【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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クラウチの狂気

 ハリーはすっかり様変わりをしたクィディッチアリーナを前に、他の勇士達と同じように唸っていた。

 見たところ、生垣の高さは現在で1メートル。最後の課題が始まる頃には6メートル前後に成長するらしい。

 

「ハリー、大丈夫そうか? かなり総合力が試されそうな課題だが」

「うん、今対策中」

 

 ハリーはセドリックの質問にそう答えた。ハーマイオニー達に事前通達されたことをそのまま話したハリーは、翌日から結構な量の走り込みをすることとなった。今でもちょっと太もものあたりが筋肉痛だ。そしてなにより不思議だったのは、朝早くに走っているはずなのに結構な数の女子生徒とすれ違ったり並走したりすることだった。

 

「ねぇセドリック、ホグワーツって運動部とかないよね?」

「え? ……ああ、ないけど、まあ、健康的にダイエットって奴だ。最近はチョウも始めたらしくてな。今のままでも十分可愛いし、お腹だって出てないって言うのに、今年はクィディッチがないから代わりにってさ」

「――セドリックはもうチャンのお腹を見る機会があったって言うの?」

 

 そう言うハリーの声は少しだけつっけんどんだった。初恋の人がそんなことをされているなんて、と思うと少しだけ不機嫌にもなろうというものである。

 

「え? ……あ、ああ。言わせないでくれ恥ずかしい……。ハリー、そう言う話に興味があるのはわかる。だが時と場合、それから相手を選ぶべきだ。僕はそう言うオープンなのは好きじゃない」

「ご、ごめんセドリック」

 

 ハリーが謝ると、セドリックはにっこりと微笑んで、ハリーの肩を軽く叩いた。

 

「気にするな。次から気をつけてくれればそれでいい。――さて、僕はどうやって進むべきかな……」

「さぁさぁ勇士たちよ! 私の声は聞こえるかな?」

 

 説明のためにわざわざホグワーツに来ていたルード・バグマンが課題についてさらに解説を続けた。丸いお腹を揺らして、恐るべき課題について嬉しそうに話している。

 

「……やあポッター」

 

 ふと、夢中になってどう対策を立てたものか――なんと課題の一部ではハグリッドが魔法生物を放つらしい――と

 頭を悩ませていると、誰かに肩を掴まれた。

 その方を見ると、なんと相手はビクトール・クラムだった。

 

「どうしたの、クラム?」

「この後、時間はあるか」

 

 ホグワーツに来た当初から比べて、さらに流暢に英語をしゃべれるようになったクラムが、ハリーに言った。

 

「いいよ」

 

 それからハリーはクラムと隣り合って説明を聞いていた。詳しい情報がどんどんバグマンから伝えられる。出発の順番――ハリーが最後で、しかもその前の勇士が出てから30分後――、優勝条件――中央のカップを真っ先に取った勇士、ただしハリーは取ることが出来ず、またとった場合も優勝とはならない――など、ハリーが優勝できる可能性を悉く潰したルール説明だったが、ハリーはそんなことどうでもよかった。クラムから切り出される話とはいったいなんなのか。そればかりが気になった。

 

 説明が終わり、解散となった後、ハリーはハグリッドの小屋が見えるほど森に近い場所でクラムと話していた。クラムは腕を組んで木の幹に背を預け、雰囲気は厳しい。

 

「ポッター」

 

 ごクリとハリーは息を呑んだ。その声はあまりにも強張っていた。

 

「君は、ハーミィ・オウン・ニニーとはどう言う関係なんだ?」

「え……?」

 

 深刻な雰囲気のクラムから切り出された話題のあまりの軽さに、ハリーは思わず拍子抜けした。

 

「クラム、僕は……ハーマイオニーとは友達だよ。それに僕にはジニーが……彼女がいる。他の女の子なんて見てられないよ」

「口ではなんとでも言える。ヴォクは、あの魔法生物飼育学の教授についての記事が概ね本当だったということは知っている」

 

 ハリーは首を振った。

 

「だからなんだって言うの、クラム? その記事を書いたのは……その、『死喰い人』だ」

「あの女が『犯罪グループ』の一員であろうとなかろうと」

 

