ザ・ヴァンパイアハンター~黒鷹のマリアッチ~   作:PlusⅨ

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7・奇跡の町のギター弾き

 雪幕に煙る荒野の、そのだだっ広い景色の向こうに薄ぼんやりと街並みが浮かび上がっていた。

 

 荷馬車はその町へ向かって、雪でぬかるんだ地面を進んでいく。

 

 街の入り口から真直ぐ東西に伸びる表通り。

 

 その両脇には乗合馬車の詰め所や、その馬車の修繕屋。

 

 酒場に、その二階には宿屋。

 

 郵便局に、保安官の詰め所。

 

 床屋に棺桶屋。

 

 そして教会なんかがひしめいていて、要するに、この荒野の何処にだってありそうな、典型的な開拓民の街並みだった。

 

 町の入り口は東側を向いていて、そこから西へ伸びる表通りの手前に宿屋。通りの一番奥に教会という配置だったが、それにしても奇妙な雰囲気が漂っていた。

 

 表通りに、人っ子一人見当たらないのだ。

 

 俺たちを乗せた荷馬車が町の入り口に差し掛かり、その宿屋の前に差し掛かっても、その建物の窓と言う窓の全てはカーテンで閉ざされていて、中の様子をうかがい知ることは出来なかった。

 

「こりゃどういうことじゃ?」

 

 婆さんが訝しげに首を捻った。

 

「誰もおらんとは、廃村にでもなってしもうたのか」

 

「いいや、そうでもないだろう」

 

 俺は首を横に振った。

 

 人の住まない町は急速に荒廃していく。だが、ゴーストタウンにしては、この町は整然としていた。どの建物も放置されたような様子は無いし、表通りの雪でぬかるんだ土の上には、この荷馬車以外にも轍や足跡が残っている。

 

 この町には紛れも無く、人の気配があった。

 

「まるで、眠っているような町だな。例えるなら、そう、真夜中の町並みだ」

 

「なに言うとる。まだ日暮れ時じゃろうに」

 

「夜行性の住人なのだろうさ、きっと」

 

 俺の言葉は半分以上は本気だったが、婆さんには半分以下の冗談としか伝わらなかったらしい。

 

「おぬし、ユーモアのセンスが無いのう」

 

 やれやれと溜め息を吐かれてしまった。

 

 そうこうしているうちに荷馬車は、町のちょうど中心近くまで歩みを進めていた。

 

 その時、辺りに鐘の音が響き渡った。

 

 カーン、カーン、と何処かヒビ割れたような古臭い鐘の音色。

 

 曇天の下、ゆっくりと牡丹雪が舞い降りるこの町の中を、冷たい風が吹きぬけていくようにカーン、カーンと通り過ぎていく。

 

 それが教会の鐘楼の鐘だと気付いたのは、既に六つ目の鐘が鳴り終えた後だった。

 

 日暮れの鐘だ。俺はそう思った。

 

 その鐘が合図だったように、辺りに急速に人の気配が満ち始めた。

 

 今まで締め切られていた窓のカーテンが次々と払いのけられ、建物の戸が開け放たれ、中から人々が通りへと繰り出してくる。さっきまでのゴーストタウンぶりがまるで嘘のように、町に活気が溢れ出していた。

 

 空は更に暗くなり、何処からか現れた街灯守がカンテラを手に、通りの両端に並び立つ街灯に次々と火を燈していく。

 

 建物の窓々から漏れ出す蝋燭の明かりも手伝って、町は雪降る夜の暗闇に薄ぼんやりと浮かび上がった。

 

 本当に、遠くから町を眺めたときといい、今といい、何処までも薄ぼんやりとした町だった。

 

 ユラユラと揺らめく灯火の元を、人々がまるで影法師のように歩きわたって行く。現実感に乏しいその景色はまるで、無人の町で幽霊たちが舞台を演じているような、そんな感覚だった。

 

 不意に、俺たちに声がかけられた。

 

「来訪者かね?」

 

 その声に、俺と婆さんは声のした方へ振り向いた。

 

 そこに、テンガロンハットを目深に被り、腰に革鞭を吊るした青年が立っていた。

 

 胸に光る金バッヂは保安官の証。

 

「見聞の旅じゃ」

 

 と、婆さんはニヤリと口端を歪めた。

 

「この町の名物は何じゃ?」

 

「敬虔なる信者にのみ姿を現したもう天使」

 

