目的地までの街道は、今現在下りの様相を呈していた。
足元と行く先が同時に見える。
疎らに住宅がぽつり、ぽつりとみえ、私たち以外にも人の通りが微かにだが現れ始めていた。
いよいよ街に近付いて来たからか、草木と言うものは刈られ尽くしたのか存在が消え、変わりと言えばなんだが手入れの行き届いていない染みだらけの標識がそそりたつ。
「そろそろだなぁ。」
「そろそろですねぇ、残り2、3kmといったところでしょうか。」
暑さは未だ変わらず、限界まで熱せられた崩壊寸前のガードレールから空気の歪みが立ち上る。
平たく言えば陽炎だけど、私はこれが本当に陽炎なのか、もしくは既に熱中症による視界不良を発祥しているのか判断つかなかった。
そんな暑さゆえに、なによりあの反人形団体の取り仕切る街にバレずに入るために、私は衣類をもう一度取り替えたし、一方ZasM21は普段の小洒落たファッションからは想像できないほど地味でつまらない、アスリートの着るようなスポーツウェアに身を包んでいる。
「街に付いたら何しようか。冷たいものを腹に流し込むのは鉄板だよな。」
「宿泊施設はケチらないでくださいね。下手をすれば死にかねない。」
何か思い出したのか、和やかでカラッとした空模様とは裏腹に、ZasM21の顔は青くなった。
いや、晴天故青い空が見えてるぶん空のように、という方が正しいな。
もしくは、この人形の髪の毛と同じくらい、青いのではないだろうか。
そうだ、心当たりがある、確かあれは前線基地経由で任務を与えたときだったか。
宿泊費をケチッた結果、虫は涌くわ、カビだらけのクソみたいな部屋に泊まらされたと聞く。
そのときの責任者であったKSGも、渋い顔をしていた。
「ハハハ、そういえばお前はそれで一度酷い目に遭ったのか。私がそこまで考えなしだと思うか?」
「馬鹿かと問われれば否定しますが、どちらかと言えばケチかなと。誓約だって、私を除いてしてませんし。」
「無駄金がないのは事実だが必要経費は惜しまんぞ。お前。」
逆を言えば必要ないことには手を回さんのだ。
私のキャパシティなど、たかが知れている。
今私が眺められる範囲にあるのは、果ての無い空、何処までも続く大地、そして人々の巨大な営み。照りつける太陽。
けれど、この中で私が守って、そして大切に出来るものと言えば?
精々、目の前にいるこのお気楽な人形程度だろう。
全てを飲み込み、全てを守りきる、新入りの化け物じみたヤツと同じようには生きることなど出来んのだ。
「人間のふりをするためには呼吸の再現をせんとな。それくらいできるか?」
戦術人形は基本的に呼吸をせずとも生きていける。
ただ高級機体には、そこらの再現機能すら付いているらしい。
つくづく、I.O.Pの拘りには脱帽させられる。
「そうですね、可能です。」
逡巡の後、すぐさま答えた。
どうやら普段の自信満々な態度に違わず、コイツは高性能の部類だったようだ。
出来て当然だとも、という意思がひしひしと伝わってくる顔。
「ただ私が人間のふりをするのなら、指輪に対する、「人形のリミッター解放だから」といういつもしてる聞き苦しい言い訳が出来なくなりますよね、指揮官。」
「じゃあ街のなかにいる間は外すか?」
「権限の証なので、出来かねます。というか嫌です。」
ZasM21には珍しく、強い拒絶。
さっきまで青かった顔は、なんとなくむくれているようにも見える。
「グローブでもしておけ。私はそこらの人形性愛者とは違うからな、絶対人の夫婦のふりなんてしないぞ?」
けれど私はそんなものでぶれはしない。
嫌です、ってなんだ、お前。
「うわ、モテなさそう。」
好きなだけ言っとけ。
人形だろうが人だろうがモテたところでどうなのだ。
幾度なく失敗したからわかる、私にはそれのキャパがないのだ、仕方ないだろう。
「多分父親と娘位が一番マシに見えるだろうな。
よし、それでいくぞ娘よ。」
「すみません反抗期いいですか?」
「しばくぞ。」
ここまで言い合ったところで、お互い思わず笑ってしまった。
やはり、真面目で湿った関係など、人と人形には似合わない。
いや、私とコイツには、だろうな。
効率主義者どうしの、非効率極まりない無駄話を続けつつ、あと少しでたどり着く街の景色を眺めながら歩いていく。
昨日まで、遠くに見えるものと言えば天高く盛り上がった山か、乱雑に積み上がって嵐を撒き散らす入道雲くらいだった。
それ以外は無味乾燥な、平地が無駄に広がっているだけ。
しかしここまで来てみるとどうだ。
余所見しても、幾ばくかの人の痕跡を確認することができ、目的地の方を見れば、きちんとたどり着くべき場所を感じとることができる。
社会性生物として、同族の関連物には安心感を感じるのだろうか、私は立場上敵地に赴くというのにも関わらず、広野で一人と一つのテント生活をしばらく続けたときよりも落ち着いていた。
隣を歩く人形は、先程私に言われたことを律儀に守り、もう既にグローブを取り出し、手先から丁寧にはめているところだった。
何をそこまで大切にするのか、指輪に気を使いながら。
しかし、私がその理由を尋ねたところで、「資源を大切にしなければいけないから」程度の答えしかきっと帰ってこないだろう。
舗装道の質は、変わり果てた。
無論、良い方に。
交通量はこちらの方が明らかに多いのであろうが、きっと手入れが行き届いているのだろう。
おかげで足元に意識を割かなくとも、転けることはない。
人形反対派のくせしてここまで綺麗に管理されているとなると、仕事量は半端ではないだろうに。
そこをその人形とそれを率いる人間が土足で踏み荒らしているというのは、中々罪深いことではなかろうか。
まあ、配慮などするつもりはないのだが。
「もうここまで来ると、扱い的には街の中みたいですね。はあ、疲れました。」
「大分歩いたよな。でもお前が疲れるなんてことあるのか?人ぎょ......おっと、まだ若い私の娘なのに。」
会話と思考に夢中になっていて全く気付かなかったが、確かに言われてみてから見渡すと、ああ、辿り着いたんだなと判断するのに十分な空間の中に居た。
高い建物。遠くの空など見えはしない。
広い車道。それに比べて、狭い歩道。
舗装路に欠片も穴はなく、雑草は目を凝らそうが見つからない。
標識は外と違って馬鹿みたいにピカピカで、錆びなんか無かった。
「本気でその設定でいくんですか?
「プッ、クク、そこで親父をチョイスする辺りノリノリだろお前。その顔ならパパ、とかお父様、とかそっちじゃないのか?」
笑わせる。
たまに面白いことをさらっと言うから気に入ったんだ。
「あ、じゃあパパ上でいいですか?」
「面白いぞバカ娘よ。」
ハハハ、と街中であるのにまたもや二人で笑ってしまった。
まだ人通りの少ない時間でよかった、この規模の街ならばピーク時には凄まじいことになりそうだからな。
まだ旅は始まったばかりで、やっとこさ最初の街にたどり着いたくらい。
まだまだ暇は楽しめそうだ。
見渡す限りのコンクリート市街は、やっぱり見慣れていて、所々に浮かぶマンホールの島は、私たちの故郷でもある。
こういう景色の様変わりと、ふざけた会話というのはやはり、足をジープの代わりに使わなければ享受することが出来ないのだろう。