1995年1月
3人は小屋に引き籠ったハグリッドとなんとか会おうとしたが、結局、その週の末まで彼は一切3人に顔を見せなかった。第二の課題についての対策も全く進んでいない現状、気分転換にと3人はホグズミードで軽く一杯することにした。
いつものパブ『三本の箒』にやってきた3人は席につくとそれぞれバタービールを注文する。
「それにしても、ちょっと残念だわ。ハグリッド、このまま辞めちゃうのかしら」
「そんなことには僕たちがさせない。でしょ、ロン、ハーマイオニー」
ロンは頷いたが、ハーマイオニーは眉を顰めるだけで、同意しなかった。
「ハーマイオニー?」
「――正直、このままでもいい気はするのよ。ハグリッドはこれから森番として前の生活に戻る。プランク先生にはこれからも授業をしてもらう。それが一番みんなのためになると思うの」
「何いってんだよハーマイオニー! ハグリッドの授業は面白いだろ!?」
ロンが叫ぶが、ハーマイオニーは頷かない。
「ロン、本当にそう思ってる? ねぇ、ロン、私たち今年、新種の化物以外何かしたかしら?」
「う……それは……」
「いい、あれが新種である以上、将来に全く寄与しないし、一般的でもない。そんなのに私たちは半年近く時間を費やしたのよ? しかも、わかったのは『凶暴である』ことだけ。
――去年も、今年も、トラブルばかりよ。そして本人は全く気にしてもくれない。……正直、もう付き合い切れないわ。もちろん、これ以上スキーターが中傷を続けるなら、もちろん助けはするわ。するけど……」
ハーマイオニーはやってきたバタービールのジョッキをがし、と掴むと一気飲みする。
「――でもさ」
「いい、ハリー。ハグリッドがハグリッドである限り、来年も、再来年も、そして私たちが卒業したあとも、こんなことが続くのよ。そろそろハグリッドは、自分のことは自分でするべきなのよ」
「いや、ハーマイオニー、僕らは友達だろ?」
ええ、とロンの言葉にハーマイオニーは迷うことなく頷いた。
「はっきりと言うけど、友達だからこそ厳しいことを言わなきゃいけないの。止めないといけないの。時には、友達を告発することになってでも。
それとも……二人は私が酒とタバコを嗜むようになってドラッグに溺れてギャンブルにハマって、その金を体売って稼ぐようになっても一つ一つ解決出来るようにしてくれるっていうの?」
「極端なこというのやめてよ!」
ハリーは思わず叫んだ。そんなハーマイオニーはハーマイオニーじゃない。
「――ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたわ。でも、例えば私が闇の魔術に傾倒したらどうするの?」
「そりゃとめるよ!」
「なら、ハグリッドの犯罪も止めないとね」
「あ……」
ロンはようやく理解できた。新種の化物を生み出すことも、闇の魔術に傾倒することも、世間から見たら全く違いがないのだと。だからこそ、カサンドラはあの記事を耐えるしかないと言ったのだと。
ハグリッドへの批判は正当な部分が多分にあるのだと、理解した。
「わかってくれたようで何よりよ。――ただ、心配なのよね」
「確かに心配。このまま干からびちゃうんじゃないか?」
ロンが言うと、ハーマイオニーは頷いた。近くにコガネムシが止まっていたので、慌てて手を振って追い払う。
「ハグリッドもそうだけど、スキーターもよ」
「あんな女なんだって心配するんだ?」
「そりゃ私だってあんな最低で、品性下劣な記事ばっかり書く記者には筆を折ってほしいくらいよ。でも死んで欲しいとまでは思わないわ。二人もそうでしょ? このままだとスキーターはカサンドラに殺されちゃうわ」
「まぁ、僕もそう思うけど。――こいつしつこいなぁ」
ハリーは近くを飛び回って離れないコガネムシを手で追い払いながら言う。
「でも、カサンドラがヤったら絶対バレるぞ? スキーターの
「うーん……それなら、カサンドラも無茶はしないでしょうね。本当に……カサンドラはドラゴンと戦ったって勝てるくらい強いんだから、弁えて欲しいわ。あの性悪」
ハーマイオニーはそう言うと、二杯目のバタービールを注文した。
――三本の箒からそう遠くない森の中。一匹のコガネムシが木陰に止まった。先ほどまでハーマイオニーたちの間を飛び回っていた虫だ。コガネムシはぴょん、と木の幹から飛び上がると、瞬く間に一人の魔女、リータ・スキーターに変身した。
『動物もどき』……しかも、未登録の。彼女は心底怒り心頭のようで、手に持った鞄から羊皮紙を取り出すと、鬼のような形相で記事を書き始める。
「何が……性悪ざんす。何が……品性下劣ざんすか」
スキーターはペンの力を知っているだけだ。正しく見える物の奥に隠された真実を暴き、ペテンを白日の元に晒しているだけだ。彼女の顔は嗜虐的な笑みに歪んでおり、低い呻き声のような笑い声をあげながら、羊皮紙に文章を書き連ねる。
「――その品性下劣な力の強さを、思い知るがいいでざんす」
恐るべき、冒涜的な記事を書き終えたスキーターは、原稿を編集に渡すため、歩き始めた。その瞬間、とてつもない悪寒と恐怖が彼女を襲う。
「……? な、なんざんしょ?」
彼女はキョロキョロと周囲を見回すが、誰もいない。よくわからなかった。
――虫の知らせというやつだろうか?
