随分と屋敷しもべ妖精に好かれる人間になったもんだ。楽しげに厨房にいる屋敷しもべ妖精とおしゃべりしながら注文をするハーマイオニーを見て、ロンは思った。
シリウスとの再会から数日。日刊予言者新聞と週刊魔女を連日賑わせていたゴシップ記者、リータ・スキーターの真実が明るみになり、魔法界は賑わっていた。彼女が『死喰い人』で、ダイアゴン横丁のど真ん中で死の呪文を乱射したというのだ。てっきりカサンドラが殺したのだと思っていたハーマイオニーは、イカれた記者がイカれたことをして事故で死んだと言う報道に、想像以上にホッとした。カサンドラが自分のせいで手を汚さなくてよかったという安堵と、自分の中傷記事の全てがでっち上げだと誰もが信じてくれるようになった安堵だった。
——もちろん、引っかかることはある。
たとえば、いくらなんでもハーマイオニーに都合が良すぎる、とか。
よりにもよってなんでカサンドラがいなくなった日にスキーターがイカれたのか、とか。
——だが、カサンドラがマグルで、服従の呪文を使えることは絶対にありえないことから、カサンドラが関与しているはずはない。
疑問点は多いが、殊更追求する必要はないのだ。
ただ、やはり疑問はしこりのように胸に残っている。と言うことで、ここは少し女の子らしく食べて飲んで、全てを忘れようと、ホグワーツの厨房でささやかなパーティーを開くことにしたのだ。
「——ええ。これを人数分お願いするわね。ねぇ、屋敷しもべ妖精はこうやってご主人さまとお話しするのは負担じゃない?」
「とんでもございません! 私はグレンジャー様のお話を聞くのが楽しみでございます!」
楽しげな笑顔でそう言う屋敷しもべ妖精の言葉に、ハーマイオニーは複雑そうな顔をした。
「ありがとう」
「はい! グレンジャー様は我々の希望を叶える英雄様でございます! 良きご主人様を増やしていただけるなんて、望外のことでした! グレンジャー様、言いつけが有ればなんなりとお申し付けください!」
「ええ、ありがとう」
ハーマイオニーがそう言うと、その屋敷しもべ妖精は深くお辞儀をしてパタパタと去っていった。
「そういやカサンドラがチラッと言ってたんだけどさ」
ロンが足速に、幸せそうに走る屋敷しもべ妖精を見ながら言う。
「ハーマイオニーの活動に、ダンブルドア先生も感心してたらしいぜ。今後は屋敷しもべ妖精に親しみが持てるよう、ホグワーツの清掃も彼らに任せてみる予定らしい」
「ええ、きっと彼らにとっては幸せなんでしょうね。……複雑だけど」
ハーマイオニーはそうポツリとこぼした。なにせ今年度の初めは、彼らを人間と同じような権利と労働環境を整えようとして躍起になっていた。だが……それは、彼らの幸福を意味しないのだ。
今でもハーマイオニーは、現代倫理と乖離した彼らの労働環境には思うところがある。だが……。
「まぁ、彼らが幸せだ、っていうならそれでいいんでしょ」
「うん、それはいいんだけど。ねぇ、ハーマイオニー、彼らに『彼女』のこと聞かなくていいの?」
ハリーは暖炉の前にくるまってバタービールの瓶を抱えて眠る一人の屋敷しもべ妖精に目を向けながら言った。彼女はウィンキー。かつてクラウチに仕えていた屋敷しもべ妖精なのだが……。今はすっかり腐っている様子だった。時折通りすがる同族たちは、彼女のことを道に捨てられた薄汚れた雑巾か、もしくは地下鉄にぶちまけられた吐瀉物を見たかのような目を向けている。屋敷しもべ妖精もこんな冷たい目をするんだ、という新たな知見を得たハーマイオニーだったが、だからこそ、聞くのは憚られた。
「なぁ」
だが、ロンはそんなことまで考えてやるつもりはないのだろう。料理を運んできた屋敷しもべ妖精を呼びつけると、ロンはウィンキーを指さした。
「あの子、ウィンキーだよな? どうしたんだ?」
ロンが聞くと、その屋敷しもべ妖精はあからさまな嫌悪の表情をウィンキーに向けた。
「おぼっちゃま、あのろくでなしについて気になさることはありません! ウィンキーは自らの仕事も忘れて嘆き悲しんでいるのです」
「嘆き悲しむって……クラウチさんのところをクビになったこと?」
ハリーが聞くと、その屋敷しもべ妖精は頷いた。
「もう日に6本も開けるのです。ホグワーツのバタービールを屋敷しもべ妖精があんなに飲むなんて! あの女は旦那様に甘えているのです」
「甘える……? ダンブルドア先生に?」
ハリーが不思議そうに聞いた。見た感じ飲んだくれ親父か路地裏に転がっている浮浪者という風体だが、どこをどう甘えているのか、ハリーにはさっぱりわからなかった。
「その通りでございます! ウィンキーは旦那様が絶対に『ようふく』にしないとわかっているからああやって堂々と暖炉の前で丸まっているのです!
