魔術師の少女の、ブリテン旅の物語   作:斉藤さん

3 / 5
来て……?


マーリンの弟子に送る懇願/前編

 それは、とても大きかった。

 見上げて思うは小山の如き巨人。しかしその実、それは唯の魔獣であった。

 アルトリアを覆いつくし、尚余りある影を落とす体躯は周囲の木々すら超えて。なぜそんな体躯を持つ魔獣が今まで見つかっていなかったのか。

 体に刻まれているのは数多の戦傷……いや、青白く輝くそれは、紛れもない神秘を纏っていた。

 高濃度の神秘の塊は、それだけで一種の武器となり、鎧となる。師匠の教えだ。

 

 これは……それだけではないことが、一見しただけで理解できる。

 その有り得ない巨体に反し、目を逸らしたら見失ってしまいそうな、矮小な存在感。

 最も原初の魔術。「祈り」と呼ばれる、意志による神秘への性質付与である。

 付与されているのは「隠蔽」であろうか。もっとも原始的であるがゆえに、獣ですら扱える技術。

 しかし、今の世でそれを行使するには、あまりにも神秘が薄れている。

 

 あくまでも「祈り」が簡単に神秘を操るのは神代の話。

 神々と決別したこの時代において、そうそうそんなことができるほどの神秘など、起こりうるはずが()()()()

 

 そう、()()()()のだ。

 

 いま、実例が目の前にある。

 何故「祈り」による神秘操作ができるのか? 馬鹿馬鹿しいような答えだが、余りに単純な答えが存在する。

 

 神代ほど高濃度な神秘が無ければできない?

 なら、それだけの神秘を集めればいいじゃないか。

 

 

 

 ああ、馬鹿馬鹿しい。頭が可笑しくなるような、机上の空論。

 だがしかし、それをやってのけたというのがこの魔獣なのだ。

 堂々と佇む姿はまるで王者の如く。しかし、その風格は感じられない。

 或いはそこらの平民より弱いのではと侮ってしまいそうになるが、アルトリアは理性でもって敵の格付けを上昇させる。

 

 幻覚ではない。幻覚の筈がない。

 あの師匠の幻覚を受け続け、一般の幻覚など感覚で見破れてしまえるアルトリアは、それが紛れもない実態であると見破っている。

 むしろ、そんなアルトリアであるからこそ、その隠蔽を超えて魔獣を見つけられたのだ。

 

 ギュウッ、と杖を胸の前で握りしめ、帽子に寝そべっているキャスパリーグを、頭を振って落とす。

 

 「キュウ!?」

 

 「すいません、キャスパリーグ。貴方はどこか遠くに逃げてください。これは……私でも、きつそうです」

 

 「フォーウ……」

 

 暫くして、後ろから存在感が消えたことを察し、きっとどこかへ逃げてくれたのだろうとアルトリアは判断する。

 それから右足を引き、杖の先で相手の心臓を指し、関節を常に視界に収められるように遠くから戦うことを決める。

 

 真に不本意ながら、アルトリアは魔術を持って、神秘の理不尽(魔獣)を打破することに決めた。

 

 

 

 旅は異なもの。袖振り合うも他生の縁とは言うが、一体彼女と彼の魔獣に如何なる縁があったのか。

 微睡んでいた穏やかさから、一転して気の抜けない戦闘に入ったアルトリアの思考は、そんなことを考える暇もなく、余裕もなく、高速で混乱していた。

 

 相手は魔術に対する天然の結界を所持する魔獣。かといって、肉弾戦を挑めば容易く吹く飛ばされるだろう。

 故に、遠距離から魔術で一方的に攻撃するしか選べる手段は無い。

 とはいうものの、自身の魔力がそこまで持つのだろうか。

 

 ……ああ、師匠の幻術が、とても恋しいです。

 

 弱音を吐いてしまう思考も、当然のこと。

 何故なら彼女は、まだ至高の王作り(キングメーカー)に師事しただけの、なんてことの無い魔術師なのだから。

 時代が時代なら、野原を駆け回る姿こそ尊ばれる幼子。

 だが、危機は相手の年齢など気にしてはくれないのである。

 

 

 

 

 

 

 さあ、生存競争を始めよう。

 

 初めに動き出したのは魔獣――――――ではなく、アルトリアだった。

 当然のことだ。あのような巨体が動き出し、大きな歩幅で駆けだした場合に。万が一にも見失ってしまえば再度の視認は困難となる。

 あの巨体にも拘らず、だ。

 ソレが、その身を覆う隠蔽の祈りの恐ろしさ。

 故にこそ、その場に釘付けにしなければいけない。

 

 魔獣を中心に円を描くように回りながら、アルトリアは徐々に魔獣から離れ、その全貌を確認する。

 

 大地に根を張るかのような、巨木の四肢。

 小娘など容易く切り裂けてしまうと確信できる、恐ろしき爪。

 黒鉄で鍛え上げられたらこうなるのだろうかという、硬質な毛皮。

 如何程の家屋であろうと超えることのできない、馬鹿げた体躯。

 神秘の霧を吐き、そこらの名剣よりも鋭いであろう牙の並ぶ口元。

 木々を貫き、世の果てまでも届こう、獲物を追う鋭き双眸。

 

