──その日からカウントダウンが始まった
俺が所属する事務所「スターズ」では、実家を離れて生活する人間のサポートもしてくれる。住居を事務所側が用意してくれるし、必要なら送迎もしてくれる。子役なら、親の送迎がない場合絶対に事務所が送迎する。子役じゃなくても女子ならそれを勧められるほどに、手厚くしてくれる。
用意される住居は事務所からそう遠くない。1人暮らしにしては贅沢な間取りだが、スターズとしての見栄とかがあるんだろ。知らんけど。
「名渕さん、今日はどれ観るの?」
「そうだな……。アキラに選ばせるか」
「だってアキラちゃん」
「この年でアキラちゃんは辞めてくれ……。これにしようかな」
俺の部屋に訪れているのは、子役でまだ12歳の百城千世子と、社長の息子で子役の星アキラ。アキラは百城より1つ上だから13歳だな。中二病を煩わせる気がしないなこの少年は。
アキラが選んだのはアクション映画。アキラはそういう作品への出演を狙ってるし、悪くない選択だ。俺は3人分の飲み物を入れ、2人がいるリビングへと運ぶ。
「2人のその距離は何」
「間に名渕さん」
「その必要もない気がするんだがな……」
「この方が聞きやすいですから」
「自己分析でいいだろうに」
2人は頑固というか、百城の方が特に譲歩してくれない。観るのはどこでもいいし、構わないんだけどさ。
俺の家で映画を観る時のほとんどは学習のためだ。出演者のうち誰かしらを先にマーク。その人の演技の仕方を徹底的に分析し、自分の演技の糧にする。数年前から2人もここに来てやるようになった。必要ならその都度止めて、分析の手伝いをしてたわけだが、その分見終わるまでが長くなったものだ。
「アキラ。体を鍛えるのはいいが、お前はこれから成長期だ」
「わかってます。過度なトレーニングはしません」
「それならよし。で、百城はどうした」
「なんのことかな?」
目に書いてあるんだよ。まだ仮面は未熟だな。作る手伝いをしてる分、俺がその下を見えやすいってのもあるんだろうけど。
人の横顔を見るのが好きな子ではあるし、今もそうしてたのは分かるけど、それが観察かどうかは視線を受ける俺が分かる。今のは観察じゃない。
「何も言わないなら流すけど?」
「……アキラ君のことは下の名前で呼ぶんだなぁってだけ」
「千世子君ってそこ気にするんだ」
「別に気にしてるわけじゃないけど」
「お互い様だろ」
「そうだね」
同じスターズの子役として付き合いのあるアキラと百城は、互いのことを下の名前で呼び合っている。俺は百城から名字で呼ばれてるし、百城って呼んだっておかしくない。アキラのことを下の名前で呼ぶのは、星だと社長と被るからだ。
「千世子君のことを名前で呼んでみてもいいのでは?」
「んー。百城がもう少し成長したらそれもいいかもな」
「また意地悪なことを」
またってなんだ。意地悪な性格もしてないし、過去にそんな事をした記憶もないぞこの野郎。アキラは優男過ぎるんだよ。
「それにしよっか」
「それって?」
「私が名渕さんを超える。そしたら名前で呼んでね」
「いいぞ。つまりずっと名字呼びだな」
「そう思ってたらいいよ。絶対超えるから」
「本当に千世子君は負けず嫌いだよね」
俺もそう思う。
けれど、そうじゃなくては困る。この子はスターズの看板を背負える俳優にまで成長できる。世代を代表する存在に。
「そいじゃ再生するぞ」
「はい」
「よろしく」
話もそこそこにアクション映画を再生させる。日本のものではなくハリウッド。ハリウッドの映画はCGとの合成技術が上手い。日本でも人気のもので言えばジュラシックシリーズか。あれはアクションではないが。アクションだと、アベンジャーズとかが代表格だろうか。
その辺はともかくとして、ハリウッドの俳優たちから学べることは多い。アキラのように、アクション系の撮影を畑とする人間なら尚更に。
「これって実際に操縦してるんでしたっけ」
「撮影自体はシュミレーターとの合成だが、操縦は本人がやってるな。この人はそのために免許とか資格とか取ってくるような人だし」