 クラムはそうは言うが、リータ・スキーターという記者が本当に『死喰い人』とかいう犯罪グループの一員であるなどとは思っていない。なにせ、随分怒った様子の警備員カサンドラから、しばらく変身していて欲しいと依頼があったのだ。ハーマイオニーのことを悪し様に書かれて内心キレていたクラムはこれ幸いとカサンドラの提案に飛びついた。悪くない額も貰ったし、ムカつく記者がうまい具合に汚名を被せられて消えた。悪くない結果だった。

 冷酷なその一面は、闇の魔術が授業科目にあるダームストラングならではなのか、それとも、惚れたハーマイオニーが中傷されたからなのか。今でもクラム自身はどちらか判断がつかなかった。

 

「ヴォクは、あのハーミィ・オウン・ニニーの記事にある程度の信憑性があるんじゃないかとつまり、君と彼女が『()()()』なんじゃないかと……その可能性が……捨てきれない」

「まさか本当だとは思ってないよね、クラム」

 

 ハリーの質問に、クラムは頷いた。

 

「もちろんだとも。しかし、改めて……君とハーミィ・オウン・ニニーは『近すぎる』と……そう思った」

「あー……。クラム、恥ずかしいんだけどね、僕そこまで頭がいいわけでも知識があるわけでもないから……その、課題のこととか、ハーマイオニーに頼りっきりなんだ」

 

 ふむ、とクラムは顎に手を当ててしばらく考えた。そして、にっこりと笑った。

 

「正直に答えてくれ。つまり、君の今までの素晴らしい機転は全て、彼女の助言なんだな?」

「うん。あとはカサンドラとか……ロンとか。今までの課題、僕一人で考えたことなんて一度もないかも。……はは、恥ずかしいなぁ」

 

 クラムは首を振った。

 

「君は巻き込まれただけだ。周りに頼って情けないと思う人間がいたら、そいつこそが最も、情けない。

 ――知れてよかった」

 

 クラムは晴れ晴れとした表情だった。それは、ライバルだと思っていた男が実は彼女の眼中にないような男だったことがわかったからだった。

 

「彼女は、頼られるよりは、頼れる男を恋人に選ぶだろう」

「……クラム、まだ諦めてないの? その、フラれたって聞いたけど」

 

 クラムは頷いた。当然である。確かにフラれた。間違いなく恋人になれないと言われた。だがそれは敗北を意味するのか? 終戦を意味するのか? 二度とチャンスは存在しないのか? 

 クラムの意見は、ノーだった。

 

「君は、スニッチを一度取り逃したら諦めるのか? ヴォクは、シーカーだ。簡単にプロ・シーカーが諦めるわけがない」

「その、あんまりしつこいアプローチすると、カサンドラに医務室送りにされるよ?」

 

 ハリーは真剣にクラムの身を案じてそう忠告した。全寮制で、本当の意味での逃げ場なんてない環境だ。しつこく迫ろうと思えば、いくらでも迫れる。だが、今のホグワーツにはカサンドラがいる。女性の迷惑も考えずに押せ押せ一辺倒、全く省みることもしない勘違い男は漏れなくカサンドラが黙らせるのだ。流石に永遠に黙らせることはないが、一月丸々医務室暮らしの人間は出たことがあるらしい。

 

「わかっている。――忠告の礼に、ヴォクからも一つ。君はイギリスでは有名だ。有名人の恋人は苦労するらしい。ハーミィ・オウン・ニニーにそんな苦労をかけるのは心苦しいが」

 

 ハリーは苦い顔をした。ジニーからそれなりに、ハリーのことを想うファンから陰口を叩かれたりしてると聞かされている。苦労とはそういうことも含めているのだろう。

 クラムが忠告の内容を詳しく告げようとしたその時、森の奥の草むらがガサガサと激しく揺れた。ハリーはすかさず杖を引き抜き、クラムを呼ぶ。

 

「こっちに!」

「ああ」

 

 クラムはハリーのそばにきて、それからようやく杖を抜いた。

 

「クラム、失神魔法は使える?」

「当然だ」

「じゃあ僕が武装解除呪文を唱えるから、敵だったら失神させてね」

「わかった」

 

 ハリーは真っ直ぐに揺れる草むらの方を睨みながらテキパキと対策をクラムに伝える。

 ハリーは緊急時に随分と慣れた様子だった。

 

「クラム、確か守護霊の呪文って伝言にも使えるんだよね?」

「そうだ。――まさか使えるのか?」

 

