ザ・ヴァンパイアハンター~黒鷹のマリアッチ~ 作:PlusⅨ
神父は一人、教会の礼拝堂の脇にある一室に戻ってきていた。
神父は暗がりの中で手探りしながら蝋燭に灯を燈す。
ぼんやりと薄明かりが広がった室内に、まるで影から浮かび上がったかのように保安官の姿が現れた。
神父はそのことに別段驚きもせず、保安官へ問いかけた。
「先ほど、銃声が聞こえましたが?」
保安官は一つ頷くと、その腰から二挺の拳銃を取り出し、神父に手渡した。
「マリアッチだ。部下が返り討ちにされ、宿屋の“息子”も撃ち殺された」
「やはり、ハンターでしたか。しかし、銃も無く?」
神父は受け取った黒鷹と赤鷹を、腫れ物でも扱うように手近の机の上に置いた。
保安官は、傍らでその様子を眺めながら言った。
「部下は銀のフォークで刺し殺され、宿屋の息子は銀貨で胸を撃ち抜かれていた。恐ろしいまでに鮮やかな手並みだ。やはり、部下を一人で行かすべきではなかった」
「仕方ありません。訪れる流しのギター弾き全てがハンターではないのですから」
「老婆の方は?」
「恐らく、ハンターとは関係ないでしょう。あのマリアッチとは偶然に知り合っただけのようです。先ほど、床屋と棺桶屋の様子を見せてきましたが、聖女様のお力を確かに認め、いたく感激していました。手持ちの全財産の全てを寄付しても良いから、今すぐにでも若返らせてくれと言ってきましたよ」
「了承したのか?」
神父は頷いた。
「聖女様の血を受けて、あの二人は既に完治しました。床屋も再び正気に戻っております。しかし、引き換えに聖女様が……」
「聖女様に捧げる新たな血が必要だったわけか。……もう、俺たちの血では駄目なんだな」
「もう、夜の間ですら僅かな時間しかお目覚めになりません。その上、起きているときでもどれほどの正気を保っておられるのか」
神父の言葉に、保安官は僅かに俯いた。
「また、歌っておられたな。今は、どうなのだ?」
「眠っておられます。ただ、不思議と穏やかな寝顔でした。いつもは、悪夢に魘(うな)される様でしたのに、今夜ばかりは、何処か幸せそうに」
「何故だ?」
「きっと、おそらく」
神父の視線が、机の上の拳銃に向けられた。
机の上の蝋燭の明かりに照らし出され、黒鷹の銃把に掘り込まれた鷹の姿が浮かび上がっている。
「ハンターが来たことに、気付いておられるのかも知れません」
そう言って、神父は深い溜息を吐いた。
保安官が机の上から黒鷹と赤鷹を取り上げた。
「マリアッチは俺が探し出し、始末する」
「お一人で大丈夫ですか」
「数を増やしたところで犠牲が増えるだけだ。相手は相当の手練だ。生半可な腕では敵わないだろう。捜索に出してある残りの部下は全部、教会の警護に当たらせる」
保安官が戸を開けると、そこに、保安官助手の一人が控えていた。
「全員を教会に集合させろ。聖女様から血を賜り、まだ正気を保っている者たち全員だ。教会で聖女様をお守りしろ」
そう言って、助手に黒鷹と赤鷹を手渡した。
助手は二挺の拳銃を僅かに手の内で弄ぶと、それを自分の拳銃の代わりにホルスターに納め、踵を返して教会から出て行った。
その後を追うように、保安官も出て行く。
神父は保安官を見送ると、彼も部屋を出て礼拝堂へと向かっていった。
誰も居なくなった部屋の中、俺は隠れていた天井裏から音を立てないように降り立ち、扉の影から隣の礼拝堂を窺った。
神父は礼拝堂に掲げられた聖母の像に向かって手を組み、頭を垂れて祈りを捧げていた。
そこには婆さんの姿もあった。
婆さんも同じように、妙にしおらしく祈りを捧げているようだった。本人の言う通り、ちゃんと信仰心は持ち合わせているらしい。普段のあの態度からすると、どうにも疑ってしまうのだが。