 保安官が気取った口調で答えた。

 

「ようこそ、奇跡が舞い降りし町へ」

 

 そして、テンガロンハットに隠された視線が俺に向けられた。

 

「滞在するのなら、武器を預からせていただく」

 

 そこに居たのは保安官ただ一人だと思っていたのに、その背後からまるで湧き出るように五人の青年たちが現れた。

 

 全員がライフルと拳銃で武装した保安官助手で、彼らはぬかるんだ通りの土の上を滑るように音も無く移動し、荷馬車を取り囲んだ。

 

「よかろう、従うわい」

 

 婆さんは大人しく荷台からライフルや拳銃を彼らに放ってよこした。これは町に入る際の当然のルールだ。逆らう理由は無い。

 

 俺もホルスターに手を伸ばそうとしたが、保安官に止められた。

 

「我々の手で預からせてもらう。荷馬車から降りていただこう」

 

 俺はギターケースを置いたまま御者席から降り立とうとしたが、ギターケースも持って降りるようにと指示してきた。

 

 ケースを左手に下げた俺に、銃に触れないよう右手を上げるようにと保安官は命じた。

 

 言われたとおりにすると、助手の一人が俺の背後からホルスターに手を伸ばし、慣れた手つきで黒鷹と赤鷹を抜き去っていった。そして、

 

「ケースも開けていただこう」

 

 俺はためらった。

 

「ただのギターさ」

 

「なら、その背負っているものは何かね?」

 

「これも、ギターさ。俺は、マリアッチ。二本のギターを使い分ける」

 

「開けて確認させてもらう。こちらに渡したまえ」

 

 俺は渋々従った。

 

 渡すことをためらったのは、この地面のためだ。俺の悪い予想通り、ギターケースを受け取った助手は、それを一切の躊躇無くぬかるんだ地面に下ろした。

 

「祖父さんの形見なんだぞ。そんなところで開けるな」

 

「それは、失礼したな」

 

 保安官は口だけ謝ってみせただけで、そのまま助手に蓋を開けるように指示した。まったく、人の商売道具を何だと思っていやがる。

 

 憮然とする俺の態度を意にも介さず、その蓋が開けられた。

 

 蓋の下から、ケースにピッタリと収まった一本のギターが姿を現した。

 

「もういいか?」

 

「充分だ」

 

 俺の言葉に保安官の青年は頷き、助手がケースの蓋を閉めると、それを俺に返した。

 

 俺が泥だらけのままのケースを受け取った、そのときだった。

 

 突然、通り一帯に悲鳴が響き渡った。

 

 保安官を含め、俺たちは一斉に悲鳴のした方向に顔を向けた。

 

 俺たちの視界の先、床屋の戸が勢いよく外に開かれ、一人の男が首筋を手で押さえながら通りへ飛び出してきたところだった。

 

 その手で押さえた首筋からは鮮血が勢いよく噴出し、男の着ていた上着を赤く染め上げている。

 

 男は通りの真ん中でばったりと倒れ臥した。

 

 そのすぐ後に、床屋からもう一人の男が飛び出してきた。

 

 恐らくは床屋の店主だろうか。手に剃刀を持ち、前掛けを着ているものの、元は白かったであろうその布地は、血で汚れていた。

 

 床屋のその顔には、笑みが張り付いていた。

 

 明らかに正常でない、その笑みが、通りをグルリと見渡して、そして、俺と婆さんに向けられ止まった。

 

 そこから先はあっという間の出来事だった。

 

 床屋はまるで獣のような咆哮をあげると、剃刀を振るい上げながら俺たちめがけ突進してくる。

 

 俺は反射的に腰のホルスターに手を伸ばしていたが、それよりも早く、目の前で細長い影が宙をうねり、風切音が響いた。

 

 鞭だ。それも十メートルはある長大な鞭だった。

 

 鞭を放ったのは、俺の傍らにいた保安官だった。もしも蛇が空を飛んで獲物に襲い掛かるならば、正にこのような光景だろう。保安官が操る長大な革鞭はまるで意思を持っているかのように宙をうねり、突進してくる床屋の脛をしたたかに打ち払っていた。

 

 脚を払われて、もんどりうって倒れたその床屋に、跳ね上げられた鞭が再び唸りを上げて打ち下ろされる。

 

 激しく響く肉打つ音。

 