スタントマンを使った撮影だってハリウッドでもある。けれどこの人のように、スタントマンいらずの俳優はちらほらいる。実際危険は伴うし、失敗して骨折することもあるらしい。
「スタントマンいらずになろうとでも思ってる?」
「……はい。考えてます」
「それもありだろうな。限度を見誤らなければいいし、アキラが選ぶことだしな」
「名渕さんって基本的に肯定するよね」
「止める理由がないからだよ。犯罪とかなら流石に止める」
俺は自分で生き方を選んでる。自分の人生なんだから、自分で選んで決めたらいいじゃないか。失敗した時はその時だ。
「主演級の人ですら助演もやる。今度見る時はそっちに注目するのもいいな」
映画を見終わり、アキラや百城と意見を擦り合わせる。自分の見解に補足が入ったりして面白いものだ。それが終われば百城が一回リビングから出ていき、俺とアキラだけが残る。
「晩飯はどうする? 食べていくか?」
「お邪魔でなければ。母さんの帰りも遅いですし」
「どこか食べに行くのもいいか。百城にも聞いてみるとしよう」
「そうですね」
外食となるとどこがいいんだろうな。俺は未成年だし、2人もまだ小さい。2人はともかくとして、俺は顔バレすると面倒なことにもなる。清水さんにどこかないか聞こうっと。
「名渕さんご飯ちゃんと食べてる?」
戻ってきた百城が、冷蔵庫を漁りながらそんなことを言ってくる。飲み物が欲しかったようで、その手にはオレンジジュース。かわいらしいものを選んでいる反面、その顔は呆れ顔だ。
「食べてるぞ。じゃないと生きてけないからな」
「じゃあ今日のお昼何食べた?」
「ブドウゼリー」
「それはご飯じゃないよ!」
「いつも食事そんな感じなんですか?」
「家で食べる時はな」
「うわぁ……」
アキラにドン引きされた。解せぬ。オフの日だし、活動予定も特にないんだからそれでもいいじゃないか。燃費が良い体なんだよ。
「俳優なんだから、体の管理も仕事だってよく私たちに言えたね?」
「体調崩したことないし」
「これで崩れないのはきっと若いからだよ」
「それより百城」
「それより?」
ちょいとお怒りのようだ。保護者かな?
「晩飯はどうする? アキラとどこか食べに行こうかって話をしてたとこなんだよ」
「……私が作る」
「はい?」
「名渕さんどうせ栄養バランスとか考えないでしょ? だから私が作ってあげる」
「アキラ大丈夫なのか? 百城って料理できるのか? 台所が真っ赤にならない? 爆破しない?」
「あ、あはは……大丈夫だと思いますよ」
不安しかないんだけど。
「冷蔵庫には何もないし、今から買い物に行くよ」
「何作る気?」
「カレー」
「定番だなぁ」
何やら意固地になった百城に連れられ、俺とアキラは買い物に出かけた。
レジできょうだいに間違えられた。似てないのにな!
◇◆
芸能界──より細かく言えば俳優界。演劇を主にする舞台俳優ではなく、ドラマや映画を主にする俳優。
それが俺が身を置く世界だ。
どの業界でもそうだとは思うが、常に成長が求められる世界だ。スポーツとの違いは、俳優は40歳を超えようと60歳を超えようと、その世界に居続けることが可能だということ。俳優として必要な技術だけじゃない。
だから──
「この子の成長にあなたの力を貸しなさい」
──自分が奪わられる側に回ることだって当たり前のことだ
社長こと星アリサさんは、そう言って1つの資料をテーブルの上に置く。社長の言うこの子は『百城千世子』。まだ子役だけど、役者に向いていると社長が判断した子。つまり主演俳優になる素質のある子。
俺は事務所の一室。テーブルを挟んで社長と向かい合う。社長が俺のところにその話を持ってきた理由は見当がつく。説明を聞いても予想通りで、驚くことはなかった。話を持ってきたことは驚いたけど。
【王賀美陸を目標に育てる】
それが社長の狙いで、俺に与えられた仕事。
面倒な副産物を作って渡米するなや陸さんよォ!!