 ハリーが頷くと、クラムは心底驚いた。習得難易度が高い魔法の一つである守護霊の呪文。それを未成年のハリーが使えるとはとてもではないが信じられなかった。

 

「とにかく、来るよ。敵をよく見てね――待った!」

 

 ハリーは杖を振り上げたポーズで止まり、慌てて隣のクラムにも制止をかけた。草むらをかき分けて出てきたのは、すっかり草臥れた様子のクラウチだった。彼はワールドカップの時のようなしっかりとした、デキる人間の風体からはすっかりとかけ離れた様子に変貌していた。

 ローブの膝が破れ、血が滲んでいる。顔は傷だらけで、無精髭が伸び放題で髪にも白髪が目立つ。きっちりと分けてあった髪も、ボサボサに伸び、薄汚れている。しかし、その明らかに異常な服装も、彼の言動に比べれば大したことはなかった。

 ブツブツ言いながら、身振り手振りで、クラウチは見えない誰かと話しているようだった。

 ……遠い昔に、ダーズリーたちと一緒に買い物に行ったときに一度見たことがある浮浪者を、ハリーはまざまざと思い出した。その浮浪者も、空に向かって喚き散らしていた。その傍らには何度使ったのかわからないほど汚れた注射器と、その浮浪者のどんな持ち物よりも大切に守られた、白い粉が入った袋を思い出す。

 

『どんなに落ちぶれてもクスリには手を出すな』

 

 珍しくバーノンが、ハリーとダドリーを並べて、二人の間に差をつけず、同じくらい強く厳しく言ったのを、ハリーは思い出す。

 ハリーは慌ててクラウチに駆け寄った。クラムも同じだった。

 

「だ、大丈夫ですか、クラウチさん!」

「ポッター、危険だ。しかし彼は……審査員の一人だったはずでは」

「何かがあったんだ! 『エクスペクトパトローナム――守護霊よ来たれ!』」

 

 ハリーの判断は早かった。目も眩むような美しい輝きを持った牡鹿を生み出すと、ハリーは伝言を言付けた。

 

「ダンブルドア先生、カサンドラ、今森のそばにいます。クラウチが大変なんです。今すぐ来てください」

 

 ハリーの守護霊はまるで本物の牡鹿のように嘶くと、どこかへと駆け出した。

 去年よりも遥かに守護霊を出す難易度が下がっている。ハリー自身かなり気恥ずかしいが、ジニーとの何気ない日常は、クィディッチでの優勝と同じくらい幸福だということだ。

 

 すぐそばの木の幹を誰かと勘違いしているクラウチは、何事かをブツブツと呟いている。ハリーはゆっくりと、彼の口元に耳を寄せた。

 

「――そうだ。カルカロフとマクシームにフクロウ便を送るんだウェーザビー……」

 

 ウェーザビー。ハリーはその名前に聞き覚えがあった。と言っても実在している人間の名前ではなかったが。

 それはクラウチが自分の部下であるパーシーを間違って呼ぶ時の名前だった。

 

「そう、その通り。ボーバトンとダームストラング、両校の生徒がホグワーツに来る人数を確認せねばなるまい……」

 

 クラウチはすっかり正気を失っているようだった。飛び出すかのように見開かれた目はほんの少しも現実を映していない。偽りの人物、偽りの会話。あまりに哀れだった。

 

「彼は、薬物を?」

「違うと思うけど……とりあえずダンブルドア先生を」

 

 バッ、とクラウチはハリーの方にぎょろりと顔を向けた。びくりと肩を跳ねさせるハリーの肩を、クラウチが掴む。

 

「そうだ……ダンブルドア! 