 それと同時に五人の助手たちが拳銃を撃っていた。

 

 全身に五発の弾丸を浴び、床屋は泥にうつ伏せに倒れたままそれきり動かなくなった。

 

 ホルスターに伸ばされた俺の指は、虚しく空を掴んでいた。

 

「な、なんじゃい。一体どうしたって言うんじゃ?」

 

 本当に、一体いつの間に移動したのやら。婆さんが俺の背後から顔をのぞかせた。

 

「お騒がせ、いたしましたな」

 

 保安官がテンガロンハットを被りなおしながら、事も無げに言った。

 

 伸ばされた革鞭がその右手にスルスルと巻き戻されていく様は、まるで魔法のようだ。

 

「どうやら、気が触れてしまったようだ」

 

 二人の助手が床屋の傍へ行き、その身体の両手両足を持ち上げ、何処かへと運び去っていく。

 

 残る三人が通りの真ん中で倒れている男のそばへと向かい、その容態を見ていたようだが、そのうちの一人がこちらを振り返って首を横に振って見せた。

 

 保安官が頷いてみせると、助手たちはその男の身体も、どこかへと持ち去っていってしまった。

 

「…Amen」

 

 まるで何事も無かったかのように、通りは元通りになった。

 

 周りを歩く人々も、保安官も、何一つ狼狽したそぶりが見られない。

 

 なんでもない、いつものこと。そんな感じだ。

 

「今年はよく、病が流行る」

 

 保安官が自分のテンガロンハットを指でトントンとつついて見せた。

 

「脳にくるようだ。気をつけるといい」

 

 保安官はそう言い残し、保安官の詰め所へと歩き去っていった。

 

 通りに残された荷馬車と俺たち二人だったが、保安官が立ち去るのを待ちかねていたように新たな人物が俺たちめがけ歩み寄ってきた。

 

「いらっしゃい、旅人さん。いきなり大変な場面に遭遇したもんだね」

 

 少年の面立ちを微かに残すその男は、酒場からやってきた。

 

「流行り病らしいのう。本当かの?」

 

「風土病の一種でね。厄介なもんだ。床屋があの有様じゃ、店もしばらく休業だな」

 

 そう言って首をすくめて見せる。

 

 男のそのあっけらかんとした態度に、俺と婆さんは思わず顔を見合わせてしまった。

 

「さあさ、旅人さん」

 

 男が陽気に声をかけてきた。

 

「ついに日が暮れた。あたりはどんどん暗くなる。僕の酒場に来なさいな。カウンターでワインを飲み、二階のベッドに潜り込めば、冷えた身体も暖まるというものです」

 

 男――つまりは宿屋の従業員だろう――につれられ、俺たちは酒場へと向かった。

 

 その酒場は、夕食時だからだろうか、そこそこ客が入っているようだったが、賑わっているかといえば、それはそれで違うようだった。

 

 店の広さに対して、数も光量も足りなさそうなランプの灯りの下、客は皆、一人ひとりカウンターやテーブルに向かって背中を丸めながら腰掛け、声を発することも無く、ちびりちびりと赤ワインを嗜んでいた。

 

 表通りを漂っていた影法師たちは、酒場の中でもやっぱり影法師のままだった。

 

 薄明かりの酒場の中、彼らの飲んでいる赤ワインのグラスだけが、異様な色彩を周囲に放っているように見えた。

 

 婆さんは店の外で、あの男と荷馬車の置き場所について話し合っていた。

 

 一人で店内に入った俺に、カウンターの向こうでグラスを磨いていたバーテンが声をかけてきた。

 

「ギター弾きか、珍しいね」

 

 俺たちを酒場に案内した男とよく似た顔立ちの、やはり若い男だった。

 

「この店には足りないものがあるみたいだ」

 

 俺はそう言って、背中のギターを示して見せた。

 

「一曲どうだい?」

 

「いらないよ」

 

 バーテンの言葉はにべも無かった。

 

「この町の住民が好む曲は、あんたには歌えないね」

 

「随分な言い草だな。古い歌から、流行り歌まで、何でも歌って見せるさ」

 

 もっとも、上手いか下手かは別として。

 

「じゃあ、あんた。ギターで賛美歌が歌えるかい?」

 

「賛美歌だって? 酒場で歌う曲じゃない。それとも何か。酒の神バッカスにでも捧げるのか?」

 

