「おにーちゃん、だいすきー♡」
俺がベッドに腰かけると、サヨはあどけない笑顔で抱きついてきた。
とても満足気な笑顔に心が洗われると共に、チクリと痛む。
変わってしまった幼馴染。この姿こそが、俺の帝国への恨みの象徴だ。
「えへへー、おにーちゃん♡おにーちゃん♡」
溢れんばかりの笑顔に、俺は故郷を出てからのことを思い出していた。
あの悲劇のことを。
辺境の村で生まれた俺たちは、いつも幼馴染三人で駆け回っていた。
狩りの仕方や剣の扱いも共に学んだ。
そして帝都で軍に入り、名を挙げて貧しい故郷を救うんだと意気込んで村を出る日の朝、最初の悲劇は起きた。
幼馴染の一人、イエヤスが食中毒にかかり一緒に行けなくなっちゃった。
もう食中毒は治ったのだろうか。心配だ。
早くも一人の仲間が欠けてしまった俺たちは、それでも帝都を目指す。
時間が経てば経つほど故郷は貧しくなる一方なのだ。
そしてその夜、野宿をしている時に二つ目の悲劇が起きた。
盗賊に襲われた。
何とか逃げきれたものの、俺はサヨとはぐれてしまう。
仕方なく一人で帝都に向かい、その後合流しようと思った。
三つ目の悲劇は帝都に着いた直後の出来事だ。
有り金全部盗られた。
もう散々過ぎる。
その時たまたま会ったレオーネ姐さんに、騙されてお金を全てぶん盗られた。
故郷の人がどんだけ頑張って集めたと思っているのだろうか。
思い出したら腹たってきた。この事についてまだ何も謝られてないし。
後で抗議しに行こう。
そして最後の悲劇、最大の悲劇。
サヨが、薬漬けにされていた。
路頭に迷っていた俺はたまたま通り掛かった貴族に拾われ、護衛の職を貰った。
しかしその貴族は、俺のような何も知らないガキを騙して雇い、地下室で拷問することが趣味のバイオレンス一家だったのだ。
ある夜、その糞貴族をナイトレイドが襲撃する。
襲撃時の俺は、貴族の娘の護衛をしていたが、そこで地下室を目撃、その中には鎖で拘束されたサヨがぐったりとしていた。
すぐさま護衛対象を首ちょんぱしてサヨを助けるが、意識不明の重体。その貴族は、表に出回っていない凶悪な薬をサヨに飲ませたらしい。
連れ去られたナイトレイドのアジトで、何とか一命を取り留めて目を覚ましたものの、ご覧の通り幼児退行してしまっていた。
以上が今までの流れだ。
「おにーちゃん、ぎゅってしてー♡」
「お、おう」
子供の頼みは断れないが、体つきに成長が見られるためドギマギしてしまう。
「ぎゅー♡」
「は、ははは、よしよし」
この子は子供この子は子供この子は子供。
煩悩退散しよう。サヨは妙に勘のいいところがあったから、劣情を抱けば直ぐにバレてしまうかもしれない。
子供をあやすイメージを脳内に巡らせながら撫で回す。
「──んっ、はぁ♡すごっ♡」
「え?」
一瞬サヨから子供の雰囲気が抜けた気がした。
「う、ううんなんでもないよ。おにーちゃんのナデナデすきー」
「そうか?ならもっとやってやる」
ちょっとサヨの幼児退行を治す兆しが見えた気がしたんだが、気の所為だったようだ。
「んひゃっ♡も、もっとー、ナデナデもっとー♡♡」
「サヨは本当に撫でられるの好きだな」
サヨを撫であやしていると、後ろのドアが開かれた。
「タツミ、入るぞ」
機嫌が悪いのだろうか、アカメは返事すら待たずにドアを捻る。
てかここサヨの療養室なのに俺に入室許可求めるのどうなんだろうね。
アカメは無表情で入ってきたが、気持ちよさそうに撫でられるサヨを一瞥し、微かに眉を顰める。
「・・・・・・おにーちゃん、ぎゅーして?」
明らかに刺々しいオーラを放つアカメなど気にもとめず、サヨは以前甘えん坊モードでねだってくる。
勘の良さどこ行ったんだよ。いやぎゅーするけど。
「ん〜〜♡♡」
本当に幸せそうに喉を鳴らすサヨに、こっちまで嬉しくなってくる。ギャップ萌えというものも働いているのだろう。
治したいよ?幼児退行治したいけどね?・・・・・・でももうちょっと幼女サヨ堪能したいじゃん?