王賀美陸は、15歳でスカウトされて俳優の世界に入り、16歳でハリウッドに旅立った天才だ。デビューして数カ月で賞を幾つも取るという偉業。この世界で生きるために生まれてきたような存在。
年齢で言えば俺の3つ上。子役からやってる俺の方が芸歴は長いが、そんなの一切関係ない。あの人は怪物だ。
社長の配慮でいろいろあったりして、出来レースを窮屈で退屈だと感じた陸さんは反発。スターズを辞めて、日本のどの芸能事務所にも入れず、やがて渡米した彗星のような人だった。
「あの陸さんを目標に、ね。正気ですか?」
「あの性格を目標にとは言ってないわよ。涼介も分かってるでしょ? スターという存在が陸のような人間だと」
「まぁ……目標にする俳優としては世代的にも分かりやすいですけど」
「もちろんあなたにも普段通りの仕事はしてもらうわ。スケジュールを調整して、千世子の育成に協力してもらえる時間を作るってだけよ」
こういう話を本人を抜きでするもんだろうかと思ったが、するもんなんだろうな。「お前はこれからこいつになれ」という話。目標と言えば聞こえはいいかもしれないけども。あれか、明言はせずに誘導する感じか。大人って怖いな。子供は聡いぞ。役者に向いてるなら尚更に。
「あなたにやってほしいのは軌道修正よ。あなたの中にある王賀美陸像を使った修正」
「やれと言われたらやりますけど、押しつけは好きじゃない」
「知っているわ。だから、千世子を陸にするとは言ってないでしょ。陸を目標に、千世子を育てると言ってるの」
「あまり違いを感じられませんが、俺の解釈で言うなら『陸さん級のスターを育てる』ってことですか?」
「そういうことよ」
「……その子と会ってからやり方は判断します」
「お願いね」
聞けば百城用に特別なプログラムを作る、なんてことはしないらしい。スターズとしての育て方はそのままに、俺が時々あってさりげなく軌道修正を図る。それでやるんだとさ。
これ完全に俺個人の裁量にかかってるよね。社長よ。俺は俳優だけどまだ12歳だよ。子供だよ。
いやまぁ、スターズの中で一番近い位置で陸さんを見続けたのは確かに俺だけども。俳優という立場で考えれば適任かもしれないけど。
とはいえ社長。陸さんみたいな人は
まぁいいや。社長がそれだけ期待する子なんだから。
──
◇◆
そんな話をしたのが5年前。百城は12歳になり、俺は17歳に。
10代の終わりが近づいた途端に押し寄せてくるこのオッサン感はなんだろうか。10代というワードはあまりにも強い気がする。プレミアだな。自分の価値が下がりそうな気がする。百城はこれからさらに価値が上がるだろう。かわいいし。
何はともあれ、子役の5年というのは濃い。大人と子供で1年間での吸収量は変わるが、子役となれば尚更だ。
百城は脅威の成長速度で技術を身に着け続けている。それはまだ発展途上だが、貪欲に努力するこの子ならあと少しでスターズを代表する女優になれる。そうなるように教育してきた。
そして、次の共演が最後の布石になる。
俳優同士が予定を合わせるというのは簡単なことじゃない。仲良くなるためにこの世界に来たんじゃなくて、その世界の住人になりたくて来る人ばかりなのだから。自分を
そういう人間同士の予定を合わせるのに手っ取り早いのが共演だ。撮影に必要な期間が長いほどに予定は合わせやすい。売れている人だと、他の撮影もあったりして時間が限られるが。
「やあ。また会ったね名渕くん」
「ご無沙汰してます手塚監督。こちら、うちの子役の百城です」
「百城千世子です。精一杯がんばります」
「こちらこそよろしく。それにしても……名渕くんが子守してるの見ると笑えるね!」
「グラサン割りますよチャラ監督」
「ごめんごめん」
グラサンをかけているこの人が今回の監督の手塚さん。サングラスはキャラ作りのためにやってるらしい。纏う気配のせいかな。怖いって感じは全くしない。もちろんこの人がそういうふうにキャラ作りをしてるんだろうけどさ。
