魔術師の少女の、ブリテン旅の物語 作:斉藤さん
「――――――待ってください!」
居もしない魔獣に向けて、そう叫ばずにはいられなかった。
何か、致命的に選択を間違えた気がして。何か、正しくないことをしてしまったのだと気が付いて。
そうして、私は駆けだすしかなかった。
どこに行ったのかは分からない。魔術の存在に息が切れてから気づき、休憩がてら立ち止まって術式を組んだのだから時間が余計に掛かったのだろうか。
ただ只管にまっすぐに走り続け、あの魔獣に謝ろうと、その思いだけで限界まで。
そして、魔力も底を尽きようとしたとき、魔獣は姿を見せてくれた。
私が追いついたわけではない、疲れ果て、立ち止まってしまったとき、ふと顔を上げるとそこに居たのだ。
時刻は既に夜。
その姿は、まるで夜の訪れに従って玉座に着いた夜の王で。
やっと探していた人――――――ではなく、魔獣? を見つけ、一気に言葉が溢れ出てくる。
たどたどしく纏めようとして、でもその間に立ち去ってしまったらと怖くなり、私は支離滅裂な言の葉を紡ぐ。
「あの、攻撃してしまってすいません、その、あなたがさみしそうで、ちがう、つい、あなたにおびえて、その……うううう」
言葉が纏まらずに、目から感情があふれてしまいそうになる。
そんな私を置いて、魔獣はその場に腰を下ろした。いや、寝転んだ。
前足に顎を乗せ、尚変わらぬ眼光で私を言う様は威圧的で。
でも、何処かどこまでも話に付き合ってくれる、ケイ兄さんのような優しさも灯っているような。そんな感じがして。
だから、私も腰を据えて、魔獣さんに語り始めた。
あなたの姿におびえたこと。
あなたに魔術を放ってしまったこと。
あなたに謝りたい。
あなたの事を、知りたい。
ああ、あなたは何故、そんなにも寂しげなのですか?
当然ながら、普通の魔獣は寂しさを感じない。感じるとすれば、群れからはぐれたことによる、生存率低下の恐怖ぐらいだ。
だからその魔獣さんの姿が気に成った。魔獣が感じない筈の感情を、何故あなたは持っているように見えるのかと。
ああ、白状しよう。私は安心の中にいる。安堵の情に塗れている。だからこそ、私より遥かに個として勝るであろう魔獣さんに、あろうことか「哀れみ」を向けられるのだ。
でも、そう思ってしまったらもう止まらなくって。
どうしても魔獣さんの悲しみに寄り添いたくなった。せめて、私が攻撃してしまった分の無礼は晴らすべきだと思ったから。
私は話し終わり、漸く気付く。
あ、魔獣さんの意思なんてどう知ればいいのか、と。
魔獣の声帯と、私たちの声帯は大きく違う。それは当然のことで、むしろ喋れる(?)キャスパリーグの方が可笑しいのだ。
そんな初歩的なことに気づいて、私が落ち込んでしまったとき。
魔獣さんは、口を開いた。
『俯くな、娘よ』
は? これは、一体――――――?
それは
私は、それが魔術であると気づいた時には、魔獣さんは次の言を放っていた。
『案ずるな。人の子に毀せるほど、この身は柔ではない』
重く、重く。岩よりもずっしりとして、息の詰まりそうな、恐怖に泣き震えそうな、そんな恐ろしい声。
そんな声には、確かに
『故に、落ち着くがいい。それまでは、幾らでも待とう』
怖がらせないよう、ゆっくりと。
『なに、この身は基より、不滅の身』
怯えさせないよう、小さく囁いて。
『夜が明けるまで語り明かそうぞ』
そこには、確かな慈しみがあった。
「あの、あなたは――――――」
気づけば、とうに震えは消えていて。
「どうしてそんなに、寂しそうなのですか?」
ずけずけと、そんなことを宣った。
ああ、感覚がマヒしていたのだろう。恐怖と安堵、再びの恐怖に、確約された安全。
その緩急、落差の激しさに、私の口もゆるゆるになってしまったのだ。
その時は自分の発した言葉に何の疑問もなく、後で思い返してから恥ずかしさに身悶えする。そんな失言を、私は零してしまった。
『ふむ、昔の話だ』
意外にも、魔獣さんは私の何気ない問いに、真摯に向き合ってくれた。
本当に寂しさを感じていたのか、それとも超越者の気まぐれか。
どうあれど、私は短く纏められた、魔獣さんの半生を聞いたのだ。
そこに懐かしさがあった。そこに愛があった。そこには、人の熱意があった。
魔獣さんの歩んだ道筋は、さながら神話の如く。出会い頭に感じた、神話の住人という評価は間違っていなかったのだと思った。
三度の世界の崩壊を見て、愛する主にも拒まれて、最後には世界を滅ぼそうとした邪悪な獣。
魔獣さんは、自身の事をそう語った。
でも私には、どうにも彼がそこまで邪悪には見えなかった。
何というか、そう、魔獣さんは天邪鬼なのだ。
だって、世界を滅ぼそうとした自分を倒したという、その人間について語るとき。
魔獣さんはどこまでも誇らしげだったのですから。
だから邪悪なはずがない。
少なくとも、私は心を許せると。
「フォーウ」
いつの間にかここに来ていたキャスパリーグも、私の主張に同意するように鳴く。
