やはり俺がもう一つの現実で戦うのはまちがっている。   作:辻谷戒斗

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お待たせしました。『やはり俺がもう一つの現実で戦うのはまちがっている。』第四話になります。
それでは、今回もよろしくお願いします。


第四話 彼と彼女の意志

 今俺の目には、ある一人の女性プレイヤーと、黒々とそびえ立つ天蓋まで届く巨大な塔――アインクラッド第一層迷宮区がある。

 俺はその視線を下に向け、深くため息を吐いた。

 ……ここまで運ぶのは結構大変だった……。いやマジで……。

 キリトは女性プレイヤーを運んだ後、そのままダンジョンへ戻っていった。

 なんでも、今日のレベル上げのノルマをまだ達成していなかったらしい。

 俺とキリトが運んだ女性プレイヤーは、まだ下生えの上で眠ったままだ。

 もう彼女が倒れてから、七時間近くもたっているが……。よっぽど消耗していたのだろう。

 ……まぁ、三日、四日もダンジョンにこもり続けているなら、仕方がないと言える。

 もっとも、三日か四日もダンジョンにこもり続けたことはないので、どれだけ消耗するのかは知らないが。

 そんなことを考えていると、ガサッっという音がしたので、下に向けていた顔をその音が聞こえた方向に向ける。

 するとそこには、俺とキリトが運んできた女性プレイヤーがいた。

 その女性プレイヤーは先程まで閉じていた両の瞼を開き、俺を見ていた。

 必然的に、俺とその女性プレイヤーの視線がぶつかる。

 その瞬間、女性プレイヤーは低く掠れた声を絞り出すようにして口から発した。

 

「余計な……ことを」

 

 ……確かに、俺がしたことは彼女にとっては迷惑だったかもしれない。余計なことだったかもしれない。

 ……彼女が本当に死にたいと思っているならの話だが。

 

「余計な…………」

 

「……別に、お前を助けたくて助けたわけじゃねえよ」

 

「…………なら、なんで置いていかなかったの」

 

「助けたかったのは、お前が持っているマップデータだ。最前線近くに三日四日こもってたって言うなら、未踏破エリアもかなりマッピングされてんだろ。お前と一緒にそのデータが消えてしまうのはもったいない」

 

「…………なら、持って行けば」

 

 そう、彼女は低く呟き、メインウィンドウを開く。

 そして彼女はマップデータをすべて羊皮紙アイテムにコピーして、それをオブジェクト化し、俺の足元に放り投げてきた。

 

「それで、あなたの目的は達したでしょう。じゃあ、私は行くわ」

 

 彼女は下草に手を突いて立ち上がるが、わずかに足がふらついている。

 七時間近くも寝ても、完全に回復はしていないようだ。

 俺はそんな彼女の背中に向かって、ある言葉を投げかけた。

 

「待てよ。……行くっていうのは、死ににか?」

 

 彼女は俺のその言葉にピクッと反応すると、ゆっくりと俺の方を向き口を開いた。

 

「……言ったでしょう。どうせみんな死ぬって。それなら私は戦って死ぬわ」

 

「……お前はなぜ戦う?どうせ死ぬっていうなら、アインクラッドから飛び降りて死んでも同じだろ?」

 

「……わたしが……わたしでいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界には負けたくない。どうしても」

 

 ……やはりそうだ。彼女は、別に自殺願望を持ってダンジョンに潜っていたわけじゃない。

 明確な、強い意志を持って、彼女は戦っていたのだ。

 もっとも、その戦い方は褒められたものではないが。

 

「……それでも、そんな戦い方はやめとけ。早死しちまうぞ」

 

「だから、どうせみんな――」

 

「俺は死ぬつもりはない」

 

 俺が発したその声で、彼女が少しビクッっと震えた。

 俺はそんな彼女に構わず、言葉を続ける。

 

「俺はこの世界……このゲームに勝って、必ず帰ってみせる。クリア不可能とか関係ない。必ずだ……!」

 

「……なら、どんな戦い方をすればいいのよ……?まさか、あなたが教えてくれるとか言わないでしょうね……?」

 

 彼女は鋭い目つきで俺を真っ直ぐに見つめ、そう問いてきた。

 その目は、どうすればこの世界に勝てるのかを聞いているようにも見える。

 ……彼女は諦めてなどいなかった。ただ、知らなかっただけだったのだ。知らなかったから、こうなってしまったのだ。

 ならば、俺が教えなければならない。彼女がここまでになってしまったのは、ある意味では俺のせいなのだから。

 

「……ああ。戦い方をレクチャーしてやってもいい。だが、その前にお前を連れていきたいところがある」

 

「……なに?」

 

「今日の夕方に迷宮区最寄りの《トールバーナ》の町で行われる、一回目の《第一層フロアボス攻略会議》だ」

 

 

 

******

 

 

