ベル君が【アポロン・ファミリア】に入団するのは間違っているだろうか   作:七篠ロキ

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 次回は6/10~14を予定しております。

 前回のあらすじ。
 やっと戦争遊戯開始。
 怒涛に攻めまくる【ソーマ・ファミリア】。そして、ベルvsカヌゥ。
 イメージとして、技量と装備性能の戦いにしました。

 …ていうか、原作通りの作戦を敵が使ってくるって、恐ろしいな…。

 そして今回も、2万字超え。疲れるぜ。


翻弄する者

 戦争遊戯が開始して、僅か3分。

 この戦争遊戯の山場といえる戦いが、いきなり起こった。

 シュリーム城の北側の外壁が崩壊し、そこから攻める【ソーマ・ファミリア】のほぼ総員。【アポロン・ファミリア】も対抗するため、戦力がそこに集中していく。

 両陣営がぶつかり合い、乱戦が巻き起こった。

 次々と人が倒れていき、数が減っていく。白い少年もまた、その場にいた。

 互いの体を削り合い、咆哮や悲鳴が飛び交った。

 だが、今はもう終わりが見えている。

 【アポロン・ファミリア】の有利だった団員の数の差で、ほぼ押し切っているのだ。

 次々と湧き出る過剰なプッシュによって、【ソーマ・ファミリア】を追い詰めている。

 エルフの小隊長の指導の元、北側に集まった戦力でトドメを刺そうとしていた。

 

 しかし、些か普通とも思えるこの方法だが、ある欠点を抱えている。

 戦場の舞台であるシュリーム古城跡地。

 そこは【アポロン・ファミリア】総員でも守りをカバーしきれないほど、広かった。

 そのため、戦力が北側に集中した今。

 北側以外の守りが、手薄となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 シュリーム城、西門。

 そこには見張りが2人おり、常に周囲を警戒していた。いつでも非常警報が鳴らせるように。

 だがそこに、一人慌てて駆け込んで来る者がいた。

 サポーターの小人族の男、ルアンである。

 何かに必死な形相で、2人に訴えかける。

 

「おい、北側がもうヤバいから、早く助けに行けって!」

「え、マジ!? いや、団長の伝言で、ここからあまり動くなって指示が…」

「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ!? いいから早く行けって!? オイラが代わりに見張っておくから!」

「あ、ああ、わかった!」

 

 見張り達は武器を持って持ち場から離れ、慌てて北門へ走って行く。

 そして、その二人を見送り、見えなくなった頃。

 ルアンは周りをキョロキョロと見渡しており、どこか不審じみた行動をとっていた。

 周囲に誰もいない事を確認すると、扉の鍵であるレバーに一直線に走っていく。そのままそれに手を掛けようとした所で―――。

 

「待てぇ!? そいつはオイラの偽物だぁー!! 誰か止めろぉ!?」

 

 そこに、小さな人影が舞い込んできた。

 現れたのは、()()()()()()()姿()

 まるで双子か、同一人物であるか、鏡写しでも見ているかのように。

 それは、二人目のルアン。

 必死になって止めようと、駆け出している。

 一人目のルアンはすぐにボウガンを取り出すが、二人目とは少し距離があったため、なりふり構わずレバーを手に取った。

 

「見つかりましたか! でも、もう遅いです!」

 

 見つかった事に焦りはしたが、一人目のルアン――――偽物のルアンはそれを引き、扉を開かせた。

 そしてその扉の先から、チャンドラ達数人が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『裏切りだー!?』

 

 観戦していたオラリオの市民達が頭を抱え、総立ちとなる。

 街の大通りで、ギルドの前庭で、港町で、神々の広場で、悲鳴ともつかない叫び声が連鎖した。

 

「【アポロン・ファミリア】の団員が味方を裏切ったぞ!?」

「敵を城の中に入れている!?」

「いや待て!? 近くにもう一人いるぞ!? 双子か!?」

「ドッペルゲンガー現象!?」

 

 複数存在する円形の窓の内、瓜二つの小人族の男二人が睨み合い、その内の一人は慌てていた。侵入した【ソーマ・ファミリア】の者達はあらかじめ道を知っているのか、一直線に進んでいく。

 『鏡』の映像に指が指され、多くの視線が集まった。

 まさかの寝返り―――とも思える光景。北側の応戦に人が集まり、尚且つ偽ルアンが見張り達を北側へ誘導していたため、西側には本物のルアン以外人気がない。不意に彼らと鉢合わせた者は驚愕し声を上げようとしたが、先頭を走るチャンドラによって封じ込められる。

 衝撃的な光景に、オラリオ観衆にどよめきが走った。

 

「なっ、なっ、なっ!?」

 

 言葉を失ったのはアポロンである。

 折角ほぼ勝利という文字が見えてきたのに、まさかの眷属の裏切り行為と二人目のルアンの存在によって、驚愕と困惑が隠せずに顔を変色させた。

 椅子を飛ばして立ち上がり、口の開閉を繰り返し、わなわなと震えている。先程のソーマよりも悲壮感が増しており、テンションの浮き沈みが激しい。

 隣に座るその神は予想外の好機が到来した事で、顔色が少し戻った。

 『鏡』の中、敵の裏側を突いた眷属達を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 場面はシュリーム城西側に戻り、本物のルアンが唖然とする中、侵入者達が次々と敷地内へ侵入していく。

 敵に睨まれ、そこでようやく我を振り返った。

 

「て……敵襲ー!? 西側から数人侵入してきた!」

 

 ルアンの叫び声を上げて周囲に知らせるが、聞き届ける者はほとんど存在してなかった。

 偽ルアンにボウガンを向けられ、慌てて物陰に隠れる。

 その隙に、チャンドラ達が建物の中へと侵入した。

 

「あっ!? ちょっ、待てぇ! …て、うぉ!?」

 

 すぐに追いかけようとしたが、一人残った偽ルアンに矢を放たれてしまい、思うように動けない。

 一方で、偽ルアンは一番の役目を終えたが、場を引っかき回して敵を混乱に陥れるというまだ役目があった。それの実行に移すため本物のルアンをけん制した後、違う方向へと走り去って行く。

 

「あ、お前も待て!? 畜生、オイラに化けやがって! 一体どんな魔法を使っているんだよ!?」

 

 一人残された本物は偽物へ愚痴を言いながら、それを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、シュリーム城北側。

 そこでは白い少年と小隊長が何やら話し込んでいた。

 白い少年はカヌゥとの戦闘後、かなりの手持ちのポーションを消費したが、結局左肩の傷は治せずにいる。

 だがそれでも懸命に、ある事をリッソスに訴えている。

 少年がある事に気づいたのは、カヌゥとの戦闘の間だけ戦場から離れ、北側全体を見渡せたからだ。

 

