氷川紗夜に優しい音色を届けるまで   作:黒マメファナ

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CHAPTER:A-After「虹色の輝き」

 ──恋という残酷な感情を縺れさせた二人は、不器用ながらもその糸を解いていった。高校を卒業し、大学は同じところに通っている。

 愛しい彼はいなくなったまま、そんな大学入学からもう、三年が過ぎようとしていたある日、そんな残酷な過去を感じさせない明るさで、氷川日菜は自身の姉に笑顔を煌めかせた。

 

「誕生日おめでとう! おねーちゃん!」

「……ええ、貴女も、おめでとう日菜」

「うんっ!」

 

 ──深夜零時丁度、リビングでかつて絡まった糸に泣いた二人はカチン、とグラスを合わせた。しかし、妹に反して姉の表情はやや硬かった。

 明るい笑顔とは裏腹に紗夜は思わずたじろいでしまう程の暗い色を感じ取っていたからだった。普段の常闇のようなパーソナルカラーとは違う、何かを企んでいる時の感情()の揺らめきに、それを感じることのできる氷川紗夜は訝しげな表情で対応した。

 

「それで、なにかサプライズでも考えているの?」

「え……あ、そっか。隠してるつもりだったのになぁ」

「他のヒトならまだしも、貴女と私は一緒に暮らしているのだから、無理に決まっているじゃない」

 

 あちゃー、と苦笑いをする日菜に紗夜はため息で応答した。

 氷川紗夜が共感覚(シナスタジア)で音を色に感じることができるようになってから、三年、色々なことがあったとこれまでのことを回想した。

 天才として名を馳せるようになった。そのせいでバンドメンバーと衝突してしまったこともあった。ヒトの感情により過敏になってしまい、苦しんだこともあった。

 だが、これも全て彼が感じていたものと同じものであり、そう思うことでその苦しみもある種の幸せに感じることで今日まで過ごしてきていた。

 

「でも内容まではわかんないでしょ? 楽しみにしてて!」

「……日菜の誕生日でもあるのだから、そんな張り切らなくてもいいのに」

「いいの! あたしがしたくてしてるんだから!」

 

 その笑顔に押し切られ、それ以上は追及できなくなってしまい、紗夜は二人のためにと両親から送られてきたワインを飲みほした。

 日菜が同じバンドのメンバーでもある丸山彩や白鷺千聖から教えてもらったらしいつまみのクラッカーとチーズに舌鼓を打ち、少しづつ赤くなっていく日菜の頭に手を延ばした。

 

「ん……おねー、ちゃん?」

「まったく、貴女はワインがあまり得意ではないのだから、加減しなさいといつも言っているでしょう?」

「だって……一緒に飲みたいんだもん……こーくんとも」

「……日菜」

 

 頬を染めた日菜は、紗夜の将来を縛る相手の名を呼んだ。昂輝、霞ヶ丘昂輝は……すぐに手の届くところにはいない。それをわかっているから、紗夜も日菜の本心に怒ることなく、血の色をするワインをグラスに注いだ。

 

「……結局、昂輝のことを忘れられないのね……縛られているのね、日菜も」

 

 昂輝は紗夜を選んだ。傷つき合って、慰め合って、それでも昂輝は、紗夜の将来を奪った。追いかけてきてほしい、という残酷なわがままで、紗夜を残して海外へと行ってしまった。

 その際に日菜はきちんとフッていた。日菜の将来までは奪えない。自由に生きてほしいという優しい言葉で。

 けれど、日菜の口からは未だに彼の名前が漏れる。それを彼女が所属していた天文部の顧問は、スーツのスラックスのズボンに手を突っ込み、テメーがなんとかしねぇと、と冷たく言い放った。

 

「オレは面倒だが、ヒナの傷をなんとかしようとしたさ。結果はコレだ。アイツは変わんねぇよ……一生経ったってな」

 

 乱暴な言葉遣いとは裏腹にその彼の色は黄昏のように昏く、眩くて、紗夜は目を細めた。きちんと教師に恵まれていたことをここで初めて知った紗夜は、ありがとうございます、と頭を下げて、気味悪がられてしまう。

 

「氷川姉……紗夜でいっか。紗夜は、真面目すぎるな。正しすぎる」

「……悪いこと、でしょうか?」

「わりぃに決まってんだろ」

 

 屋上で、絶対に禁煙だろうと言うのに悪びれる様子もなくタバコに火を点けたその教師に、紗夜は救いを求めそうになった。彼なら正しい道を知っているかもしれない。自分も、日菜も救って幸せになる未来を、想像できているのかもしれないと、縋り付きたくなるような暖かさが、彼には存在した。

 ──しかし、彼はその縋る気持ちすら先回りしてきっぱりと首を横に振った。

 

「オレはテメーやヒナの痛みをなんとかしてやれねぇ。オレは正しくあろうとしたけど、結果は()()だからな」

「……タバコ」

「吸っちまうんだよ、ココで。ダメだとわかってても、正しくねぇと思ってても、な」

 

 そんな彼と話をしたせいか、紗夜はもう、日菜を責める気持ちはなくなっていた。最初はまだ未練の残る日菜に苛立ちを覚えた。カレシくらい作ればいい、というアイドルバンドをする妹に向けて全く無駄な怒りをぶつけたこともある。

