すっかり木枯らしが吹きすさぶようになった頃、氷川日菜は上機嫌に彼との紅葉狩りを楽しんでいた。
デートではなくいつものように弦巻こころが日菜と計画し、北沢はぐみと宇田川あこと白金燐子とそのほかに雲居敦司という一つ年上の男性が一緒についてきていた。
「でも結局自由行動だから実質デートだよねぇ」
「確かに」
「そういえば燐子ちゃんのカレシ、あたし初めて話したかも」
そうなんだ、と昂輝は背の高いけれど静かな雰囲気のある男性を思い浮かべた。あこと燐子と敦司はゲーム友達でもあり、また燐子と敦司が恋人同士であると紹介されていた。
──こころとはぐみとあこが真っ先に景色をまるで追うように走り去り、日菜と昂輝はもう一つのカップルとは別々に行動しながら色鮮やかな葉に目を奪われていく。
「キレー。なんでこんなキレイに赤くなったり黄色くなったりするんだろう?」
「なんで……え、なんでだろう?」
「それは色素が関係してるらしいな」
二人が同時に振り返るとそこには蘭を連れた一成がいた。流石にスーツ姿ではなくプライベートのようで私服姿で少し若々しさがあるせいか、それとも自然と隣を歩いているせいか、いつもよりも違和感のないカップルに見ることができた。
「流石カズ先生」
「専門じゃないクセに」
「訊いてなかったんですけど、先生って専門科目なんですか? 」
天文部だから地学辺りかと思っていた昂輝はそこから返ってきた科目に大いに驚くこととなった。まるでそんな雰囲気がないと指摘する彼に蘭と日菜がほぼ同時に頷いていくことからも、どうやら自分の印象が間違ってないことに昂輝は安堵した。
「で?」
「ん?」
「うんちくの続きは?」
「……寒くなると葉の根本、っとここだなここと枝の間になんつったか忘れたけどコルクみてぇな物質ができるんだと」
「蓋しちゃうんだ」
「そういうことだな。んで蓋のせいで葉っぱで作られた栄養が枝にいかねぇんだよ」
「すると、栄養が葉っぱに溜まってく……ってこと?」
「はい正解。流石蘭は賢いな」
「うっさいな、続き」
──完全に二人の世界に没入して特別授業を行う一成とそれを聴く蘭に取り残された昂輝と日菜は顔を見合わせて苦笑いをした。一成の言葉を嬉しそうに微笑みながら聴いている蘭がそれにふと気づいて手を振り、日菜は行こっかと気を取り直してデートの続きをしていく。
「カズ先生、あんな顔するんだなぁって」
「知らなかったの?」
「うん。別にあたしとカズ先生、そんなに仲良かったわけじゃないし」
「そうなの?」
意外だと素直に昂輝は驚きを露わにした。少なくとも一成は日菜のことも、下手をすると蘭と同じくらい大切にしている様子すら視えていたのに……そんなコメントに日菜はうーん、と唸ってからわかんないと笑った。
「確かに、カズ先生にめちゃくちゃ大事にされてる気がする」
「でも」
「……顧問って言っても、ほとんど屋上でタバコ吸ってるし、蘭ちゃんばっかり構ってるし……そのくせ、あたしが弱ってると絶対手を差し伸べてくるんだもん。わけわかんない」
だがそのおかげで今はこーくんと一緒にいられるんだ、という純粋な幸せの色に昂輝は確かにねと幸せの色を返していく。
そんなはちみつ色の日菜の頭の上に楓の葉が舞い降り、昂輝がそれを摘まんだ。まだ土に触れていないそれは美しい茜色をしていた。
「キレイだね」
「うん、キレイ」
「なんか飾っときたいくらいキレイ」
「キレイに真っ赤だぁ……!」
瞳をキラキラさせて、真っ赤な葉っぱを太陽に透かせている。瞬く星のような表情に、昂輝も表情を緩めた。
大切そうに紅葉を持つ日菜はきょろきょろと左右を見渡し、それから昂輝を見上げて少しだけ困った顔をした。
「これ、持って帰りたい。どうしたらいい?」
「どうしたら……どうしよう」
キレイなものをキレイなまま保存したいと願う日菜に昂輝もまた戸惑ったように左右を見渡した。
──と探していると、ひょこっとこころが顔を覗かせていた。
「お困りのようね!」
「困ってるならはぐみたちに任せて!」
それでどうしたらいいのかしら? と首を傾げたこころとはぐみに応えるように、黒いスーツ姿の女性が日菜に向かって、布を差し出してこちらへと紅葉を預かる。用途を説いた黒服に、昂輝は何かを思いついたように日菜の手を握った。
「栞とかどう? ラミネートしてさ」
「……しおり、うん! いいね、るんってきそう!」
黒服はかしこまりました、と素早くその場からいなくなり、こころが、だったら一枚じゃなくてもっといっぱい栞にしたらいいわと早速ひらりと落ちてきた紅葉を捕まえようとしていた。そこにはぐみは得意だからと何枚もキレイなまま確保していく姿を見て、日菜と昂輝は顔を見合わせて笑うのだった。
「い、いいん……ですか……?」
「ほら、燐子ちゃんって本読むじゃん? 思い出にどうかな?」
すっかり楽しみ、空が茜色に染まりだした頃、いつの間にやら黒服たちによって何枚も丁寧にラミネートされた栞のうちの一枚を日菜は燐子に手渡した。
鮮やかに、まるで今日見てきた景色を切り取ったような美しい装飾までつけられた栞を燐子は嬉しそうに抱きしめた。
「ありがとう……ございます……」
「雲居さんもっ、ほら、キレーだよ!」
「ありがとう、はぐみちゃん」
お揃いの栞を手に、笑顔が溢れる様子をこころとはぐみがハイタッチを交わした。無事、今日も世界を笑顔にするための活動ができたことを喜び合っていた。
──そんな帰り道、すっかり寝てしまった日菜を昂輝が、あこを燐子があやしていると、敦司と燐子が静かな口調で昂輝に話しかけていった。
「……お二人は、すごくお互いを大事に……していらっしゃるんですね」
「大事に、うん大事だよ」
「うん、なるほど」
既に紗夜と同じRoseliaのメンバーでもある燐子も、その恋人である敦司も姉妹と昂輝の間になにがあったのかということを朧気ながら知っていた。
故に、今の二人の関係を目の当たりにした二人はお互いの恋を語っていく。楽しい時も嫌だなと思った時ももちろんあった。けれど、それでも二人が一緒にいて、恋人でいようと決意をしたという始まりを。
「氷川さんは……日菜さんは、とても……脆い、と……勝手に思って、いました」
「ううん。実際日菜は脆かった。でも、俺がいると日菜はきっと強くなれるんだなってのはわかったから」
「はい……
「うん、僕もそう思う。キミは強くなるべきだ。意志を貫くべきだよ」
「……俺も」
自分も強くなる。強くなって、日菜とそして……紗夜とも。今のように昔のように笑ってギターを弾いていきたい。笑顔で、幸せで。
──そんな願いを、少しだけ目を覚ました日菜は静かに笑みを零した。昂輝に気付かれないように音を出さずに、そっと。
秋は深まり、やがて紅葉は散っていく。日菜はその日をずっと数えてきた。彼女が決めた別れの日は、もうすぐそこまで迫ってきているのだった。
──CHAPTER:C‐10「