「リッソスさん! 僕はルアンを探しに行きます!」

「駄目だ! あまりここから離れるな! かなり優勢だが、ここを決するまで待て!」

 

 僕を戦場からの離脱を許さず、北側に留めようとしてくる。

 確かに、残党と化した敵集団も、最早手で数えられる程度となっていた。次々と来る増援によって、数の力で押し切っているからだ。

 でも、向こうは戦意喪失している筈なのに、なかなか降伏せずに粘ってくる。

 まるで、何かを待っているかのように。

 これはもう、明らかに罠だと思った。

 

「でも、流石に人が密集しすぎています! もしかしたら、偽情報によって攪乱されている気がします!」

 

 今、この場にいる【アポロン・ファミリア】の人数は、およそ60人。倒れている者も含めてだ。

 そのおかげでこちらが優勢であるが、流石に増援の数が多すぎる。こんなに人が来たら、他の守りはどうなっているのか見当もつかない。

 僕の言い分に対して、リッソスさんは口を閉ざしている。

 そんなリッソスさんに追い打ちをかけるかのように、また増援が来た。

 

「…? どうなっている? もう増援はいらないじゃないか」

「さてはルアンの奴、焦ったな?」

 

 偽ルアンが先程追いやった、西側の見張りの者達だ。

 いざ到着したら、こちら側が圧倒的に優勢。正直、過剰戦力である。

 頭を掻きながら持ち場に戻ろうとし、その場を去ろうとする。だがその直前に、話が聞こえたベルに言い止められた。

 

「え!? ま、待って下さい! い、今、誰の話でここに来たのですか?」

「ん? ああ、ルアンだよ。慌てているから、ここがかなりやばいと思って来たんだが……。この様子じゃ、来る必要なかったな」

「「…………………まさか!?」」

 

 見張りの者達の話を聞き、ベルとリッソスが顔を見合わす。

 二人が考えた事は、一致した。

 ルアンが、シュリーム城全体に先程のここの状況を言い回しまくっている、という考えに。

 ……現実だと、非常に惜しい回答ではあるが。

 

「……わかった。ベル、お前はルアンを探しに行け。見張りのお前たちは持ち場に戻れ。その間、もう増援の必要はないと情報を回せ」

「「了解」」

「わかりました!」

 

 遂にリッソスさんが納得し、解決するようにと僕を行かせてくれた。見張りの人達も何となく状況が読んで、頭を縦に振っている。

 その後すぐに別れ、リッソスさんが北側に残っている敵兵の所に向かい、僕もまたその場を離れようとした。

 そしてすぐに、ルアンが今どこにいるか考えてみる。

 

(えっと、ルアンが西側の見張りの人達に会ったっていう事は…)

 

 つまり、西側の端まで移動して、情報を伝え回したという事だ。

 これはもう、西側は全部回ってしまったと考えてもいい。となると……。

 残りは南か、東だ。

 

「とりあえず、まずは南に行ってみよう。中央を通るけど、もしかしたらその近くにいるかもしれない」

 

 癒せない肩の傷を抑えながら、僕は行先を決める。

 シュリーム城の敷地内を駆けて、ルアンを探しに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スピード勝負だ! こっちだ!」

 

 順調に進んでいくチャンドラ達一向。

 もうすぐ、事前に教えられた難所に辿り着く。

 チャンドラは先頭を走っており、重い大剣を携えている。それでも侵入したメンバーの中では、Lv.2の能力によって一番速かった。

 

(アイツの計画性を疑っていたが……。まさか、本当に城門が開くとはな……)

 

 ザニスの掌の上で踊らされるのは癪だが、ここまで来た以上、勝手な変更は出来ない。

 所々不安要素が多いザニスの計画だったが、実際に彼の思惑通りに事が進んでいた。

 敵との遭遇率がかなり低く、無駄な体力をあまり消費せずに前へ走って行ける。

 その代わり、北側の者達は最初から捨て駒として扱われているが。

 

(それにあの小人族……確か、アーデとつるんでいた奴じゃないのか?)

 

 以前『怪物祭』の大会時に、パーティーへの参加のやり取りを目の前で見ていた。その時は義理が固い奴らだと思ってはいたが……。

 

(その内の一人が、裏切り行為か……。それとも、俺と会ったのは別の双子の奴なのか?)

 

 正直、同一人物があの場に二人いた事で驚いていた。足も止まりそうだったが、突入直後の出来事だった事が幸いしてどうにか止まらず、むしろ逃げるかのように加速できた。

 内心ホッとしているチャンドラ。リリの魔法の事を知らなかったため、彼には衝撃的な光景に見えただろう。

 だが、過ぎ去った事は置いといて。

 

(…つーか、ザニスの奴は今何処にいるんだ? 北側にいるとは思えねぇが……)

 

 この計画の発案者で、小心者かつ滑稽なザニスがあの場にいるとは思えなかった。恐らく城の中に潜んでいるだろう。事前に調べたと言っていたから、そう簡単には見つからないだろう。

 それに、遠目で見ていたがあの無人からの炎の砲弾の原理が全く分からない。

 恐らく『クロッゾの魔剣』を使っているだろうが、他に何を使ってああなったのか想像つかない。

 敵とあまり遭遇せず進んでいたためそんな事を考えていた彼だが、ようやく例の場所に辿り着いた。

 

「着いたか。お前等、ここから先はなりふり構わず走れ。……準備も怠るな」

 

 全員チャンドラの言葉に頷く。彼もそれを確認したら、前を向く。

 そして、号令を出した。

 

「……行くぞぉ!!」

 

 そして彼らは外に飛び出し、一気に走り出した。

 そこは、城と城を結ぶ空中廊下である石橋。

 シュリーム城の構造上、向こうの大将がいる場所に辿り着くには、これを通らなければならない。

 だがそこは重要な地点であるため、当然小隊が守っていた。

 

「ッ!? 敵が来たわよ! 総員、すぐに発射できるように!」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 待ち受けるのは、ダフネ率いる小部隊。魔導士は数人北側の対処で出してしまったが、それでもまだ何人かいる。

 しかも、詠唱を事前に完了させていた。

 チャンドラは苦々しい表情を浮かべるが、ここは一本道。左右の幅は2、3人通れる程度。

 最初から、近づけば魔法が放たれるのはわかっていた。だから、足を止めずに進んで行く。

 相手との距離が近くなり、合図はまだか!? と緊張感が漂う。

 【ソーマ・ファミリア】側の喧騒と駆け足の音のみが、伝わってくる。

 そして、同時に号令が掛けられた。

 

「…ッ! お前等!」

「今よ! 発射!」

 

