――1995年2月
第二の課題は、勇士たちの実力を測るという意味では十二分に大成功だったが、興行的に……つまりクィディッチや第一の課題のように、見て楽しむ競技としては失敗だったと言えるだろう。実際に参加していたハリーや他の勇士たち、念のためにと控えていたカサンドラはともかく、大多数の観客にとって第二の課題とは課題が終わるほんの最後の方までは、ただ波一つ立たない湖をぼうっと見ているだけの時間でしかなかった。つまり、多くの観客だった生徒たちは、課題の内容を勇士たちに聞いて回らなければなかった。まあ、ホグワーツ生がフラーやクラムに話しかけたり、逆にボーバトン生がハリーに話しかけたりと、各学校の融和のきっかけという意味ではまぁ、成功だと言えるのではないか。全く持って無茶な擁護ではあろうが。
一番第二の課題で被害を受けたのはハーマイオニーだと言えるだろう。付き合いたてで一番燃え上がる時期にスパイスを用意してもらったハリー、ジニーの二人や、晴れて正式に付き合うことになったセドリック、チャンの二人や、思う存分ホグワーツ観光をしてから帰ったガブリエル・デラクールに比べて、ハーマイオニーはただからかわれる材料が増えただけという塩梅である。課題を作った教師陣に文句の一つでも言いたくなるというものだ。
ハリーはジニーと付き合ってからずいぶんと幸せな日々を送っていた。今までの学生生活、この時期はかなり辛い時期だったが、今はかなり、そう、満ち足りた日々を送っていた。
「ねえ、ロン、ハーマイオニー」
「なんだよ、ハリー。愛しの彼女はいいのか?」
ロンがチクリと言った。別に仲が悪くなったわけではないのだが、ロンとハリーの仲は今、複雑だった。さすがにまだカサンドラに『マグル製品』を貰うようなことはしていないようだが、それはもう時間の問題であることはロンにだってわかっている。兄として妹にはまだ早いという気持ちもあるし、親友として、ハリーにはもっと幸せになってほしいという気持ちはある。この複雑な気持ちを抱いているロンを差し置いて、ハリーとジニーは幸せいっぱいで、談話室で毎日イチャイチャしている。一度他の生徒に別のところに行けよと言われたことがあったが、その時はロンが必死になって止めた。その『別のところ』が人気のないトイレとかだったらもうおしまいだ。それならせめてロンの目の届くところにいてほしい。ささやかな兄の願いだった。
苦情があってからジニーとハリーは見苦しくない程度のイチャイチャにとどめるようになったが、ロンとハーマイオニーと過ごす時間はめっきり減っていた。
「あー、うん、ちょっとジニーにはまだ言えなくて」
「あらそう? 私、本で読んだわ。『彼女、彼氏ができると友達付き合いが悪くなる』って。べたな恋愛小説だったけど、本当のことだとは思いもしなかったわ」
「ごめん、二人とも」
ハリーは照れくさそうに頬を掻いた。ロンはため息をついた。
「冗談だって。それで、わざわざどうしたんだ?」
「これ、読んでよ」
ハリーは一枚の手紙を二人に見せた。二人はそろって眉を顰める。
『ホグズミードの『叫びの屋敷』に次の外出の時に来てほしい。待っている』
「……冗談でしょ? まさか……
「僕、ごく普通に近況を報告したんだ。『彼女ができて毎日幸せだから、心配いらないよ』って。『水中に沈められた彼女を救出するためにカサンドラから槍を借りて湖の奥底に潜ったけど他の勇士に比べれば楽だった』って。――心配して戻ってくる必要ないよね?」
ハーマイオニーとロンはそろって顔を見合わせた。それから、ハーマイオニーが気の毒そうなものを見る目でハリーを見た。
「いい、ハリー。『彼女が水中に沈められる』のは十分に大変で、心配することなのよ」
「でも結局大丈夫だったし。友達が石になったり、殺人鬼に友達が殺されかけることとかに比べれば全然」
「ハリー、言っちゃ悪いが、かなり麻痺してるぞ? 僕がハリーなら、『水中で長く息ができる槍』があったところで怖くてしょうがないけど」
「あ、そうだね。なんだか慣れちゃって」
ハリーは気楽に言うが、二人はなんだか心配になってきた。もしかして危機感が麻痺しているんじゃないのだろうか。そして、同じことをシリウスも思ったのではないだろうか。だからわざわざ逃亡生活を切りやめて、戻ってきたのでは。
「と、とにかく。ハリーはどうするの?」
「なんか、戻ってくるのを止められそうにないし、いったんは会ってみたい」
「まぁ……そうね、たぶん今からフクロウ便送っても間に合いそうにないし、それしかないでしょうね。逃亡生活で辛そうだし、何か食べ物でも持って行ってあげる?」
「ああ、そうだな。ネズミを食う生活とかしてそう」
ロンが皮肉気に言った。ロンがシリウスならピーターの肉一片血液一滴に至るまで食べたくはないが。
「うん、たくさん食べ物持って行ってあげよう!」
ハリーは週末が楽しみでしょうがなかった。正直に言うと、シリウスに会えるのが楽しみだった。
週末最後の授業が終わり、久々に三人で寮まで戻っていると、パンジー・パーキンソンをはじめとした、スリザリン女子生徒が楽しそうな笑みを浮かべてハーマイオニーに近づいてきた。その手には『週刊魔女』の今週号があった。
「ハーマイオニー、見てみなさいよこれ」
「何よ、パンジー。またくだらない占い?」
「あら? あなたの興味を惹きそうな記事があるわよ?」
ミリセントは楽しそうに笑っている。ロンとハリーは警戒する様な顔をするが、スリザリン女生徒たちの雰囲気が妙だった。なんというか、マルフォイが自分たちにするような嫌味っぽさがないのだ。一体全体どういうことだろう?