「スターズが共演ってのは珍しいね」
「教育の一環ですよ。後から言うより、演りながら指摘した方が飲み込みやすいでしょ?」
「そうだね。それほどまでに
「そういうことです」
「これは大変だね千世子ちゃん」
「大丈夫です。全力で取り組むだけですから」
「うん。僕も期待してるよ」
12歳なのにしっかりした子に育ったなぁ。スターズにいる子役も役者も、天狗になるような人がいないのは強みだな。常に上を向いて、成長を求め続ける。子役で辞める子もいるけど、その辺りは親の都合で左右されやすいから仕方ない。
たとえ世代を代表できそうな子であっても、『親の都合』というものだけでこの世界から去ったりする。家庭事情に口出しはしにくいからな。うちの社長とか、「人としての幸福」を目指してるし。「役者としての幸福」とは違う。だから陸さんは出ていった。
「適当に席に座っといて。顔合わせの時間はまだ先だからね」
「分かりました」
百城を連れて席に着く。座る場所は明確に決められているわけじゃないが、席の配置次第では暗黙の了解がある。脇役は一番前に座っちゃいけない、みたいな。
「……私もここでいいの?」
「いいんだよ。今回の撮影だと主演じゃないけど、百城の配役は次の作品に繋ぐ重要な役だからな」
「そんな理由で大丈夫なのかな」
「気にするな。俺が隣にいるわけだし。それに、盗めるものはいつでも探して盗み出せ」
「わかった」
百城の役はメインキャラとは言いにくい。俺ともう一人のダブル主演で、主人公たちについていくのが百城の役。東京喰種で言えばヒナミってとこか。あくまで役の人間関係のイメージだけど。
今回の撮影だと主人公は俺ともう一人が演じる。けれど、作品はシリーズもので、次回作と繋げることで完成する。その時が百城の主演になる。だから、百城は次回作のために、主演の人間から盗み出せる技術を盗み出すべきだ。
「君が子役を隣に座らせるとロリコンに見えてくるね」
「ショタコンは黙ってろ」
「ショタはいいよ~」
「否定しねぇのかよ……」
軽口を叩きながら隣に座ったのがもう一人の主演の女性。同年代で、何回か共演したことがある。その後も続々と出演者が集まり、百城に誰がどういう演技を得意とするのかを軽く説明していく。撮影を円滑に進めるため、互いに高め合うためにも、共演者のことを把握するのは欠かせない。
「ほんっと、いつ時間があるんだか」
「時間は作り出すものだぞ。覚えとけショタコン」
「御高説どうも。ロリコン」
「ロリコンじゃねぇよ」
「今ツッコむんだ……」
「名渕さんはこういう人だから」
「……千世子ちゃん。名渕くんに変なことされたらすぐに大人に言うのよ?」
「おい」
誰もそんな事しねぇよ。それよりアキラの方が心配になってきた。このショタコンめ。スマホのホーム画をアキラにしてやがる。怖えよマジで。帰ったら社長に言っとこ。
「はいはい雑談はその辺で。今日は顔合わせだけだし、ちゃちゃっとやって早く解散するよ」
手塚監督の声に遮られ、この場の人間たちの意識が変わる。共演者との顔合わせは、表面上仲良くやっていこうねってやつで、腹のうちじゃどいつも喰らい合いへの助走を始める。そうならない奴もいるけど、トップを狙う奴らは皆貪欲だ。
俺の隣に座らせた百城もその意識がある。
「知っての通り、今作は2作でワンセット。その一発目になる今回のが大ゴケしたら次回作は撮影できない。必ず大ヒットさせよう」
事実だけを言う簡素的な挨拶。けれど身が引き締まる話だ。
次回作のことを知っているのは、この撮影に関わる人たちとその関連会社だけ。うちの事務所みたいに、大きな所が請け負えば最初から宣伝してるかもしれないが、もしもの話はしたって仕方ない。