 

 会わなければ」

 

 ぐるぐると彷徨う目玉は、ハリーを見ていない。だが顔だけはハリーの方に固定されている。あまりにも恐ろしい形相だった。

 

「私は間違った……! もはや、止める術は……! 警告を! 『死』に頼まなければ……!」

「もうすぐダンブルドア先生が来ます! 落ち着いてください」

 

 ハリーが声をかけると、クラウチはぼんやりとハリーに目と焦点を合わせた。

 

「……君は誰だ」

「この学校の生徒です」

「――学校? 辿り着いたのか……」

 

 クラウチはハリーを解放して、嬉しそうに顔を綻ばせた。そして、木の幹にまた話しかけた。今度ははっきりと、そして聞こえるような声で。

 

「ウェーザビー、それが終わったら少しお茶にしよう。堅苦しいことはしばらく抜きだ。

 

 ――なにせ、妻と息子がもうすぐやってくるのでな」

 

 木の幹が返事をするわけがない。ないのだが、クラウチにとってしてみれば会話は成立しているらしい。彼はさらに話を続けた。

 

「……ん、気になるかね? そうとも! ウェーザビー、君も随分素晴らしい成績だったが、私の息子には負けるだろう。そうとも、あの『ふくろう試験』で12科目もパスして……おっと、今風の言い方は……そう、12フクロウと言うのかな? とにかく優秀なんだ。卒業したら必ず私の部下にするとも。ははは、親バカだと笑ってくれ、息子と一緒に働くのが夢だったんだよ」

 

 そこまで言った時、バシンと音がして、ハリーは振り返る。そこには随分警戒した様子のダンブルドアとカサンドラがいた。

 

「ハリー、敵は?」

「いないよ。クラウチさんが……」

 

 カサンドラは木の幹に向かって延々息子自慢をしているクラウチを見て顔を顰めた。

 

「……わかった。ハリー、クラム、城に戻ってろ。――解放してやらないとな」

「待って! カサンドラ、何する気なのかは知らないけど、クラウチさんはダンブルドア先生に忠告が」

 

 ハリーがその名前を呼ぶと、クラウチは劇的に反応した。狂気に冒された瞳をダンブルドアに向けると、縋るようにして跪き、懺悔するように言った。

 

「ダンブルドア……! 何もかも間違っていた……! あの瞬間から……! 曲げるべきではなかった! やるべきではなかったことをやってしまった……! 私のせいだ……! 何もかも! 何もかも……。バーサが死んだのも……息子が……! 闇の帝王が……強力になって帰ってくるのも全て……!」

「お主の息子は今どこじゃ」

「ホグワーツに! ダンブルドア、警戒しろ……! ホグワーツの教師に化けているのだ……新任、の、教師に! 私の、息子が!」

 

 クラウチはそれだけを言うと、いきなりすっくと立ち上がって、キョロキョロと周囲を見回した。一番近くの木を見つけると、嬉しそうに歩き出し、そしてまた何事かを……彼にとって都合の良い、幸せな幻覚を見始めた。

 

「……なるほどのう。あの偽物の正体が分かったということじゃな」

 

 だがダンブルドアはほんの少し不満そうだった。正直、死んだ偽物のことなどはっきり言ってどうでもいいのだが。

 

「で、こいつはどうするんだ?」

「――聖マンゴに連絡するとしようかの。さすれば正気を取り戻し、また何やら情報をもたらしてくれるやも知れぬ」

「望み薄だな。はっきり言うが、さっきのだってどこまで真実か。一応調べたぞ? こいつの妻と子供はとっくに死んでる。――まぁ、現状情報は少しでもほしい。念入りな検証は要るだろうが。時折正気に戻るらしいし、もう少しホグワーツで話を聞いてみるのもいいんじゃないか?」

「――そうじゃな。そうするとしようかの。確かに、彼の情報には山ほどの検証が必要じゃろう……じゃが、事実はある」

「なんだ?」

 

 ダンブルドアはカサンドラを見た。

 

「誰かに囚われていたと言うことじゃ。それも含めて、魔法省に報告するとするかの」

「金さえもらえれば、ひと暴れしてくるが?」

 

 カサンドラがいうと、ダンブルドアはしばらく悩んだような素振りを見せた。

 

「……いや、よそうかの。お主が暴れることがあるとすれば、それはここホグワーツの中だけじゃ。少なくとも、学期中は」

「了解だ」

 

 クラウチは一旦、ホグワーツに保護されることになった。それと同時に魔法省に連絡が入ることとなる。

 それからほどなく、彼の自宅に闇祓いが調査に入り、クラウチが囚われていたであろう隠し部屋と、彼を長い間監禁していた痕跡が見つかった。

 しかし、下手人は影も形もなく、犯人についての目処は全く立っていない。クラウチの狂気に関しては、信用がガタ落ちしている魔法省がさらなるスキャンダルを嫌い、秘匿されることとなった。

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