 片や魔法が解き放たれた。そしてもう一方は懐から、色を帯びた剣が。

 

「チィ!」

「えっ!? ちょっ!?」

 

 魔剣だ。しかも、チャンドラを除き全員二振りも。

 呆気に取られてしまうが、後の祭り。

 それらを全員同時に、振り下ろした。

 炎やら雷やら風やら氷やらが飛び出て、迫って来る。

 

「魔剣が来たわよ!? 防衛を!」

「お前等! 魔法に備えろ!」

 

 両者同時に指示を出すが、対応できたものは果たして何人か。

 両陣共に、着弾した。

 橋が揺れ、所々にひびが入る。

 煙が舞い、敵の姿が見えない。

 ダフネは咄嗟に附せてどうにか直撃を免れたが、周囲の確認が全く取れなかった。

 

「…まずい!? 無事な者は後ろを固めて! 一人も通れないように!」

 

 最低限の事は守り通そうと部下に指示を出し、出来る限り周囲を警戒する。

 しかし、誰も返事が返って来なかった。

 まさかと思い、すぐに立ち上がって感覚を出来るかぎり研ぎ澄ます。

 誰が横を通り過ぎても、すぐに手が出るように。

 今か今かと待っており、冷や汗もにじみ出る。剣を握る力も強くなる。

 彼女の嫌な予感は不幸にも当たっており、彼女を除いて全員今のでやられたのだ。

 それにより、現状この石橋の防衛は、ダフネただ一人となっていた。

 

(そういう事なら、声を出したのは失敗だったわ……)

 

 声を出したことで、最低一人は無事という情報が向こうに知れ渡ってしまった。

 煙が宙に舞い続け、未だ周囲が晴れない。

 最悪向こうは全員無事という可能性も考慮しており、剣を握る力が強まっていく。

 集中力を乱さずに、じっと待ち続ける。己の反射神経を信じて。

 このまま煙が晴れるまでその場に動かずにいようとする彼女に。

 出来る限り足跡を殺し、横を通りすぎようとした人影が――――。

 

「―――ッ!? 行かせない!」

 

 咄嗟に剣を横に突き刺し、その人影に命中させた。

 手応えはなかったが、その方向から声が聞こえた。

 

「…クッ!?」

 

 その風圧にその場の煙が少しだけ飛び、人影の正体が露わになる。

 チャンドラだ。

 この男もまた、どうにか魔法の攻撃から逃れたようだ。

 煙に紛れて駆け抜けようとしたのだが、そこはダフネに阻まれてしまった。

 すぐに後退し、再び煙に紛れようとしたが、彼女は見失わないように接近してくる。

 男はまさか近づいて来るとは思わず、その事で少し驚いた。

 

「…ほおぉ? いいのか、俺一人に構って? 他の奴らが抜けるぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、それなら上等だと言わんばかりの顔を見せる。

 だが、対するダフネはそれでも問題ないとばかりに突っ込んで来た。

 確信しているからだ。もう他の者を倒しているという事に。理由もある。

 

「いいえ、そっちも残りはあなた一人よ。他の人達が足音を消しながら移動できれば、話は別だけど?」

「……できねぇな。まぁ、普通に考えたらわかるか」

 

 それはハッタリだと簡単に見抜かれ、しかも納得のいく理由で反論の余地もなかった。

 あっさりと白状しながら、ダフネから背を向けずに逃げる。煙で見えにくいものの、何となく方向はわかる。

 だから、この視界の悪い状況を利用していた。

 チャンドラは出来る限り横に避け続ける。剣が突き出されようが、構わない。掠り傷は付かれたが、回避に専念していたため、それ以上はない。そのまま相手が方角の事を忘れさせるようにして動き回り、誘導していく。

 そしてある所で一回、あえて己の動きを止めた。

 ダフネはすぐに加速して、相手に剣を突き立てようとする。しかし、男にそれをギリギリ避けられてしまう。

 そのすぐ後に煙が消え、視界が明るくなった。

 ―――それは彼女にとって状況を理解するのに、一瞬遅い出来事であった。

 顔のすぐ下に、石橋の塀がある。突っ込む時には、橋の真横の方向に向いていたのだ。

 塀は腰ぐらいまでの高さしかない。しかも、先程の魔法の攻撃で少しひびが入っていた。

 このままぶつかったら、塀が壊れてそれごと落ちる。

 

「こん、のぉ!」

 

 急ブレーキをかけ、橋から落ちないよう踏み止まろうとする。足を滑らし、勢いを殺そうと力を入れた。

 だが、その分隙が大きく出来てしまう。

 チャンドラは、それを狙っていた。

 

「そのまま、落ちろ!」

 

 その隙を見逃さず、大剣を横一閃させた。ダフネもそれに反応する。

 

「ウッ!?」

 

 どうにかその軌道に剣を入れて防いだが、受け止めた時の体勢が悪すぎた。

 大剣の勢いが加算され、塀にぶつかってしまう。ひびが広がり、そこが破壊される。

 そしてそのまま勢いが止まらず、体が宙に浮いた。

 

「―――――」

 

 口が塞がらず、唖然とする。上からの位置を見たら、完全に石橋の外だ。

 そしてそのまま、落下が始まろうとして―――――。

 

「~~~~~~~っ、させない!」

 

 そのギリギリで、男の腕を掴んだ。

 

「なっ、マジか!?」

 

 巻き添えを食らい、男は焦る。女に引っ張られ、同じく橋から落ちそうになった。

 だが、lv.2の力によってどうにか踏ん張る。

 ダフネは宙ぶらりんとなり、男はすぐにそれを払おうとしたが、細剣で阻まれてしまう。

 彼女の必死の攻防に苦闘しており、動揺も出てしまって中々攻撃が当たらない。力任せでやろうとしても、それを利用して石橋に戻られそうである。

 どうにか今の優位を生かして倒そうとしても、すぐには思いつかなかった。

 

「ク、クソッ…………ッ!?」

 

 さらに、状況が一変する。

 争っている中、駆けつけてくる集団が来ていた。

 方向は、ダフネが守っていた側からだ。

 数は片手で数えられるぐらいだが、【アポロン・ファミリア】の精鋭部隊にいた者達である。

 『王座の間』にいるヒュアキントスの護衛の立場であったが、その者からの命令の元、直ちにここへ到着したのだ。

 魔導士同様『魔法』を習得しており、あらかじめ詠唱も済ませていた。

 

「お、おいおい…、ここで援軍かっ!?」

 

 身動きが取れず、チャンドラが余計に焦る。

 一応形だけでもダフネを人質として使うべきか判断に迷っていると、その彼女から声が上がった。

 内容は、さらに追い込まれるようなものであるが。

 

