氷川紗夜に優しい音色を届けるまで   作:黒マメファナ

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CHAPTER:B-7「NEW WORLD」

 天体観測会当日、霞ヶ丘昂輝は恋人の氷川家前で待っていた。

 日菜には連絡をしていたのだが、服を悩んでいると返事があってまだしばらくは出てこなさそうだとスマホに視線を落としているところで、おはよう、と声がした。

 

「紗夜、久しぶり」

「ええ、そうね」

「元気そう」

「そっちも」

 

 ギターを背負った紗夜に練習? と問いかけると紗夜はもちろん、とうなずいた。その色はもう鈍色の曇天のような感情ではなく、昂輝はやや昔のような感覚を思い出しながら久しぶりの会話を楽しんでいた。

 ──そこに車が停まる。昂輝は少し驚いたがその車を知っているらしき紗夜は少しだけ()を明るくしながらあのヒトの車よ、近寄っていった。

 

「おはようございます」

「おう……って姉の方か」

「紗夜って呼んでほしいのですが」

「生憎、他校の生徒に慣れ慣れしいのは勘弁してぇな……ヒナは?」

「まだバタバタしていました」

 

 それは暖かで、けれど昏いパーソナルカラーを持つ二十代後半か三十代の男性だった。昂輝が直接会うのは初めてではあったのだが、直感的に彼が紗夜と日菜が話していた先生という存在だと昂輝は身構えた。

 曰く、屋上で禁煙のはずなのに堂々とタバコを吸う不良教師。

 曰く、かつて一人の生徒を自主退学まで追い込んだクズ教師。

 曰く、生徒と肉体関係にあるとまで噂される最低の男。

 そんな悪い噂が付き纏う彼は昂輝の姿を見つめ、紗夜とアイコンタクトを交わした。

 

「なるほど、キミが()()ヒナのカレシくんか」

「霞ヶ丘……昂輝です」

「よろしく、オレはただの天文部の顧問だ、まぁ名前なんて覚えんでもいい」

 

 包み込むような色だった。明るくはない。むしろ暗いくらいの色をしているのに、それはまるで太陽の光のように余すことなく昂輝の身体を覆った。

 噂のクズ教師とは少し、キャラクターが違う。そう感じるほどに彼は光を持っていた。

 

「清瀬一成、清濁の清に浅瀬の瀬、一途に成すと書いて真反対のクズ教師よ」

「紗夜」

「ふふ、はい、紗夜です」

「はぁ……ったく、お前の面倒までコッチが見切れるかっつうの」

 

 それは嘘だった。嘘の色だとわかった。けれどそれは昂輝が最も嫌う血のような赤色をしていなかった。

 夕焼けのような淡いオレンジ色、そこにぽつりとできた影のような、残酷ながら優しい色をする嘘は、彼が初めて経験する色だった。

 

「シナスタジア……か」

「ご、ご存じなんですか?」

「そんな特異なのは知らねぇよ。ただ共感覚ってのは割にあるもんなんだよ、図形に美学を感じるのも一種のシナスタジアって言われるくれぇだしな」

 

 ありふれている。そう嘘のない言葉で放たれたことに、昂輝は驚きを禁じえなかった。そもそも信じてもらえることすら少ない視ている世界を、難しく名前のつけられたそれを、不良教師はさもよくあることのように言い放った。

 大なり小なり、人にはそういった感覚はあるものだと、言い切ったのだった。

 

「何を驚くんだよ。だいたい、カラーイメージなんて最たるもんじゃねぇか。黄色い声援だとか、ブルーな気持ち、とかな」

「……そう、ですけど」

「誰だって自分の眼球が見てるモンは自分にしかねぇんだよ、ビビッてちゃ世界は狭ぇままになっちまう」

 

 上から目線でわかったように、と昂輝は一瞬沸き立つ感情があったのだが、それは当然だと思いなおすことができた。

 彼にはそれだけの自信がある。年上として、教師として、十代の少年少女を少し離れたところから見るということで、導く役目を負っている。だからこその物言いなのだと。

 