目標はシンプルに大ヒットさせること。撮影するんだから当たり前だな。その意識は全員持ってる。それをさらに集中させるのが、次回に繋げるということ。ヒットさせ、その収益を使って次回を撮影する。作品の完成のためには次回作は欠かせない。そこらの撮影より責任を感じるものだな。
「なるほど。だから名渕くんが呼ばれたのね」
顔合わせが終わり、百城を連れて帰ろうかと思ったところで隣から話しかけられた。俺はそっちを一瞥し、話を促す。特に話したいわけでもないけど、百城の前で無視はさすがにな。
「現スターズの顔ってのもあるだろうけど、あなたは
「前者はどうかと思うし、後者だって周りが勝手に成長するだけだ。それに、その結果を知らんわけでもないだろ?」
「そうね。でもそれは生半可な気持ちでこの世界に来た人だけよ」
そうかもしれない。知らんけど。
「今回は何人それがいるのやら」
「さぁな。撮影が終われば分かるだろ」
部屋を出ると百城が後ろからついてくる。あのショタコンにちゃんと挨拶してから出てくるの偉いよな。イメージコントロールもあるが、普通にいい子だよ。
「名渕さん。さっきの話ってどういうこと?」
「聞いても面白い話じゃないぞ。身になる話でもない」
「それでもいい」
「物好きだよなほんと。……単に、俺と共演する奴がほぼ毎回何人か撮影終了後に引退するってだけだよ」
「なんで?」
「直接は聞いてないが、バーンアウトみたいなもんだとさ」
「バーンアウト?」
「燃え尽き症候群とも言う。部活で全国大会目指した奴が、その舞台で全力を出し切った後にその世界から出ていくってのがよく例に出されるな。要は、目標を達成したり、全力以上を出し切ったりして、やる気を失うんだよ」
「……」
「いまいち分からんか。ま、そういうのがあるんだってことだけ覚えとけばいい」
まだまだ成長の余地しかない百城には理解できないことだろうな。百城もまた、目標を達成しているわけじゃないんだし。
俺だって元からこうだったわけじゃないんだけどな。陸さんと出会ってからこうなっただけだし。あの熱量を前に、共演者は萎縮するか高められるかの2択。日本だと前者が多いし、社長の干渉でそういう人ばかり共演者になってたみたいだけど。
ともかく、俺は
「名渕さん」
「ん?」
百城の小さな手が俺の手を掴む。
「私はいなくならないよ」
「……」
「もっともっと上に行きたいし。名渕さんからまだ盗めてないことが多いから」
「それは買い被りだが……。ありがとう」
「どういたしまして」
向上心を覗かせる綺麗な瞳。内側に秘める炎が見える。
「仮面はまだ完成しないな」
「上げて落とされた」
「上に行きたいなら完成させないとな」
「うん。手伝ってね」
「必要最低限はな」
世間じゃ他人より少しできる程度で天才だと称される。けれど、この世界ではどういう人が「天才」なのか。それを俺はすでに知っている。
陸さんのように「演じ分けられなくても許される怪物」か、「何にでもなりきれる怪物」の2つだ。生憎と俺は天才じゃないからそのどちらにも当て嵌まらないが、演技のタイプで言えば後者に属することになる。百城は前者だな。だから社長も、百城を陸さんのような役者を目標に設定してる。
けれど百城は陸さんのような天然モノの天才じゃない。天才に限りなく近い秀才だ。努力すればするほど伸びるし、天才の役者すら超えることもできるだろう。だいぶ険しい道だとしても。でも、それを躊躇わないからこそ、百城は5年でこれだけ伸びてる。
俺の補助が果たして必要なのか怪しいまでに。
百城は演技のタイプが陸さん寄りだけれど、その方法は俺寄りなんだよな。同じスターズ所属だから、むしろ陸さんだけが異例とも言えるんだけど。
どう見られるのか。何を望まれているのか。どうすれば受けが良いか。
その分析を欠かさず、怠らず、自分を作り続ける。「百城千世子」という人間ではなく、「百城千世子」というブランドを作る。それが百城のやり方だ。
「分析は?」
「手伝って」
「だよな」