その近くには、宿屋の主と、そして、全身に銃弾を喰らったはずの床屋と、喉を裂かれたはずの棺桶屋が、確かにそこに居て、祈りを捧げていた。
その表情に、もはや狂気の色は見えない。
そうやって、彼らはしばらく無言で祈りを捧げていたが、やがて教会の扉が開き、四人の保安官助手と三人の町の住民らしき男女が礼拝堂へとやってきた。
神父は祈りを止め、礼拝堂に集まって来た者たちへと向き直り、そして、厳かに告げた。
「揃ったようですね。では、皆さん。これより儀式を始めたいと思います。今宵、ここにおられるご婦人が聖女様から祝福を賜り、我らと共に歩まれることを決断なさいました。このご婦人は、はるばる荒野を渡り、ご自身の全財産を寄付なさろうとまでする、大変信心深いお方です。ですが、私たちにとって、いえ、聖女様に置かれましても、その厚き信仰心以上のものは望んでおられません」
神父はもったいぶったように、ゆっくりと聖母の像へと向き直り、その台座の一角に手をかけた。
一体どういう仕掛けか、その重そうな聖母の像が、台座ごと音も無く横に滑り、その奥に地下へと下りていく階段が現れたのだった。
「この先に聖女様がおわします。この階段を下りることは貴女の人生の終焉であり、そして再び上がってこられるとき、それは貴女の人生の始まりであることでしょう。さあ、どうぞお行きください」
神父が婆さんを促した。
その周りには、床屋と、棺桶屋と、宿屋と、そして三人の男女、四人の保安官助手が、婆さんの一足一動をある種の期待をこめながら見守っていた。
十一人、二十二の瞳に囲まれながら、婆さんはジイっと階段の奥に広がる暗闇を見つめていた。
その表情はなにやら考え込んでいるようだった。もしやこの期に及んで臆したか、それとも、何か引っかかるものがあるのか、とにかく、婆さんは中々動こうとはしなかった。
「一体どうされたのですか?」
流石に、神父が声をかけてきた。
「何も、恐れることはありません」
「ふん、何も恐れとるわけじゃないわい」
婆さんがようやく口を開いた。
「一つ、確かめたいんじゃが?」
「何なりと、お答えいたしましょう」
「本当に、ワシの全財産はいらんのじゃな?」
この質問に、神父は僅かに眉をひそめたが、
「無論です。私たちはただ、聖女様と共にある以上の事は望んでおらず、また、その幸福を分かち合う事に見返りを求めておりません」
「ならば、ワシは聖女に何を捧げれば良いんじゃ?」
「ただ、貴女の御身とお心さえあれば」
「ふむん」
婆さんは神父の言葉を聞くと一つ鼻を鳴らし、そしてようやくその表情に笑みを浮かべた。
「判った。心を決めたわい」
「そうですか。では――」
「――やめておくわい」
婆さんは一言そう言い捨てると、くるりと踵を返してしまった。
神父をはじめ周りの人間は、教会の出口へ向かおうとする婆さんを呆気にとられたように見ていたが、
「おぉ、何故です!?」
神父が慌てて声を上げた。
「簡単なことじゃ。ワシは値のつかないものは信用せん。それだけじゃ」
「何を言っているのです!? 貴女はその目で奇跡をお認めになったではありませんか!?」
「確かに、この目で見た。認めた。あれはまさに奇跡じゃ。ワシが全財産をかけるに値する奇跡じゃ。しかし、おぬしらは見返りを求めぬという。それは奇妙じゃ。何かおかしい。……物事には常に相応の値が付きまとうんじゃ。見返りを求めない行為なんぞワシは信用せん。ええか、タダほど怖いもんは無いんじゃぞ」
婆さんのその言葉に、俺は思わず声を挙げて笑い出しそうになった。
まったく、何なんだこの婆さんは。
周囲を固めている連中相手に物怖じ一つせずに、飄々と教会を出て行こうとしている。
婆さんが教会の出口まで来たとき、その前に保安官助手の一人が立ちはだかった。