「…アンタ達、ウチごと打ちなさい! こっちでどうにかするから!」

「…マジかよ……」

 

 ダフネが同士討ちされる覚悟で命令し、男がそれを聞いて冷や汗を流す。

 作戦は、失敗だ。

 彼女の言葉を聞いた精鋭達は頷き、魔法を放つ。

二人に、それが迫って来た。

 

「…やられたぜ。全く」

 

 かなり険しい表情を浮かべながら、すぐに橋の下を見る。

 高さはそれなりにあるが、大丈夫。Lv.2の耐久力なら、問題ない筈。

 チャンドラは意を決し、橋から飛び降りた。

 その直後、橋の一部に魔法が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 その場に煙が再び舞い、念のためそれが治まるまで精鋭達は近づかず、入り口を固めた。誰も煙の中から出て来ないが、警戒は解かない。ダンジョンでは不意を突かれるのは危険だと身に染みているからだ。

 そしてようやくそれが治まった後、『魔法』が着弾した所を見ると、やはり誰もいなかった。

 それから下を確認し、ダフネ達の様子を見ようとした所で。

 石橋を駆ける音が、聞こえてきた。

 すぐにその方向を向き、全員武器を構える。

 だが、見えているのは倒れている者達だけで、走っている者は誰もいない。

 音は確かに聞こえた。今でも聞こえる。なのに、見当たらない。周りをよく見渡し、さらには敵の魔法による影響も考え始めた。

 その音はどんどん近くなる。何も見えないという恐怖から、その場に緊張感が走った。

 何が来るのかと警戒心を強め、空気がピりつく。そして、遂にはすぐ横でその音が聞こえた。

 すぐ横を見る。何か異変が起きていないか、冷や汗を掻いた。だが、やはり何もない。

 そのまま何事も起きないまま、音は精鋭たちを通りすぎた。

 

「…………?」

 

 特に変化はない。痛みも全くなく、結局頭を悩ませただけだった。

 そして誰かが走っているような音は、徐々に遠のいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 魔法が着弾する直前に石橋から落下した後、僅か数秒間。

 二人は相手を少しでも弱らせようと、空中で攻撃し始める。

 両者互いに、剣を振り回した。

 

「「……ッ!!」」

 

 だが、武器と衝突し干高い音を立てるだけ。

 粘りたい二人だが、魔法の次には地面が迫っていた。

 着地に備え、互いに相手を引き離す。

 その後Lv.2の身体能力を持って、音を立てて土煙を上げながら着地を果たした。

 

「う、ぐ……」

 

 ゆっくりと立ち上がり、相手を見据えながら剣を構える。難敵だと、互いに認めて。

 

(…成程な。ザニスの奴め、わざと俺にこいつをぶつけたな)

(この男、『怪物祭』での大会の時の…。事前にヒュアキントスが不安要素として話していた事はありそうね。……て、ゆうか…?)

 

「あれ…?」

 

 そんな中、ダフネはようやく気づいた。

 先程の他の【ソーマ・ファミリア】の者とは違う、チャンドラの装備に対する違和感。

 その、格差に。

 

「何か、アンタだけ………妙に、装備が」

「貧弱だっていうのか? それは贅沢なものを見過ぎただけだ」

 

 ダフネの疑問に対して、即座に回答をする。

 通常のLv1の装備よりは整っているが、他の【ソーマ・ファミリア】の者達と比べれば、明らかにお粗末な装備。

 武器は大剣が主流のようであり、かなり使いこなされたかのような雰囲気を醸し出していた。

 逆にいえば……Lv.2相応の装備である。

 

「俺は、俺の身の丈を知っているだけだ。…そろそろ行くぞ?」

 

 速攻で終わらせるつもりだからな、と一言添える。

 先程の精鋭たちがここに来ると予想したため、短期決戦を望むチャンドラは大剣を振り被り、彼女に仕掛けて来た。

 ダフネもまた、それに応戦する構えを取る。

 そして、両者雄叫びを上げた。

 

「「ハァアアアアア!」」

 

 剣と大剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 せめぎ合う二人。同時に、相手の力量を感じ取った。

 冒険者として経歴ならチャンドラが上であるが、冒険者としての才能ならダフネの方が上。

 ステイタス項目のスピードも器用もそうである。

 だが、僅かに―――――――――力と耐久は、チャンドラが上であった。

 

「オラァッ!」

「……ッ!」

 

 チャンドラに正面からぶつかり、力負けしたダフネ。

 後ろに飛ばされるものの、そのまま地面に火花を散らしながら勢いを殺していく。

 対する男は猛ダッシュで突っ込んで行った。

 まだダフネは迎撃できる体勢に整っておらず、勝機と思い大剣を振り上げる。

 しかし、その寸前で男は剣の間合いに入らずに、踏み止まる。

 その結果、カウンターを狙っていた女の剣が、空振りとなった。

 

(!? 読まれた!?)

 

 あえて隙を見せている所で返り討ちにするつもりであったが、見た目は豪快そうで中見は意外と慎重派であるチャンドラの勝負勘が冴えていた。

 彼は止めた一歩を再び踏み始め、振り上げていた大剣を下ろす。

 ダフネはフェイントに引っかかってしまったものの、瞬時に左後方に飛び跳ねた。

 大剣が地面に突き刺さり、ズンッ!と音を立てながら土埃が少し舞い上がる。

 男はすぐに大剣を引き抜いて再び攻めようとするが、一旦彼女に大剣を向けたまま動きを止めた。彼女もまた剣を相手に向けつつ、攻め込むタイミングを見計らっていた。

 

(……流石に、そんな簡単には行かないわね)

 

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。フェイント直後の攻撃に掠り、腕には血が流れていた。多少痛むが、動きには問題ない。後は、相手の隙を見つけるだけ。

 対するチャンドラは相手が動かないのは、先程同様罠だと考えていた。まだ向こうの増援が来ない事を確認し、心の中の焦りを少しでも失くそうと息を吐く。

 両者慎重となり、その場から簡単には動けなかった。

 膠着する二人。

 集中力を研ぎ澄ませ、一気に勝負を持って行くタイミングを探している。

 そして、きっかけはどちらかが一瞬動こうとした足さばきか。それとも、北側の喧騒の音に反応したか。

 片方が相手の方に斬りかかってきた。

 

「フッ!!」

 

 先に仕掛けて来たのは、ダフネ。

 相手に突っ込み、剣を一度振り払ったかと思いきや、すぐに離脱する。そして、またすぐに突っ込む。

 それを、幾度となく繰り返す。

 左右に揺らすなど時折動きを変化させ、チャンドラを翻弄した。

 

「…チッ、こう来たか…」

 

 一撃離脱《ヒットアンドアウェイ》。

 スピードに自信がある者の戦い方で、果敢に攻め続ける。リュー達に更に上手い戦法を見せつけられ、それを己の物にしようと修行したのだ。1日やるかやらないかで大きな違いだと、今まさに体感していた。

 チャンドラの防具や体に傷が徐々に増え続ける。空間を十全に使うダフネの動きに追いつけず、一方的な展開に。時にはフェイントをかけたり、時にはエグイ角度から剣を突き出したり、時には剣の軌道を急に変えたりなど、防ぎきれない。血を吐きながら耐えているが、体が動けなくなるまで時間の問題であった。

 だが、簡単には終わらせない。

 

(一か八か………ッ!!)