キャスパリーグに驚いた魔獣さんは、4だかなんだがを呟き、頭を振るった。
その後、思い出したように私を向き、問いかけた。
『そういえば、君の名前は何なんだ?』
そこには既に、王の威厳も、災害の恐怖もなく。
ただ、気安い友人の様な口ぶりに、私はつい笑ってしまう。
『どうした? ……だからって、笑うことは無いだろうに』
すいません、と謝って。
それから、私は自分の名前を告げる。
親から貰い受けた、未来の王たる自身の名を。
「私の名前はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴンです」
すると魔獣さんは優しげに笑い、その口を開きます。
『そうか、良い名前だ』
自分の名前を誉められた私は無性に照れ臭くなり、しかし誇らしく胸を張った。
そうでしょうそうでしょうとばかりに、私は自身の誇りを掲げる。
それから、どう流れたのか。
私はその一夜、夜の王たる彼と語り明かすことになりました。
彼は、旅路を語る。
私は、夢を語る。
彼は、
私は、
とても、楽しいひと時だった。
『――――――こんなところか、ああ、もう太陽の光が昇り始めた』
「お別れ、ですか」
楽しい時間が過ぎ去り、とうとう終わってしまうことに、寂寥の念が浮かぶ。
だから不満の様に漏らしてしまった内心も、彼は真摯に受け止めて、返してくれた。
『ああ、お別れだ』
そこには一切の誤魔化しが無く。私を対等として見てくれている、誠実さに満ちていた。
『俺は、元々この異聞帯、いや、この世界のものではない。だから、長居してはいけないんだ』
「また、会えますか?」
『……分からない。俺が住むのは虚数の海。この世界とは、時間の流れが違う』
「そう、ですか」
別れの時間は何時も訪れる。
だから、泣きたくなってしまう。
でも、笑わないと。
それこそが、私が彼から受け取った誇りなのだから。
別れを笑顔で迎えよう。
例えどんなに悲しいものであっても、最後は幸せなものにするために。
私は、無理やりに笑った。
「では、さようならですね」
『ああ、さようならだ』
「フォウ、フォーウ!」
『フォウもさようなら』
彼はキャスパリーグを変な呼び方で指し、別れを告げる。
『さあ、君は君の道を行くと良い。その道にはきっと、確かな輝きがある』
最後の、格好つけた物言いに笑いが零れ、似合っていませんよと言いたくなる。
それを押し隠し、私も格好をつける。
「ええ、私は私の道を行きます。そこにはきっと、星の輝きにも負けない光があるから」
意表を突かれたような、何処か嬉しげな彼に私まで嬉しくなる。
畳みかけるように、私は続ける。
「ですから、貴方の治世にも陰らぬ人の輝きがありますように」
すると、彼は笑った。
笑って、こう言った。
『ああ、またな。アルトリア』
そして、陽の光に追いやられる夜闇の様に、霞と溶けた彼の残滓を探すような私を、キャスパリーグが現実に戻す。
「フォーウ!」
「あ痛っ! ……ああ、キャスパリーグですか」
「フォウフォーウ」
「ん? ……ああ、そうですね。そういえば」
私は今更ながら、随分と簡単に彼に心を許したことに気づく。
それは、彼の人柄故か。威厳の裏の、優しさと愛に触れ、つい、そうなった。
それに気付いて、再度の認識をする。
「ああ、やはり」
あなたは。
「素晴らしい、王なのでしょうね」
これは、私が異界の王。夜と厳冬と死を統べる、かつて獣であった知性の王との一夜の邂逅。
王としての在り方を見た、私の物語の一幕。
因みにこの後、一晩寝ずに過ごしたせいで、うつらうつらとしながら歩くはめになりました。
その上更に、道を見失っていたものだからさあ大変。
ああ、歩きたくないと、そう愚痴ってしまいそうになったのは別の話。
因みにこの作品。実は作者の別作品と微妙に繋がっています。
まあ、そうはいってもあっちの作品では最低でも(現実時間で)五年以上後に出てくるだろう話題ですが。
ぶっちゃけネタバレです。誰も気づかないと思いますが。
え? なんでこんなことしてんのかって?
息抜きとキャストリアの為だよ言わせんなっ!
はいはい、大体百連してもキャストリアの引けなかった作者が通りますよっと。
……来ましたよ、キャストリアァ!(2020/08/15)
しかし、今日、この日にパールヴァティーと来たってことは、暗にHFでキャストリア版書けと申してる……?
いやまってそんな、プロットもないのに……
まあ、出来たらやるけど。
次回投稿はだいぶ後になります。何故かって?
余韻に浸るためだよ。
皆さんの応援、ありがとうございます!
【夜と厳冬と、死を統べる最新の王】
別作主人公の最終形態。
その姿は、巨狼であり、模作でありながらも世界を滅ぼす獣である。
三度の厳冬を越え、太陽を飲もうとした獣は、しかし自身の信じた人の輝きに照らされ、敗れ去る。
そこには、何よりも人類に憎まれた呪いからの愛があり、納得故に彼の旅は終幕を迎える。
ああ、愛こそは、何にも勝る最秀の魔法であろう。