 だが、もう今となっては、日菜の気持ちが間違っていても、それを責める理由はない、と思うようになっていた。

 

「ハピバー、ヒナ、紗夜~」

「今井さん……ありがとうございます」

「ありがと~リサちー!」

 

 春の陽気を漂わせるそんな日の昼下がり、春休み中の二人は今井リサの新居で雑談をしていた。

 この三月にできたばかりの今井リサの……もはや今井リサ()()()と呼称すべき新居は、共通の知り合いでもあり世界に名を馳せる弦巻こころがそこに住む人々を笑顔にするために色々な施設を兼ね備えており、談話室やトレーニングルーム、防音完備のスタジオなんてものも存在していた。

 

「はい、コレが誕プレ!」

「さっすがリサちー!」

 

 二人が普段好むような太陽と月でワンセットのアクセサリーのうち、紗夜は太陽を、日菜が月を手に取り、微笑みあった。

 楽しい日々、幸せな時間、それを感じる事に、しかし紗夜の胸には分厚い雲がかかっていくようだった。

 ──もう、三年になる。流石の彼ももう忘れてしまったのではないか、そんな不安を紗夜は感じるようになっていた。

 

「それで、リサちー、アレは?」

「アレ? もーすぐ来るハズだよ~?」

「……アレ、とは?」

 

 沈み始めた紗夜とは対照的に日菜とリサは黄色を彼女に見せた。楽しみ、期待、そんな気持ちが混じった色に、紗夜は戸惑いの声を上げる。

 ──そんな紗夜の疑問にリサが意地の悪い笑みで、ナイショ、と言った瞬間に、リサのスマートフォンが着信を三人に告げた。

 

「あは、来たよ! おねーちゃんへの、サプライズプレゼントが!」

「私への……一体、何を用意して……?」

「さ~て、それは開けてからのお楽しみ~ってことで」

 

 ウィンクをしながらリサは紗夜を玄関まで引っ張り、背中を押した。

 どんなプレゼントが待っているのだろう、と期待半分、不安半分に玄関に近づく。その扉の向こうからは、弦巻こころの黄金に輝くような、嬉しい、楽しい、という感情と共に、到着よ! という言葉になっていた。

 意を決して、ドアを開く。そこから漏れる金色の光に目を奪われ……そして、その中にある白い光に、涙が滲んだ。

 

「ここで……? これ寮とかじゃなくて……今井さんの家?」

「──っ、昂輝!」

「わっ、と……紗夜! 危なかった……」

「本物なのね? 本物の、昂輝なのね……?」

「夢じゃないよ……紗夜、ごめん、帰ってきちゃった」

 

 そこには、ずっと会いたいと焦がれていた、少しばかり逞しくなった霞ヶ丘昂輝の姿があった。抱き着き、まるで子どもに戻ったかのように、三年前のあの頃に戻ったように、紗夜は泣きじゃくり、昂輝の胸に顔を埋めた。

 藍色(かなしみ)ではなく、はちみつ色(しあわせ)に染まった声で、紗夜は涙を流し、おかえり、と呟きその後に続くはずだった言葉を、全て唇と舌に乗せて絡ませ合い、飲ませあっていった。

 

「……ただいま、あと誕生日おめでとう」

「ええ、ええ……最高のプレゼントね、こんな……こんな幸せなことがあるのね」

 

 日菜に感謝と、ほんの少しの申し訳なさを込めて、紗夜はもう一度、昂輝と唇を重ねた。そして、あたしはパスパレとかリサちーとかに祝ってもらうから、と言われ、日菜と二人で暮らす家へと、昂輝と共に帰ることになった。

 三年ぶりでも、二人はまるで何も知らない虹色の夢の頃のように、求めあっていった。恋という赤い糸で縛られ、逃れることのできないという幸福に身を浸した。

 ──そしてそれは、昂輝も同じことだった。もっとも、それがわかるのは昂輝がまた海外へ旅立ってから数か月後の七月に入る頃のことだったのだが。

 

「──俺、帰らなくちゃいけないみたいでさ」

「なんでだよ? 永住するかもっつったの昂輝じゃんかよ」

「……あはは、しまった。まさか楔を打たれてたなんて……覚悟を決めてたのは、とっくに紗夜だったなんて」

「は?」

「実は……」

 

 この事情をバンドメンバーに打ち明けたところで、全員からはシネ、フザケンナ、ナニヤッテンダヨ、というこころない祝福を受けることになった。こうして霞ヶ丘昂輝を始めとしたバンドメンバーは急遽として日本に拠点を置くこととなった。

 ──早くしなければ、子どもの顔が見られない、というギタリストと、それをまるで脅し文句に使う、ガールズバンド界きっての天才ギタリストのわがままが原因だった。

 

「早くしないと生まれた時に姿を見せらなくなるわよ? 昂輝(パパ)?」

「その手法は悪魔のソレなんだけどさ、強くなりすぎだよ、紗夜(ママ)はさ!」

 

 こうして、氷川紗夜は、そして氷川日菜は、新しい家族に向けて、弦を鳴らし、優しい音色を届け続けていくのだった。

 ──あの頃に感じた、たった一つの、虹色に輝く、愛の音色を。

 

 ──CHAPTER:A-After「虹色(みらい)の輝き」 Thank you for reading.

 

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