──羽丘女子学園で開かれている夏期講習の休み時間、二人の生徒が雑談を繰り広げていた。片方はアイスブルーの髪を跳ねさせ、どこか猫のような愛らしさを彷彿とさせる少女、もう片方はカールのかかったボリュームのある茶髪をポニーテールにするギャル風の少女。二人はクラスメイトであり、バンドという共通の活動と共通の知り合いを持っていた。
「えー、リサちーもおねーちゃんどこに行ってるのか知らないのー!?」
「いやー、アタシらも練習休みの日に紗夜がなにしてるかなんて知らないって〜」
「気になるー!」
「いやいや、ただ出掛けてるだけでしょ? ウチらと同じ夏期講習でしょ?」
「違うんだよ! やけに帰り遅いし、すっごく『るんっ』て顔してるんだよ! 絶対何かあるよ!」
「るんっ……はよくわかんないけどさ、つまり紗夜がわくわくとか、うきうき、とか、そういう感じってこと?」
「そうそう! それなんだよ!」
──氷川紗夜を共通の知り合いとする二人は、特に紗夜と同じ髪色を持つ少女は、姉が最近出掛ける際、妙に楽しそうなことに疑問を持っていた。平常時は基本的に、少し前までギターを弾く時ですら難しい……楽しくなさそうな顔をしていた紗夜の楽しそうな横顔。その元を知りたいと、彼女は願っていた。
「だから、リサちー、ちょっと一緒に来て!」
「……りょーかい。紗夜に怒られない程度にね?」
「まっかせてよ!」
いやいやそれが任せられないから言ってるんだって、と思ったが終ぞ口には出せなかった。
──そして夏期講習が終わり次第即、二人はファストフード店へとやってきた。夏休みの賑わいの中で、左右を見回す彼女曰く、同じバンドのアルバイト店員がそこで紗夜が
「誰だろ? 花女で知り合い……燐子、じゃないか」
「ね? 分からないでしょ? 気になるでしょ!?」
「日菜……」
呆れ顔をするものの、最早彼女の瞳に映る興味は止められないだろうな、とストローに口をつけた。
──と、そんな時、視界に向かい合わせに座る彼女と同じアイスグリーンが映りこんだ。
「今日は人が多いけれど……大丈夫?」
「うん、目線と意識を向けなきゃ見えないよ。心配してくれてありがと」
「べ、別に……どういたしまして」
間違いなく、氷川紗夜、とその向かいには同じ歳くらいの男性が、柔らかい笑顔で対面していた。紗夜の少し心配そうな顔にまるで構ってくれたこと自体に幸せを感じているように笑い、紗夜が赤面をする。そんなまるで恋人のような二人に彼女たちは驚きの表情をしていた。
「紗夜にカレシ? あの紗夜に?」
「…………うそ、だよね、おねーちゃん」
「……ちょ、日菜っ」
まずい、と思ったものの手遅れで、まっすぐに……けれどどこかゆらりと紗夜と男の元へと歩いていってしまい、慌てて追いかける。
──男……霞ヶ丘昂輝は近づいてくる彼女を見て、全身の肌を粟立たせた。それに気づいた紗夜がはっとした時にはすぐ側にまで憎悪で黒く染まった彼女が立っていた。
「日菜……?」
「おねーちゃん! こんな所で会えるなんて、るんっときちゃうね!」
黒が血の色に変わる。紗夜と過ごしていたせいか、ここまでの負の色に触れていなかった彼は、向けられる濃淡も明暗もない呑まれる程の黒と血の色に、全身を震わせた。強すぎる彼女の言葉がシナスタジアが拡張し、音、という聴覚にのみ反応する振動が触覚、寒暖を感じる神経を刺激した。
「……紗夜の、いもうと……?」
「──昂輝!? どうしたの!?」
昂輝の異変にいち早く気づいた紗夜が焦りの表情で立ち上がり表面上は笑顔を向ける妹の横を通り過ぎて、昂輝の手を握った。彼がこうなってしまう原因はもうわかっていた。それが何故なのかはわからないが、今しがた自分たちの目の前にやってきた妹が、昂輝に影響を与えるほどの色を持っていた……その事実に紗夜は「昂輝……」と青緑と陽光の言葉を向けてから、彼を隠すように立った。
「どうして? 昂輝が貴女になにをしたの?」
「な、なんのこと──」
「嘘はやめて!」
必死の声は、紗夜がいつの間にか嘘を極端に嫌うようになっていた証拠だった。一人なら、Roseliaとなら、昂輝がいなければそこまで気にしない……けれど前よりも嘘には敏感になった。それはまるで、昂輝の思いを必死で理解しようとしているようで……紗夜の言葉に再び感情があふれ出そうとしたところで「日菜っ!」と制止の声が響いた。