 まるで、神話の時代に住まうとされた、太陽を呑む魔狼。フェンリルの如き勇士に、知らず知らず唾をのむ。

 

 こんな相手に勝てるのか。いや、勝てるわけがない。逃げるのだ。どうにかして、逃げ切るのだ。

 

 それが現実的でないことぐらい、アルトリアにもわかっていた。

 分かっていたのだが、そんな甘えた考えを抱いてしまうくらい、現状は絶望的であった。

 

 「ッ! 行きますよぉぉおお!」

 

 意を決し、アルトリアは自身の放てる最大出力で魔術を行使する。

 術式は単純な魔力砲。しかし、単純故に最も魔力の変換ロスの少ない術式。

 正しくアルトリアの最大火力。純粋な火力で言えば、森を荒野に変え、山に風穴を開けるだろう、鬼札。

 

 その、アルトリアの最大の一撃は隙だらけのどてっ腹にぶち当たり。

 

 

 

 ――――――そして、何の痛痒も見せない魔獣だけがその場に残った。

 

 アルトリアは目を疑った。

 幾ら神秘を纏っているとはいえ、少しぐらいは傷を付けれるだろう想定が、全くの無傷だったのだ。

 しかし、考えてみれば当然だ。

 あの身に纏うのは神秘の鎧。であれば、神秘、率いては魔力のみを用いた魔力砲は、その力を最も発揮できるだろう。

 

 せめて、何かしらの物質か法則に変えてから放つべきだった。そう歯噛みする。

 脳内でため息をつき、肩まで手を挙げて「やれやれ」等と首を振るう師匠を吹き飛ばし、使用する属性を選んでいく。

 

 火はダメだ。木が燃えれば、隠れる場所がなくなる。

 水はどうだろう。あの巨体なら、私の生成できる程度の量の水で窒息させられない。

 土は鈍い。万が一避けられてしまえば、終わりだ。

 

 となれば風しかない。咄嗟に用意できる術式が属性変換しかない以上、これが最善の選択。万が一の時は、かっくれることもできるのだ。今すぐ変換を開始しよう。

 ここまでを無意識下に判断し、自身の未熟さに呆れる。生き延びたら、苦手な術式も万全に扱えるよう、研究のし直しである。

 

 まあ、生き残れたら、の話だが。

 

 

 

 彼我の差は、話に聞く王都の大通り。街門から城までの距離はあろうか。

 それほど離れてなお、全貌を収めるしかできない大きさには驚く以外の感情が無い。

 

 だが組み上げた術式は完成した。ここからはもう、驚愕に浸る余地など無い。

 ただ殺そう。そうでなければ生き残れない。

 そして、風刃を放つ。

 

 それは、厚みが無い。故に何よりも鋭い刃になる。

 それは、色が無い。故に何人たりとて見定められない。

 それには、ただ、自然の殺意のみがあった。

 

 

 

 風刃が空気を掻き分けて突き進み、刹那の内に魔獣の毛皮を切り裂く。

 はらはらと黒い毛が刈り取られただけのように見えたが、視力を強化したアルトリアにはその下の小さな裂傷が見えた。

 やった、と小さく喜び、しかしその傷の小ささに、自身の魔力量ではどうあがいても殺せないと悟る。

 それでも最後の一瞬まで生き足掻く為、アルトリアは次の刃を用意しようとする。

 

 その時だった。

 

 傷が煙を上げて治っていく。自己再生能力があるのだ。

 ああ、なんてことだろう。ならば幾ら魔術を放とうが、彼の魔獣から逃げきれる道理ない。

 少女の命運は、此処で尽きるのか――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――――いや、そうではない。

 

 少女は見た。魔獣が首を垂れる姿を。

 少女は見た。深みのある藍の瞳が、此方を見返したことを。

 

 そして、少女は見た。魔獣が引き返していく姿を。

 

 アルトリアは呆然とした。これから死力を尽くして戦う気だった相手が、簡単に引き返していくのだ。そりゃあ、呆然ともしよう。酷すぎる肩透かしだ。私には食べるほどの肉が無いという事か? 失礼な。未来の姿はきっとぼいんぼいんです。

 

 しかし、それに喜ぶことは無い。むしろ、戸惑うばかりで、魔獣の姿が認識できなくなってからようやく気付くのだ。

 

 先ほどの魔獣後ろ姿が、自然と思い返される。

 

 

 

 

 引き返すその背は、どこか悲しげで。

 

 ああ、思えば。その魔獣は、害意を持って現れただろうか。私にその爪を振るっただろうか。

 

 何より、あんなに警戒心の高いキャスパリーグが、何故あそこまで()()()()()()()()()

 

 

 

 もしかしたら私は、とんでもない思い違いをしていたのではないのか?

 

 それに気づいたとき、私は魔術も掛けずに駆け出していた。




時間が無いので前後編に。
とりあえず今日は此処まで。
怠慢ですいませんっ!

でも、今のピックアップはロリンチちゃんだし、別にいいよね……?


どうか汝に主のご加護(キャストリア)があらんことを。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。