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 彼はダメージ覚悟で間合いに入り込むタイミングを見計らい、大剣を振り下ろした。

 そしてそれは見事、ダフネに一撃を与えた。

 

「ウッ!?」

 

 タイミングが合わされてしまい、彼女は咄嗟に剣でガードしたが、大剣の軌道を変えるのに精一杯だった。

 右肩に深い切り傷がつき、仰け反ってしまう。

 彼はその隙を逃さず、ラッシュをかけた。

 

「まだまだァ!」

「………ッ!」

 

 攻防が一変し、ダフネが一気に劣勢となった。必死に防御しているが、体や防具に傷が増え始める。使いこなされた大剣を操られ、腕や足、脇腹や頬にも切り傷ができ、追い詰められていく。

 彼女も一方的にやられているわけではない。防御のみならず、攻撃もしっかりしており、隙を見て何度も斬撃を与えていた。

 それでも、チャンドラの勢いが止まらない。

 あらかじめ、防御は捨てていると思えるほどに。大きな刃を振り被り、攻撃的な姿勢を見せ続けていく。

 彼女は反撃の機会も失われていき、後退されていた。

 その道のりに、血が残されていく。

 まるで、赤い道を作るかのように。

 どちらかの血が尽きるまで、戦いは終わらない事を告げるかのように。

 これはもう、壮絶な戦いだ。

 それはダフネにとって望まない展開。

 有利である脚の速さが、活かせないから。

 しかし、連続突きを放とうが斬り刻もうが、相手を止められない。逆に、こちらが傷を貰ってしまう。

 体に傷が増えるたびに、力が入りにくくなる。意識も飛びそうだ。彼の猛攻に、耐えきれそうにない。

 

「ガフッ……ッ……コン、ノォッ!」

 

 彼女は必死になって剣を薙ぎ払い、無理矢理離脱して距離を取った。これ以上無理に動けず、意識が飛びそうな所で歯を食いしばっている。

 彼も無理に突っ込まない。それどころか膝が崩れそうになり、大剣を地面に突き刺して、体を支えた。

 両者息が荒く、口が、体が、地面が、血で汚している。

 顔も痛みで歪んでおり、すぐにポーションなどの類で回復しようと計る。この隙を狙われるかもしれないが、相手も同じことを考えていた。口に含んだ血の味がするポーションを飲み込んで、命を繋ぎ止める。

 相手もまたポーションを飲み込むが、まだ回復が十全でもないにもかかわらず、大剣を引き抜いた。

 それも当然、チャンドラにとってこれはチャンスである。ここで弱っている幹部格を倒せれば、戦局を有利へと変えられるから。

 しかもダフネは片手剣である細剣を、チャンドラは両手剣である大剣を武装していたため、一撃の重さがその武器の性質の元、彼の方が上であった。

 同じ回数分攻撃を受けると、耐久値の差も相まって、ダフネの方が不利である。

 現に、ダフネの傷の方が深く入っていた。

 男はそう易々と、この状況を手放さない。

 

「ガハッ、……ゼェ、ゼェ、……悪いが、俺はそんな簡単に負ける訳にはいかねぇんだ!」

 

 血を吐き、呼吸を必死に整えようとしているも、彼には関係ない。

 大剣を番え、ダフネに突っ込んでくる。

 その眼には闘志を消しておらず、むしろ上等とばかりに燃えていた。

 彼女の想像以上の覚悟を持って、その状態で挑んでくるのであった。

 辛そうな顔もするも、ダフネも逃げずに、それに幾度となく応戦する。

 その度に、剣戟が、音が、血が、その場に舞い続けられた。

 それを見る人々が、熱狂するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンドラは、酒が好きだった。

 田舎者ではあったが、冒険者になれる実力はあった。

 ならばオラリオで稼いで、酒を飲みたいと。

 そして時間が過ぎていざオラリオに着いたら、何と『神酒』を司る神がいると聞く。

 早速その【ファミリア】に入団して、酒を飲んだ。

 最初の頃はまだ良かった。ソーマ様の目も濁り切っていない。順中満帆の日々だった。

 だが、すぐにそこは地獄へと変わってしまった。

 神酒によって人生を狂わされた者ばかりとなる。団長もそれを悪用している。

 それどころか、折角神酒を造るファミリアに入団したのに、酒もほとんど飲めなくなった。

 ――――だったら、下剋上だ。

 彼はずっと機を窺っていたのだ。ザニスを倒すために。

 ダンジョンに明け暮れる日が多くなり、虎視眈々と力を蓄えていく。

 Lv.2になった時は、喜んだ。

 だが、まだ足りない。あともう少しの筈だ。

 その努力が報われる日が近いと信じて。

 そんな日々を過ごしていた結果、遂にその時が来た。

 馬鹿高い奉納金を支払ってステイタス更新した時、数値を見た彼は思わず小躍りした。

 ステイタス的にはもう、ザニスの目と鼻の先。勝算もある。

 後は計画を練て、ザニスを倒すのみ――――となる筈だった。

 しかし、予想外の出来事が起きる。

 決行しようとした日取りより前に、今回の『戦争遊戯』が発生したのだ。

 このままではザニスを倒すどころか、【ソーマ・ファミリア】そのものが消失してしまう恐れがある。

 それは流石に駄目だ。共倒れしてしまう。

 俺はまだ、満足に酒を飲んでいない! それに、ソーマ様に対する恩義もまだだ!

