煌めく電飾、街がすっかりと冬枯れの色ではなく赤と緑という光に包まれていく中で、氷川日菜は彩り溢れる景色に目を奪われていた。
道行く人はそんな彼女にくすくすと笑いながら去っていく。子どもじみた行動と、そんな彼女に振り回されていく彼が、あまりにも微笑ましくて。
「あのね日菜? 目立つことはやめよう自分がアイドルなのわかってる?」
「……う、だって……楽しくて」
そして人がいない場所ではこうして説教が始まっていた。二人ともただの高校生カップルならば全く問題ではないのだが、日菜はもう人気アイドルの一人である。変装はしているものの騒いで目立てばすぐにバレてしまう。そんな彼の心配に日菜は唇を尖らせ謝罪をしたものの、すぐにまた話題を転換していく。
「ねねこーくん! 雪降らないかな?」
「残念ながら晴れだね」
「ふーん」
ホワイトクリスマスにはかけ離れた晴天の空を仰ぎ日菜が雪の方がるんってくるのになぁとぼやく。寒いのが苦手だという割には寒い方がいいの? と疑問を投げた昂輝に、どうやら気付いていなかったらしい日菜はそっかぁと彼の腕に満面の笑顔を浮かべて抱き着いた。
「じゃあ晴れたままがいいなぁ」
「今から行くのは晴れとか関係ないよね」
「でも歩くのに晴れてた方がいいよ!」
でも帰りは夜になるから寒いよ、と昂輝が苦笑い交じりになっていたが、日菜は大丈夫! とますます抱き着いていく。
──くっつけばあったかい。というものを余すことなく昂輝に伝えていく。
「くっつけばあたしが幸せ、あたしが幸せだとこーくんはあったまれる。最高のループだね!」
「……確かにね」
幸せの色、嬉しい時の色、暖色をたくさん得られるという利点がある昂輝はその言葉に頷く。そして今更ながらこうして自分の視える世界が煩わしかったはずなのに、それを利用して幸せを分け合ってくれる相手がいるということに、昂輝が微笑みを浮かべていく。
「それに」
「ん?」
「暗い方があたしはいいんだよ?」
「なんで? 寒いよ?」
だが、寒い以上に利点があるんだと日菜は主張する。
その利点とやらに思い当たらない昂輝が首を傾げると、日菜はにっと笑みを浮かべて満天の星空を真昼の空にこれでもかという広げていった。
「ほら、あたしが氷川日菜だってバレにくいじゃん?」
「夜目遠目傘の内……ってやつ?」
見にくい条件でもある三つを挙げると日菜がうんうんと明るい顔で頷いていく。寒い代わりに昂輝と堂々とくっつける。大きな声を出さなければ気付かれることなんてほとんどないことをこれまでの経験から日菜は知っていた。
「今もくっついてるけどね、日菜」
「えー変装してるからいいじゃん」
「いいの……?」
元気よく頷いていく彼女に、昂輝は呆れ顔で対応していく。
本来ならここで止めるべきでもあるとは思うのだが、事実として未だに日菜がここで恋人とデートしているということが噂されているわけでも、これまでも噂があったわけでもないということが、心のブレーキを緩めていた。
「映画館でもいちゃいちゃしたいなぁ……」
「一番後ろの席取ったからね」
「あはは」
「ちゃんと映画も見ようね」
「りょーか~い」
ショッピングモールに入り、まっすぐ映画館に入っていった。事前に予約していたチケットを引き換え、壁に背中を預けてスマホを片手に事前にその間に買っていたドリンクのストローに口をつけている日菜の元へと近づいていく。
「お待たせ。ナンパは?」
「なーし! 流石に今日はね」
「クリスマスイヴだからこそ、女の子と過ごしたいとかないのかなー?」
そのためにあからさまに人待ち顔の、しかも擬態しているとはいえスタイルもいいおしゃれな日菜に話しかける勇気があるものがいるのかというと、自分ならナンパする気で映画館に来ていたとしても絶対に無理だろうと思うくらいだと苦笑いをした。
「こーくんのために気合入れてきたからね~、こーくんのために」
「二回言わなくても伝わってる」
「流石だ~」
本当に昂輝は日菜には驚かされることばかりだった。昂輝の
──日菜は、彼が視えているということを前提として言葉を紡いでいく。
「あたしはこーくんがあたしの感情を色で視てくれることが好きだもん」
「……そうなんだね」
「だって、そんな特別なこーくんから視たあたしは、間違いなくあたしでしょ?」
「うん」
いつだって、氷川日菜は自分と他人との境界を探してきていた。だからこそ、その境界を色という形で示していける昂輝に惹かれたのだと日菜は考えていた。気付いたら好きだったという気持ちがありつつも、きっかけは彼が色を視るという言葉だった。