「ちょっと――なによこれ!? 『ハーマイオニー・グレンジャーの魔性と、ハリー・ポッターと青春の痛み』!? ……記者、リータ・スキーター!?」
「一体全体どういう事かしら? あなた、ハリーとクラムを天秤にかけてるらしいわよ? あー可笑しい」
ハーマイオニーは目の前が真っ暗になったような気がした。
『ハーマイオニー・グレンジャーの魔性と、ハリー・ポッターと青春の痛み
彼は素晴らしく勇敢な勇士である。しかし、やはり少年だ。どうしようもない青春の痛みを感じずにはいられない。
両親の悲劇的な死以来、愛を知らない14歳のハリー・ポッターは、ホグワーツに通い始め、マグル出身のハーマイオニー・グレンジャーという彼女を得て、安らぎを見出していた。両親の死という痛みに満ちたその人生で、やがてまた一つの心の痛手を味わうことになろうとは、少年は知る由もなかったのである。
ハーマイオニー・グレンジャーは、美しいとは言いがたい容姿をしているが優秀な魔女で、しかし有名な魔法使いがお好みの野心家である。彼女の野心は際限がなく、有名人の
しかしながら、この不幸な少年たちの心をつかんだのは、グレンジャーの自然な魅力(それも大した魅力ではないが)ではないかもしれない。
「あの子、ブスよ」活発でかわいらしい四年生のパンジー・パーキンソンは、そう言った。
「だけど、『愛の妙薬』を調合することは考えたかもしれない。頭でっかちだから。たぶん、そうしたんだと思うわ」とも証言した。なんということだろうか。『愛の妙薬』はもちろん、ホグワーツでは禁じられているし、大人であっても使用に制限がある。アルバス・ダンブルドアには、生徒の管理は一体どうなっているのかと強く問いただしたい。しばらくの間、ハリーの応援団としては、人の心をなんとも思っていないような魔女のことはすっぱり忘れて、次の彼女であるジニー・ウィーズリー相手に心を捧げることを、願うばかりである』
この記事を最後まで読んで、ハーマイオニーの顔は真っ青になっている。
「本当、不幸よね。『愛の妙薬』だったかしら」
「ぱ、パンジー! あの女はどこ!?」
ハーマイオニーはこの世で最も価値のない雑誌を床に放り捨てると、パンジーにつかみかかった。
「ご、ごめんなさい、冗談よ。私がこんなくだらない雑誌の取材に答えるなんて本気で思ってるの? 家の恥よ」
「違うわ! そこは疑ってない! 早くあの女を確保しないとカサンドラに殺される!」
女子生徒たちの顔が一気にまずい、と言う風な顔になった。
「ど、どうしたの? ミリセント、なにかあったの?」
「え、ええっと、なんと言ったらいいか」
去年と比べてずいぶんとほっそりして、健康そうな体になった女子生徒たちの中で、一番様変わりした女性生徒、ミリセント・ブルストロードが頬を掻いて答えた。
「この雑誌、昨日のなんだけど……その、この記事をカサンドラに見せたのよ。先に。その、そのせいかしらね、今日のカサンドラ、様子が変で」
ハーマイオニーは首を傾げた。確かに今日のカサンドラは様子が変だった。話しかけても生返事だし、装備も軽装だった。だがそれが一体……。
「わかるでしょ? 去年のクリスマス」
パンジーの言葉で、ハーマイオニーはピンときた。今ホグワーツにいるカサンドラは、誰かが化けた『偽物』だと。
「だ、誰が? 人殺しに加担する様なものよ? そんなの、まさかお金で?」
ミリセントはきょろきょろと周囲を見回す。誰もいないことを確認して、ハーマイオニーの耳に口を寄せ、ささやいた。
「クラムよ。ビクトール・クラム。あなたの中傷記事を見て、本気で怒ってたんだから」
「クラムだって今ホグワーツにいるわよ」
「そのクラムに、他のダームストラング生が化けてるの。あなた、クラム以外の生徒の名前言える?」
「……で、でも、ポリジュース薬なんてそう簡単に用意できるものじゃないわ。素材もそうだし、あれ一月は煮込まないといけないのよ?」
「今年一年ポリジュース薬を使い続ける予定だった人がいるでしょ?」
「あ……」
ハーマイオニーは悟った。誰もかれもが本気だと。本気でリータを消そうとしている。――そして、それを知って心のそこからホッとしている自分がいる。何せ、死人はペンを握れない。どれほど口で言っても、きっと彼女はハーマイオニーへの中傷をやめないだろう。次から次へとくだらなく、嘘に塗れ、そして、ハーマイオニーの名誉と尊厳を傷つける記事をイギリス中に向かって発信していくだろう。それがこれっきりだと。カサンドラが消してくれるおかげで自分の名誉と尊厳は守られる。
