綺麗な世界、綺麗な青空、綺麗な花々、綺麗な空気。素晴らしいものだ、美しいものだ。だがどうも心が動かない。いつからだろう、何に対しても感情があまり沸かなくなったのは。
眼下に広がっていた花畑を抜け、少年と少女は森へと入っていった。それはあまりにも広大で、ところどころから鳥か何かの声がする。そこまで高いわけではないが、落ちればまず間違いなく死ぬか大怪我だ。少しずつ慣れてはいるが命綱もなしに高所を飛行するというのは恐怖以外の何物でもない。
「一応聞くんだけどさ、友達も人間じゃない?」
「もちろん」
「わーお」
何を感じたのかあまり分からないような声をだし、ただ少女の後をついていく。
「ココの移動手段って、やっぱりこれ?」
眼下の森をあまり見ないように空を見る。空が近い。少し手を伸ばせば雲に届きそうだ。だが、そんな子供のような事をする程少年は子供ではなかった。そんな彼らを照らすため、まだ太陽は健在だ。
「そうだよ、覚えが速くて本当に良かった。もし飛べなかったら私が担ぐとかしないといけなかったし」
「それは...嫌だった」
自分よりも明らかに年下の少女に背負われれ飛ぶというのにはいささか抵抗がある。
そんな自分の姿を思い浮かべて苦笑いしながら空を飛ぶ、新鮮だった。時間の流れがゆっくりとすすんでいるかのような錯覚。来てよかったなと思いながら周囲を眺める。森と、森と森。後ろには花畑がまだ見えている。
「ここだよ」
飛行を止めて宙に浮く。不思議な気持ちだ。何かに釣り上げられているわけでもなく、浮いている。だが、この世界に重力がないわけではない、森の木々からは葉が落ち、地面は積もっている。それに先ほどの花畑でも花弁が落ちていた。どういう理屈でとんでいるのかなんて考えたところで答えは出ないだろう。
「ゆっくり降りて」
少女の後を追い感覚で地面に向かって進む、何とか地面に足がつくと体に重力がかかるのを感じた。
「おー、生きてるって感じするわ」
「初めての飛行なのに上手かったね」
「みんなこんなもんだろ」
軽く否定の言葉を告げて周囲を見回す。何の目印があって降りたのかは分からなかったが、そこは森の中だった。大きく息を吸い、吐く。新鮮な空気は都会の喧騒にまみれたものとは異なって美味しかった。足元は少しぬかるんでいるが嫌なぬかるみというよりは腐葉土の柔らかさだった。
「靴は履き忘れたな、俺」
大きなため息をつきながらもう一度宙に浮く。空が飛べなかったら悲惨だったなと思いながら飛んでいると空から自分の靴が降ってきた。
空を見上げるとそこには例の裂け目とそこから体を出してこちらを見ている。
「あっ どうも!」
空に手を振ると返答の代わりに微笑みを向けられ彼女はまた裂け目に帰っていった。
「ほんと便利な能力だな。あれはどういう能力?」
「境界を操る程度の能力って言ったっけ」
なるほど。と納得しながら金髪の少女の後を靴を履いた後に追う。
既に靴下は泥で汚れていたが別に気にはならなかった。
獣道でも何でもない森をかき分け、奥へ奥へと進んでいく。しばらくすると森が開けて広大な湖が現れた。かなり大きいという事は確かではあるがその果ては白い霧でみることができない。
「あ!ルーミアだ!」
「待ってよチルノちゃん!」
これが漫画であればドタバタと音を立てているような状態で二人の少女が飛んできた。
2人とも明らかに人間ではない。1人は氷だろうか、わからないが半透明なクリスタル状のものが左右に三つずつ、もう1人は鳥のような羽が生えている。
氷の方は夏の海のような青い髪にソーダのような青いワンピース、鳥のような羽の生えている方はメロンソーダのような髪に木々の若葉のような緑のワンピース。
