──再び紗夜と昂輝が恋人同士になってから数ヶ月後、氷川日菜は帰還し、再びパスパレへと復帰した。幸いまだ学校の籍もこころと紗夜が相談して確保していたということもあり、三人で過ごす日々が多くなっていくのは必然のことだった。
「あーあ、また喧嘩したのこーくん?」
「紗夜が……紗夜だって色でしゃべるんだもん」
「あはは、あーでもおねーちゃん結構苦労してるみたいだからさ、そこは
「……日菜のくせに、まともなこと言うね」
「あたしだって大人になったんだよ、ほらほら」
自己申告では本気で大人っぽくなったつもりだということに困惑しながらも全然変わってない、と悪戯な宇宙を展開する向日葵の花に、昂輝は苦笑いを浮かべた。
彼女があのGWの時に未来を視たことを、昂輝は打ち明けられていた。だからこそ、その未来を叶える前の、日菜のわがままが去年の幸せだったということに彼は少しだけ遣る瀬無さも抱いていた。
「俺と紗夜が付き合うことだけを視てきたの?」
「まぁね」
「そっか……」
「……でもね。それはあたしじゃこーくんを幸せにできないんだって思ってたからなんだ」
遠くを見ていた頃、日菜はそればかりを思ってきた。だが二人が恋人としての毎日が過ぎれば過ぎるほど、昂輝が自分と過ごす日常に愛と幸せをたくさん伝えてくれるようになって、彼女は迷いを生んでしまったことを打ち明けた。
「クリスマスの時はね、ほんとに……本気でおねーちゃんに渡したくないって思った。あたしとこーくんがこのままずっと一緒がいいって、本気で」
「だから……」
「うん。幸せすぎて、でもいつかおねーちゃんとこーくんが一緒になるんだって思ってたから、寂しくて、苦しくて……」
だがそれを心配した一週間、ずっとそばにいて恋人として濃厚である種背徳的ですらある溶けるような日々を過ごした日菜は、迷っちゃだめだと考え直すようになっていた。
自分は姉も幸せにしたい。そのための方法を日菜は知っていた。だからこそ自分が泣いてしまうとしても実行したのだった。
「……なら、よかった」
「え、どうして?」
「その寂しいって思う気持ちがあったから、指輪の未来じゃなくて、こうして日菜が帰ってきてくれたんだもん」
昂輝の言葉に、日菜は目を見開いた。こころの言葉に従って船を降りて紗夜や昂輝の元に帰ってきた日菜を迎えてくれた。
──昂輝は日菜のことを本気で愛していた。わかってたはずのことを今更理解したことで日菜はでも、と目線を逸らした。
「じゃあ日菜は俺のこと嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「愛してる?」
「……それはっ」
嘘は通じない。二択に迫った場合沈黙は肯定だからねと念を押され、日菜は迷いを瞳に浮かべた。紗夜と昂輝が一緒に過ごせることを願って身を引いた。でもこうしてまた想いを吐露してしまっては二年前の繰り返しだと日菜はかぶりを振る。
「そういえば日菜と初めてまともに話をしたのも、夏の終わりだったね」
「……そうだったね」
二年前の夏の終わり、昂輝の家である楽器店にやってきた日菜は昂輝に恋をした。それからたくさん傷つけて、それでやっと幸せの道を見つけたのに、銀色の未来への道をやっと歩んだのに。この想いを整理するための船旅でもあったのに。
「だってさ紗夜」
「お、おねーちゃん……!」
「しかたないわね、はい日菜」
「……これは?」
突然の姉の登場に驚き、ますます想いが伝えにくくなったと俯く日菜の前に紗夜が銀色の指輪を置いた。
──それは昂輝が日菜とのデートを思い出しながら見つけた
「私は昂輝の世界を真の意味で理解したかった……日菜……あなたの望みはなに?」
「あたしは……あたしの願いは」
願いをかなえる指輪。日菜がかつてそこに込めた願いはただ一つだった。
──昂輝と紗夜の幸せ。二人の幸せを見つけたかった日菜は、そのために必要な道を見つける力を指輪から受け取った。その願いは今も変わらないと日菜はまっすぐに伝えた。
「なら、その指輪で確かめるといいわよ。私と昂輝の幸せがなんなのか」
「……おねーちゃん」
昂輝がその指輪を手に取って、日菜、と声を掛ける。
左手に手を添え、まるで結婚指輪のようにそっと戸惑う彼女に測ったわけでもないのにピッタリと指輪が嵌まった。
「……え」
その時に視た景色は、相変わらず二人が幸せになるための道だった。
彼のいつも笑顔で歌うように教えてくれたはちみつ色というものを指輪は再び、未来予知という形で日菜に見せていくのだった。
──その未来に、日菜は嘘だよと涙をこぼす。そんなことが許されるはずがない。だが紗夜はいいのよと日菜に優しい音色を届けていく。