やり方を教えたのは俺だ。そろそろ1人でできるようになるのも分かってる。分析の手伝いは、これで最後にしよう。
◇
舞台と違って撮影はカメラで撮られるものだ。そのフレームの中で演じ、それが観客の目に届けられる。カメラの範囲は観客の視界と同じってわけだ。
撮影の時は、1つのカットでも複数台で撮られることの方が圧倒的に多い。どこからどう撮られるのか。どう撮りたいのか。それを把握しておけばNGは少なくなる。もちろんOKを出されるだけの演技をすることが前提だ。
「名渕くん。ちょっといいかな?」
「どうかしました? 監督」
撮影が始まってからは体感時間が早くなる。今は全体の6割程といったところか。クライマックスの撮影だってそう遠くない。
そんなタイミングで手塚監督に呼ばれた。今日の分の撮影を終え、これから百城と今日の反省会をしようとしてたのに。俺は百城に先に戻るように言っておき、監督の後についていく。他人に聞かれたくないらしい。そうなってくると、話の内容は予想がつく。
「クライマックスのことですね?」
「話が早いのはいいけど、可愛げがないね」
「生意気な年頃ですから」
「そういうタイプでもないだろうに。まあいいや。……クライマックスの件、正気かい?」
「次回作への繋ぎとしてはこの上ないものでしょ?」
「そうだけども。スターズがこの配役で共演するのはおかしいと思ってたけど、君が社長を説き伏せたのかい?」
「百城を教育する立場でもありますからね。仕上げは共演の方がやりやすい」
「君個人の目的も達成できて一石二鳥ってわけだ」
「ええまあ」
社長の説得のために、俺はこの撮影での個人的な狙いを話してある。それは手塚監督にも伝えてあるし、これは最終確認だ。何かの気の迷いではないのか。考え直さないか。暗にそう言われているんだろうな。考えは変わらない。
それが伝わったようで、手塚監督はやれやれと首を振る。
「社長は止めなかったのかい?」
「あの人は役者の幸せではなく、人の幸せを優先しますから」
「なるほどね。君にとってこの仕事は天職だと思ってたから正直意外だよ」
「天職だと思ったことはないですよ。そう思うのは、陸さんとか百城みたいな役者です」
俺にとってこの仕事はそういうものじゃない。俺が役者をやっていて感じるのは、役者としての喜びじゃない。
──
「俺の役は次回作では出ませんし、丁度よかったんですよ」
「まんまと利用されたわけか」
「売れればいいでしょ。大人が気にするのはそこですから」
「手厳しいね」
「手塚さん。俺はもう
「……そうかい。何かあったら連絡してくれ。君がこの世界に来た時からの付き合いだしね。立場を抜きにしたら、これでも君がどこへ向かって行くのか気にかけているんだ」
「胡散臭い」
「信用ないね!」
監督としては信用してるよ。拘りが強いのは、それだけ作品に本気で向き合っているから。個人的にそういう人は嫌いじゃないんだよな。
人が生きている証はなんなのか。心臓が動いていたらいいのか。脳が生きていたらいいのか。そうじゃない。「他者に認識されるかどうか」だ。
誰も目を向けず、誰も話さず、誰も聞かず、誰もが触れない。そうすればその人は存在しないも同然だ。生きているとは言えなくなる。
母親は俺の出産で命を落とした。父親はそれで精神が狂った。俺はいないことになり、父親は母親の幻覚を見ている。仕事はできてるようで、家という場所で狂うらしい。
存在しない俺は役者の世界に入った。誰でもないから、誰にでもなれる。仕事を貰い、撮影し、放送される。それで俺は生きていることを証明できる。この世界で生きることは、俺にとって生命活動に等しいんだ。
「名渕さんおかえりなさい」
「ただいま」
「なんの話してたの?」
「クライマックスについて詰めてた。それより、反省会始めるぞ」
「うん」
そんな生き方しか知らなかったのに、陸さんに出会ってしまった。俺とは対極の存在に。共演こそなかったものの、あの人の在り方に影響を受けた。存在理由を、生きる意味を考えるようになった。