……この様子では、前のお家でも本当に『まとも』にお仕えできていたのか、疑問に思うところです」
「それは……。クラウチさんがダメなご主人様だったからよ。あんな風に理不尽に罰を与えるなんて」
ハーマイオニーがクラウチの名前を出した瞬間、ピクリと暖炉の前のボロ切れが動いて、立ち上がった。
「ヒック、ああ、お嬢様、ヒッ、『ご主人様』を、ヒック、『ご主人様』は、ヒック、ダメなお方などではヒック、ないのでございます」
ウィンキーはゆっくりと、千鳥足でハーマイオニーの所へ向かって歩いてくる。慌てて、ハリーたちと話していた屋敷しもべ妖精がウィンキーの肩を掴んで止めた。
「お前がおぼっちゃま、お嬢様に近づくことは、この私が許しません! 何度——暴れてはなりません——言えば……理解するのですか! あなたのご主人様はアルバス・ダンブルドア校長先生です!」
ウィンキーは頑なだった。首をいやいやと振って、現実を否定するかのように瓶の中身を煽った。中身は空のようだが、もはやウィンキーにはどうでもいいようだ。
「ヒック——ご主人様が……ウィンキーのご主人様は……クラウチ様でございます——ヒック」
3人はお互いに顔を見合わせた。
「ウィンキー、そんなに悲しまないで。クラウチさんもきっと後悔してるわ」
「そうだぜ、ウィンキー。クラウチはだいぶ前から病気らしいし、きっと、ウィンキーがいなくなったからだ」
ロンの苦しい言葉にも、ウィンキーははっきりと反応した。
「ご主人様が——ヒック——ご病気? それは……いけません……ウィンキーが……ご看病して差し上げないと……。ご主人様には……必要なのです……この、ウィンキーが! ご主人様は……一人では……お出来に、なりません——ヒック」
「ウィンキー、普通の人は自分のことくらい自分でできるのよ」
ウィンキーはバタービールの瓶を自分の頭と一緒に振り回しながらハーマイオニーの言葉を否定した。
「違うのです——ご主人様はウィンキーを信頼してらっしゃいます——ご主人様の——一番大事な……秘密を! ヒック」
「ウィンキー!」
ついに、そばで聞いていた屋敷しもべ妖精が実力行使に出た。彼が手を振りかざすと、いきなりウィンキーが吹っ飛んで、暖炉のある壁に叩きつけられた。相当力を込めたらしく、ウィンキーはそれだけで気絶した。屋敷しもべ妖精がパンパン、と拍手するようにして手を打ち鳴らすと、呆れ返った……あるいは、ゴミでも見るような顔で数人の屋敷しもべ妖精がやってきた。手早くバタービールの瓶や散らばっているつまみなどを片付けると、ぼろっちい毛布でウィンキーをくるみ、まるでゴミを運び出すかのような乱雑さでどこかしこへと連行していった。
「お見苦しいものをお見せしました」
「あの……その、余計なお節介かもしれないけど、やりすぎじゃない?」
ハリーが聞くと、いえいえと、その屋敷しもべ妖精は首を振った。
「お優しいハリー・ポッター様。しかし、ウィンキーめは禁忌を犯そうとしていたのでございます」
「——禁忌?」
はい、と屋敷しもべ妖精は頷いた。
「我々屋敷しもべ妖精はお仕えしている家によっては、とんでもない秘密を任されることもあります。——信頼して預けてくださった秘密を暴露することは、屋敷しもべ妖精の禁忌なのでございます」
「——でも、ウィンキーは可哀想だわ」
はい、とその屋敷しもべ妖精は頷いた。
「もちろん、私たちも彼女には同情しています。ですが……。預けられた秘密は、決して明かしてはならないのです」
屋敷しもべ妖精は、そう締めくくった。
翌日の朝。ハーマイオニーは大量に届けられた嫌がらせ、呪いの数々が込められた手紙をまとめて魔法で燃やすと、さっぱりした顔で食事を始めた。
「『吠えメール』がないか確認しなくてよかったのか?」
「ええ。数々の実験の結果、燃やせば大丈夫なことがわかったわ。何着か服をダメにしちゃったけど、ええ、鬱陶しいボイスレターをどうにかする方法を確立するためなら惜しくはないわ」
