魔術師の少女の、ブリテン旅の物語 作:斉藤さん
旅をしていると、しばしばありふれたことのすさまじさに気づかされる。
例えば町にあふれる食料であったり、或いは普段使う道具の意外な使い方を知ったり。
ないがしろにしていた道具が意外と便利であったりするというのは、旅をしてから気付いたことだ。
魔術を習っている頃は、こんなちっぽけなもので何ができるのだろう、などと思っていたものだ。しかし、いざ旅をしてみると、小さな風の刃を出すもので木枝を切り払ったり、劣化の劣化品の投影魔術が生命線に成ったり。
こんなに魔術が便利だとは、旅をする前は気付かなかったのだ。
「フォウ、フォーウ!」
「ハイハイ、ちょっと待ってくださいね。直ぐに煮上がりますから」
火打石? 薪?
いいえ、そんなもの、焚火用の魔術で事足ります。
馬鹿げた魔力を食う、非効率にもほどがある魔術ですが、初めて自分だけの力で組み上げた魔術ともあって、思い入れの有る魔術です。
基本的に私は波の魔術師よりかは多めの魔力を持っているので、このくらい非効率でも平気で扱えるのだ。これ使ってる間はすごく無防備になりますが。
それに、これは唯魔力食いなだけではない。なんと、火力の調節ができるのです!
いや、自分でも中々気付かなかったが、どうやら調理というのは火力調整が重要なようで、生煮えなスープに焦げだらけのお肉を生産してしまったときは、思わず涙目になってしまいました。
それからというもの、急務となったのはこの魔術の開発。何とか目途が立った時は歓喜の余り、あの師匠に抱き着いてしまったくらいです。
それだけの苦労をして組み上げた術式です。いくら師匠であろうと、馬鹿にする輩には容赦しません。うちの子を馬鹿にする連中は魔力満載の鉄拳でせいやっ! です!
深呼吸をしながら宙に浮き火を眺めているのは、傍目にはとても奇怪な光景でしょう。
改良は続けているのですが、どうにも火力調節の術式を組み込むと重くなるのですよね。風の魔術を並列起動して代用すると馬鹿にならない集中が必要ですし、こっちのほうが楽に感じます。
じっくりとお鍋―――これも投影魔術で生み出したものです―――の底を焦がす火に照らされ、少しだけ眩しさを感じます。しかし、泡も浮いてきたのでそろそろいいはず。
右手に投影した匙で一掬い。うん、これならお肉にも火が通っていることでしょう。
お肉を数個、そこらへんで拾った野草も掬い出して、左手の皿に盛りつけます。そのままキャスパリーグの前に置き、自分は鍋に残った方を直接。
キャスパリーグがひたひたになった野草を見ていやそうにしていますが、好き嫌いはいけません。そう諭して、抗議の視線からは目を背けました。
野草の青臭さや、血生臭い魔獣の肉が混ざって大変な臭いです。ですが、それを無視してスープを啜ります。喉を通ってお腹に届き、そこから広がる温かさにほうっと息を吐きました。
浮いてきた肉を片っ端から口に運び、後は底に残った野草だけです。
うっ、視線を背けると、こっちは食べたんだしそっちも食べるよな? な? とでも言いたげな視線と向き合ってしまいました。いや、仕方ないじゃないですか。臭いんですよ。
「……」
「フォーウ」
「むむむ……」
「フォウ! フォフォウ!」
「むー!」
「フォーウ!!」
……仕方ありません。これ以上粘ると、キャスパリーグに髪の毛をかじかじされそうです。
覚悟を決めて、鍋と向き合いました。
コツは何も考えないこと。冷めてきた鍋の縁に口を付け、勢いよく鍋を持ち上げます。大丈夫。身体強化の魔術を発動してるので、重くありません。
そのまま、流れ込んできたスープや野草を流し込みます。何処かって? 私の可愛いお口にですよ。
……ゴミを捨てている気分でした、とだけ答えます。
けぷっ、と可愛らしいゲップが漏れ、手に持っていた鍋を遠くに投げ捨てました。もう見たくもないです。お腹は膨れましたが。
私の内心の動揺に同調して激しく揺れていた焚火に目をやり、未だに消えていないことを確認しました。
キャスパリーグに差し出したお皿も、手の中の匙も破棄してその場に寝っ転がります。
色々と物の詰まった背嚢を枕に、杖を抱きかかえて星を見上げました。
食事はあんなにも楽しくないですが、お腹が膨れるのは良いことです。
空はお腹を膨らましませんが、見ていると楽しいです。
キラキラと光を落とす星々を見て、何の気もなしに占星術でもしてみることにしました。
所詮は聞きかじりですが、練習に意味が無いわけがありません。
では、まずブリテンの未来を占ってみるとしましょう。
むー。
むー。むぅー。
むむむぅぅぅぅー!!
