氷川紗夜に優しい音色を届けるまで   作:黒マメファナ

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CHAPTER:C-2「黄昏の未来」

「GWは旅行しよ旅行!」

「はい?」

 

 いつものファストフード店にて氷川日菜は、スマホでSNSを覗いている最中に見つけたGWの予定、という言葉を見つけ、昂輝に眩いばかりの表情を見せた。

 一方の昂輝としてはつい最近、花見から始まり天体観測とこうした学校帰りのデートで既にサイフが若干ピンチなことに加えて相手がアイドルという理由で難色を示した。

 

「大丈夫、パパ活するから」

「……え」

「ああホントの意味じゃないよ、お父さんとカズくんにおねだりするから」

「……ええ」

 

 彼女たち姉妹をこよなく愛する氷川父はまだいいとしても顧問である清瀬一成にまで金を無心するのはどうだろうかと昂輝は悩んだ。しかも教師は薄給だと常に苦言を呈するような彼が果たして金を貸すだろうか。

 

「それだったら弦巻さんのがまだマシじゃない?」

「んー、確かに? でもこころちゃんってお金の出どころわかんないの怖くない?」

「……それは、そうだね」

 

 無限に湧き出てるのかと錯覚するほどのお金ではあるが、それの元がなんなのかということは訊いたことがない。そんなことを考えながら、日菜と昂輝はなんだかんだと言いながら旅行をする前提で話をしていく。

 

「行先はどうする?」

「どうしよーね」

 

 行先を見つけるために、二人は向き合うのではなく、隣合わせになった状態でスマホを操作して色々な場所を提案していく。

 ああでもないこうでもないと二人で言い合った先にあったもの、それは意外なところだった。

 

「珍しいね、テーマパークなんて」

「こーくんこそ、テーマパークなんて」

 

 昂輝は人混みは苦手だった。ふと目についた人物が嘘を吐き出した瞬間、昂輝の視界には血の色がにじんでいく。そんな危険性が常に付きまとう彼が示したまさかの提案に日菜はきょとんと首を傾げた。

 

「最近日菜がテレビで見てたからね」

「そっか」

 

 日菜が以前テレビで興味ありげに見ていたのがそのテーマパークのCMだった。あまり他のことに興味を示さない日菜だったのだが、それゆえに逆に昂輝の印象に残っていた。

 ──たまには、日菜が行きたいところに連れてってあげたい。じっと音を出すことなく見つめていた景色を思い出し、昂輝はそう考えていた。いつも日菜は昂輝を気遣ってあまり人混みのない場所を選んでしまうことも、背景にはあった。

 

「じゃあじゃあ、連れてってくれる?」

「もちろん」

「やった!」

 

 日菜の喜びは自然と昂輝の頬を緩ませる温かい色を放っていた。それは緩やかで穏やかな春川のせせらぎのように優しい時間を生み出していた。

 温かい時間を生み出しているその眼の奥にある優しい光がなんなのかまでは昂輝はわからなかったが、二人が徐々に恋人らしくあることに昂輝は微笑みを浮かべていた。

 

「楽しみになってきた」

「あたしはこーくんと一緒ならなんだって楽しみだよ?」

「日菜らしいね」

 

 こうして、あっさりと行先は決まった。人混みの中という不安は日菜にも昂輝にもあったが、一泊二日のテーマパークがきちんと予約できた時には日菜が超新星の光を放っていた。

 日菜の喜び、キラキラと星のような笑顔を浮かべる彼女に苦い顔と言葉を投げかけたのは、いつも彼女を気にかけていた教師だった。

 

「アイツの気持ちを考慮しても、オレは別に身を引く必要はねぇと思うがな」

「そう? でもあたしの幸せはこーくんの幸せでおねーちゃんの幸せだもん」

「……お前は、どうしてそうなっちまったんだよ」

 

 少なくとも去年の日菜はヒトの幸せが自分の幸せ、などという言葉を発するような人物ではなく、自分の幸せのためにヒトの幸せを簡単に壊してしまえるような危うさすらあると思っていただけに、清瀬一成は屋上で紫煙を溜息と共に吐き出した。

 

「カズくんはさ、蘭ちゃんと付き合ってて、思わないの? 蘭ちゃんが幸せだと嬉しいって」

「そりゃな、今のオレは半分くれぇアイツの笑顔のために頑張ってるからな」

 