「OKされちゃったけど、私は納得できてない」
「だろうな。今回の撮影だと難しく考えなくていい。纏め上げるのは俺がやるから」
「わかった」
陸さんが渡米しても、その悩みは消えない。
けれど、この子に出会って俺は答えを得たと思っている。
──俺はきっと
今作の中身はシンプルだ。主役となるのは子供たち。とあるゲームの参加者に選ばれ、それの攻略に尽力する。敵を作るのも味方を作るのも自由。クリア報酬を独占するか分けるかの違いしかない。
話の展開としては、いくつかのグループに別れて競い合う。他のグループの妨害が段々と過激になり、やがて殺し合いに発展していく。殺しを優先するグループ。クリアを優先するグループ。生存を優先するグループ。在り様はそれぞれ違う。
俺が演じるリュウの目的は生存。けれどグループには属さず、情報を武器にのらりくらりと躱していく。それに付き合うのがもう一人の主役であるカナ。2人はやがて、百城が演じる最年少参加者のアミに出会い、ゲームを終わりへと導く。そんな話だ。
「『殺しのグループは別口で報酬があったわけか』」
「『なんでそんな……』」
「『人の変わる様を見るためだろ。高校生だろうと大人からすれば子供だし』」
「『でもそれももう終わる。私たちが辿り着いたから』」
情報を使って状況を変えていき、分かっている限りを分析し、推察して見つけ出した。このゲームの終わらせ方はそこへ至ること。
古びた建物。中世ヨーロッパを彷彿とさせる作り。その最奥にある扉を潜ればいい。
「『だから……もう少し頑張ってリュウ』」
「『いや、無理だな。俺は行けない。アミ……お前だけで行くんだ』」
体が重たい。腹が熱い。
あの戦闘狂に勝てたのは良かったが、ほぼ相討ちって結果だ。
最悪なのは、今のままで足掻いたら俺まで狂うことか。死に近づけばより生存願望が出てくる。理性よりも生物としての本能が強くなる。そこで固定化され、理性を奪われる。戦闘狂の奴もそういう仕組みだ。死にかけの状態でキープされ、生存本能を殺人願望に置き換えられて暴れまわった。やがて俺もそうなる。
だから──
「『俺はここで死なないといけない。行け』」
「『嫌だ! そんなのできないよ! 私はリュウと一緒にいたい! もっともっと一緒にいたい!』」
百城もこの撮影中に急成長したものだ。やはり同じ撮影の中の方が伸ばしやすい。俺はそこまで教えるの得意じゃないしな。
もう少しだ。もう少し伸びろ。このカットで超えろ。俺を
「『……あぁ、そうだな。俺もそうしたかったよ』」
体は起こせないが、辛うじて手を動かせる。酷く重たい。泥の中で体を動かしてるようだ。
側に落ちているナイフを指に引っ掛ける。ゆっくりと引き寄せ、震える手でそれを掴んだ。
「『駄目!』」
アミが駆け寄ってきてナイフを奪い取る。俺はそれを悲痛な笑みで眺める。それだけ想ってくれる喜び。理性のある内に死ねない悲しみ。血の気が引いていくのに、死が近づいているのが分かるのに、このままでは死ねないことも分かっている。
まだ子供のアミじゃ理性を失った年上を殺せない。俺が無抵抗の間じゃないと駄目なんだ。
「『言ってたよな……。幸せな家族を作るのが夢だって……。心から好きになれる人と結ばれて……誰よりも幸せなお嫁さんに、なるって……。今は辛くても、生きてりゃ幸せなことに、出会えるからさ』」
「『私見つけたもん! リュウとカナが私の家族だもん! リュウまでいなくなったら私……また独りになっちゃう……! いやだよ。独りにしないでよ……』」
「『……アミ、おいで』」
近くに呼んで、そっと抱き締める。小さな女の子に人の命を背負わせる。きっと俺は誰よりも残酷なことをしようとしている。この子の幸せを願っておきながら。
こんな矛盾は許されないかもしれない。けれど、この子の先は明るいと信じている。幸せが待っていると信じてる。
