氷川紗夜に優しい音色を届けるまで   作:黒マメファナ

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CHAPTER:B-6「夢と現」

 どこまでも蒼い夢の中に霞ヶ丘昂輝はぽつんと立っていた。

 蒼天は太陽の光ではなく空そのものが優しく光っているように眩しくも暑くもなく、地面はまるで自分の色を忘れたように雲一つない空の蒼を映していた。

 ──寂しい世界だ、と思うと同時に、彼にとっては優しい世界だとも思った。普段は喧噪から、また別の音からまるで不協和音のように色で溢れた世界に生きている昂輝にとって、静寂の世界は本来の昂輝が見ることのない世界でもあった。

 

「……夢、だよね」

 

 夢は深層意識を映し出す鏡だというのだが、こんな殺風景な世界のどこに自分の心が潜んでいるのかと昂輝はただひたすら、碧く、蒼く、そして青い世界を見渡し、その場に座り込んだ。吸い込まれそうな青を眺めていると、後ろから声がした。

 

「昂輝」

「……紗夜……そっか紗夜か、あはは」

「何を笑っているの?」

 

 いやいやなんでもない、と昂輝は笑った。青の世界に現れた女性、自分の深層意識が映したその虚像は彼が愛した双子のうちの、もう別れてしまった姉の姿をしていたことに、笑いを禁じえなかった。

 

「俺は思った以上に一途な男だったみたい」

「浮気をした挙句にフったのに?」

「うん、そんな最低なことしといて……俺は紗夜を忘れられない」

 

 夢だと思っているせいか、その言葉は不思議と重くない響きを得ていた。

 けれど、忘れられないとはいえ、今は日菜の想いをだんだんと受け止め始めている昂輝は自分の未練が生み出した虚像に色々な話をし始めた。

 

「あんな風に天災みたいなやつなのにさ、最近ずっと俺のことを気遣ってくれるんだ」

「……日菜が」

「変だよね、天体観測に行こうって言い出したり、なるべく音が少ないところに俺を連れ出そうとするんだ」

「そうなのね」

「うん」

 

 それは紛れもなく、日菜が昂輝のことを考えて、昂輝のために何ができるかを考えているという証明だった。

 昂輝の世界は日菜には視えない。視えないからこそ、より強くその世界を独りのものにされたくないという想いがある。

 

「俺は……ずっと、独りでいなきゃって思ってた」

「ええ」

「俺の視えてる世界は、フツーじゃないから」

「そうね」

 

 だから独りになってしまったのではない。彼はそんな感傷と不幸ぶった悲劇のヒーロー観を他人に押し付けた結果、独りになってしまっただけだった。

 視えてる世界が同じだなんて、そんなことの方が少ないというのに。彼は氷川日菜という少女の関わりで、何より氷川紗夜と離れたことによって、その事実に気づいたのだった。

 

「あと……今度、初ライブするんだ」

「え?」

「店番してたらさ、すごく気の合うヤツと意気投合しちゃって、バンド組んだんだ」

「そう……なのね」

「みんな上手いし、なにより俺の視えてるものを気持ち悪いって言わない。バカばっかり」

 

 氷川紗夜と離れたことが奇しくも全ての転換点だったように、彼は明るい虹色の未来に向かって歩み初めていた。

 その隣に紗夜がいないことが惜しいと思えてしまうくらいに、彼の今は充実していた。

 

「紗夜はどう?」

「私も充実しているわ……大丈夫」

「そっか」

「ええ、最近は羽丘の先生に相談に乗ってもらっていたし」

「うげ……日菜の部活の顧問でしょ、それ」

「そう、素敵な先生よ?」

 

 うっそだぁ、と昂輝は笑った。不良教師だと今井リサが愚痴を言っていたし、それを裏付けるように当たり前のように屋上で喫煙してるしサボってる。けれど日菜も同じように良い先生だよと言っていたことが僅かに昂輝を不機嫌にさせていたのだった。

 

「ふふ……ちゃんとヤキモチも妬けるのね」

「そりゃあ……俺は日菜のカレシだし」

「そうね、昂輝は日菜の恋人。浮気はもうしちゃダメなのよ」

「わかってる、紗夜は許してくれないでしょ?」

「当たり前じゃない」

 