 俺は女性プレイヤーと並んで……いや、並んでというには少し離れ過ぎだが、そのような間隔を保ったまま森を抜け、トールバーナの北門をくぐった。

 すると俺の視界に、【INNER AREA】という紫色の文字が浮かぶ。

 安全な街区圏内に入ったことを知らせるものだ。

 俺はそれを確認した後、彼女の方を向き口を開いた。

 

「会議は町の中央広場で、午後四時かららしい。それまではこの町でおとなしくしてろ。俺は少し用がある」

 

 俺がそう言うと、俺と色違いのフードに隠れた彼女の顔が、かすかに上下した。

 しかし彼女の足は止まることなく、そのまま俺の前を通り過ぎていく。

 俺はそんな彼女を見送った後、俺を呼び出したやつが何処に居るのかを確かめるためにメインウィンドウを開いた。

 

「妙な女だよナ」

 

 その瞬間、俺の背後からいきなりそのような呟きが聞こえた。

 俺はすぐにメインウィンドウを閉じて、その声が聞こえた方に振り返る。

 するとそこには、俺を呼び出した張本人が立っていた。

 

「……すぐにでも死にそうなのに、死ななイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」

 

「……知ってんのか?あいつのこと」

 

 俺は半ば無意識でそう訊ねたが、こいつにこの言葉を言ってしまったことをすぐに後悔した。

 この後にこいつが言うことなど、俺でなくても分かるだろう。

 そんな俺の予想を裏切ることなく、こいつは指を五本立てて、口を開いた。

 

「安くしとくヨ。五百コル」

 

 にんまりと笑うその顔の両頬には、動物のヒゲを模した三本線がくっきりと書き込んである。

 そんな顔をしたこいつに対して、俺は質問の答えを返した。

 

「生憎、俺が女子の情報を買ったらストーカー扱いされて黒鉄宮の監獄エリアに送られるまであるからな。遠慮しとくわ」

 

「にひひ、相変わらずおもしろいナ!ハチ公ハ!」

 

「毎回言ってるが、誰が渋谷駅にいる忠犬だよ……。普通にハチでいいだろうが……」

 

「ならハチ公も、オレっちを鼠って呼ぶのをやめるべきだと思うんだけどナー。ほら、試しにアルゴって呼んでみろヨ」

 

「……で、何の用だ。鼠。またいつもの代理交渉か?」

 

 俺がそう言うと、鼠……アルゴの顔が渋面になり、ちらりと通りの左右を見回すと、俺の背中を指先で押して近くの路地へと移動させた。

 会議まではまだ二時間あるのでプレイヤーの姿は少ないが、絶対に他人に聞かれたくない話らしい。

 細い路地の奥で立ち止まったアルゴは背中を民家の壁に預け、改めて頷いた。

 

「まあナ。二万九千八百コルまで引き上げるそーダ」

 

「ニーキュッパねえ……」

 

 俺ははぁ、とため息をつき、次いで肩をすくめて口を開いた。

 

「悪いが、何コル積まれても答えは同じだ。売る気はねえよ」

 

「オレっちも、依頼人にそう言ったんだけどナー」

 

「……これで話は終わりか?なら、俺はもう行くぞ」

 

「オッケ。んじゃ、依頼人には今度も断られたって伝えとくサ。この交渉は無理筋だ、ともナ。ほんじゃまたナ、ハチ公」

 

 ひらっと手を振り、身を翻すと、アルゴは鼠の名に相応しい敏捷さで表通りへと去った。

 俺はそんなアルゴを見送り、時刻を確認する。

 今、午後三時を少し回ったところだ。そろそろ、会議に向けて腹ごしらえをしておかなければならない。

 四時から行われる会議は、間違いなく荒れるだろう。

 なぜなら、ニュービーたちとベータテスターたちの埋めがたい溝が晒されるからだ。

 だがその溝は、この世界を、このゲームをクリアするために埋めなければならない。

 ならどうするか。簡単だ。お互いがいがみ合うというのなら――

 

 俺という共通の敵を、用意してやればいい。

 

 

******

 

 

「……これをくれ」

 

「まいど!一コルだよ!」

 

 NPCの店員に一コルを支払い、黒褐色の丸型オブジェクトである黒パンを購入する。

 俺はその黒パンをポケットに仕舞い、NPCベーカリーを出た。

 そして、座って食べられる場所を探し始める。

 トールバーナの町の中心部、噴水広場に着くと、その片隅にある素朴なベンチに一人の女性プレイヤーが俺が買ったパンと同じパンを食べながら座っていた。

 俺はそんな彼女の近くまで行き、右側から声をかける。

 

「結構美味いよな、それ」

 

 彼女は俺の声を聞いて、パンをちぎろうとしていた手を止め、俺を鋭く一瞥してきた。

 そのあと彼女は半月型になっている黒パンを両手に保持したまま固まってしまった。

 俺はしばらく待っても彼女から何も返ってこないので、小さく咳払いをして口を開く。

 