 この【ファミリア】に転機といえる何かがあれば、変われる筈なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 己の【ファミリア】の消滅は望まず、改革のみを望み、この戦いに没頭するチャンドラ。体力が尽きるまで果敢に攻め、武器に軋みが生じようと振り回す。

ダフネもまた応戦し、それを凌ぐ。

 お互いぶつかり合い、剣が悲鳴をあげるかのように間高い音が鳴り響く。

 チャンドラにとって技術面が下でも、粘り強く立向かう。

 ダフネにとって力負けしつつも、技量によって攻め敗けない。

 両者の体に傷が増え、血も地面に垂らしている。

 草の色が赤くなり、まるで血の草原の上に踊っているかのようだ。

 血を流し過ぎた。体力の限界も近い。息が荒く、体も重く感じている。

 だが、引かない。

 ここで引いてしまったら、相手が他の所に行き、そこの負担が大きくなってしまうからだ。

 そのため、ここで倒そうと両者躍起になっていた。

 

「フッ!」

「ハァ!」

 

 互いの体を切りつけようとした攻撃は、攻撃によって相殺された。

 一進一退の攻防。

 幾度となく剣を交じわせ、拮抗する。

 蹴りや拳など時折出しているものの、両者には有効打にならなかった。

 勝つには、己の剣を信じるのみ。それに尽きる戦いだった。

 

「ウォオオオ!!」

「ハァアアア!!」

 

 何度目かわからない、力がこもった一撃の衝突。

 手が痺れ、感覚が失われ、音も鳴り響き、睨み合う。

 そしてそのまま、体が衝撃に耐えきれずに吹っ飛んだ。

 

「ガァッ!?」

「グゥッ!?」

 

 両者着地が出来ず地面に転がり、傷に障られて全身が痛んだ。悶え苦しみ、顔が歪む。そして、ゆっくりと立ち上がった。

 体がフラつき、息も絶え絶え。体力も無い。

誰もが見てわかる。次の衝突で、最後だ。

 二人も、それはわかっていた。

 だから、1滴残さずに振り絞った。

 フラついて、お互い体が前に傾いた瞬間。

 全力で、一直線で突っ込んだ。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」

 

 雄たけびを上げ、己を鼓舞した。

 気力を上げ、少しでも勝とうと勢いを増す。

 相手を倒そうと、力が強まる。

 体力を使い果たそうと、脚が動く。

 限界を超えようと、体が叫ぶ。

 そして、意地と意地がぶつかり合った。

 

「ッッ!!」

「ハァッッ!!」

 

 お互い剣を突き出し合い、その剣先から衝撃が伝わってくる。

 手が痺れて勢いに耐え切れず、剣が弾かれて僅かに後退した。

 だが、すぐに詰める。

 連続攻撃を繰り出し、互いの体に深い傷を付けた。

 苦痛で動きが弱まるも、削り合いに身を投じ続ける。

 かの闘国の戦いを剣で再現しようかと思えるほど、ギリギリのせめぎ合い。

 武器が相手の血で赤く染まっており、倒れるまで続いていく。

 ダフネはここで大きく空間を使って前後上下左右へと動きたいが、過剰なプッシュによって中々離脱が出来ない。

 一撃離脱が封じられ、真っ向勝負へと変えられる。

 彼のペースに飲まれ、目に血が入ろうと、それでも目を閉じずに耐え続けた。

 気合で剣を振り、声を上げ、相手の動きを予測して、切り払う。

 今まで積み上げてきた経験を、ここで出しきっている。

 体感ではどれぐらい時間が経ったのか分からないまま、斬り結び続けていた。

 腕が重く、武器より先に骨が折れてもおかしくない。火花が散り、手の感覚がもうない。

 これ以上の戦闘は、危険だ。本能がそう判断してくる。

 無意識にフラつく体を、脚を踏み抜いて必死に制御していく。

 もう、体力がない。

 

(も、もうここで……、決めるしかない!)

 

 そして遂に、ダフネが勝負に出た。

 チャンドラの剣を掻い潜ろうと、今度は彼女の方がダメージ覚悟で斬り込んできた。

 

「ギ、…フッッ!!」

 

 右腕に傷が付くも、止まらない。

 加速して、懐に潜り込むかのように剣の軌道を描く。

 彼女の剣が、トドメの一撃として大きく切り裂こうとした所で―――――。

 男が、大剣を振り上げた。

 

「ッッ!?」

 

 それに力負けし、彼女の剣が弾かれる。

 後ずさりになり、無防備な状態を晒された。

 男はこのチャンスを見逃さない。いや、見逃したくないと言った方が正しい。

 腕が悲鳴を上げ、防具も取れかけ、足もふらつくが、最後の意地を見せる。

 腰や手に力が入り、歯も食いしばって痛みにこらえ、そして、踏み込んだ。

 振り上げた大剣を、そのまま振り下ろした。

 

「オオオオオオオオォ!!」

 

 この後反動が凄まじい事になるが、もうどうでもいい。

 男は会心の出来だと、心の中では自画自賛していた。

 女はバランスを崩しており、避けられない。

 命中する。この一撃で、深い傷を負う。

 ここで戦闘不能にさせる程、見事なカウンターだった。

 ――――――だが、ダフネはそれを狙っていた。

 

「ここぉっ!!」

 

 瞬時に予備の長剣を腰から取り出し、もう片方の手で握り締める。

 そしてそのまま大剣の側面を弾いて、攻撃を逸らした。

 大剣は虚空を切り、静観した時間が支配する。

 その時間を破ったのは、唖然とした男の声。

 

「な、…にぃ!?」

 

 芯をずらされ、男は目を見張った。

 片手剣にはできて、両手剣にはできないもの。

 それは、もう一つ武器を使えるか否か。

 男が長年、両手剣を使っていた経験によって生まれてしまった故の、先入観。

 予備の武器があったとしても、それは主武器が壊された後に使うか、武器を取り換えて使うか。

 その先入観を、ダフネが突いたのだ。

 会心の一撃が外され、硬直するチャンドラ。

 その間に、流れに逆わらずに体を回転させて勢いを付けた。

 ダフネの剣が、さらに加速する。

 

「っ、しまっ――――」

 

 男がすぐに剣を戻して防御しようとするが、硬直してしまった時間分、間に合わない。

 そしてそのまますり抜け、チャンドラの胴体に深く斬りつけた。

 

「フッッ!!」

「グ、ガ、ァ!?」

 

 カウンター、からのカウンター。

 遠心力が加算された、強烈な一撃である。

 重い一撃が決まり、剣を振り抜いた格好でダフネは動きを制止した。

 息を乱し、血と汗が体に滲んでいる。腕もこれ以上満足に上げらえず、これが最後の一撃だった。

 チャンドラの方は体力の限界に達し、膝が崩れ落ちた。

 血で服が濡れ、意識が薄れゆく。ポーションの瓶が割れて偶然傷に掻かったが、それでも復帰できない。

 そしてそのまま、倒れ込んだ。

 眼が瞑目としており、体も動かない。事実上、ここで戦闘不能となった。

 その現実に、彼は血反吐と共に愚痴を吐いてしまう。

 

「ガ、ハァ………ハァ、ハァ、……クソッ、俺もまだまだだな。………畜生」

 