 紗夜はまるでそれが当然であるかのように言った。昂輝も、紗夜ならそう言うと信じていた。だから笑っていられた。

 もう二心を持っている場合ではない。昂輝はそう思うことができた。

 なによりも幸せだと感じられたのは、その夢を忘れずにいられたことだと昂輝は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、いつものファストフード店にて、日菜は昂輝に毎度の如く誘いをかけていた。いつも断られているその誘いをまるでそれまでの失敗を忘れたかのように日菜は満面の笑みで誘っていく。

 

「というわけでさ、今度こそ天体観測行こうよ!」

「いいよ」

「いっつもそーやって断るけどさー……って、あれ、今?」

「いいよって」

 

 だが今日も断られて文句を言うはずだった日菜が、アテを外されて二度瞬きをした。苦笑いを堪えきれずに、予定を決めようかと手帳を開いた。

 バンドの練習や手伝いに埋められた手帳の中に開いている休日を見つけて日菜がそこを指さした。

 

「日菜、仕事は」

「へーき」

「いやでも」

「へーき、サボるもん」

「最低なこと言ったね、今」

 

 それでも平気、と押し切られれば昂輝としては納得するほかなく、なし崩し的に予定が決まることになった。

 決まってから、日菜は唐突に何かを思い出したように重要なことを付け加えた。

 

「こころちゃんと蘭ちゃんも来るって」

「えーっと……誰?」

「ハロハピのボーカルとアフグロのギターボーカル」

「ああ……って知り合いなんだ」

 

 デートじゃなかったことへの戸惑いに日菜は部活動だよーと笑った。羽丘と花咲川合同の天体観測会に単純に昂輝が付いてくるだけ。どうやら弦巻こころの方でペンションなどの施設や車、費用諸々を負担してくれるらしく、至れり尽くせりの状況に昂輝はただ息を吐くことしかできなかった。

 

「……ん、つまりはあの先生もついてくる?」

「うん」

「うげ……」

「なんでそんなにダメ? ちょー面白いよ」

「なんとなく」

 

 苦手な先生に、まだ出逢ったことのないバンドマンが二人という状況に昂輝は不安しかないとは思いつつも、人気のあるガールズバンドのメンバーとのかかわりで、自分になにか新しい発見ができることへの期待が勝っていた。

 

「ちゃんと二人の時間は?」

「もちろんあるよー!」

「ならよし」

「えへへ~、今からもね~」

「……今からはどっちでも、まぁいいや、じゃあウチ行こうか」

「うんっ!」

 

 もう、彼の瞳の中に紗夜はいなかった。何があったのかと問いかけたくなるような吹っ切れかただったが、日菜は今朝の学校に行くまでのわずかな時間の間に、紗夜と話をする機会があった。紗夜が妙にスッキリとした表情をしていたことが原因だった。

 

「今日は、夢で昂輝に会ったの」

「……むぅ」

「浮気じゃないわよ。ただ話をしただけなの」

「なにそれ、それでもあたしのところに出てくれてないもん!」

「それは、日菜にはたくさん会えているからよ。昂輝はそういうヒトでしょう?」

 

 そんなことを言いながら紗夜は日菜に夢で見たことを話していた。

 その内容は本当に取り留めのない、近況報告のようなものだったが、そこでお互いの抱えていたモヤモヤを解消していた。

 

「日菜」

「なに?」

「……昂輝のこと、幸せにしてあげてね」

「うん! おねーちゃんは……カズ先生とは、ほどほどにね」

「ふふ、わかっているわよ? そういう関係じゃないのだから」

 

 ホントかなーと笑いながら日菜は紗夜より先に家を出た。

 少しだけ小走りになりながら、考えることは一つだった。

 早く、早く昂輝に会いたい。日菜は何を捨ててでも愛おしいと感じる彼と、夢に見た姉との会話よりも多くの話がしたいと願っていた。

 ──今、霞ヶ丘昂輝を幸せにできるのは、自分のほかには誰もいないのだから。

 

 ──CHAPTER:B-6 END

 

 

 

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