ハーマイオニーは杖を片手に、ハグリッドの小屋の扉をドンドンと叩いた。かれこれ10分ほどそうしている。
「ハーマイオニー、もう諦めようぜ。今日は出てこないぞ」
「いいえ。もう2ヶ月待ったのよ。教師が引きこもりなんて……! ハグリッド! 出てきて! 話があるの!」
それから数分。未だにハグリッドは出てこない。中にいるのは間違いないというのに。ハーマイオニーは扉から数歩離れて、扉に向かって杖を突きつけた。
「ハグリッド! 聞こえてるでしょ! 今杖を扉に向けてるわ。10数えるまでに出てこなかったら扉を爆破するわ! 私の魔法の腕前は知ってるわよね? もし魔法がダメでもカサンドラから斧を借りてくるから、どう転んだって扉はブチ破るわ!」
1、2、とハーマイオニーは本当に数を数え始めた。
カウントが8まで来たところで、ハーマイオニーは杖を振り上げた。9で、扉が開いて中からダンブルドアが出てきた。
「ダンブルドア先生?」
「ほっほっほ。お主は去年から少し思い切りが良くなったのう」
「当然です」
ハーマイオニーは杖をしまいながらダンブルドアに言った。
「もう過去には戻れませんからね」
「なるほどのう。しかし——のう、ハグリッド? 言うた通りじゃろう? お主には素晴らしい友人がおる。カサンドラという同僚や、こうして心配で来てくれる友人もじゃ」
ダンブルドアの言葉に、ハーマイオニーは目を見開いた。
「え……? カサンドラがここに来たんですか?」
「さよう。じゃが、最近は来なくなってのう」
そうダンブルドアが言うと、奥の方からハグリッドの声が聞こえた。三人に姿を見せるつもりはないらしい。
「俺ぁ、カサンドラに見捨てられたんだ……。誰が半巨人の授業なんて受けたがる? 誰が半巨人の授業なんて受けさせたがる?」
「——それから、こんな調子での。じゃがハグリッド。何度もお主に言っておるように……。お主が教師でいることを望む生徒は多い」
「ですがダンブルドア先生、俺は……親にだって嫌われてる」
ダンブルドアは朗らかに笑った。
「ワシとてそうじゃ。いつまでも老いぼれが校長の座に居続けるのはいかがなものかと苦言を呈されることもしばしばじゃ」
「ダンブルドア先生だってそうなのよ? ハグリッド、誰だって誰にも嫌われずになんて生きられないの。私もそうよ」
「だがハーマイオニー、お前さんは元気にしとる」
ハーマイオニーは首を振った。
「正直、スキーターが『死喰い人』だってわかって、記事の信憑性がなくなったから、元気なのよ。もし中傷記事がいくつも立て続けに書かれたら……私だってどうなったかわかんないわ」
「あの女が……『死喰い人』? どういうこった、ハーマイオニー」
「おお、そうじゃった、ハグリッド。スキーターはなんと『死喰い人』だったのじゃよ。ホグワーツを分断し、不和を撒くために随分と必死になっておったようじゃの」
ハーマイオニーは心苦しい思いをした。なにせ、本当は……ハーマイオニーでさえどうやったか不明だが、おそらくきっと、カサンドラが何かをしたのだと思っている。ダンブルドアすら騙すその手腕は、凄いと思うと同時に、怖くもあった。カサンドラにかかれば有名な記者だって汚名を被せた上で消せる。もしカサンドラが、悪人に雇われてしまったら。そうなったら誰が抵抗できるんだろうか、と。
「で、でもあいつは何人もの人間を『死喰い人』だって暴いてきたし、それに、なんで今になって?」
「それは簡単じゃよ。今の魔法界は『死喰い人』だと糾弾すればどんな人間でも捜査させることができるのじゃ。それになぜ今かと言えばそれも簡単じゃ。ヨーロッパの魔法学校が手を取り合うことを、危惧したんじゃろう」
「——そりゃ、ハーマイオニーのは捏造だったかもしれんです。けど、俺のは大体本当のこった。……生徒に合わせる顔がねぇ」
「気にするなよハグリッド! 僕たち、ハグリッドの授業が楽しみなんだ!」
ロンの言葉に、ハリーが追従する。
「そうだよ。僕、ハグリッドの授業が一番好きなんだ。それにさ、半分人間じゃなかったらなんだって言うの? デラクールはヴィーラの血を引いてるし、僕たち魔法使いだって全員、かつて……えっと、来ていた人……」
「『かつて来たりし者たち』」
ハーマイオニーがハリーに耳打ちした。
「そう! 『かつて来たりし者たち』の血を引いてるんだから! 気にすることないよ!」
「ほっほっほ、道理じゃな。それにの、ハグリッド。ワシはホグワーツの教師の募集要件に『人間であること』と書いたことは一度もないし、書かれたことも一度もないんじゃよ」
それに、とハーマイオニーが続けた。
「ゴーストの教師がいるのに今更何言ってんの、って思わない? ホグワーツの教師は、生死すら問わないのよ?