ふぅう、やはり占星術は疲れます。主に目を凝らすことが辛いですね。
それで、占った結果ですが、どうやら滅亡のようです。きっと間違いですね。もう一度占うことにしましょう。
そうですね、今度はこの世界の道行き、というのはいかがでしょうか。
むっ。
むむぅ。
むむむむむ!
相変わらず滅亡しかないじゃないですか! 何ですか! 神々の座はそんなにもこの世界を滅ぼしたいんですかっ!?
もういいです! 占星術なんかもうやりません! だってどう占っても滅亡以外出てこないんですもん!
ケイ兄さんと過ごしていた頃は、占星術師の未来予知に強い憧れを抱いたものです。しかし、まさかこんなにも扱い辛いものだったとは……
神様たちは、どうやってあんなに凄い的中する占いをしているのでしょうか。気に成りますが、気にしても詮の無いことでした。
さ、もう寝てしまいましょう。そうしましょう。
「ん? キャスパ、リーグ?」
「フォウ」
目を瞑っていると、わき腹辺りにくすぐったさを感じました。目を開けると、白い毛皮が目につきます。
どうせなら、とキャスパリーグを胸に抱きしめ、大地に敷いたローブに包まって眠りにつきます。
おやすみなさい。
どこかで、キャスパリーグが返事を返してくれた気がしました。
程無くして、その場には一人の少女と一匹の獣の寝息のみが梢の間に消えていった。
時折吹き抜ける夜風に身を縮こませながら、仲良く眠る姿には一点の曇りもなく。
自身が占った結果の事など、少しも気に留めていない穏やかさを月に見せていた。
木漏れ日がチラつく朝に、アルトリアは目覚める。
常より遅い起床は、昨晩の解体作業とその場から離れていた分遅く寝たからだろう。
ゴロつく腹を抱えて、見慣れない野草は食べるものではないなと後悔しつつ、元気そうに飛び跳ねるキャスパリーグに恨みがましい視線を向けていた。
浅い呼吸で生成した魔力を転用したからか、それとも無意識か。焚火は昨晩の半分もなく、ともすれば木漏れ日に紛れて見失ってしまいそう……というのは過言だっただろうか。
背嚢からだいぶ前に手に入れた魔獣の干し肉を取り出し、物欲しげな目をするキャスパリーグを諫める。
「フォーウ」
「駄目ですよ。安心して食せる食物は貴重なのですから。というかあなた、食べなくても平気でしょうに」
「フォーウ、キュー」
「うっ、そ、そんな小首をかしげても、駄目なものは駄目です!」
「……」
「ううううう~!!!!」
鋼の意思で干し肉を咀嚼し終え、パサついた口の中を牛の膀胱で作った水筒の中の水で潤す。
可能な限り塩の付いた部分は削ぎ落としたが、それでも塩辛さは健在なのだ。
手に味が残っているんじゃないかと思い、ぺろぺろと指先を舐めていると、ジーっと見つめてくるキャスパリーグに気づく。
「さ、さあ、行きましょうか!」
勢い良く立ち上がり、アルトリアはそう宣言した。
地面に敷いたローブを羽織り直し、杖を二、三度握りしめ、そしてキャスパリーグに手を差し出して笑顔を浮かべる。ローブははたいたが、帽子に土がついているのは気付いていないようだった。
「フー、フォウ」
そんなことでは誤魔化されないぞ、とばかりにテシテシと足を叩き、それから飛び上がって腕伝いにアルトリアの帽子まで駆け上がった。
さあ、次の村まではもう少し。
全力で急げば、陽が沈む前に着くかもしれない。そうすればまともな宿を借りられるかもしれないのだ。
土の上に布一枚を敷く野宿にも慣れたアルトリアだが、藁があるのらそっちの方が良かった。