「バカバカしい」
スキーターはそう呟いて、最後のチャンスを棒に振った。
――『死』が彼女を標的に定めるまで、あと少し。
三本の箒での慰労会からしばらく。ほんの少し危機感を薄れさせた3人は、無理のないペースで調査を続けていた。今も放課後、図書室に集まって調査を続けている。面子は多少変化があるが。
「ん……なくはない、わね」
「でも無理だ」
ハリーは早々に諦めた。最近諦めるのが多くなってきた気がするな、と彼は思ったが、そもそも能力に比して課題の難易度が高すぎるのだ。第一の課題はうまくできた。だがそれは道具の力であると言っても過言ではなかった。デミガイズの生半可な透明マントや、学校貸し出しの箒で同じことが出来たとはとても思えない。結局のところハリーの勇士としての実力は年相応、つまり最低ということを彼はよく知っていた。知っていたからこそ、第二の課題を正攻法で達成するのは不可能だと結論付けた。
「……ハーマイオニー先輩、この『泡頭呪文』ってハリーには難しいの?」
ハリーの隣のジニーが聞いた。ハーマイオニーは首を振った。
「不可能じゃないわ。ただ、この魔法は他の魔法と難しさの種類が少し違うの」
「どういうこと?」
「まず……難しいって言われる魔法のほとんどは、発動そのものが困難な場合が多くて……維持と操作はそこまで難しいものじゃないの。守護霊の呪文がそうよ。そうよね、ハリー」
ハリーは頷いた。守護霊の呪文は習得こそ難しいが、守護霊は出してさえしまえばそこまで操作が難しいものではない。
「この『泡頭呪文』は出すこと自体は簡単よ。ただ、『息ができる空間を確保できるほどの大きさを』『実際に使用している間中ずっと』維持しなきゃいけないのよ。失敗したら溺れて死ぬって言うプレッシャーの中で」
「まぁプレッシャーっていうのはわかるけど、死んじゃう可能性があるのは嫌だなぁ」
「じゃあハリー、変身術はどう?」
サメとかに変身するの。ジニーの提案を、ハリーは首を振って否定した。
「それもいいんだけど、同じくらい呪文が難しくて」
「……確かに1ヶ月しかないんなら仕方ないわよね」
ジニーはあーあ、と飽きたように天井を見上げる。聞けば、こうやって図書室で調べ物をするのは割といつものことらしい。失敗したり、間違えたりすると命の危険があるような調べ物なんて、ジニーはきっと気が動転してできっこないだろう。
――それに、本は怖い。
「呪文以外の手段を考えてみる? ……そうよ、アクアラングを『呼び寄せる』のはどうかしら? アクアラングはカサンドラに買ってきてもらうの」
「それ……ホグワーツでちゃんと動くの? たしか……マグルの機械ってホグワーツじゃおかしくなるんじゃなかったっけ?」
隣のジニーがおかしそうに笑う。
「そうよ、ハリー。コリンの弟がゲームボーイが動かないって泣いてたわ。ハリーはゲームってしたことある?」
ジニーの質問に、ハリーは苦い顔をした。ハリーにとってゲームとは、いとこのダドリーがやるものであって、自分に縁のあるものではないのだ。
「あー、僕はしたことないよ。いとこが……その、スーパーファミコンとか、ゲームボーイとか、名前は知ってるけどね」
「そうなの?」
「ゲームの話はいいわ。とにかく、アクアラングは……多分動くと思う。でも、そもそもあれっていきなり使える物なのかしら?」
「……もうちょっと調べようか」
「うん」
ハリーはジニーとハーマイオニーに言った。『鰓昆布』というものを使えばなんとかなりそうということはわかったのだが、肝心かなめの入手方法がわからなかった。また、手詰まりだった。
――結局のところ、ハリーは鰓昆布を入手することができなかった。やろうと思えばできなくはなかった。だが、鰓昆布で最も近くにあるのはスネイプの研究室で、透明マントやなにやらで忍び込まなければならなかったのだ。当然ハリーは透明マントをひっつかんだが、ハーマイオニーがそれを止めた。
「ハリー、気持ちはわかるわ。でも、私たちはスネイプ先生に『憎まれてる』のよ。去年のことで。絶対に大人しくしてるべきよ」
「でも、鰓昆布がないと、課題が……」
「もう無理なのよ」
ハーマイオニーはハリーを根気強く説得した。リスクを犯す必要は皆無なのだ。ハリーは他の勇士と違って『上手く』やる必要なんて、ない。ただ生き残ればそれでいいのだ。それなのに、自分でなんとかしようと鰓昆布を盗みにスネイプの研究室に忍び込もうとするなんて。