 だからタバコもやめなきゃいけねぇんだけど、とぼやきながら一成はタバコの先を赤色に変えた。

 彼にとっての仕事の相棒だった。それでありながら思い出の匂いであるそれとの別れを惜しむような一成に、日菜はどうして? と純粋な疑問をぶつけた。

 

「こーくんに言えたのに、どうして言わないの?」

「お前が何をやらかそうとしてるかってことか?」

「うん」

「そりゃ馬に蹴られたくはねぇからな」

 

 変なの、と返事をする日菜を無視し、一成は更に煙を肺の中に落としこんだ。

 むせ返ってしまいそうだった煙も、苦さも全てを忘れたように、全てに慣れてしまったように淡々と吸って、彼は残った火種を消し、吸い殻を携帯灰皿に押し込んでいった。

 

「オレはやっぱ、お前の幸せを優先してほしいんだよ」

「そうなんだ、どうして?」

「教師だからな」

「先生ってことと何か関係あるの?」

「……相変わらずガキだな」

「む」

 

 そんな上からくる物言いにむっとしながらも日菜はその言葉の大本に興味が惹かれているように一成の顔をじっと見つめた。

 わかんねぇと思う、そんな彼の声にまた日菜は少し不機嫌そうになにそれと空を見上げた。いつも見る赤色の空。その空に彼女は昂輝の色を浮かべて、雲に乗せた。

 

「自己犠牲なんて、やめとけよ。ガラじゃねぇだろ」

「違うよ。おねーちゃんとこーくんは切れない縁で結ばれてるってことに、あたしが気付いちゃっただけ」

「……くっだらねぇ」

 

 吐き捨てるような言葉が、赤色の空に消えていった。

 幸せを掴むのにどうして他人に依存しなければならないのか、そもそも他人の幸せに依存している幸せが果たして本当に自分にとっての()()()()()()()()()()()()という問いかけに対して一成自身が答えるとするならば、くだらないの一言だった。

 

「あたしはそう思わない」

「なんでだよ」

「こーくんのこと、幸せにしてあげたいから」

「それでヒナはフェードアウトするっつうのか、マジでくだらねぇよそれ」

「だって……あたしはいつも二人の間に入っていってたから」

 

 日菜の表情を見た一成は、これはあのカレシには見せられねぇよなとため息を吐いた。

 泣かないと決めた彼女は涙こそ流さなかったものの、憂いの表情を見せていた。

 ──日菜も本当は、昂輝と一緒にいたいと願っていた。願いながらも、夢の話を聴かされた以上、繋がっている二人をこのまま引き離したという事実に、日菜のことを懸命に愛してくれる昂輝が今以上に幸せになってくれるという思いに、彼女は応えたくなってしまった。

 

「だから、あたしが二人の間に入って、今度は笑わせてあげたいんだ」

「……そうかよ」

 

 あくまで氷川紗夜に、そして霞ヶ丘昂輝に優しい音色を届けようとする日菜の詩に、一成はそっと黄昏を落とした。

 もしも日菜が迷子になったのなら、家に帰れるように。自分の幸せをもし見失っているなら、取り戻してあげたいという思いを乗せて。

 

「まぁ」

「ん?」

「なんかあったらすぐ言えよ」

「カズくんに? なんで?」

「オレが教師だからだよ」

「そっか、じゃあ……頼っちゃおうかな~」

「ふ、バカヒナ」

 

 黄昏ティーチャーだから。こんな自分を教師として認めてくれた彼女に、愛した彼女に似た顔で微笑む日菜に、手を差し伸べたかった。

 その笑顔を失いたくないなんていう思いがあったとしても、自分の行動に間違いはないのだと胸に秘めて、彼はいずれその決意を強固なものにすることになる、まだまだどこかで違う未来を夢見る氷川日菜を、そっと抱き寄せるのだった。

 

「カズくん……浮気だよ」

「実はまだ蘭と正式に付き合ってるわけじゃねぇんだよな」

「それはずるくない?」

「卒業するまでは縛りたくねぇんだと。オレは教師だから」

「じゃあ、この気持ちが間違ってたら……次はカズくんにしよっかな」

「そん時は相手してやる」

「あはは、やっぱクズだ」

 

 知ってるよ。という声に、日菜は安心したように目を閉じた。彼がいるから、自分は大丈夫。甘えたい気持ちとは反対に日菜の中には、強固になっていく二人の背中を見る未来を、日菜は自分の雫で創った星空で彩っていったのだった。

 

 

――CHAPTER 「黄昏(幸せ)の未来」

 

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