生活の質の向上は、旅人にとって当然の欲求だった。
「ところで、キャスパリーグ」
「フォウ?」
人の通った跡の有る森の中の道を駆けながら、アルトリアはキャスパリーグに問いかける。
「あなたはどうして師匠についていかなかったのですか?」
「マーリンシスベシフォーウ!」
「……ああ、うん。それで大体察しました。というかあなた喋れたんですね」
「キュー?」
「いまさら惚けたって無駄ですよー」
呑気な会話とは裏腹に、その走りの生み出す余波はとんでもないことになっていた。
まず後方。所々が深く抉れている。アルトリアの馬鹿げた脚力が原因である。
次に粗方木の葉の散った木々。アルトリアが魔力放出でブーストなんてするもんだから、駆け抜ける際の風と魔力放出の残滓がソニックブームにも似た被害をまき散らしている。幸い、吹き飛んだ木は無いようだが。
ただ、この後にここを通る旅人は恐怖にかられることになるだろう。アルトリアの走破の跡は、まるで大型魔獣の駆け抜けた跡にも見えてしまうからだ。
そうすると、旅人は近隣の村にそのことを伝え、結果として流通が滞ってしまうことになる。
そんな二次被害、三次被害が起こることなど夢にも思わないアルトリアは、顔に吹き付ける風を感じて心地よさげに目を細める。その上では、風での結界を張られた故に風圧を感じていないキャスパリーグが、悠々自適に毛づくろいしている。そんな余裕が出るほどに、アルトリアの走りには上下のブレが無かった。
それはしっかりした体幹と、確かな歩法の染みついた体があってこそである。
師匠の方針で、呪文を噛む魔術より肉弾戦の方が役に立つ、とのことで数多の武術を叩きこまれたアルトリア。
千里眼で見知った武術を粗方叩き込んだ師匠は、その実は魔術より剣の方が得意であったりする。
果たして、魔術師とは。
実は研究者とは肉弾戦を行う者たちの総称ではないのかと思うほど、アルトリアはおかしい鍛錬をしていた。
だが、師匠が師匠なのでそんな異常には気付かない。魔術師なら接近戦はできて当たり前という固定観念が染みついている。
先日、元村長の魔術師と出会った時もそう思い込み、手加減無しで杖を叩きこんだ結果は悲惨な物であった。
キャスパリーグは、そんな、ズレた常識を抱える少女を心配し、彼女の旅に付き添うことにしたのだ。
まあ、どこぞのロクデナシに付き添いたくないというのも本音だが。ロクデナシの男か可愛い少女か、旅の道連れを選べるなら、間違いなく大多数はかわいい少女を選ぶだろう? つまりそういうことである。
アルトリアの知らないところで、保護者気質を発揮させるキャスパリーグ。
その度では数多の苦難(主に食料関係)が待ち受けているぞ。
がんばれ、キャスパリーグ。負けるな、キャスパリーグ。
……いや、フィニス・カルデアは滅んでるが。
まあ、レーションでもないよりはましである。そういうものなのだ。
案外、誰よりも召喚を心待ちにしているのは彼かもしれない。
自分がついていけないと知ったら、一体どれほど悔しがるのだろうか。
景色は流れる。
その
ただ、自身が獣にならないように願いながら、遠い平行世界の未来に希望を抱いて。
これはいずれ騎士王となる、閉じた異聞の世界の話。
魔術師の少女の、ブリテン旅の物語。
キャストリアキャストリアキャストリア。
来てくださいお願いしますゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!