 読み合いを制したかと思いきや、さらに一歩上をいかれた。

 柄にも合わなくてもそれなりに奮闘したつもりだったが、届かなかった。

 喉も擦れており、あまり顔には出さないようにしているが、心の底から非常に悔しがっている。

 そんな倒れ伏している彼の姿を確認し、ダフネの方から称賛の声が出た。

 

「ハァ、ゼェ……いや…、アンタは結構粘った方よ…ハァ…」

 

 息切れになったダフネ。激闘の痕が防具や体にしっかりと刻まれており、血を流していた。色んな所が赤く染まり、今でも痛む。剣が摩耗しきっており、目が霞んで倒れそうになっても、踏みしめて耐えていた。

 それ程までに、追い込まれたのだ。

 それを聞いたチャンドラは少しだけ口元から笑みがこぼれ、ついに意識を手放し、気絶した。

 

 これにより、【ファミリア】幹部格同士の一騎打ちは、ダフネが制した――――。

 

 

 

 

 

 

 

『おおお!! 幹部格同士の戦いが決着したー!! 【月桂の遁走者】が、【ソーマ・ファミリア】の思惑を打ち砕いたー!! これは戦争遊戯そのものの勝利に貢献したのではー!?』

『これは―――――――――ガネーシャだ!!!』

『頼みますから真面目に解説してくださいガネーシャ様ァ!!!』

 

 声に更なる熱が入り、身を乗り出す実況者。ついには顔を赤くして席から立っており、余程戦闘に熱中していた事がよく分かる。

 民衆も拳を掲げて歓声を上げ、拍手を鳴らす者達もいた。

 そして、それはオラリオ最高戦力の一角、【ロキ・ファミリア】の中でも同じだった。

 

「すごいすごーい! 一時どうなるかと思ったけど、抑えきっちゃったよ!」

「うん。かなり接戦だったね」

 

 まさかの身内の裏切りにより、危険な所まで侵入された【アポロン・ファミリア】陣営だったが、ギリギリで耐えてみせた。

 ホームで観戦していたティオナは、その奮闘ぶりに目を輝かしている。

 今はそこまでではないが、当初ハラハラしており、「ヤバーい!?」とか、「危なーい!?」とか、声を上げて周りを巻き込み騒ぎまくっていた。

 その隣に座るアイズの金髪が少し乱れているが、彼女自身も『鏡』の中の映像に釘付けになっている。

 

「これは……、戦う場所が違ったら、【月桂の遁走者】は負けていたかもしれないね」

「え、そうですか団長? 私から見たら、そこで戦っても問題なかったと思いますけど」

 

 アイズ達が『鏡』の真ん中に陣取っている中、背後でフィン達がダフネ達の戦闘の感想を述べていた。

 丁度今、フィンの推測にティオネが首を傾げている。

 

「彼女と戦った彼は、彼女の戦闘の基本であった一撃離脱を封じるため、あれほど無茶な力業をして戦っていた。だけど、もし二人共落下せずに石橋の所で戦っていたら、どうなっている?」

 

 フィンはそれを逆に問題みたいな形でティオネに尋ね、その周りに聞き耳を立てていた者達も面白げに見ている。

 そしてすぐに、彼女は納得した顔をした。

 

「……そういう事ですか。そこで戦うと、石橋の左右の幅が狭い分、空間自体に制限が掛けられてしまいますね」

「そうなると、彼女が先程やった一撃離脱をする時の方向が限られて、動きがより読まれやすくなるな」

「そうじゃとすると、相手はあんな無茶をしなくてよく、もう少しまともな戦いをしていた、という事じゃな」

「ああ。僕の考えは皆の言った通りだ」

 

 ティオネ、リヴェリア、ガレスの順に考えを述べ、フィンもニッコリと笑う。

 (チャンドラ)の戦略自体は悪くない。石橋から落下した時点でダフネ一人を落とせれば、そのまま突き進むだけで良い。無駄な体力を浪費せず、次の敵と戦える。

 ただ誤算だったのは、【アポロン・ファミリア】の対応が早かった事と、【月桂の遁走者】の粘り強さだ。

 その結果、道連れとして落下してしまい、不利な場所で戦う破目になってしまった。彼自体の強さに驚きはしたが、彼女の方が辛くも競り勝った。

 もしそこに何かが追加されていたら、結果は異なっていただろう。ただ、その意見に反論はあるけども。

 横からベートが、フィンに食ってかかってきた。

 

「じゃあフィン、あれか? アイツが落ちる直前に、執念で相手の腕を掴んだあの時点で、勝負は決していたとでも言いたいのか?」

「いやまさか。落ちた後、途中から彼女の一撃離脱を封じるのみと考えていなければ、勝算は上がるよ。さらに言えば、そこで魔剣とかより良い武器とか防具とかあったら、6割方彼が勝つだろう」

「…はっ。フィン、テメェの目「言い忘れていたけど、これは士気に関しては無視している。あの戦いは、彼自身が何かしらの威信をかけて戦っていた事はわかっている。その士気が高かったからこそ、【月桂の遁走者】をあそこまで追い詰めた、と僕も思っている」………」

「それに、彼女の方も最後に技量と気力を振り絞っていたから、それが一番要因だろう」

「……分かっているんだったらいい」

「いや、僕も説明し損なって申し訳ない」

 

 だが、すぐに【勇者】の反論によって熱を抜かれてしまい、大人しくなった。

 その様子を見て、ティオネは苦笑いしており、ガレスとリヴェリアは意外そうな表情に変える。

 

「ほお。ベートが食ってかかってきたと思ったら、すぐに引っ込んだか」

「いつもはこうなると長引くんだが、今回は珍しいな」

「となると…」

 

 二人はすぐに先程の反応から、事情を知っているであろうティオネに小耳で話してきた。

 

「先程戦ったあの二人のどちらかの方で、何かあったのか?」

「…言われて思い出したのじゃが、つい最近の合同だった『強制任務』で、【月桂の遁走者】の名があったな。もしや、メレンで何か?」

「あー、えっと…、ヴィーザル様関連の話は聞いていますよね。その時ベートが昔の方の二つ名で戦ったんだけど、その決意表明の時にヴィーザル様の他に、あの子が居て……」

 

 ティオネにそこまで説明した所で、二人はベートの心情に察しがついた。

 

「成程。あの子に借りだ、と思う所があったか」

「やはり不器用じゃな、ベートは」

「…おい、ジジイにババア! 聞こえてるぞ!」

 

 バッチリ獣人の耳で会話が聞こえ、声を荒げて文句を言うが、二人にやれやれという形でスルーされてしまう。

 普段から威嚇しても効果はないからか、舌打ちした後すぐに引っ込み、『鏡』の方に集中する。

 追い駆けっこをする二人のルアンや、そのルアンを探すベルなど次々に映し出される。しかし、ベートはどの映像にも関係なく、何かを探すかのように目を凝視している。

 ティオネもまた、気になっていた疑問をフィン達に呈していた。

 