「まず、スネイプ先生に、鰓昆布は借りられないわ。協力はできないから。カサンドラに言いましょう」
「……わかった」
ハリーは頷いた。カサンドラならきっと、上手くやってくれるだろう。
ハリーはカサンドラに話を通し、当日には『水中で呼吸ができるようになる槍』を貸してくれることになった。もはや、憂いはなかった。
1995年 2月 『闇の魔術に対する防衛術』教室
――本物のムーディの授業は、偽物ほど噂になることはなかった。だが、間違いなく質が高いということは噂になっていた。ハリーたち三人は今年度最初にしていたように教室の一番前に陣取ると、授業が始まるのをじっと待った。鐘が鳴ると同時にムーディが入ってきた。新調した義足のコツコツという音は、偽物よりもかなりゆっくりだった。杖を突く音も聞こえる。ムーディは教卓まで歩くと、羊皮紙に書かれた生徒のリストを読み上げて、出席を取った。もう彼の左目にあった魔法の目は失われていて、真っ黒なごく普通の眼帯が付けられている。
「……さて、改めて自己紹介だ。ワシはアラスター・ムーディ」
ムーディは意外と、生徒に訓示を述べたりはしなかった。
「では、教科書の350ページを開けろ。今日は呪いの分類を……学んでいく。大まかに、杖の先から対象に向けてまっすぐ放たれるもの、発動すれば確実に効果が発揮されるものなど、発動形式で分類されることが多いが、魔法省が定めるところによるとその分類には明確な定義があり……」
それからムーディは授業の終わりまでごく普通の、はっきり言うと、服従の呪文の対抗授業や禁じられた呪文の実演授業に比べればつまらない授業を繰り広げた。
「最後に、何か質問があるものは」
「はい」
シェーマスが手を挙げた。
「なんだ」
「その、実践的な授業はしないんですか? その、偽物がしてたみたいに」
ムーディは目を見開いて、シェーマスを見た。
「お前、『死喰い人』がしたような授業をワシにしてほしいと思っておったのか? え? 生徒相手に服従の呪文をかけるなど……! 貴様らもなぜ疑問に思わなんだ。教師が絶対に正しいのか? 教師の授業は全く間違いがないのか? 警戒とは疑うことから始まる」
「じゃ、じゃあ今日の授業も疑えって言うんですか?」
「無論! ワシが言ったことにも嘘があるかもしれん。ワシは所詮引退したおいぼれよ。おいぼれの言葉を真に受けるバカはおるまい? 今日の授業内容が『古い』情報でないと貴様らにわかるか……? そうだ、検証の作業こそ『復習』。……常に疑え。検証することを忘れるな。それこそが『自己防衛』の第一歩。油断大敵!」
ムーディはそう言ったが、生徒たちがいまいち納得していないことを受けて、ため息をついた。
「――全く。貴様ら……。『闇の魔術に対する防衛術』の教師は毎年様変わりしておる。それは間違いなく不幸だ。だが、よく考えろ。貴様らに『防衛術』が必要になる状況など早々起こらん。起こったとしても貴様らがするべきは『逃走』一択。あれこれ呪文を使って戦うなど、10年早い。ならばどうするか。決まっておる。知識を身に着けるのだ。それとも貴様ら、世にどんな攻撃呪文があるかも知らずに対抗呪文を学ぶつもりだったのか? ん?」
ムーディは続ける。
「禁じられた呪文について知るべき時期が定められているのは決して、貴様らの心情を慮ったからではない。――どれほど優秀に見えても、所詮は『死喰い人』の浅知恵よ。現に貴様ら、今年度の授業で禁じられた呪文と『服従の呪文』以外のことを何か覚えておるのか? え? 強烈な印象は確かに、記憶に残る。だが、それは『授業』でするべきではないのだ。禁じられた呪文は確かに恐ろしく、警戒するべきだ。それは間違いではない。だが、それ以外にも貴様らが知るべきことは山のようにある。無論、実戦形式の授業が間違っているとは言わん。だが少なくとも、4年坊主がやるべきなのは、知識を詰め込むことだけだ。これから半年、短い間だが、遅れを取り戻すぞ。――今日はこれまで! 警戒を密に、油断大敵!」
ムーディはそう言って、授業を締めくくった。本物はずいぶんと、なんというか、堅実な授業をするタイプだったとハリーは思った。どちらかといえばマクゴナガルやスネイプに近いかもしれない。
――ホグワーツの生活は、緩やかに過ぎていく。第二の課題の当日まで、あっという間に。