「今井さん……」
「やっほー、ごめんね。カレシ? とデートだった?」
「カレ……恋人ではありません。去年からずっと、個人練習を見てもらっている霞ヶ丘昂輝さんです」
「え……えぇ!? おねーちゃん、カレシじゃないの!?」
「そうよ。男女でいたからと言ってそれは、あまりにも短絡的なのでは?」
「ごめんね〜、紗夜」
「……昂輝、大丈夫?」
一応は紗夜が弁解したところで収まったのだが、昂輝を気遣う姿、表情に恋人ではないが……少なくとも紗夜は昂輝を想っているように感じられた。そして、それは昂輝にも。
「ありがと紗夜……誤解も解けたし、名前、訊かせてよ」
「アタシは今井リサ、まぁ、よろしく〜☆」
「あたしは氷川日菜! よろしくね!」
「あぁ、やっぱり。Roseliaのベーシストさんと……Pastel*Palettesのギタリストさんだね」
「……昂輝、日菜たちのこと」
「俺だってギタリストだよ? チェックくらいはしてるよ」
その言葉に二人……リサと日菜は少しだけ驚きの表情をした。紗夜もいるRoseliaはまだしもまだまだ発展途上のPastel*Palettesのメンバーである日菜の名前を聞いただけでさらりとバンドと担当が出てくるのは凄いことだった。
──そんな驚きをよそに昂輝は食べ終わったトレイを持ちながら微笑んだ。
「よし、じゃあ移動しようか」
「……何処へ行くの?」
「何処って、ウチ」
「戻るのね、わかったわ」
「ちょ、ちょっと待った! ココ来る前に二人は何処にいたの?」
「昂輝の家です」
「えぇ!?」
「紗夜、多分誤解されてる」
昂輝の指摘に紗夜は疑問符を浮かべる。昂輝の家はスタジオを経営しているのだが、一年に及び通いつめた紗夜にとって、想い人と過ごせる場所である紗夜にとっては、そこは「昂輝の家」なのだ。日菜とリサが首を傾げているところで、昂輝は歩きながら自己紹介を兼ねて説明をしていく。
「えー、しな……ってなに?」
「
「……日菜、わかった?」
「全然わかんない」
「簡単に言うと意識して聴いた音に対して色が見えるってこと。放った人その時の気持ちとか、感情が、色になって俺の目に映るんだよ」
「そこに昂輝は絶対音感がある……彼は音楽の才能だけなら、完璧……誰にも負けない天才です」
──これにはリサも日菜も驚愕の表情をする。紗夜が他人の音楽を、しかも同じギターをここまで褒めることは今まで見たことがない。同じく天才と呼ばれる日菜にすら向けなかった賛辞だった。
「そういえば、昂輝ってさ、アタシたちを知ってたってことは、音楽を聴いたことがあるってことだよね?」
「うん、特にRoseliaはライブも見に行くよ」
「じゃあ、その時も?」
「うん。不可能の薔薇の色……バンド名に負けないいい音楽だと思う」
「あたしはあたしは!?」
盛り上がる三人に、特に楽しそうに昂輝と話す日菜に、紗夜はほっと息をはいていた。それと同時に、何故日菜が昂輝を震わせる程の負の感情を持ったのか、それだけが紗夜の胸に残っていた。
「すごいすごい! 全っ然想像できない! だってあたしとは全然見えてる世界が違うんだ! るんってきた!」
「るん……? ああ、えっと……黄緑色は、紗夜」
「……興味を惹かれる、面白い、ね」
「それ、でも日菜さんの黄緑は凄く独特……今まで見たことがない色をしてる」
「そーなんだ! 凄いよリサちー! るるるんっときてる!」
「ごめん、アタシには二人がなんの話してるのかサッパリだよ……」
日菜は「何を考えているかわからない」と言われがちな性格をしている。事実、家族である紗夜にすら日菜の表情は読めないのだが、昂輝は色でそれを理解した。理解できた。それは昂輝にも言えることで、誰からも理解されなかったシナスタジアを日菜はすんなりと受け入れて、感心という色を向けていた。
──天才を真に理解できるのは、同じ高みにいる天才のみ……紗夜は一年間を共に過ごして、殆ど感じなくなっていた昂輝との壁を、再び感じ始めていたのだった。
──CHAPTER:2「