氷川紗夜に優しい音色を届けるまで   作:黒マメファナ

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CHAPTER:C-5「星に願いを」

 夏はやっぱり天の川でしょ! 氷川日菜はそう言って夏休みに入る前、彼の予定表に天体観測の予定を入れ込んだ。それが最良になると不安な中で信じて。

 海に行ったとき、こころに言われた、未来は視えない。未来は選ぶことができるだけという言葉が日菜の胸にひっかかっていた。

 

「あたしは、何を選んでるの?」

「よっ、夏休みだってのにお勤めご苦労さん」

「……それはカズくんでしょ」

「そうだよ暇そうでなによりだなバカヒナ」

 

 あたしは麻弥ちゃん待ってそのままお仕事だもんと隣にやってきた一成に言葉を返し、彼はやっぱ夏休みなのにお勤めじゃねぇか、なんて皮肉を投げて笑った。

 自然な仕草でタバコを取り出し、火を点けるのかと思いきやあろうことかそれを未成年の日菜に差し出した。

 

「吸うか?」

「あたし、まだみせーねんだしアイドルなんだけどな~?」

「……そうだったな」

「え~、まさか蘭ちゃんに吸わせてるの~? それってサイテーじゃない?」

 

 小さく彼女に聞こえないようにてめぇが言うなバカと言ってから、間違えたんだよ色々と、と言い訳にならない言い訳をしながら火を点けていく。彼が吸うにしてはちぐはぐな女性向けに作られたそのタバコを日菜は少しだけ不思議そうに見上げていた。

 

「なんでカズくん、フツーのタバコじゃないの?」

「元カノの匂いを忘れたくねぇから、かな」

「うわダッサ」

「訊いといてそれか」

 

 だってダサいもんと素直な指摘をされ、一成はいいんだよとまだ真昼の空に紫煙を吐き出し、話を変えるためにそういやと丁度日菜が想いを馳せていた天体観測のことを切り出した。

 

「どしたの?」

「オレもついてくことにした」

「えっ、なんで」

「めちゃくちゃ嫌がるなてめぇ、今のはさすがにイラっとした」

「だってこーくんが嫌な顔するもん」

 

 苦手にされていることを知ってはいるがそれを理由に天文部の顧問として前任から託された日菜にまで拒絶されるという教師としての敗北感を味わっているが、それでも彼は行くんだよ、と頑なに言葉にした。

 

「大人がついてくもんなんだよ、こういうのは」

「本音は?」

「霞ヶ丘に用がある」

「変なことゆったら怒るからね」

「言いてぇことがあるだけだよ」

 

 あたしが伝言頼まれてあげようか? と言われたが一成はいらねぇと首を横に振って携帯灰皿にタバコを押し込んだ。

 日菜が伝えるのでは意味がない。一成が、自分の生徒が自分をなげうってまで幸せにしようとする彼に伝えなければならないのだから。

 

「ま、お前の邪魔はしねぇよ。馬に蹴られんのは勘弁だ」

 

 その言葉を最後に一成は日菜を一人残して屋上から去っていった。彼女はさっきまで一成がもたれていた手すりに腕を置き、少し上を見上げてまるで煙を吐き出すように息を吐いた。

 

「……やっぱり、カズくんはカズくんだなぁ」

 

 いつだって彼は不思議な男だった。平然と屋上でタバコを吸う不良教師。あろうことか生徒に手を出すクズ教師。それなのにどうして、こんなにも彼の言葉は胸に響くのだろう、こんなにも、夕焼けのように優しい言葉も厳しい言葉も、染みわたってしまうのだろう。日菜はそのことをぼーっと、麻弥が迎えに来るまで考え続けていた。

 ──考え続けて、それでも答えがでないまま、天体観測の当日がやってきた。

 

「こーくんおっはよー!」

「おはよ、日菜」

「うんっ!」

 

 キラキラと笑顔を煌めかせて昂輝に近寄ってくる日菜と、それを優しく受け止め挨拶を返す昂輝の姿に、一成は少しだけ悩んだような顔をしてから行くぞと号令を取った。今日は美竹蘭がいないこともあり、純粋に引率の大人としての顔で一堂を率いていた。

 

「楽しみだね!」

「天の川は確かに楽しみだなぁ」

「かーくんお菓子あるよ! 食べるー?」

「わー、食べる食べる~」

「こころんもせんせーも食べる?」

「ええ! もらうわ」

「おう、いただくよ」

 

 今日のメンバーはまた一段と騒がしいなと昂輝は車に揺られながら苦笑した。恋人である氷川日菜と、前回も一緒に天体観測をして、海でも一緒だった弦巻こころは、顔見知りではあったが、残りの二人、戸山香澄と北沢はぐみとは初対面であった。