ねぇハグリッド、戻ってきて」
懇願するような言葉に、ハグリッドはついに小屋の奥から出てきて、ハリーたちに顔を見せた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、晴れ晴れとしていた。
「俺ぁ……俺ぁ、大馬鹿だ。……すまんかったな、三人とも……。ありがとう、ハーマイオニー、ハリー、ロン」
ダンブルドアはにっこりと笑った。
「——もう、大丈夫そうじゃな。ハグリッド、明日の朝、朝食にきて……そして、授業に出るのじゃぞ。……ではの。お主の授業を、皆が待っておることを忘れてはならん」
ダンブルドアはそう言うと、ハリーたちの脇を通って、歩いて行った。
「ハグリッド……!」
ようやく、ハグリッドは教師に戻った。
——その日の夜。カサンドラが夜に巡回していると、玄関ホールに差し掛かったあたりで大きな黒い人影……ハグリッドと出会った。
「……ハグリッドか。もう引きこもりはいいのか?」
「ああ。——生徒たちには迷惑をかけちまった」
「そうか。一緒に回るか?」
カサンドラがそう言うと、ハグリッドは頷いた。暗いホグワーツの廊下を、カサンドラが巡回する。その隣をハグリッドがランタン片手に歩く。
「——プリングの授業は好評だった。気をつけろよ。もし間違うと『前の方が良かった』ってことになりかねん」
「お前さんは厳しいこと言うが……優しいな」
「正直に言うと、戻ってくるかどうかは、半々くらいだと思っていた。お前が情けないと思っているんじゃない。中傷はそれだけ、人の心を傷つける。まぁ最も、ヤツは大通りで『死喰い人』であることを表明するようなイカれた女だったわけだが」
もちろんそれは真実ではない。真実ではないが、誰にも真実はわからない。
「……俺に都合が良すぎると、思っちょる。なぁ、お前さん……本当に何も知らんのか?」
「ハグリッド。私が何を知ってるって言うんだ? 魔法界に入ってもう4年だが、その間ずっとホグワーツだ。そして私は……」
カサンドラは腰に下げた片手剣の柄を軽く握る。
「これを振るうしか戦う手段がない、マグルだ」
「——そうだよな、そのはずなんだがな……」
「それに、真実なんて本当に気にすることか?
