ザ・ヴァンパイアハンター~黒鷹のマリアッチ~ 作:PlusⅨ
二人が店を去るのを見届けると、俺はギターケースとギターを持って立ち上がった。
「泊まらせてもらうぜ。部屋は空いているんだろう?」
「二階の一番奥の部屋を使えば良いさ」
バーテンの言葉に、俺はカウンターの傍の階段を登ろうとして、足を止めた。
カウンターの上に、俺の支払った銀貨がそのまま置き去りにされていた。
「あんまり、金を放り出しておくもんじゃないぜ」
「どうせ、はした金さ」
バーテンは見向きもしなかった。
俺は肩をすくめ、そのまま二階の一番奥の部屋へと向かった。
ベッドと机だけの質素な部屋に入ると、俺はまずベッドに腰掛け、ギターを背から降ろした。
一年前から、ずっとグレイヴに預けきりにしていた俺の商売道具だ。
膝の上でギターを裏側に引っ繰り返した。
裏側に、普通のギターにあるはずの無い、止め螺子が幾つか付いている。ギターの底板は、その螺子によって固定されていた。
俺は婆さんのズタ袋に押し込む振りをして、実は自分の袖に隠しておいた銀のフォークを取り出すと、一つ一つ、その螺子を取り外していった。
螺子を外し、底板が外れ、ギターがその中身を曝け出した。
ギターの中には、グレイヴの思いが詰まっていた。きっとこれが、あいつなりのケジメのつけ方だったんだろう。
「ありがとうよ、戦友」
俺はその中身を確認すると、もう一度、底板を閉じ、螺子で固定した。
ギターを元通りにし終わった頃だった。
何気なく見下ろした窓の下、雪降る外の通りを、店の主が教会へと歩き去っていく姿が見えた。
特に気にすることでもない、と、ここで油断したのが拙かった。
このとき既に、俺の部屋のすぐ外に拳銃で武装した保安官助手の一人が立っていた。
俺がその気配に気付き、窓から振り返ったと同時に、そいつは扉を蹴破って飛び込んできた。
そいつがいきなり銃を撃つような真似をしなくて、本当に助かった。
恐らく、殺すまでも無く、痛めつけるのが目的だったのだろうか。俺の脳天めがけ振り下ろしてくる銃把を、紙一重でかわし、お返しに保安官助手の顎に右フックを引っ掛けてやった。
俺の拳に鈍い衝撃を感じると同時に、助手は足元から崩れるように膝をついたが、すぐにその体勢から俺の脚に組み付いてきた。恐ろしいまでの勢いの下段タックルに、俺は床に引きずり倒されてしまう。
組み敷かれた俺の顔面めがけ、保安官助手が手にした拳銃を振り下ろしてくる。
身をよじり、首を捻ることで、何とかその狙いをかわすことに成功した。もっとも、俺の顔のすぐ横に叩き付けられた銃把は、床板を突き破るくらいの威力を持っていたのだから、たまらない。
馬乗りになり、俺を見下ろす保安官助手の瞳が真っ赤に燃え上がっていた。
再び、その銃把を握った掌が振り上げられる。恐らく、二度目は避けきれないだろう。
俺は押し倒された格好のまま、右脚を保安官助手の背中めがけ振り上げた。
右膝が保安官助手の背中に当たり、奴が一瞬、前につめって隙が出来た。次の瞬間、俺はすかさず振り上げた右脚を力の限りに振り下ろし、床を蹴った。その踏み込みの勢いに任せ、全身を一気に反らす。
俺を殴りつけようと前へ重心を移していたところに、その背中を蹴られ僅かにバランスを崩したうえ、組み伏せていた相手に突然そり返られたことによって、保安官助手は前方へ頭から転げ落ちていった。
自由になった俺はすぐに立ち上がり、机の上に置き去りにしたままだった銀のフォークに手を伸ばした。
同時に保安官助手もすぐに立ち上がっていた。
俺がフォークを手に持ったのを認めると、奴はついにその掌の拳銃を持ち替え、俺に銃口を向けた。
奴が引き金を絞るより速く、俺の投げたフォークがその赤い目に突き刺さった。
保安官助手は「ぎゃっ!」と悲鳴を上げると、拳銃を放り出して両手で我が目を押さえた。
その目に突き立ったフォークを引き抜こうとしたが、銀鍍金されたその柄を掴んだ指先は、熱した火鉢を掴んだように皮膚が焼け焦げていた。
保安官助手は呻き声を上げながらフォークを引き抜いたが、その目の傷口からも煙が吹き上がり、傷口は無惨に焼け爛れていた。
保安官助手は怒りとも苦しみとも区別の付かぬ唸り声をあげながらフォークを投げ捨てると、俺に向かって再び襲い掛かってきた。だが、すでに片目を失い、銃も握れぬそいつをあしらうのは簡単だった。
俺は、突進してきた保安官助手をかわすと、床に落ちていたフォークを拾いあげながら奴の背後に回りこみ、その延髄に銀の歯先を突き立てた。
保安官助手は最期にヒュウと風船から空気の抜けるような息を吐き、息絶えた。
「Amen」
十字を切る俺の目の前、保安官助手の遺体はフォークを中心にジワジワと煙を噴き上げながら灰化していった。
俺は足元に落ちていた拳銃を拾い上げると、ギターケースを持ち上げ、ギターを背負って、部屋を後にした。
階段を下り一階の酒場に出ると、すでに他の客は引けており、カウンターの向こうでバーテンがグラスを磨いている姿があるだけだった。
そのカウンターには、相変わらず銀貨が置きっぱなしになっていた。
バーテンはグラスを磨きながら、俺に目向けることなく言った。
「派手に騒いでいたな。ギター弾き一人に、手こずるなんて――」
そう言いながらこちらを見て、そこで「あっ!?」と叫んで、手にしたグラスを取り落とした。
「よう、バーテン。なかなか良いルームサービスじゃないか」
「そいつは、………気に入ってくれたなら何よりだ」
バーテンは額に脂汗を流しながら、それでもその右手がそろそろとカウンターの下へと伸ばされて行くのが見えた。
「随分と、荒っぽい歓迎だな」
「そいつが、この町の流儀さ」
バーテンがカウンターの下から銃身を短く切り詰めた散弾銃を引っ張り出した。
と、同時に銃声が鳴り響く。
俺の放った銃弾に撃ちぬかれて、バーテンはカウンターに突っ伏した。
「悪いが、宿泊はキャンセルだ。料金は返してもらうぜ」
俺はカウンター上の銀貨を掴むと、そのまま店を出ようとして――再びカウンターを振り返った。
バーテンが身を起こし、その徐々に紅く染まっていく瞳で俺を見ていた。
「鉛弾で死ぬほど、聖女様の奇跡はちゃちじゃない」
「そうだろうな」
バーテンが散弾銃の銃口を俺に向ける。
俺は、手にした銀貨の一枚をバーテンに投げつけると同時に、右手の銃で空中の銀貨を撃った。
バーテンはついさっきと同じようにカウンターに突っ伏して、そして、もう二度と立ち上がることは無かった。
保安官助手と同じように灰化していくその身体が、カウンターからずり落ち、仰向けに倒れる。
その胸には、銃弾によって押し込まれた銀貨が鈍く光りながら突き立っていた。
「真の吸血鬼は、銀の弾丸で撃たれても蘇る。お前たちの受けた奇跡なんざ、その程度のものなんだよ。……Amen」
この町に来て、確かめるべきことの一つは、これで確かめた。
あとは、聖女の居場所のみ。
俺は、酒場を出た。