 だがこの二人は友達作りが得意らしくパーソナルエリアが極端に狭いタイプだったこともあり、既に一成を除くと唯一の男性である昂輝にもすぐさま順応していた。

 

「はい!」

「ありがとう北沢さん」

「はぐみでいいよ!」

「じゃあ私は香澄でいいよー! 昂輝くんって呼ぶし!」

「えっと、じゃあ、はぐみに香澄?」

「うん! でもこーくんって呼んだらひなちんに怒られそう」

「うん怒る!」

 

 すぐさま反応した日菜にはぐみはだよね~と笑顔で、昂輝は苦笑いをする。こころは日菜だけの特別なのね、とまた太陽のような輝きで車の中の色をいっぱいにしていた。

 はぐみと香澄は幼馴染であり、また波長が似たような……昂輝の目にはパーソナルカラーが似ていることもあり、そしてなにより全員が煌びやかなまでの光を放っていることが彼にとっては思わず笑ってしまうくらいのことだった。

 

「楽しい?」

「心配なのはこのメンバーだと俺に星が見えるかなんだよね」

「そうなんだ?」

「そ、こころは太陽まんまで、はぐみもどっちかっていうと太陽、恒星みたいにオレンジの炎みたいな感じ、香澄は本人のまんま、一等星だもん」

「ふーん」

 

 宇宙のような広大で寂しいまでの闇と輝く星空を持つ日菜は、その他人の色を楽しそうに語る昂輝の変化に笑みを浮かべた。前の彼ならそもそも他人の色が見えることが嫌だったのに、こうしてパーソナルカラーを前にしても笑みを浮かべられるようになっているという確実な変化。日菜はそれがより良い未来に進んでいることを確信させていた。

 

「おう」

「……先生」

「ちょっといいか霞ヶ丘」

「はい」

 

 ペンションについてから、まだ星を観るまでに時間があるという黄昏時に昂輝は一成に呼び出されテラスに向かった。

 タバコに火を点け、澄んだ空気に紫煙をとかしていく彼を横目に見ていると、日菜はどうだと声を掛けられた。

 

「どう、って、どうなんでしょう」

「わかんねぇか」

「はい」

 

 まぁわかんねぇよなとある種突き放したような言い方を一成はした。

 ──彼にとって、いやほとんどの人間にとって氷川日菜は未知である。いや未知であるからこその氷川日菜だと、考えていた。だから理解なんてできるはずがない。理解できるとしたら同じような未知を持つ弦巻こころくらいだろうと。

 

「でもそれでいいんじゃねぇのかって思う。理解できなくたって、アイツのそばには寄り添える」

「……なんか教師としてだけじゃない寄り添い方をした経験則、みたいな言い方ですね」

「そうか? まぁ一年顧問だったからな」

 

 黄昏の色、彼だけが持つ嘘の色を見た昂輝は、躊躇ったのちに一言だけ踏み込むことにした。清瀬一成が自分の恋人、日菜を見る目は教師のそれをはるかに超えるものだと。その色の正体を突き止めたかった。

 

「日菜のこと、教師意外の関わりをしたことあるんですか?」

「安心しな、別に浮気してねぇよアイツは」

 

 今度は嘘ではない。嘘と嘘ではないものが矛盾しているという初めてのケースに昂輝は混乱した。黄昏の色、その色そのものがパーソナルカラーであり嘘の色であるという矛盾、それはまるで、清瀬一成が異物であるような恐怖すらあった。

 

「……オレがナニモンだろうと関係ねぇよ。幾らなにやろうが教員免許持って雇われてるうちは、オレの正体はただ一つ」

「……一つ」

「黄昏ティーチャーだ。それがオレの持つべき(かこ)だよ」

 

 紫煙を吐き、寂しそうに笑い、そして昂輝に道を示していく。まるで本当に昂輝にとっても教師であるかのように、日菜と向き合っていく彼に。

 ──お前は間違えるなよ、と。そのための正解はオレには教えられないものだとも。

 

「難しいですね……悩みます」

「ガキは悩むのが仕事だろ。死ぬほど悩んで、頭を使って、んで見つけたものがなんであれ、お前が考え出したもんなら……そりゃ正しくなくたって正解ってヤツだな」

「正解……」

「人生は正解と不正解の連続だ……でも霞ヶ丘、お前にできんのは……あの寂しがりでどうしようもなくメンヘラクソ女……って言ったらダメだな、ヒナの傍にいてやることじゃねぇかな」

 

 その言葉は昂輝に重く胸に残った。以前の昂輝なら、日菜のことを恐れる昂輝だったならばこの言葉はお節介にしかならなかっただろう、だが……彼は強くうなずいた。

 変わった自分を、成長した自分を恩師に見せるように。力強く黄昏に照らされた横顔でわかりました、と。

 

 ──CHAPTER:C-5 END

 

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