「・・・・・・フッ」
サヨが小さく鼻を鳴らした。いや、今のはむしろ鼻で笑ったという感じな気がするが・・・・・・幼女サヨがそんなことするわけねえか。
「ッ!!」
暫く抱き合ったまま動かずにいると、背後で奥歯噛み砕いたんじゃレベルの歯ぎしり音が響く。
疑問に思いサヨを離すと、アカメが鬼もかくやといった表情で睨みつけてきていた。チビりそう。
「あれれー?アカメさんお顔がこわいけどどうしたのー?」
「・・・・・・タツミ、少し出ていてくれないか?」
急に火花を散らし始める二人。これが女の戦いというものだろうか。
「ま、まあいいけど」
流石にアカメも病人には手を出さないだろうと部屋を後にする。
あの場には男が居てはいけない雰囲気だった。別に怖かった訳では無い。
「お?タツミじゃねえか、どうしたんだ?」
通りすがりのブラートの兄貴。
「いやあ、女の戦いから追い出されちゃって」
苦笑いで答えると、兄貴は考える素振りをしてから不敵に笑う。
「タツミ、お前最近ストレス溜まってるだろ。俺が発散させてやるよ。男同士の戦いってやつだ」
兄貴がいい笑顔でにじりよってくる。
この後めちゃくちゃ腹筋腕立てした。
盛り上がって模擬戦までやってたらマインに見つかってとんでもなく怒られた。マインこわい。
■■■
タツミが去った部屋で、サヨとアカメは激しく殺意をぶつけ合っていた。
「お前、幼児退行などしていないだろう」
「あれ、バレちゃった?」
タツミが聞けば度肝を抜かれるであろうアカメの問いに、サヨは隠す気もなく呆気からんと返す。
先程までの構ってちゃんな雰囲気は霧散し、言葉には酷く理知的な光が宿っていた。
しかし反対にその双眸に光は無く、ドロリとした〝黒〟が渦巻く。
アカメはその異常性を敏感に感じとる。
ほんの少し前は人畜無害な振る舞いだった女に、全神経を使い警戒を敷く。
・・・・・・強い。
恐らく、互角。
殺意を交錯させたからこそ分かる相手の力量。
アカメの本能は目の前の女を己と同等の敵だと告げる。
これはサヨしか知らない事実だが、彼女は生まれた時から才能の塊だった。天才などという生半可なものでは無い。怪物と恐れられる類いの才能。
彼女が五歳になった時、村一番の剣士と名高い男の剣技を全て見切っていた。恐らく戦いになれば、一瞬でカタが付いただろう。
「いやーにしても運が良かったなー。まさかこんな形で夢が叶うなんて」
サヨには一つ夢があった。
ずっとずっと昔、それこそ幼少期と呼ばれる時代からの夢。
〝タツミの妹になって甘えまくりたい〟
一見すると馬鹿な夢だが、二見しても馬鹿な夢だ。
だが彼女には、とんでもなく大きな野望。
最初こそ小さな夢、小さな恋心だったのだが、時を経て想いは降り積もっていき、やがてその蓄積は〝病み〟と称される高みまで辿り着いてしまった。
守ってもらうために自分を弱く見せた。力を大幅に抑え続けた。
しかし、全ての行動の要因がタツミ主体のものと変わっても、野望が身を結ぶことはない。ただ仲のいい幼馴染として見られる日々が続くだけ。
運命の転機はきっとあの時。
帝都に向かう道すがら、盗賊に襲われタツミとサヨは分断された。
タツミの前では力を見せる訳にはいかないサヨは、やむ無くその別れを許す。
その後タツミが完全に離れきった瞬間、盗賊全員を数秒で片付け、悪態をつきながら帝都に足を進めた。
途中、貴族の馬車と出会う。
馬車から出てきた貴族は柔和な笑みで帝都まで送りましょうかと尋ねてきたが、サヨはその笑顔の歪みと、消しきれぬ血の香りに気づく。
明らかに良くないことを企んでいる。
そして、サヨは神がかり的な妙案を思いついた。
攫われたら、助けに来てくれるのでは?
助けられた時幼児退行してるフリすれば、妹と扱ってくれるのでは?
サヨは嬉嬉として馬車に乗り込んだ。
その後色々拷問されるが、精々汚れが付くくらいで傷一つつかず、劇薬と紹介された薬を苦もなく耐えきり、無事作戦は成功、彼女の夢は果たされたのだった。
「だからあんまり邪魔しないでくれるかなー?ウザイんだよねお前ら。後から出てきておにーちゃんに擦り寄ってさー」
「その性格をタツミにバラしてやろうか?」
「ハッ、勝手にどうぞー?でも優しいおにーちゃんはサヨのこと疑ったりしないから」
「「・・・・・・」」
バッチバチの火花が暫く散っていた。
サヨはカーマデーヴァの能力がかかっていません。素でこれです。ヤバいですね。
サヨの現在の力は、5ヌマ・セイカくらい。
次回『レオーネ姐さんお仕置編』