「なんじゃい、邪魔するでないわ」
「貴女は、大変な間違いを犯そうとしています」
婆さんの背中に向かって神父が声をかけた。
「貴女が何を思って帰られようとするのか私には理解しかねますが、しかし、一目でも聖女様にお目にかかればその誤解も解けることでしょう」
「遠慮しとくわい。ワシは、ワシの勘を信じるんじゃ。ええい、そこを退かんか」
婆さんは保安官助手の脇をすり抜けようとしたが、
「致し方ありません。その方をこちらへお連れしなさい」
と、神父の言葉によって保安官助手が婆さんの腕を掴みあげた。
「やっ、こりゃ何をするんじゃ。離さんかい!」
ジタバタとあがく婆さんだが、保安官助手は意に介さず、ずるずると礼拝堂の中央へと引きずっていく。
「無礼をお許しください。しかし、きっと貴女は私たちに、聖女様に感謝することになるでしょう。あの時、帰ってしまわなくて本当に良かった、と」
「いいや、婆さんの考えは実に正しいと、俺はそう思うね」
手にしたギターをひとつ、爪弾いた。
礼拝堂に居た全員の視線が、聖母の像の近くまで出てきた俺に集められた。
「お、おぬし!?」
老婆の言葉に、俺はもうひとつギターを鳴らして答える。
神父が唇を戦慄かせながら叫んだ。
「ギター弾き!?」
皆も口々に叫びだす。
「ハンターマリアッチ!?」
一瞬にして、礼拝堂が騒然となった。
神父が金切り声を上げ、保安官助手たちが一斉に腰の銃を抜く。
俺はすぐに床を蹴って礼拝堂の中央へと駆け出した。
目指すのは、婆さんの居る場所。
婆さんの腕を掴んでいる保安官助手がもう片手で引き抜いた拳銃を俺に向けた。
銃声と共に放たれた銃弾を、俺は目の前に掲げたギターで受け止める。
鈍い衝撃と共に、ギターに穴が開き、張られていた弦が弾けとんだ。
それでも俺は構わず駆け続け、保安官助手が二発目を撃とうとするより速く、その脳天にギターを振り下ろした。
バキィっと激しい音と共に保安官助手は倒れ、ギターは粉々に砕けた。
俺はすかさず傍らにいた婆さんの肩を掴み、床に引きずり倒す。
同時に伏せた俺の頭上を二発の銃弾が掠め飛んでいった。
「何じゃ、何じゃ一体!?」
「しばらく伏せてろ」
俺はギターの残骸に手を突っ込むと、その中に納められていた物を引っ張り出す。
それは、銃身と銃把を短く切り詰めたウィンチェスター銃だった。
そう、これがグレイヴが俺に残してくれたもの。
銃を構える三人の保安官助手。
左右に一人ずつ。正面に一人。
正面の一人は、両手に俺から奪った黒鷹と赤鷹を構えていた。
俺は迷わず右側の保安官助手に銃口を向けた。
そいつが撃つよりも先に、ウィンチェスターの銀鍍金された銃弾がその心臓を穿つ。
同時に二発の銃声。
俺の左側と、正面の保安官助手が発砲したのだ。
俺のすぐ傍を一発の銃弾が掠め飛ぶ。
俺はすかさずその銃弾が来た方へ発砲した。
左側に居た保安官助手は喉を撃ち抜かれ、声も上げずに崩れ落ちる。
正面に残る保安官助手が、またもや黒鷹を撃つ。
しかし、黒鷹の反動は強すぎて、そいつにとって片手で扱いきれる代物ではなかったらしい。
銃弾はさっきと同じく、見当違いの方向へ飛んでいった。
ウィンチェスターの弾丸に眉間を撃ち抜かれ、保安官助手の三人目もまた息絶えた。
「婆さん、あんたにゃ礼を言わなきゃならんな。おかげで、吸血鬼の居場所がはっきりした」
俺は黒鷹と赤鷹を取り戻すべく、撃ち倒した男に向けて歩き出す。
「きゅ、吸血鬼じゃと。い、いったいおぬしは何者なんじゃ!?」
「俺か、俺は」
振り向き様にウィンチェスターの銃口を婆さんに向けた。
「滅び行く者に挽歌を奏で、不死者に安らかなる眠りを与えし者」
婆さんの足元めがけ銃を撃つ。
銃弾は、そこに倒れている最初に殴り倒した保安官助手の心臓を撃ち抜いた。