――安堵する自分が嫌だった。だが、じゃあ他にどうすればいいのかわからなかった。
「……ありがとう、みんな」
「気にしないで。その、ほんのお礼よ」
ハーマイオニーはロンとハリーを連れて、スリザリン達と別れた。スリザリンの集団と会ったのに喧嘩の一つもしないなんて、男二人は不思議そうにしていたが。まあ、女子は案外、寮同士の確執は気にしない傾向にあるのだ。
――
スキーターは不機嫌だった。自宅に帰り、リビングのテーブルにどかりと座る。反対側に、カメラマンの男が座る。
「まったく。何が『実名は避けるべきだ』よ。こういう記事は実名じゃないと全く効果がないってのはわかってるざんしょ? それにしても愉快ざんすね。ホグワーツの4年生の恋愛模様に大の大人が寄ってたかって口を出すようになるざんすから! あの口やかましい女もこれで終わりざんす。わたくしの耳に届くところでわたくしの批判をしたことを後悔しながら、みじめな一生を過ごすといいざんす」
笑いながら、スキーターは相棒の男を見た。無口な男だが、家に入ってから様子が変だった。何も話さない。だが、まあそういうこともあるか、とスキーターは気にもしなかった。
「それにしてもあの女もバカな女でざんす。この魔法界で武器を使うのがあの女しかいないってことに気付かないと思っているんざんしょか。もし仮にこのわたくしがドラゴンみたいに頭を吹っ飛ばされたり腕を切り落とされたりしたら、誰だってあの女が犯人だって気づくざんす」
「そうだな。だからちょっと趣向を凝らそうと思ってる」
スキーターは思わず立ち上がって、リビングの扉を見た。誰もいないはずだったのに、いきなりカサンドラが透明マントを剥がしたように姿を現したのだ。
「な……? と、『透明マント』!? わたくしの家は対策が……」
「ん? ああ……『
カサンドラは生徒たちには見せないような冷たい表情をして、虚空から『ヘルメスの杖』を取り出した。透明になったりどこからともなく物を取り出したり。スキーターが見たこともない所業に、彼女は目を白黒させる。
「な、な……? か、カサンドラあなた、マグルなんじゃ」
「いや、まぁ、最近は違うっていうのがわかってな。まあなんで私がゴーストとか吸魂鬼が見えないのかはわからんが。おそらく進化の方向性が違うんだろうという結論だ」
「なんの話ざんす……?」
「まあいいじゃないか。とにかく……私は、死者に敬意を表する。少し『冒涜』するが、それは致し方ないことだ。ああ、そうだ、念のために聞いておかないとな。お前、『服従の呪文』は防げるか?」
「は? ……できなかったらなんだって言うざんす?」
カサンドラはホッとしたように笑った。
「ならよかった」
かつて人間を支配するために作られた『秘宝』のひとつであるヘルメス・トリスメギストスの杖が、金色に激しく輝いた。
――
ノクターン横丁の一角から、二人の男女が出てきた。リータ・スキーターの自宅は寂れた奥まったところにあり、人は滅多に立ち寄らない。うつろな目をした二人はふらふらした足取りでダイアゴン横丁の大通りまで歩くと、道のど真ん中で立ち止まった。ざわざわと、リータ・スキーターとその相棒が意味もなく立ち止まっていることに、人々は足を止めて何事かと見守る。
するとおもむろに二人は杖を取り出し、呪文を空に向かって打ち上げた。
「『モースモードル――闇の印よ』!」
一気に、ダイアゴン横丁は阿鼻叫喚となった。それから二人はさらに空に向かって『死の呪文』を放つ。もはや人々は疑うことなく確信した。
リータ・スキーターは『死喰い人』だった、と。
ダイアゴン横丁から人気がほとんどなくなったころ。うつろな目をして何を考えているのか全く読めない二人はお互いに杖を向け合って、同時に叫んだ。
「『アバダ・ケダブラ――死に絶えよ』」
――翌日。『日刊予言者新聞』と『週刊魔女』は号外を発行し、かつてリータ・スキーターが発行した記事の大多数に虚偽が認められ、我々も彼女に騙された被害者であるという立場を表明した。それに関してさらに批判が殺到したが、そんなことはカサンドラにとってはどうでもいい。ハーマイオニーの中傷記事を真に受ける人間がただの一人もいなくなった。それだけで手を汚す価値はあったのだ。