——もしかしてそれが本題なのか?」
カサンドラが聞くと、ハグリッドは慌てて首を振った。
「いや、そういうんじゃねぇ。ちょいとばかし聞きたいことがあってな」
「ほう?」
「その、なんだ。お前さんなら、生徒がどんな授業がいいのか知ってるんじゃなかろうかとおもっちょるんだが」
カサンドラは肩を竦めた。
「残念だが、魔法生物の飼育に関してはお前の方が遥かに優れている。ただ、プリングから引き継ぎを受けるのを忘れるなよ。それから、『尻尾爆発スクリュート』もなしだ。生徒からの苦情こそなかったが、評判は最悪だった。今あの化け物はどうなってるんだ?」
「今はあと十匹くらい残っちょる。大きさは……まぁ、俺とおんなじくれぇだ」
カサンドラは黙った。それから、ゆっくりと言った。
「いいか、そのサイズの化け物を教材で使うようなら、残念ながら私が始末することになる。とてもじゃないが制御できるサイズじゃないぞ」
「う……可愛くて面白いいい子達なんだ」
「きっと生徒達も、私が全滅させた後なら同意してくれるだろうさ。
よく考えろハグリッド。確かに『面白い』も大事だ。だが、魔法生物の飼育に必要なのは本当にそれだけか? つまらなくてくだらないことでも大事なことなんて、沢山あるだろう? お前の仕事はそれを教えることなんじゃないのか?」
ハグリッドは目から鱗が落ちるような思いだった。生徒たちに面白いと思ってほしい。それがハグリッドの教師としてのスタート地点だった。だが、たしかにカサンドラが言うように、面白くなくても大事なことは沢山ある。
「——俺ぁ、大事なことを見落としてたみてぇだ」
「……その様子なら大丈夫そうだな。期待してるぞ、ハグリッド。友として、教師として。そうだ、お前は知ってるかどうか知らんがな、ハリーに彼女ができたんだ。それでな、あいつときたらこの前私に……」
それから二人は、長い間一緒に並んで、ホグワーツの見回りをした。
それから数日。
「よーし、お前さんたち、集まれ集まれ。今日はユニコーンについてプリング先生の授業の続きをするぞ」
ハグリッドが復活して最初の授業で、彼はユニコーンを教えることにした。プリング先生よりも遥かに高度な知識と実力の元進められる授業は、たしかに今までの授業より刺激は少なかったが、今までで一番安心して受けることができる授業だった。
——
ハリーはグリフィンドールの談話室で、頭を悩ませていた。
「ハリー、どうしたのよ?」
「そうだぜ、ハグリッドも元気になって、もう心配することなんて何もないだろ?」
「最後の課題について、発表されたんだ」
ハリーがそう言うと、二人は顔色を変えて、一気に心配そうになった。
「最後の課題……どんなのかしら?」
「クィディッチのアリーナに分厚い生垣が迷路になってて……。その、ラビュリントスの攻略が課題だって言われたんだ。実際に来週、下見に行けるらしいからその時に詳しいことを聞いてくるつもり」
「
ハリーは首を振った。
「いや、クレタ島のミノタウロスはカサンドラが倒したらしいから、違うと思う」
「……本当に、今この世界のマグルに魔法生物がほとんど認知されてないのって、古代にカサンドラが殺しまくったからじゃないかしら?」
「かもしれない。殆どの伝説の生き物を相手にしたことがあって……、この前のドラゴンで大体コンプリートだってさ。あ、吸血鬼はまだらしいけど」
相変わらずめちゃくちゃである。ロックハートだってそこまで吹いたりしないだろうに、それが全て真実だというのが恐ろしい。
「それで、ラビュリントス? それって、どうなるんだ?」
「多分、総合的な力が試されると思う。とにかく生き残るにはどうすればいいんだろう……?」
ハリーは真剣に悩んでいた。今までの課題のように、明確な攻略法がなく、何が出てくるかも、どうすればクリアかもまだ知らされていない。状況はハリーにとってかなり不利だった。
「確かに、何をすればいいのかは正直わからないわね……」
あ、そうだ、とハーマイオニーはポン、と手を打った。
「とりあえず、できることを今日から一つ一つやっていきましょう。その前に一つ、どうしてもハリーにして欲しいことがあって」
「なんだい?」
ハーマイオニーは、腰に手を当てて堂々と言った。おそらく、ハリーが一番言って欲しくないであろう言葉を。
「漠然とした危険が迫ることがわかってるならやることは一つよ。沢山の呪文、有効な呪文を覚えるのはそうだけど……。
ハリー、走り込みするわよ」
ハリーは顔を青ざめさせた。
「ほ、本気?」
「もちろん。人間、体が動かなくなったら終わりよ。特に迷宮に挑むなら尚更。さぁ、明日から私と一緒に走りましょ」
「あー……。うん、僕も一緒に走るからさ、ウン、頑張ろうぜ」
ハリーは項垂れながらも、うん、と、そう言った。