「……達観してんな。オレの出番なんてねぇじゃねぇか」

「一成先生が必要、とは言ってませんよ」

「うるせー、早く練習に行っちまえ」

「そうさせてもらいます……では」

 

 紗夜が去り、そして入れ替わるようにお待たせ~! と明るい声がした。

 おせぇよ、と一成がぶっきらぼうに言い放ち、また運転席へと戻っていく。それを、昂輝は呆然と見守ることしかできなかった。

 

「どうしたのこーくん?」

「い、いや……日菜の言ってた意味が、少しわかったかもって」

「カズ先生のこと?」

「うん」

 

 言葉の遣い方、態度、どれを取ってもマトモな教師ではない。不良教師だ。けれど昂輝はあんな先生がいてくれたら、そう思ってしまった。

 ヒナや今井リサがいい先生だと言った意味が、ほんの少しだけ理解できてしまった。その事実に昂輝は釈然としなさを抱えて、日菜と後部座席に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう先生! 今日もいい感じに目が死んでるわね!」

「はいはいごきげんようこころ、お前はいっつもピカピカしてんな、照明落とせ」

「照明?」

「……なんでもねぇ」

 

 その言葉に昂輝は思わず頷いてしまった。

 まぶしい。彼女のパーソナルカラー、なのだろうか。昂輝にはそれすらも判別がつかなかった。金色に埋め尽くされた空間に、一成の声が放ったはずの色がかき消されていくのを目にした昂輝は、彼女から目を若干逸らしながら日菜に問いかけた。

 

「あれが、弦巻こころさん?」

「そ、こころちゃん」

「まぶしい……目が潰れる」

「あはは、こーくんには直視できないんだーあははは」

「同情したよ霞ヶ丘、お前の目、相当面倒だな」

「意識逸らせば、大丈夫……なんで」

「無理だろ、だってこいつは世界の中心で笑顔をばら撒く頭クソハッピーお嬢様だからな」

 

 確かに彼女が言葉を発せば意識を引き寄せられる力を持っていることはすぐにわかった。

 味方であるはずの日菜はただひたすらに笑って、いる。驚くことにこころの光を浴びると、浴びた人の声は明るい色になる。

 

「あなたが昂輝ね! 弦巻こころよ! 初めまして!」

「どうも」

 

 そんな自己紹介をし合っているところに、いつの間にやら一成の隣には黒髪に一房の赤メッシュを垂らした少女があきれ顔をしていた。

 多分彼女が美竹蘭だろうと彼が予想をしていると、一成がほんの少しだけ明るい声で蘭、と名前を呼んだ。

 

「あのさ……帰っていい?」

「ちょうどいいところに来たな、タイミング逃してたか?」

「……別に」

 

 いろいろな初対面を経験した昂輝は新しい世界、また自分という世界の広がりを実感していた。日菜と顔を見合わせながら、満面の笑みを浮かべる彼女と視線を交わしながら。

 その二人のやり取りを、温かく見守っていた一成は蘭に脇腹をつつかれ視線を落とした。

 

「んだよ」

「きもい」

「はぁ?」

「……にやにやしてた」

「あのメンヘラクソ悪魔があんな表情してんだよ、天使サマにはわからんだろうがな」

「知らない、あたしにはアンタが生徒に鼻の下伸ばしてるようにしか見えない」

「なに、妬いてんだ?」

「……ウザ」

 

 一歩一歩、歩んでいく。その先に何があったとしても、今日はその始まりの日になると昂輝はこのピンクに彩られた世界の温かさに目を細めた。

 隣には日菜がいて、日菜が暗い世界で独りぼっちだった昂輝を連れ出した。まばゆい光を持つ、日菜が信じるものたちと出会わせることで、霞ヶ丘昂輝は、変わっていくのだった。

 

 

 CHAPTER:B-7 END

 

 

 

 

 

 

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