「日菜が幸せであることが私たちの幸せだわ」
「うん。そして日菜の幸せのためなら、俺や紗夜はとことんまで日菜に甘くなれるよ」
「……いいの? あたしわがままだよ? おねーちゃんより先に幸せになっちゃうんだから」
「どんな未来を視たのよ」
「教えない!」
──CHAPTER:B‐After END……
「これが、あたしとおねーちゃんと、こーくんが幸せになるお話だよ」
桜が舞う春の日、その幸せになるまで、優しい音色を届け合うまでの物語から随分と大人っぽくなった日菜が、隣で目を輝かせる幼い二人に語り掛けた。
幼子は男女二人。女の子の方は紗夜に似た……日菜にも似ていることになるが、母親に似た少女、彼女は真新しいランドセルを背負い、日菜と手を繋いでいた。
「日菜ちゃんは未来予知ができるんだ!」
「あはは、もう視えなくなっちゃったけどね~」
「みらい……すごい」
もう一人、内気そうな雰囲気のある男の子はそんな少女よりも二つ年下で、父親である昂輝に髪色と目元が似ていた。
甘えんぼな彼は日菜に抱きかかえられ、お前重くなったなぁと日菜に笑われる。大きくなったのはいいことだよ! と久しぶりに会った二人の子どもの名前を呼んでいく。
「
「はーい!」
「
「……はーい」
奏と律は口許や細かいところがそっくりのため一見すると姉弟のように見えるし、DNA上で言うなら姉弟と言えなくもないほどの類似がある。だが二人は正確な姉弟ではなく、異母姉弟であった。
──父親は昂輝、だが霞ヶ丘奏は紗夜の、氷川律は日菜の子どもで、五人は現在は同じ家で家族として暮らしていた。
「日菜ちゃんはいつまでいるの?」
「あたし? あたしは夏までかな」
「ママ……たび?」
「そそ! 律もいく?」
アイドルを引退した日菜はこころや後輩である音羽結良と共に様々な世界の星をそのカメラに収めるのを趣味に、そして仕事にしていた。仕事柄あまり息子に会えない日菜はそんな風に誘いをかけ律が少し怖いという感情を見せながらも母親についていきたいと瞳に決意を宿らせたところでやめなさい、と澄んだ声がして振り返った。
「律はまだ四歳よ? 軽率に子どもに希望を持たせるようなことを言うのはやめなさい」
「おかーさんだ!」
「パパも」
「りつー、またママに抱っこしてもらってんのか」
一応は紗夜を母のように甘えるものの、本当の母親である日菜に甘えられないためにここぞとばかりにしがみつく律に苦笑いしながらダッシュで抱き着きにやってきた奏を紗夜と半分で受け止めていく。
「入学式どうだった?」
「カッコよくできたよ! 日菜ちゃんにバシバシって撮ってもらってきた!」
「どうこーくん。奏の雄姿!」
「おお……カッコよく撮れてる」
「私にも見せて、日菜」
三人はそんな娘の姿を見て微笑みを浮かべる。
──昔、日菜が視てきた銀色の未来にもいた霞ヶ丘奏という存在は日菜の中でも娘のようであり、そして大学生になってから視た最後の未来予知に姿を見せた氷川律は、日菜にとって自分も幸せでいられるという証拠であると同時になによりも大事な存在でもあった。
そしてそれは紗夜も同様で、紗夜は律のことを息子として大切に育てていた。
「おとーさんとおかーさんはギターカッコよく弾いてきた?」
「そりゃもうバッチリだ」
「奏の両親として恥ずかしくないくらいに」
朝のテレビ番組で共演した二人は同時にサムズアップした。
暖かい桜色の春の風に、はちみつ色の笑顔が五つ、それを視た紗夜と昂輝は同時にはちみつ色を零していった。
「あたしがお歌を歌ってあげよーパスパレのやつね!」
「ママの……お歌、好き」
「アイドルソングじゃない」
「あたしも日菜ちゃんのお歌好き!」
「おねーちゃんより歌は上手だからね!」
「こら日菜!」
笑い声が響いていく。もう三人の頭上に雨は降っていなかった。後悔も未練もない晴れ晴れとした幸せを三人で分け合って、三人で伝えあっていく。
昂輝が感情を視ることができたから、紗夜が昂輝を理解したいと願っていたから、日菜が幸せにまっすぐ進んでいけたからこそたどり着いた未来に、昂輝はまたはちみつ色の笑顔を零していくのだった。
──氷川紗夜に優しい音色を届けるまで。Cルート END
正解は一つではない。結んだ糸を正しい形でほどければ、正しい形で結びなおすことができる。傍から見てそれがなんであろうとも、彼ら彼女らにとっては最良の未来に結ぶことができていた。日菜から紗夜へ、紗夜から日菜へ、昂輝へ、昂輝から二人へ、そして愛した証である二人の子どもへ、虹色の優しい音色は繋がって、伝えられていく。