハリーはその光景を見ながらなんの感情も見せずに言った。
「ハリー、情けないこと言うのはやめろよな」
不機嫌そうにロンが言う。妹がハリーとの惚気を散々言って聞かせるので、最近は食傷気味なのだ。
「ごめん、でも……水中で息をする方法なんて、さっぱり思いつかないよ」
「いくつか方法はあるはずよ。必ず。少なくともカサンドラは知ってるわ」
「――でも妙だな、なんでカサンドラはこの前みたいに答えを教えてくれないんだ?」
ロンが聞くと、ハーマイオニーは同じように首を傾げた。
「確かに変ね。――もしかしてカサンドラの言う対策って、道具なのかしら? 持ったり……あるいは食べたりするだけで水中で息ができるようになるなら、それこそ課題の開始寸前でも間に合うわ。だったら……ハリー、あなたの成長のためにあえて答えを教えないんじゃないかしら」
「それで、ハーマイオニー。カサンドラや大人たちがハリーに意地悪してることがわかって、それがどうしたって言うんだよ?」
ハーマイオニーは呆れたようにため息をついた。
「いい、ロン。つまり、ハリーは絶対に死なないの。どこかに答えが明確にあって……それを探せばいい。簡単よ」
「それのどこが簡単なの?」
ハリーがほんの少し嫌味っぽく聞いた。ハーマイオニーは気にも留めず、ほんの少し遠くを見つめて言う。
「そうね、答えのない問いよりかは遥かに楽よ。例えば……落ち込んだハグリッドをどう慰めて、どうやって復帰させるか、とか」
「――ああ、そうだね」
ハーマイオニーのいうことはもっともだとハリーもロンも思った。現在ハグリッドは自分の小屋に引きこもって出てこない。全てはあのクソッタレゴシップ記者、リータ・スキーターのせいだった。ロンとルーナが聞いたハグリッドの生まれについてのあれこれを、よりにもよってあの女に聞かれていたらしい。ムーディが偽物だったことも記事になったことから、スキーターは相当深い網をホグワーツに張っているらしい。
「とりあえず、カサンドラに相談してみようぜ。あの人ならゴシップ記者の対応くらい知ってるだろ?」
ロンは半ば楽観的に、そう言った。
プランクの授業は、今年入って一番というくらい賑わい、和気藹々としたものになった。ハリーはぼんやりと、ハグリッドはこういう光景を生み出したかったんじゃないかな、と思った。
授業の合間に巡回中のカサンドラを見つけた3人は、一緒に歩きながら、ハグリッドのことを彼女に話した。
「ハグリッドのことか。残念だが私は力になれない」
「なんで? 同僚でしょ? それに……スキーターはゴシップ記者だ」
カサンドラは頷いた。
「まぁな。差別的な物言いも、授業に対する批判も……まあ、言論の自由というやつだ。ゴシップを簡単に許すつもりはないが、スキーターの批判記事はある程度の真実味がある。あの記事は私も読んだが、あれに暴力で対抗していたら共産野郎と何が違うのかわからなくなるぞ」
ハーマイオニーは不機嫌だった。
「カサンドラの目から見たらあの記事は問題なく見えるのかしら?」
「できればスキーターを葬りたいのは私も同じだ。だが、ハグリッドが問題のある教師じゃないとは言えんだろう?」
3人は黙った。ハリーはカサンドラが手に持った新聞紙に目をやる。
「それ……どうしたの?」
「マルフォイから押し付けられてな」
またあいつか。ハリーは呆れ返った。ハリーも今朝読んだが、あまりにもひどい内容だった。
『ダンブルドアの
記者リータ・スキーターは「ホグワーツ魔法魔術学校の変人校長、アルバス・ダンブルドアは、常に、教職員に、あえて問題のある人選をしてきた」との見解を見せた。本年度、校長は、『マッドアイ』と呼ばれる、パラノイアに侵された元「闇祓い」のアラスター・ムーディを、『闇の魔術に対する防衛術』の教師として迎えた。異常なパラノイアを持つだけならまだしも、同年のクリスマス、当のムーディは何者かが化けた偽物であり、盲目同然の校長はその事実に生徒の一人が気付くまで全く異常に気付けなかったのだ。だが、その事実すら『魔法生物飼育学』教授に任命された『半巨人』に比べれば、まだ遥かにマシだと言える。
学生時代、三年生のときホグワーツを退校処分になったと自ら認めるルビウス・ハグリッドは、それ以来、ダンブルドアが確保してくれた森番としての職を享受してきた。ところが、昨年、ハグリッドは、校長の多大に甘い措置により、あまたの適任候補を尻目に、『魔法生物飼育学』教師という座まで射止めてしまった。 危険を感じさせるまでに巨大で、獰猛な顔つきのハグリッドは、新たに手にした権力を利用し、恐ろしい生物を次々と繰り出して、自分が担当する生徒を脅している。ダンブルドアのお膝元で、彼は自由気ままに危険な生物を生徒たちにけしかけている。
「僕はヒッポグリフに襲われましたし、友達は尻尾爆発スクリュートに殺されかけました」
四年生の生徒の一人はそう証言した。彼はさらにこう続けた。
「僕たちはみんな、ハグリッドをとても嫌っています。でも怖くて何も言えないのです」
生徒たちを恐怖のどん底に陥れている彼はしかし、威嚇作戦の手を緩める気はさらさらない。彼は、『尻尾爆発スクリュート』と自ら命名した、マンティコアと火蟹とをかけ合わせた危険極まりない生物を飼育していると認めた。魔法生物の新種を創り出すことは、周知のとおり「魔法生物規制管理部」が常日頃厳しく監視している行為であり、明確な犯罪行為である。