「『え……?』」
アミの髪をそっと撫でながら、空いている手でアミが持つナイフを自分の胸に突き立てる。心臓を潰せばちゃんと死ねることは確認済みだから。
「『なん、で……。駄目!』」
「『我儘な、兄貴でごめんな。……最期に願わせてくれ』」
ナイフを刺さないように抵抗するアミの手を、力づくで押さえ込む。火事場の馬鹿力ってやつだ。
そうやってキープさせながら、俺は髪を撫でていた手をアミの頬へと移す。最期に、この子の顔を焼き付けておきたいから。
「『生き抜いて、幸せになってくれ。それが俺とカナからの心からの願いだ』」
「『リュウ……。うぁっ、ぅぅぅっ……わ、たし、頑張るから……! 絶対幸せになってみせるから! だから……』」
「『ああ。2人で見守ってる』」
さぁ、俺を
「『あああぁぁぁぁ!!』」
「『ぐっぁ……。アミ……ありがとう』」
泣きながらアミが俺を貫く。これでようやく俺は死ねる。
最期に見えたのは、無理に涙を抑えて笑顔を作る
「『……さようなら。お兄ちゃん』」
あぁ、完成だ。 やっと死ねる。
ありがとう千世子。
その日──天使が生まれた。
あの撮影を最後に名渕さんは
それを聞いた時は信じられなかったし、元々頻繁に会ってたわけでもないから、そのうちひょっこり会えるんじゃないかって思ってた。名渕さんの連絡先が消えてたのに。
ひと月経って、ふた月経って。
それでも名渕さんと顔を合わせることはなかった。それでようやく、本当にいなくなったんだって分かった。
「涼介はズレてる子だった。見え方が私たちと違うのね」
「見え方?」
名渕さんがいなくなった理由をアリサさんに聞くことにした。社長なんだし、知らないはずがないから。当たり前だけど、私よりも名渕さんのこと知ってるわけだし。そこはなんか悔しいけど。
「ええ。この世の見え方、捉え方。そういうものがズレてるのよ。……涼介は、俳優であることで生きている実感を得ていた」
「どういうこと?」
「涼介にとって、生きている証は他者からの認識なのよ。俳優として生きることで、多くの人から認識を受ける。生きている証を得られる。そう考えていたようね」
「ならなんで? なんで名渕さんは俳優を辞めたの?!」
今だって連絡が取れない。アリサさんの話を裏付けるように、
「……答えを得た。そう言っていたわ」
「答えって何の?」
「存在理由。『百城千世子を育てること』それが涼介の見つけた答えね」
「何それ……。そんなの勝手だよ! 私はまだ名渕さんを超えてない! まだ学べてないこともある!」
──まだ、
「なんで止めなかったの? 俳優でないと生きられないなら、俳優じゃないと幸せになれないってことじゃないの?!」
「……幸せそうに、後は千世子に任せられると、笑顔でそう言われたのよ」
「え……」
何それ……なにそれ、なにそれ!
私が知らないところで、私のこと名前で呼ぶようになってたなんて意味が分からないよ。
名渕さんがそのつもりなら、今はそれでいいよ。
でも私は何も納得できてないから。
だから、必ず名渕さんを
そう決意して5年。私は、「スターズの天使」で在り続けている。
あの人はなかなか見つからない。あの人を呼び起こせるほどの起爆剤もなかなか見つからない。
そう思ってたのになぁ。
オーディションで面白い演技をする子がいた。この子は利用できるかもしれない。
「夜凪景さんかぁ。あなたなら現状を壊せるかな?」
壊せるかもしれないという期待。私の力でなんとかしたいという欲。
もし、夜凪さんが台頭することであの人が帰ってくるとしたら。
あぁ……想像するだけでも悔しいな。悔しい。
撮影現場をコントロールできても。みんなからの印象を操作できても。
たったひとりの人間には届かないなんて。
それをこの世界に入りたての人が変えられるとしたら。
──これほど悔しいことはないよ
でも、少しだけ彼女との共演が楽しみだ。