世間はにわかにオレンジや紫……と夕焼けの色に染まっているのを見て、昂輝は月末のことを思い浮かべた。
ハロウィン。仮装パーティをすることが日本では主流となってきているこの行事に浮かれているのは何も彼から縁遠いものだけではなかった。
「ねね、なんの仮装する? おねーちゃんとこーくんも決めて!」
「仮装なんて……別に私は」
「するのー!」
そこには弦巻こころの用意した衣装を手に瞳を輝かせる日菜の姿があった。それを見て紗夜と昂輝が顔を合わせて苦笑いをしていく。
こころ主催の仮装パーティに集まったメンバーも昂輝には謎が多かった。
「どうだ千聖。いい感じだろ」
「ええそうねとてもいい感じよ。似合ってるわまさにミイラね」
「褒めてるかそれ?」
白鷺千聖とその恋人の朝霧亮太。この二人はもう順応しているようで千聖が魔女の帽子を、亮太がミイラ男のようで顔に包帯を巻いていた。
そんな仲睦まじい姿を見て本当だったんだなぁと昂輝が感慨深さを感じている横で、ピッタリーと明るい声がした。
「なぜ吸血鬼?」
「若い女の子侍らすから?」
「お~、リサさんさすが~」
「お前らなぁ……」
今井リサと青葉モカ、そしてその傍にいるのは昂輝とも面識のある雨野大雅。もっとも彼からすれば丸山彩と松原花音、今井リサ以外の恋人を見たため、本当に五人いるんだという思いが少なからずあった。
「なぁに固まってんだよ霞ヶ丘」
「あ、先生……ってどうしたんですかその犬耳?」
「狼なんだと」
「一成にピッタリだからね」
年上の、本来は知られただけで千聖と亮太以上に問題になる関係を結んでいることが想像できる蘭のいつも通りの言葉と、その言葉になんだてめぇと言いながらもどこかいつもよりも楽しそうな清瀬一成もいた。
「なんでまたそんな楽しそうなんですか」
「ん? 楽しそうな色してたか?」
「はい」
「……こころのやつが変な気を回しやがったせいかもな」
この人はこの人で日菜とはまた違った、どこか遠くを見つめるようなことが多い教師の謎の多い言葉に首を傾げながらも、だが初めて見る安堵や楽しいという彼の感情の色に触れて、昂輝は少しだけ口角を上げた。
「日菜は俺のカノジョだから、手を出さないでくださいね」
「あ? しねぇよ。オレには既にじゃじゃ馬がいるもんでな」
「誰が?」
「そこでキレんのは自覚ある証拠──ってぇな!」
「は? 蹴られるようなこと言うアンタが悪いんでしょ?」
蘭が一成の脛を蹴り、悶絶するという一幕に場が和んだようなオレンジに包まれていくのを昂輝は感じ取った。それと同時になるほど、と妙な納得をしたのだった。彼女らは一成にとって少なからず大切な、日菜に対して大事な生徒だと口にしてたが、その生徒だということがわかった。
「せんせー、ウチの蘭ちゃんが毎度もーしわけないです~」
「モカ、お前の幼馴染、全然牙抜けねぇんだけど」
「えー、カズ先生そんな蘭ちゃんがカッコいいからってゆってたよね?」
「おま、バカ野郎!」
そのやり取りに遠巻きに紗夜と千聖が顔を見合わせて微笑ましいとばかりに笑い、リサは苦笑い、こころがもうこのパーティの目的は果たしたとばかりの輝く笑みを浮かべていた。
昂輝は、そんな笑顔を生み出す中心にいる一成を、だんだんと自分の先生のように感じているフシがあった。
「紗夜とあの先生って知り合いだったんだ」
「ええ……丁度一年くらい前に弦巻さんが唐突に連れてきたことがあるのよ」
「なにそれ……さすがこころだ」
千聖とは去年の学園祭の客演で、こころとはまた別の場所で知り合ったらしいということを知り、昂輝は改めて清瀬一成という人物が素行はさておくとして悪い人ではないということを認識した。
「ま、アタシはあんまり得意なヒトじゃないケド」
「でもリサちーなんだかんだで関わるよね~」
「妬けるよ」