「おーはじっこ」
「ここなら俺の身体で日菜が見えにくいでしょ?」
最近の映画館はどこでも快適にみられるような造りになってるんだよ、とうんちくを語る昂輝に、日菜は確かにちゃんと見えると彼の肩に頭をのせて瞳を輝かせた。
同じ時刻には恋愛映画の上映もあるようで、一緒に入ってきた時にはカップルの姿もあったのにも関わらず、スクリーンにはあまりカップルが見えなかった。
「……恋愛の方がよかった?」
「いいよ。恋愛苦手だし」
「というか映画って視てて平気なの?」
映画の演技というものの色について興味を示した日菜は今更ながらテレビは昂輝にとってどう視えているのかということを考えたことがなかったことに気付いた。
嘘が血の色で視えてしまう彼の目は、嘘で塗れたテレビの向こう側をどう視ているのかということに考えが及んでいなかった。
「平気なんだよ」
「そうなんだ」
「うん。感情が別の色になってることはあるけど……基本的に演技って嘘ってわけじゃないじゃん? そりゃインタビューとかで嘘つかれちゃうとアレだけど」
「あー、じゃあニュースとかの方が苦手?」
頷く昂輝になんか変なのと日菜は笑った。ドラマよりニュースの方が見てて嘘が多くて辛いという意見がまるでちぐはぐで、彼女の笑いのツボにはまったのだった。
それと同時に、日菜はまた一つ、最後の日が近づいているというこの状況でまた一つ新しい昂輝のことを知ることができて
「……日菜?」
「──っ!」
「え……日菜!」
映画の最中もそのことばかり考えていた。この日々をいつか手放さなければ自分が望んだ未来が来ないということに耐え切れず、映画が終わり、感想を昂輝が話していると最中に……彼女はふいに、自分でも無意識に決壊してしまった。
「日菜!」
「──ごめん、ごめん……こーくん……っ」
「どうしたの? 日菜?」
「わかんない……わかんないよ」
なんで泣いてしまうのか、なんであの幸せな未来を明確に嫌だと思ってしまう自分が理解できなかった。あの約束の色を反故にしたくなってしまったという思いが、日菜自身にも理解できなかった。
「こーくん……っ」
「……泣かないで、大丈夫だから」
寂しいという色を、流星のように降らせていく。昂輝にはまるで涙雨のように感じられる冷たい感情に打たれ、温めるように彼女を抱きしめた。
雨降る寒さを傘で覆うように、優しく、日菜を温めていく。
「あたし……わがままだ」
「知ってる」
「こーくんに幸せでいてほしいのに」
「幸せだよ」
「あたしは……あたしは……」
別れたくない。ずっとそばにいたい。ついに堰き止めていた感情がすべて雨や流星となって日菜自身すらも水没していた。
昂輝は、寂しいと色が訴える日菜を当初の予定通りに部屋に連れて帰っていった。そして泣き疲れて眠ってしまうまで、昂輝は彼女の感情が彼女を傷つけないように、傘をさしていくように唇を重ね、愛を伝えていく。
「俺はね、日菜のこと愛してるよ」
「愛して……」
「日菜が何を悩んでるのか、何を視えてるのかわからないけど……俺は日菜といることが、すごく幸せだよ……だから」
だけど、こうして日菜との時間を幸せに過ごしていくごとに、昂輝の心に雪のようにあの日への後悔が募っていた。日菜のことが好きだと言えるたびに、好きだと言ってはちみつ色の幸せを得るたびになぜそれが紗夜に与えられなかったのかという後悔をしていた。
「だから……泣かないで」
だからこそ、その後悔をしているからこそ昂輝はたとえ多少甘やかしすぎだと紗夜に言われても、誰に言われても日菜といる幸せを最優先にしてきた。
──それすらも、もしかしたら自分だけがしてきた、エゴだったのかもしれない。彼女はどこかで寂しいと泣いていたのかもしれない。自分の目に視えないところで……彼女は幸せではなかったのかもしれない。そう考えてしまっていた。
「……というわけで、しばらく家に置いてっていい?」
『そんなもの……許可できるわけ』
「お願い、紗夜。このまま日菜を放ってはおけないんだ」
『……ばか』
眠ってしまった彼女へのクリスマスプレゼントは明日渡そうと決めて、昂輝は紗夜との電話を切った。
バカという言葉が、どうして私にはそういうことをしてくれなかったの、という言葉でもあることを知っていながら。
──CHAPTER:C‐12 END