――1995年3月 ホグワーツ校長室
ハリーはファッジとすれ違ったあと、ロンに支えられて校長室に入った。ロンと一緒に、ハリーはダンブルドアに自分が見た夢の内容を全て話した。
「……ふうむ。お主は『占い学』の才能があるやもしれぬの」
「先生、あれは『未来』じゃないと思います」
ハリーの言葉に、ダンブルドアは同意した。
「おそらくはそうじゃろう。ワシの推測になるがのう、お主の傷痕は……あ奴との繋がりなのじゃろう」
「繋がり? 校長先生、まさかハリーが……『例のあの人』とつながってるって?」
ロンが気味悪そうに言った。ダンブルドアは慌てたように首を振った。
「勘違いするでない。おそらく、お互い意識して繋がれるような類のものではないじゃろう。ヴォルデモートが近くにいるとき、あるいは、あ奴が極めて強烈な憎しみに駆られているときに、傷痕は反応するんじゃろう」
「はい。……今まで傷が痛んだ時も、大体はそうでした。でも、どうしてですか」
「正確なことは誰にもわからぬ。ワシにも、そしてもちろん、あ奴にも。じゃが、大事なことがある。お主は正しいことをしたということじゃ」
「え?」
ダンブルドアは好々爺的な笑みを浮かべて、手放しでハリーをほめた。
「よう教えてくれたの。さあ、ワシはお主の情報をもとに、魔法省に問い合わせねばの」
「校長先生、僕の夢のことがきっかけで、魔法省が捜査に動いたりするんですか?」
ハリーの質問に、ダンブルドアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なに、魔法省になんといえば魔法省が動くか、ワシはよう知っとる。何せ……ルールの大半はワシが書いたものじゃ」
――1995年6月
ハリーはそれから、前にもまして課題に向けた訓練に身を入れるようになった。ハーマイオニーとロンは学期末試験があるだろうに、そしてハリーはすぐにリタイアすると言っているというのに、『リタイアが妨害された場合に課題終了まで生き残る』ために時間を割いてくれている。
ハリーはそんな親友達に応えるため、そして彼女に良いところを見せるために、今までにないというくらい呪文の習得に力を入れた。
「ポッター、少し良いですか」
どこかにいい練習場所はないだろうかとキョロキョロと探しながら歩くハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの四人に、マクゴナガルが声をかけた。
「え、はい先生」
「あなたは本年度は試験が免除されます。なので成績はつけられませんが……少し、自習の必要性を認めます。ポッター、あなたの裁量で構いませんので、変身術の練習をするように。変身術の教室を昼休みと放課後に使ってもよろしい。
——しかし、私は忙しいので監督には行きません。それから」
マクゴナガルはちらりとハーマイオニーの方を見た。
「友人の助言を受けながらのほうが自習も進むでしょう。
ではそのように」
マクゴナガルはそう言うとさっさと行ってしまった。ジニーが絶望したような顔をした。
「そんな! ハリーは課題に集中しないといけないのに……変身術!?」
「——……いや、待てよジニー」
ロンはふと冷静になって考えた。ハーマイオニーも同じように思案を巡らせた。
「……そうよ。教室を使っても良いって言いながら監督には来ないなんて妙……そうよ! ハリー、マクゴナガル先生は呪文の習得に教室を貸してくれるのよ!」
「で、でもなんであんな回りくどいことを?」
「教師は勇士に協力しちゃダメなのよ。何が協力にあたるかわからないのなら、ああするしかないと思うわ」
ハーマイオニーはやった、と飛び上がりそうな勢いだった。
「よし、じゃあ今日から変身術の教室で練習だな。それから、クッションは持ち込んでも大丈夫かな?」
ロンも同じように嬉しそうに言った。『失神の呪文』の練習台になる彼にとって、クッション持ち込みの是非はかなり重要なことだった。毎回気絶する相手に立候補する彼だったが、それには理由がある。もしハリーがジニーを気絶させるのに『ハマって』しまったらと思うと、どうしてもジニーを失神呪文の練習台にはさせられなかった。親友を、そして妹を倒錯の世界に踏み入らせないために、ロンは日々、練習台になっているのだ。涙ぐましい男である。