「荘厳なパイプオルガンの調べに乗せてたおやかに流れる無垢なる歌声。この町の住民が聞きたいのはそれだけだよ。……少し静かに、耳を済ませてみな」

 

 バーテンに言われるまでも無く、俺の耳にもそれは届いていた。

 

 静寂に満ちた酒場の中、何処からともなく囁くように聞こえてくるその歌声。

 

 

――

 

主よ 寄るべ無き者をお救いください

 

哀れみをお与えください

 

この世は醜すぎるから

 

迷えるものをお救いください

 

皆 主を頼っています

 

主に見放されたなら

 

誰に救いを求めましょう

 

――

 

 

 俺は窓に眼を向けた。

 

 ガラス越しの景色に、教会が見えた。歌声はそこから流れてきているようだった。

 

 大声で歌っているわけではない。耳を澄まさなければ聴き取れない。だが、その良く通る澄んだ歌声は、この酒場の静寂に染み入るように届いていた。

 

 それはきっと、祈りの歌だからだろうか。

 

 神に向けられた祈りの歌はきっと天にむけて歌われていて、その想いが波紋となってここにも届いているのかもしれない。

 

 

――

 

主よ 寄るべ無き者をお救いください

 

傷つき敗れ去っていく人々を

 

なぜ この世に生まれたか

 

答えを求めようとする人々を

 

不幸せな風に運び去られ

 

天の運に見捨てられた人々を

 

どうか見捨てないで下さい

 

貧しきもの 不幸なもの

 

弱きもの  異形のもの

 

私たちは皆 神の子のはずです

 

――

 

 

 しばし聞き惚れていた。

 

 だが、その微かな歌声も終わりを告げた。

 

 バーテンの意味ありげな視線が俺に向けられたので、俺は素直に降参の意として懐から銀貨を取りだした。

 

「メシ代替わりに一曲と思っていたが、そいつは無理みたいだ。メニューは何があるんだ?」

 

「パンとワインしかない」

 

「充分だ。しかし、ワインか。……他の酒は無いのか?」

 

「ワインしかない」

 

「赤だけか?」

 

「赤だけだ」

 

「………水でいい」

 

 俺の言葉にバーテンは怪訝な顔をしたが、すぐに注文どおりのものが前に出てきた。

 

 俺は出された黒パンとコップ一杯の水を手にとって、酒場の片隅のテーブルに腰を落ち着けた。

 

 冬の冷気で更に硬くなった黒パンを指で小さく千切り、俺は耳の奥底に残る歌の余韻に浸りながら、それを頬張った。

 

 俺が一口目を飲み込んだときに、婆さんがズタ袋をひとつ担ぎながら酒場へと入ってきた。

 

「なんじゃい。店の中なら少しは温いと思うたら、外とちっとも変わりゃせんわい。なぜストーブを焚かん?」

 

 婆さんの文句に答えるものはバーテンを含め一人も居ないようだった。

 

 婆さんが店内をキョロキョロと見渡し始めたので、俺は手を振って自分の位置を示した。

「そこにおったんか。黒服なのにそんな暗がりに座ったんじゃ判らんわい」

 

 言うなり、婆さんは俺の向かい側の席によっこらせと腰を下ろした。

 

「陰気な酒場じゃな。マリアッチじゃろうに、商売はせんのか?」

 

「ときおり、静寂に勝る名曲は無いと思うことがあってね」

 

「ふん。教会から聞こえた、さっきの歌か。ギター弾きが人の歌に聞き惚れるとはのう」

 

 婆さんは呆れたように笑った。

 

「……少し、懐かしかった……」

 

「ん、何か言ったかの?」

 

 ぼそりと呟いた俺の言葉は、聞き取れなかったようだ。だが、それでいい。三口目のパンと共に、感傷は胸の奥に飲み下した。

 

 それにしても、この黒パンは味気ない。

 

 と、俺の鼻に、食欲を刺激するような香ばしい香りが漂ってきた。

 

 温もりを感じさせるコンソメの風味に、油のはじける音まで聞こえてきそうなジューシーな肉の香り。香辛料がそれらを引き立て、食事中にも関わらず俺の腹がグゥとなった。

 香りにつられ店内を見渡すと、ちょうど店の男が料理を盆に乗せてやってくる所だった

 

 その手にした盆の上には、湯気の立ったスープと、キツネ色に焼きあがった鳥の照り焼きが乗せられている。店の男はそれを俺の目の前に置いた。

 