「隣に座るぞ」

 

 俺がそう言っても、彼女は何の反応も示さない。

 俺はそんな彼女の沈黙を肯定だと判断し、ベンチの右端に腰を落とした。

 そしてポケットから、先程NPCベーカリーで買った黒パンを取り出す。

 すると彼女が唖然とした顔で俺を見てきて、口を開いた。

 

「……本気で、美味しいと思ってるの、それ?」

 

「ああ。少し工夫はするがな」

 

「工夫……?」

 

 彼女がそう言って首を傾げた。

 まあ、知らなければ知らないだろう。このクエストをやる奴も少ないしな。

 俺は黒パンを出したポケットとは反対のポケットから、小さな素焼きのツボを取り出す。

 そしてそれをベンチの真ん中に置いた。

 

「……そのパンに使ってみろ」

 

 彼女はおそるおそる右手を伸ばし、指先でツボの蓋をタップした。

 そしていくつかのボタンをタップしてから、紫色に光った指先を食べかけのパンにあてがう。

 すると、かすかな効果音とともにパンの片面が白く染まった。

 

「……クリーム?こんなもの、どこで……?」

 

「一つ前の村で受けられる《逆襲の雌牛》っつうクエストの報酬だ」

 

 俺は彼女にそう返し、自分の黒パンにもクリームを付けて、食べ始める。

 彼女はそんな俺を少しの間見ていたが、やがて彼女も自分の黒パンを食べ始めた。

 あっという間に俺と彼女の黒パンは、その姿を消していった。

 ……うむ。やはり美味い。キリトに進められて受けたクエストだったが、受けて本当に正解だったな。

 このクリームにはクエスト以上の価値がある。

 俺がそんなことを考えていると、彼女の口が開き消え入りそうな声でこう言った。

 

「…………ご馳走様」

 

「おう。……どうだった?」

 

「……美味しかった」

 

「……そうか」

 

 ……これで、彼女もこの世界での安らぎを、楽しみを知ってくれればいいのだが。

 俺達は、この世界で生きている。戦って、死ぬことだけがこの世界で生きたということじゃない。

 この世界で戦わずに生活することだってできるし、剣を打ったり装備品を作ることでこの世界と戦うことだってできる。

 たとえ最前線で戦うとしても、安らぎや楽しみを持っていたほうがいいだろう。

 

「……ねえ、なにじっと見てるの?」

 

「っ!い、いや……悪い……」

 

 どうやら、彼女のことを凝視してしまっていたようだ。

 彼女は怪訝な顔をしながらも、俺に向かって口を開いた。

 

「……まあ、いいけど。それより――」

 

 彼女の言葉の途中で、街の中央にそびえる一際巨大な風車塔が、風力で動く時鐘を高らかに打ち鳴らした。

 午後四時、会議が始まる時間だ。

 彼女から視線を外し少し離れた噴水広場を見ると、いつの間にか多くのプレイヤーが集まってきている。

 

「……行きましょう。聞きたいことは後で聞くわ」

 

「……そうだな。行くか」

 

 彼女がベンチから立ち上がるのに続き、俺もベンチからゆっくりと体を起こす。

 俺と彼女は並んで……トールバーナの北門をくぐったときよりも近い間隔で、会議が行われる噴水広場に向かって歩き出した。

 




 はい!今回はここまでになります!
 八幡とアスナ、それぞれの意志が明かされました。
 いかがでしたでしょうか?

 次回は第一層フロアボス攻略会議からになります。お楽しみに。

 ハーレムのアンケートの件ですが、思いの外キリト原作ハーレム通りや、半々ハーレムが多かったりしたので、キリトのヒロイン多めの方向で進めていこうと思います。
 もちろん、八幡にもある程度のヒロインは用意するつもりです。

 最後に、引き続き次に書いてほしい『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のクロスオーバー先を募集しています。
 第一話のアンケートのところに、自分が書きたいと思っている作品を置いていますのでご協力よろしくお願いします。
 また、第二話に第一話のアンケートに入り切らなかったクロスオーバー先の作品を置いておきます。こちらの方も投票の方よろしくお願いします。
 第四話のアンケートにも、クロスオーバー先の作品を置いておきます。こちらもまた、アンケートの回答の方よろしくお願いします。
 そして、それ以外の作品でこの作品とのクロスオーバーを書いてみてほしい、などなどの要望がございましたらコメントにて教えて下さい。できるだけ書けるように色々考えてみますので。

 それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました!また次話、または次の作品にてお会いしましょう!
 ここまでのお相手は、辻谷戒斗でした!

次回作の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のクロスオーバー先について【第三弾】

  • 魔法科高校の劣等生
  • 鬼滅の刃
  • 青春ブタ野郎シリーズ
  • ようこそ実力至上主義の教室へ
  • ダーウィンズゲーム

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