そんな親友達の協力もあって、ハリーは最後の課題までにいくつもの呪文習得に成功する。
『失神の呪文』、『妨害の呪い』、『粉々呪文』、『方位呪文』、それから『盾の呪文』。
それらの魔法を取得して、万全の態勢を整えて、ハリーは最後の課題に臨む。
——もうこれで最後だ。
ハリーはある意味でホッとしていた。もはやこれさえ終われば自分の命を脅かすものなど何一つない。きっとそうだ。
今はまだ、そう思っていた。
——1995年6月 ホグワーツ
課題当日の朝、ハリーは大賑わいする大広間で黙々と朝食を食べていた。話題はもちろん、今日の夜に開催される最後の課題についてである。誰もがうちの勇士が勝つと話をしていた。最初こそ一つの寮に固まっていたボーバトンとダームストラングの生徒達は、今や何人も散り散りになって3校同士交流をしている。
ボーバトン、ダームストラング、ホグワーツ。三種類の制服が並んで会話している光景がそこかしこで起きている。それだけできっと、この盛大な催しは成功しているのだ。
結果がどうなろうと。
「ハリー、少しいいか」
「カサンドラ、どうしたの?」
「いや、応援にな。頑張れよハリー。ついでに伝言も頼まれてな。勇士は朝食の後すぐそこの小部屋に集合だ」
「課題は夜だよね? 何するの?」
「家族が来るそうだ。まぁ、あの一家が来るわけじゃないから安心しておけ」
ハリーは首を傾げた。バーノン一家が来るわけがないというのはまぁわかるが、それなら一体誰が?
そこまで考えて、ハリーはハッとなる。
「カサンドラ、もしかしてスナッフルズ……えっと、その、元囚人とかじゃないよね?」
「ん? ああ……そうだな、違う」
行くと山ほど羊皮紙が届いていたのだが、シリウスの戯言をカサンドラは取り合わなかった。イギリス国内だけでもやばいのに、今回は他国の親族もゾロゾロ来るのだ。絶賛逃亡中の人間が来ていいわけがない。
「まあ楽しみにしておけ。じゃあな。ああ、それから最後に。お前にとって最も過酷な試練かもしれない。覚悟はしておけ」
カサンドラはそう言って職員テーブルに向かっていった。
「……課題の前に、僕にとって最も過酷な試練? もしかして本当にバーノンが来るのかな?」
「さぁ……? でもカサンドラは違うって言ってたわよね? 親族が来るくらいで試練って、大袈裟ね、カサンドラも」
そうだね、とハリーはハーマイオニーの言葉に軽い気持ちで答えた。
——指定された部屋に入った瞬間、カサンドラの言葉をもう少し良く考えるべきだったと後悔した。
周りを見回せば、他の勇士達の家族がお互いに抱きしめあったり頬にキスをしたりしている。そして、ハリーの親族として、なぜかウィーズリー一家が勢揃いしていた。と言ってもフレッドとジョージはいないし、パーシーもクラウチの代わりをしているため不在だった。ロンも同じく、今頃は観客席に向かっているはずだ。ジニーだけが不安そうにモリーの服の裾をつかんでいる。
ビルやチャーリーの顔は苦笑しつつだが、モリーの顔は心配げで、アーサーの顔は不機嫌だった。なぜか、モリーの隣には呆れた表情でハリーを見るカサンドラがいる。
ヤバイ。ハリーは回れ右しようかと一瞬思った。確かにこれは試練だ。
固まっていると、アーサーがゆっくりと歩み出て、ハリーの前に立った。いつも柔和な笑みを浮かべて優しい印象のアーサーが、いくらか厳しい表情をしているというだけで、威圧感が凄まじい。ごくりとハリーは喉を鳴らした。
「……よく、今まで生き残ったね。よく頑張ったね」
第一声はそんなふうに、ハリーをねぎらうものだった。
「……ただ、これだけは聞かないといけない……。ハリー、君はウチの娘とどう言う気持ちで付き合っているんだ?」
「真剣です。できれば、卒業後は結婚したいと思ってます!」
ハリーは真っ直ぐにぶつかった。ジニーといたら安らぐし、満たされるし、幸福だ。
その幸福を、一生望んだ。
「——その言葉、忘れてはいけないよ、ハリー。それから、『深い仲』になるにはまだ早い。それを忘れた時も、我々は苛烈な対応をしないといけなくなる。わかったかい?」