その手に構えられていた拳銃が床に落ちる。
「俺は、ヴァンパイアハンター。利用して悪かった。だけど、早くここから立ち去ることだ。ここは、生者の居る場所じゃない」
俺は再び向き直り、背後で婆さんが慌てて礼拝堂から逃げ出していく足音を聞きながら、灰化していく保安官助手の両手から黒鷹と赤鷹を取り返した。
四人の保安官助手は倒した。しかし、まだ敵は居る。
俺は迫る殺気に、振り向き様に赤鷹を撃った。
俺に向けて投げつけられていた鋭利な剃刀を、寸前で狙い撃つ。
銃弾によって跳ね返された剃刀は、そのまま真直ぐ投げつけた本人である床屋の胸に突き立った。
その意外な反撃に、床屋だけでなく、その傍にいた棺桶屋や宿屋や、他の三人も 浮き足立ち、こちらに背を向けて慌てて礼拝堂の出口めがけ駆け出していこうとした。
俺はその背中めがけ、両手の二挺拳銃を連射する。
放たれた弾丸を浴び、六人は次々とその場に倒れ臥した。
もっとも、いま黒鷹と赤鷹の弾倉に詰まっていたのは単なる鉛弾だ。
俺が弾を装填し直している間に、彼らはムックリと身を起こして、再び逃亡しようと礼拝堂の出口めざして走り出していた。
再び銃声。
六発の爆裂水銀弾に撃ち抜かれ、彼らは教会の外に出ることなく、残らず塵に帰った。
「塵は、塵へ。……Amen」
「なぜだ、何故ここまでする!?」
礼拝堂の片隅で蹲る神父がいた。
「ヴァンパイアの血を拡めるなど、許されはしない」
「お前のやっていることは、ただの殺戮ではないか!」
「何とでも、言うが良いさ」
婆さんが出て行ったときに開け放たれた扉から、雪と共に夜の風が舞い込んできた。
その風に煽られて、礼拝堂のあちらこちらに出来上がった灰の塊が舞い上がる。
風と、雪と、灰と、それらがおさまったとき、礼拝堂にその男が入ってきた。
テンガロンハットを目深に被り、腰に長い革鞭を吊るした青年。胸に光る金バッヂは保安官の証。
保安官は礼拝堂の中を見渡しながら、一歩、また一歩と俺に向けて歩み寄ってくる。
「ハンターとは、やはり噂どおりの存在のようだな。吸血鬼とあれば誰であれ情け容赦なく殺す」
保安官は足を止めた。
そこは、俺の必殺の間合いから一歩だけ離れた距離。
そして恐らく、奴の鞭の間合いからも一歩だけ離れた場所に違いない。
「吸血鬼であれば、殺す」
俺は答えていた。
「たとえ生者でも、レンフィールドならやはり殺す」
今、俺の手には右手の黒鷹に三発、左手の赤鷹に三発の、計六発の爆裂水銀弾。
俺の構えた二挺券銃の銃口の先、保安官もまた、腰に吊るした革鞭の柄に手をかけた。
「マリアッチ、お前に彼女は殺させない」
「殺すさ。殺さなきゃならないんだ」
俺と保安官は同時に一歩踏み込み、互いの間合いの中に入った瞬間に戦いが始まった。
黒鷹の銃声と共に保安官の鞭が宙を裂き、放たれた爆裂水銀弾を叩き落した。
「なっ!?」
まさに神業だった。
銃弾を叩き落した鞭の先端が、間髪いれずに俺に向けて襲い掛かってくる。
俺は咄嗟に左手の赤鷹でその鞭を撃った。
銃弾によって鞭の先端が跳ね返り、俺はその隙に再び黒鷹で保安官を狙い撃つ。
しかし保安官は、柄近くの根元の鞭を使って銃弾を防いで見せた。
ここまでの攻防に一秒もかかっていないにも関わらず、俺にとってこの瞬間は無限にも等しく引き伸ばされたように感じていた。
恐らく保安官も同じように感じているだろう。
極限にまで研ぎ澄まされた感覚の中、奴の鞭が再び襲い掛かってくるのが判る。
だが、それを知覚できたとして、鞭を避けるにしろ撃ち返すにしろ、その行為をする俺の身体はもどかしいくらいに重く遅い。
残る弾丸は黒鷹に一発、赤鷹に二発。
赤鷹の撃鉄を起こし、引き金にかけた指に力を込める、その永遠にも似た一瞬。
――外した!