「うむ、ご苦労じゃの」

 

 婆さんが鷹揚に言った。

 

 俺の目の前、つまり婆さんの目の前でもある。婆さんは早速、その熱いスープを匙で掬って一口飲み込んだ。

 

「おう、熱い熱い。ワシゃ猫舌なんじゃ」

 

 俺は立ち去ろうとした店の男に声をかけた。

 

「パンとワインしかないんじゃなかったのか?」

 

「ええ、そうですよ。この料理はそちらの方が持ってこられた食材で作ったものです」

 

 男が去り、入れ替わりにバーテンが近付いてきた。

 

「ワインはどうだい?」

 

「それより、もちっとマシな食器は無いんか? これじゃ肉に歯が立たんわ」

 

 婆さんの手には木製のフォークがあった。

 

「生憎とそれしかないんだ」

 

 その答えに、婆さんは首を横に振って、傍らのズタ袋から銀製のフォークと酒瓶を取り出した。

 

 バーテンはそれを認めると肩をすくめて立ち去っていった。

 

「全部、自前か。呆れたもんだな」

 

 婆さんは口いっぱいに頬張った肉を、壜からラッパ飲みした酒で飲み下した。

 

「何言うとる。ワシにとっちゃこれが当たり前じゃ。持っていた食料は全部、この店の主に売ってやったわい。おかげで荷物がかさばらずに済む」

 

 そう言って、傍らのズタ袋をポンポンと叩いた。おそらく、そのズタ袋に金や装飾品といった貴重なものが納まっているのだろう。

 

 ところで、

 

「店の主?」

 

「そうじゃ。さっきのあの若い男。従業員か何かと思っておったら、あれで主だそうじゃ。弟と一緒に店を切り盛りしとるといっていたのう。弟ってのはあれか?」

 

 婆さんがカウンターに居るバーテンに目を向けた。

 

「妙じゃの」

 

「何が? 若すぎることか?」

 

「おぬし、気付かんのか。さっきの保安官も妙に若かったじゃろう」

 

 そう言って、酒場の中をぐるりと見渡した。どうやら、婆さんは気がつき始めたようだ。

 そう、ここに居るものは皆、

 

「……若い。年寄りがおらん」

 

「そこに居るじゃないか」

 

 と、俺が目の前を指差すと、その当の本人から頭をはたかれた。

 

「やかましいわい、年寄りと莫迦にしよってからに。いいか、ワシが若返ったらなぁ――」

 

「――つまり、若返ったんだろう?」

 

 俺の言葉に、婆さんは「はぁ?」と怪訝な顔をした。

 

 俺は言った。

 

「ここは若返りの術をもつ、聖女の居る町だろう?」

 

「当たり前じゃろう、それを確かめるためにここまで来たんじゃ。……ん? …おお、そういうことか」

 

 婆さんはようやく納得し、ポンと掌を打った。

 

「これが聖女の奇跡、か。ワシらは実例を目にしとるかも知れんのじゃな」

 

「そうかも知らん」

 

「ふぇふぇふぇ、こりゃ良いわい。乾杯じゃ。ほれ、おぬしも杯をもて」

 

 婆さんは急に上機嫌になり、酒瓶を掲げ持った。

 

 俺は水を飲み干し、空になったコップを差し出した。

 

「おぬし、なにをやっとる? 空にしては乾杯にならんわい」

 

「俺にも注いでくれるんじゃないのか?」

 

「欲しけりゃ、払うもん払ってもらわんと」

 

 まったく、人生哲学を徹底している婆さんだ。この、しわい屋め。

 

「かわりに一曲、捧げてやるよ」

 

「静寂に劣る歌なぞ願い下げじゃ」

 

「揚げ足を取るなよ」

 

 酒を煽り、肉を頬張る婆さんを目の前に、俺は固いパンに噛り付いた。そのパンがあんまりにも固いので、だんだん顎が疲れてくる。

 

 俺がようやくパンを食べ終えた頃には既に婆さんも自分の分を食べ終わっていた。

 

 そこへ、酒場に新たな人物がやってきた。

 

 黒いレインコートの下に黒い服。その首元に巻かれたマフラーの隙間から、小さな銀の十字架が細い鎖に吊るされ、控えめに鈍い光を放っている。

 

 それは、教会の神父だった。

 

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