「あと森の一角も」
ロンが半笑いで言った。ハーマイオニーが実験に使った森の一角はもはや尋常ではない色と凄まじい匂いに侵し尽くされ、新たなホグワーツ七不思議に加えられそうな勢いだった。ハーマイオニーは今度、何年あのままなのか、追跡調査すると言って憚らない。たくましい少女だった。
「ハグリッドがあそこを見たら嘆くんじゃないかな」
ハリーの言葉に、3人は落ち込む。そのハグリッドが、未だに授業に出てこないのだ。大人だからと彼自身の力を信じようとした3人だったが、もう2ヶ月である。流石に心配になってくる。
朝食の終わり際、ビクビクとした様子で食事をするムーディのとなりに座るカサンドラのところに3人は向かった。
「だから、安心しろ。ここのメシにはなにも混ぜられてない。いいとこスパイスくらいだ」
「ふん。そのスパイスは確たるルートから仕入れているのか?」
「ダンブルドアに聞け。いい加減付き合いきれないぞ、全く。——ああ、ハリーたちか。どうした?」
どうやらカサンドラはできる限るムーディについて、彼の疑心暗鬼を解きほぐそうとしているらしかった。一時期は本当に酷かった。『ワシの後ろに立つな!』と背後を歩いていた女子生徒を魔法で吹っ飛ばそうとしたのだ。偽物にされたことを思えばある種仕方ない部分もあると生徒たちには受け入れられているが、それをずっとというわけにもいかない。カサンドラは食事でいつも席が近いからか、よく彼のパラノイアに付き合っていた。
「えっと、ハグリッドについて何だけど」
「ヤツはもうダメだ」
ふと、ムーディが言った。
「奴は困難に対して逃避を選んだ。……そして校長は今に至るまでそれを許した。逃げるのはいい。楽だ。——だが、教師とはそれを選んで許される職業ではない」
「で、でもムーディ先生。ハグリッドに対する中傷は本当に酷かったのよ?」
「お前は見事に対応していたではないか。え? 不審物は開ける前に始末するに限る。奴はそれをすることすらやめた。自力で立ち上がるのは無理だろう」
ムーディの言葉に、3人は顔を見合わせた。
「な、ならカサンドラ、ハグリッドが出てくるのを手伝ってよ」
「引き篭もっているのがハーマイオニーなら喜んで協力するんだがな。私はあいつと友達でいたいんだ。——だからこそ、私はあいつを信じてる」
ハーマイオニーは頷いた。
「それがカサンドラの友情っていうのはわかったわ。でも、私たちにだって、私たちの友情があるのよ!」
行くわよ! とハーマイオニーはロンの手を引っ掴み、ハグリッドの小屋まで向かっていった。
「……いいの?」
「お前たちの友情の在り方を否定するつもりはない。さあ、行くといい」
ハリーは頷いて、ハーマイオニーとロンを追いかけた。
「——甘いことだな、え? 本心は潰れるならそこまでと思ってるだろうにな」
「そんなことは思っていない」
「人の価値観がそう簡単に変わるものか。情けない男など、お前の中では男ですらなかろうに」
「ムーディ、確かに私はハグリッドを男だとは思っていない。だが、友達ではいられる」
カサンドラは少し遠い目をした。
「……あのどうにも情けない感じが、マルコスを思い出してな」
「ほう? 昔の男か?」
「——育て親さ、きっとな」
カサンドラは当時を思い出す。そういえば、ケファロニアから出てギリシャ全土に行動範囲を広げるきっかけになったのは、キュクロープスから借りた金をどうするか、そんなくだらない理由だったように思う。
「……まぁ、うまくやるさ、きっとな」
カサンドラは間違いなく、ハグリッドを信じている。
当二次創作をご愛読いつもありがとうございます。
読者の皆様に少しお知らせがあります。
明日11月10日は何の日か、ご存知でしょうか?
そうですね、アサシンクリード最新作、ヴァルハラの発売日です。
なので、明日からヴァルハラをプレイするため、毎日更新だったところを隔日更新へと変更させていただきます。申し訳ありません。
みんなもヴァルハラ、やろうね!