弾丸は、微かに鞭の先端を掠めるにとどまった。
刹那の狭間の中、銃弾と鞭はすれ違い、しかしその衝撃で両者の軌道は僅かにはずれ、銃弾は保安官のテンガロンハットを、鞭の先端は俺の右手の黒鷹を、それぞれ弾き飛ばしていた。
「チッ!」
思わず舌打ちが漏れた。
俺の右手に痺れたような痛みが残る。
その痛みに気をとられていた隙に、保安官は既に鞭を巻き戻し、すぐにでも攻撃に移れる構えに入っていた。
対して、俺に残された武器はもはや左手の赤鷹の一発のみ。
迂闊に撃てば、それは容易く叩き落されてしまうだろう。だが、悠長に再装填させてくれる隙を与えてくれるはずが無い。
保安官の足元に、テンガロンハットが舞い落ちる。
その露わになった灰色の瞳が、油断無く俺を見据えていた。
そうか。
俺は保安官に対して、あることに気がついた。
「保安官。その尋常じゃない鞭捌き、あんたもハンターじゃないのか?」
俺の問いに、保安官は表情ひとつ変えずに、
「そうだ」
と、肯定した。
「ハンターが、レンフィールドに成り下がったとでも言うのか?」
「いいや、違う。俺も、そこの神父も、彼女の血を飲んだことは無い。ただ、与えただけだ。………俺たちは、自分の意思で彼女と共にいる」
「何を、考えていやがる。何を、企んでいやがる?」
「何も、企んでなど無い」
「だったら何なんだ。まさか、吸血鬼に惚れでもしたか」
俺がそう言った時、保安官がその表情に笑みを浮かべた。
それは心に傷持つものが自嘲気味に笑うような、そんな哀しい笑い方をしていた。
あぁ、そうか。この男は本当に――
「マリアッチ」
出し抜けに保安官が口を開いた。
「惚れた女を、殺したことがあるか」
「何?」
「徐々に変貌していく彼女を前にどうすることも出来ずに、“殺してくれ”とせがまれるがまま、無力感にさいなまれつつ、紅く染まった瞳で血の涙を流す女を撃つ――。お前に、その気持ちが判るか?」
その言葉に息を呑みながらも俺は、保安官の鞭を握る腕に、僅かに力がこもったのを見て取った。
恐らく、次の攻撃が来る。
俺は僅かに瞳を動かし、あたりを見渡した。
右側の方向、そこに、蹲ったままの神父がいた。その神父のすぐ目の前に、弾き飛ばされた黒鷹が転がっている。
神父が、黒鷹に手を伸ばそうとしていた。
「もう二度と、そんな事は繰り返さない。それが俺たちの理由だ!」
保安官が叫び、鞭を放つ。
同時に神父もまた立ち上がり、黒鷹の銃口を俺に向けた。
俺の手元に弾丸は一発、敵は二人。
俺は――
――神父の手元を狙い撃った。
爆裂水銀弾が神父の手を吹き飛ばし、その衝撃で黒鷹が火を吹いた。
と、同時に保安官の鞭が俺の左手をしたたかに打ち、赤鷹を叩き落してしまう。
もう、これで俺に武器は無い。
しかし、止めの鞭は、来なかった。
俺は打たれた左手を庇いながら、保安官に向き直る。
保安官は左わき腹を手で押さえ、うつ伏せに倒れて呻いていた。
銃弾に弾かれた黒鷹は、保安官に銃口を向けて発砲されたのだ。
保安官の左わき腹は、爆裂水銀弾によって深く抉られていた。
苦しげに顔を上げ、俺に対して何か言おうと開いたその口から、どっと血反吐があふれ出し、保安官は息絶えた。
そして、残るは。
「う…うぁああ…」
右手の指を全部失った神父が、激痛に身を震わせながら再び蹲っていた。
その傍に、血まみれになった黒鷹が転がっている。
俺は黒鷹を拾い上げ、その弾倉から空薬莢を排出していく。
一発、また一発と爆裂水銀弾を込め直す俺を、神父は額に脂汗を流しながら見上げていた。
「わ、私たちと、聖女様が初めて出会ったとき……あの方は、言った。……“殺してくれ”……と…」
荒い呼吸の中、神父は語りだす。
「あの方は、彼女と同じだったのだ。…強力な吸血鬼の血に徐々に理性を焼き尽くされ、狂おしいまでの血への渇望に苛まれ続ける。転生した者たちに待ち受ける末路を、あの方もまた知っていた」
再装填し終えた黒鷹の銃口を、神父に向ける。
「私たちは今度こそ、救おうと思った。………そのために偽りを重ね、人の道を外れようとも、あらゆるものを代償にしようとも……救えずに殺すしかなかった、彼女への償いとして……」
莫迦な、話だった。
こんなにも莫迦な話は無い。
俺は黒鷹の撃鉄を起こし、そして言った。
「俺も、償いに来た」
「何?」
「……イザベラが転生したとき、彼女に“殺してくれ”とせがまれたとき、俺は殺せなかった」
俺の言葉に、神父は痛みすら忘れたように唖然とした表情を浮かべた。
が、やがて、そして次第に、その表情を崩していく。
神父の顔に、笑みが浮かんでいた。
それは酷く皮肉に満ちていて、全てを嘲笑っているかのような声で、彼は笑った。
銃口の先に、もしかしたら在り得たかも知れない、俺が居た。
その銃を握っているのは、もしかしたら在り得たかも知れない、彼らの姿だ。
黒鷹を境に、対峙するのは合わせ鏡のような因縁。
「呪われろ、ハンター」
黒鷹が、火を吹いた。
「Amen」
礼拝堂に神父と、保安官の死体だけが残された。
周囲に散らばった大量の灰は風にかき回され、もう、誰のものとも区別は無い。
俺は身を潜めていた部屋からギターケースを持ち出し、そして、聖母像の裏から地下へと伸びる階段へと足を踏み入れた。