コクコク、とハリーは何度も頷いた。十分に脅しの効果があったと思ったのか、アーサーはにっこりと笑ってハリーの手を引いた。
「よく言ったね。とりあえずは認めるよ」
「パパ! ハリー!」
その言葉をきっかけに、ジニーが飛び出すように駆け出して、ハリーに抱きついた。
「ジニー、やめなさい」
「やだ! 怖かったんだから! パパが脅かすなんて変なこと言うからよ! ハリーが私のこと大事にしないわけないじゃない!」
ハリーは抱きしめ返そうかと思ったが、アーサーの視線が痛くて、何もできずにいた。ジニーのぬくもりにどぎまぎしつつも頭は冷静にアーサーを意識している。ハリーはいっぱいいっぱいだった。だから、視界の端でフラーがビルに向かって熱っぽい視線を送っていることにも気が付かなかった。
——そんな光景を苦笑しつつ、カサンドラはモリーと話していた。
「で、合格か?」
「とりあえずは。私たちも本気でハリーとジニーが結婚するとは思っていませんが……遊びでないなら、ハリーはジニーを尊重してくれるでしょう」
カサンドラは肩をすくめた。それはどうだろうか。ジニーはもうすっかり『マグル製品』の使い方を知っている。教えたのはカサンドラだが。若い情熱と欲望の前には『子供ができるかもしれないからやめておこう』なんていうまともな思考は塵芥に等しい。ならばとカサンドラは使い方を教えたが……。この様子では、モリーには黙っていたほうが良さそうだった。
「今の価値観だと、まだ付き合うのは早いと思うが?」
「それは事実です。ですが、まぁ、私の頃では2年生でもう付き合っていた子もいました」
「全寮制だからな。親の目も届きにくい」
「そして、警備員は風紀を気にする方ではないようですし」
チクリと言われたカサンドラは、職務管轄外だと肩を竦めた。
「……カサンドラ、どうかウチの娘がそういうことをしそうになったら止めてはいただけませんか?」
「親からの依頼なら仕方ない。わかった。目に着いたら止めるとする。モリーは反対しなくていいのか?」
モリーは嘆息した。
「ハリーなら大丈夫だと思います。彼は女の子を手ひどく扱う人ではないでしょう」
「まぁな。結婚までこぎつけられれば、ハリー・ウィーズリーかジニー・ポッターか……」
「まぁ! まさか婿養子になんてそんなこと言いません!」
「なら、ジニー・ポッターか。あいつはやる時はやるし、一度決めたら完遂するタイプだ。案外、本気で結婚したいと思ってるかもな」
モリーはハリー達を見る。今はジニーと見つめあって何かを話している。キスでもしそうな雰囲気だが、ハラハラした様子でアーサーが監視している。
「そうだといいのですが。ハリーには親しい家族が必要です。……私たちがそうなれれば、これ以上のことはないでしょう」
カサンドラは頷いた。
「……あいつはそろそろ幸せを考えてもいいはずだ」
「ええ、まったくです」
カサンドラの独り言のような言葉に、モリーが頷いた。
「カサンドラ、寮の絵画はまだ『太った婦人』なのかい?」
ビルが聞いてきたので、カサンドラが頷く。
「ああ。今も立派に門番をしてる。同僚みたいなもんだな」
「まぁ。彼女は風紀にだって目を光らせてましたわ。私、朝四時に寮に戻ったらこっぴどく叱られたのですよ?」
「母さん、朝四時まで一体何を……いや、いい、言わなくて。いや、待った……誰と?」
ビルが恐る恐る聞くと、モリーは楽しそうに笑った。
「それはもちろんあなたのお父さんと、ですよ。私、初恋と、初めての彼氏と、それから旦那が全部同じ人なのですよ? ……ジニーもそうなればいいのですが」
モリーが見つめる先にいるジニーは太陽のような笑みを浮かべてとても幸せそうだった。それがいつまで続くのだろうか。親としては心配だった。
——それから夕食まで、ハリーは少し緊張しつつも平和な日常を過ごした。
ロンとハーマイオニーの試験の出来を聞いたり、スキーターの被害に遭ったハーマイオニーを慰めたり、さまざまだ。
夕食が終わると、生徒達はダンブルドアの先導でクィディッチアリーナへと連れていかれる。もちろんハリー達勇士は別のルートである。
勇士の待機場所にたどり着いた時、ハリーは確信した。
もう、これで最後なのだ、と。