「モカちゃんの初恋のヒトなんだよね~実は」
「もう、アタシは大雅だけだって」
「知ってる知ってる」
「あたしも~」
そんな景色を見たせいか、日菜はさり気なく昂輝の傍へやってくる。その意図を察知した昂輝が日菜の頭に手を置いていくと、彼女はぱっと笑顔を咲かせて、たくさんの人目があるにも関わらずに彼に抱き着くのだった。
「こーくんすき!」
「あの、あのね日菜……流石に、恥ずかしいから……!」
「おーおー熱烈だな」
「日菜ですから」
押し倒さんばかりの勢いの日菜を見て一成はそっと紗夜の傍に寄っていくと紗夜は暗い感情を出すことなく微笑んでいた。
──その様子を驚き交じりに見守りながらお前はそうだよな、と呟いた一成に興味を示したのは朝霧亮太だった。
「楽しそうっすね清瀬センセ」
「朝霧だって千聖の相手は大変だろ」
「まぁ家だとあんな感じっすね」
「……ところで、一つだけ気になったことがあるんだが、アイツって夜中に風呂入るクセとかあんの?」
「──なんで知ってんすか。おい千聖」
「私も今驚いたところよ。断じて浮気はしてないわよ」
「大丈夫ですよ。してたらアタシが殺します」
「目がコエーんだよお前らさ」
結局日菜は悩みになやんで悪魔に、紗夜も押し切られる形で色違いの悪魔の仮装を選び、昂輝はキョンシーの仮装をすることにした。
日菜がこーくんにピッタリ! とキラキラの笑顔で押し切ったカタチだが本人は何がぴったりなんだろうと首を傾げていた。
「本心を隠して抑制するのが上手だからじゃないかしら?」
「封印してるってこと?」
「封をはがすととんでもない色情魔に変身して浮気するところとか」
「もしそうなら俺は紗夜に土下座して一日過ごさなくちゃいけないってことだね」
「いいわよ。謝ってもらったわ」
それで許していいものなのか、いやそもそもこうして紗夜と楽しく仮装パーティーなんてもので盛り上がってもいいのだろうかとすら思った昂輝の思考を、紗夜は読み取り腕をつかんで優しい笑みを浮かべた。
「紗夜?」
「私は、昂輝を苦しめたいわけじゃない。むしろ……幸せでいてほしい」
「……うん」
「だからってもう浮気するなんて言語道断よ」
「しないって」
「前科者の言うことは信用ならないわね」
「紗夜~!」
弦巻家で開催されたパーティーは常に笑顔が溢れて絶えないパーティーとなった。日菜と笑い、紗夜と笑い、ほかの知り合いと笑い合い、秋の色が濃くなるような名残惜しくなる月のキレイな夜を過ごしていた。
「なぁ昂輝って呼んでもいいか?」
「どうぞ。亮太は同い年でしょ」
「だな。日菜のこと……昂輝はどう思うんだ?」
どう、という亮太の問いかけに昂輝は考えた。氷川日菜はまるで悪魔のような女だと最初印象付けていたことを思い出し、今の彼女の仮装が妙にしっくりくる理由だと納得した。
彼女は悪魔だった。紗夜とのはちみつ色を壊した、妖しい色を放つ悪魔だと。
「悪魔かぁ。確かにすぐガキみたいな悪戯するし、言えてるな」
「うん」
「でも、アイツはアイツなりに愛されたいんだよな」
「そうだね」
誰かにとっての氷川日菜を訊くのが好きだった彼女は、自分を形容する言葉を持つものに懐いていった。彼女をメンヘラクソ悪魔だと罵る一成、天災ちゃんと揶揄する亮太、そして色を視ることのできる昂輝。そうして彼女は氷川日菜を知ろうとしたのだった。
「日菜は日菜で脆いヤツなんだよなぁ。だからさ、昂輝がわかってやってくれよ?」
「……亮太、ありがとう」
きっと理解することはできない。彼女の色は色ではない。それだけ彼女が他の枠には収まらないものなのだから。
だが理解できないくらい破天荒で、誰よりも愛に飢えているのだということはわかってあげられるのだから。昂輝は亮太の言葉に強くうなずくことができたのだった。
──CHAPTER:C‐9 END