「お!これがルーミアの彼氏さん?」
「ちょっと?!」
分かりやすくルーミアが動揺する。そのまま球体の闇の中に青髪の少女を連れ去り、その中にルーミアも入り何かを言い合っている。
「こんにちわ、お兄さん。私は大妖精って言います」
「あー、うん。よろしく」
少年は仮面のような笑顔を貼り付け挨拶に応じる。
「楽しそうなメンバーだね。他にもいる?」
「いつもはあと2人いるんですけど、今日は後からくるっていってました」
「そっか」
闇が晴れ、ルーミアとチルノと呼ばれていた少女が現れた。
「ただ俺を連れてきてくれただけの人だから別に恋人とかじゃないよ」
少年が発したまるで子供をあやすように紡がれた言葉と穏やかな口調にそっかと元気よく返事がなされ、その場は収まった。
「とりあえず観光の続きね。ここが霧の湖、この奥に紅魔館って言うお屋敷があるんだけど行く?ちょっと危ない場所だけど」
「いーや。そこはパスかな」
「立派なお屋敷だけどいいの?」
そうだよ!とチルノが同意して大妖精も首を縦に振っている。
「行くにしても後が良いな。お楽しみは最後に取っておくタイプだし」
「なるほどね。じゃあ人の村に行こう」
「おっけー」
少年はすぐに了解し、先に飛んだルーミアの後を追う。どうやらチルノと大妖精はついて来ないようで湖の湖畔から手を振っていたので軽く振り返してその場は後にした。
「止まる場所とかどうする?あっちに戻れたりするんかな」
「そこは多分戻してくれるはず」
「うい」
しばらくお互いに無言で村へと飛んでいたがルーミアが口を開いた。
「だいぶ前から思ってたんだけど女性と話すときだけ口調変えてる?」
少年は少し渋そうな顔をした後気怠そうに答える。
「あー、俺は女性が得意じゃないから無意識でそうなってるんだと思う...多分」
「女性が苦手....ね」
そうなんだよといって笑う少年を見て少女はおかしなものを見たように笑った。
「そろそろ村が見えてくるよ」
少女が指し示す先には森が開けており、確かに明かりが点っている。現代のアパートとまではいかないがそれでもしっかりとした家だ。それが綺麗に並べられていた。造りにはコンクリートではなく木が使われ、地面にもアスファルトはなく土が見えている。
少年が都会では見ることのできなかった景色に感動している間に彼らは村へと降り立った。所々咲く花と雑草。少しずつ沈み始めた陽のなか、村の中は少しの人が往来する程度。その中には子供もおり、賑やかに追いかけっこに興じている。中央にかかる川を渡る為の橋の上ではカップルらしき男女が仲睦まじそうに話していた。
「のどかでいいね」
「やっぱりあっちとは違う?」
「それはもう」
だが少年はここの人間までもが外と違うとは考えてはいない。結局彼らも人間に過ぎないだろう。
「結構観光も楽しいね。見た事ないものがあるっていうのがめっちゃ良い。少しあのウイルスが落ち着いたら外の観光をしよう」
「良い人だよね。君」
ふわりと浮かぶ疑問詞。今のどこに優しさがあったのだろうか。別れを済ませて笑う子供たちが彼らの横を走り去り家へと向かっていく。
「私は妖怪だよ」
「らしいね」
日は少しずつ沈んでいく。少女の髪につけられた赤いリボンが一瞬黒く染まった。
「何のためにここに呼ばれたのかもわからないのにホイホイついて来ちゃってさ」
「ルーミアさん、それ以上は」
いつのまにかルーミアの後ろに少女が1人、桃色の髪、黒いゴスロリ、体には赤いコードが巻きついている。そのコードの丸く膨れ上がった部分からは眼球がこちらを凝視していた。
「そうだね」
「誰?」
どこから現れたのか。不思議な雰囲気と不思議なコードを纏った少女がルーミアを静止した。
夏バテしそうですね