どうやらハグリッドは、そんな些細な規制など自分には関わりなしと考えているらしい。
「俺はただちょいと楽しんでいるだけだ」
取材時、ハグリッドはそう言って、慌てて話題を変えた。法律違反も校長が隠蔽してくれるとわかっているが故の横暴であることは想像に難くない。
筆者は、さらにある事実をつかんでいる。ハグリッドは、純粋のヒトですらない。母親は女巨人のフリドウルファである。
血に飢えた狂暴な巨人たちは、古代ギリシャ神話に語られる通り、非常に悪辣かつ残忍で、神々ですら手を焼くような化け物だと言えるだろう。唯一救いがあることといえば、彼らは前世紀に仲間内の戦争で互いに殺し合い、絶滅寸前となったことだ。
生き残ったほんの一握りの巨人たちは、『例のあの人』に与し、恐怖支配時代に起きたマグル大量殺戮事件の中でも最悪の事件にかかわっている。 『名前を言ってはいけないあの人』に仕えた巨人の多くは、『闇祓い』たちに討伐されたが、彼の母親はその中にはいなかった。海外の山岳地帯にいまなお残る、巨人の集落に逃れたとも考えられる。運命のいたずらか、ハグリッドは、『例のあの人』を失墜させ、『死喰い人』を日陰の身に追いやった、あの男の子との親交を深めてきたとの評判である。
おそらく、ハリー・ポッターは、巨大な友人に関する、不愉快な真実を知らないのだろう――しかし、アルバス・ダンブルドアは、ハリー・ポッター、ならびにそのほかの生徒たちに、半巨人と交わることの危険性について警告する義務があることは明白だ』
何が明白、だ。ハグリッドは凶暴な存在じゃないって言うのに。
「カサンドラはこんな記事を許すっていうの?」
「できれば許したくはないんだがな」
カサンドラは歯切れが悪そうだった。
「当のハグリッドは別に、潔白ってわけじゃない。魔法生物の新種創造が違法だなんてな。ハグリッドは知っててやったのか、それとも知らなかったのか。知っててやったらヤバいし、『魔法生物飼育学』の教師が関連の法律を知らないのはもっとヤバい。残念だが、ハグリッドに関してはじっと耐えて嵐が過ぎるのを待つしかない。まあ、安心しろ。生徒を名指しでゴシップ記事を書いたその瞬間が奴の最期だ。行方不明か……事故か。まぁ、やかましい口は塞ぐに限る」
極々冷静に、淡々とカサンドラはそう言った。手にした新聞紙が握りしめられて、しわくちゃになっているところを見るに、怒っていないわけではないらしい。
「ね、ねえカサンドラ。その消すっていうのは……比喩よね?」
「ん? ハーマイオニー、私が『消す』と言って、冗談だったことがあるか?」
「……ないから怖いのよ」
カサンドラは肩を竦めた。
「お前らも、スキーターとむやみに衝突するなよ。マスコミの力はお前らが想像する以上に厄介だ。世界平和を歌う伝説的アーティストを小児性愛者の犯罪者に仕立て上げることすらする」
「そんなことできっこないよ」
ロンは軽く言うが、マグルの新聞をよく読むハーマイオニーはカサンドラの言う事がよくわかっていた。ハーマイオニー自身そこまで音楽を聴くわけではないが、伝説的な彼の名前は知っていた。そして、その絶望的なスキャンダルも。
「そうね、気を付けるわ。ハリーも、スキーターがそばにいたら一言もしゃべっちゃだめよ」
「わかった、わかったよハーマイオニー」
ハリーはうんざりしたように言った。どう考えても考えすぎだと思ったのだ。
「それよりもカサンドラ。第二の課題についてなんだけど……」
「どうした?」
ハリーは自分たちで出した結論を言ってみる。
「どうしようもなくなったらカサンドラが力を貸してくれるんじゃないかって思ってるんだけど、どうなのかな? 僕、さすがに試験勉強するような気持で命の危機に挑みたくはないんだけど」
「ああ、そのことか。――何が必要になったかはわかったか?」
ハリーは頷いた。
「うん。長い時間水の中で息をしなきゃいけないってことでしょ?」
「正しいとも間違っているともいわないが。まぁ、今回教師たちの協力が得られないのは、安全措置があるからだ。だから、命の危機は感じる必要はないぞ。存分に悩んで、答えを探すがいい。――私の『答え』があるからと言って手を抜くというのも、まぁ、ナシとは言わない。彼女ができたばかりだしな」
カサンドラはただし、と付け加えた。
「だが、お前が本当にそれでいいのか、よく考えろよ。もっと言うなら……お前、ジニーにいいところ見せたくはないか? ん? 助けが得られるからとそれをあてにしてサボる彼氏を好きでいるような女が自分の彼女なのか、よく考えて行動することだ」
少なくとも、ジニーは幻滅するだろう。ハリーにもその警告は覿面に効いたらしく、目に見えてやる気が上がったらしい。
「あー、頑張るよ、うん」
「じゃあ、僕たちは『ほどほど』に頑張ろうか。正直なんでジニーにいいとこ見せるために僕が頑張らないといけないんだ?」
ロンは心底不思議そうに首を傾げた。今、彼はとても複雑な心境だった。
「まあ、そこは折り合いを付けろ。ハリー、ロンがちょっとそっけなくなっても、そっとしておいてやれよ」
「あー、うん」
「アドバイス実にありがたいね」
ロンは肩を竦めた。本当に、やってられない。
親友に彼女ができた。喜ばしいことだ。
妹に彼氏ができた。――ふざけている。
……なんでその二つが同時に起こったのか。そして、そんな状況で自分はどんな反応をすればいいのか。ロンにはさっぱりわからなかった。