「…そういえば何ですけど。初っ端のあの炎の砲弾って何ですか? よく分からないんですけど」

「うーん。それが、僕も半分しか分からないんだよね」

「半分?」

「ああ。恐らく【ソーマ・ファミリア】の団長が透明になって、魔剣か何かを使って放ったと思っている。しかも、それは生半可じゃない、強力な魔剣でね」

 

 フィン達はメレンで【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィ・アル・アンドロメダが製作した『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』が、ザニスに奪われたことを知っている。一応その場にアルベラ商会会長であるアルベラもいたが、そちらはもう捕まえている。かなり調べたが、それが手元にない事が判明したため、自動的にザニスが持っている事と断定した。

 ベートも今まさに、それを探している。いろんな場面を映し出される度に、背景の隅々まで。

 だが、見つからない。

 音も聞こえず、気配も感じ取れないため、探すのに『鏡』の映像だとより困難を極めていた。

 それが、あの現象を説明できる半分。

 もう半分は、その威力を出せる物が分からない。

 

「もしかして、椿の魔剣か? 彼女も【ヘファイストス・ファミリア】所属だから、盗まれたというのは……」

「……いや、儂の見立てでは、それ以上じゃ」

「……………ふむ」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランド。

 Lv.5のハーフドワーフの女性であり、オラリオ最高の鍛冶師。

主神と同じく眼帯をしているが、神に近づかんとその腕に磨きがかかっている。

 東洋の人間の血を受け継いでおり、身の丈は170 cm。ドワーフは大抵、短足短腕であるため、一部のドワーフ達からは妬まれているらしい。

 ただ、ガレスはドワーフではあるが、椿と直接契約を結んでいた。この中では椿は勿論の事、造る武器も一番良く知っている。なのに、それ以上の威力を持つと断言したのだ。

 フィンとリヴェリアが考え込み、ティオネが開いた口が塞がらず、言葉を失っている。

 

「それ以上の魔剣となると……もうラキア王国の伝説の魔剣、『クロッゾの魔剣』しかない」

「…というより、むしろそれだろう。あの一撃は、オリジナルの魔法を超えている」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? そ、そんな物、どうやって手に入れたんですか!?」

 

 『クロッゾの魔剣』の事だけでも驚きだが、ラキア王国にある物が何故手に入れたのか理解できない。ティオネは頭の中が混乱しており、正常な判断ができていなかった。

 まあ、フィンの一言ですぐに冷静にはなるが。

 

「見つけた事自体は偶然だけど、他と同じく盗んだんじゃないかな?」

「それが妥当な線じゃな」

「……オラリオもやっぱり、魔境ですね」

 

 どこかの【ファミリア】が、ラキア王国から奪った『クロッゾの魔剣』がある事を隠していたと考え、その事でオラリオがいかに桁外れの力を持っていたのか理解せしめられた。

 ティオネは気が抜けたまま再び『鏡』の方に目を向けようとすると、そこで焦るカサンドラの姿が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団長様、団長様!? お願いです、早くお逃げください!?」

「しつこいぞ、カサンドラ!」

 

 城の頂上に近い部屋、『王座の間』。

 そこで、王座に座るヒュアキントスに、ロングスカート型の戦闘服を纏う長髪の少女、カサンドラが呼びかけていた。

 戦闘が始まる前の早朝から何度もヒュアキントスにこの玉座から離れるよう進言しているのだ。必死に取りすがってくる少女の姿が、余りにも弱腰すぎるその姿勢が、彼の癇に障っていた。

 

「どうか、どうか私の言葉を信じてください……! 昨晩、新たに見た夢のお告げが…!」

「黙れと言っている! 寝言も大概にしろ!」

 

 腕を振り払い、彼は激昂する。

 

「貴様は聞いただろう! 先程北側をほぼ抑えているという事を! 空中廊下の石橋の所から先も侵入を許していない! いい加減、その弱気を何とかしろ!」

 

 主神に大将を任された自分が無様に逃げ出せるわけがなく、そもそも負ける筈がないと訴えを撥ねのけた。

 

「貴様は見ただろう! ここにいた精鋭達も何人か援軍に向かわせた! 今残っている者達だけでも、過剰戦力だ! 問題は何もあるまい! ここに来ても、返り討ちだ!」

 

 王座に残る、ヒュアキントスが直々に選定した者達。7人程だが、全員ランクアップを果たした者達であり、1 vs 1でもザニスに勝てるだろう。

 そんな彼らの前にカサンドラは泣きそうな顔を浮かべ、恐る恐る足元を見た。

 床を見下ろす彼女は、まるで耐えきれないかのように自分の体を両手で抱く。

 

「あ、ああぁ……あああぁ」

 

 顔を蒼白させ、いよいよ怯え始めるカサンドラ。

 苛立つヒュアキントスが彼女を退けようと命令を下そうとした所で。

 彼女は呟いた。

 

「炎が……」

「炎、だと?」

 

 カサンドラの呟きに、ヒュアキントスは鼻を鳴らした。

 顔を横に向け、部屋に張り巡らされた窓の外を見る。

 

「……確かに、北側の城壁の一部が燃えている。だが、それだけだ。こちらまで届く所か、北側の戦闘にまで支障はないぞ」

 

 ヒュアキントスはせせら笑い、あれがそこまで怖いか、と小馬鹿にしようとする。

 しかし、少女は頭を両手で掴み、蒼白になったまま唇から呟き落とした。

 

「違います………。炎が、昇る……」

「……何?」

 

 言っている意味が分からず、「もう少しまともな事を話せ」と言おうとした、その刹那。

 床が罅割れ、赤い光が漏れだした。

 

 

 

 

 

 

 動かなくなったチャンドラを見て、ダフネの口から安堵の息がこぼれる。

 紙一重の勝利。

 勝ちはしたものの、非常に苦戦を強いられていた。

 ポーションを取り出し、すぐに傷を回復する。

 

(とりあえず、要注意人物は倒したわ…)

 

 落ちてきた橋を頭上から見上げる。戦いの音が聞こえない。

 団員の一人が手を振っており、何とか凌ぎ切ったというジェスチャーを送っている。

 

(誰もあの橋を渡り切っていない。抑えきった…)

 

 まさか開始早々攻め込んでくるとは予想していなかった。

 完全に虚をつかれたが、どうにか踏ん張った。

 

(後は、向こうの団長とやらを見つけて倒さないと……ッ!?)

 

 もしかしたら潜んでいるかもしれないザニスへの警戒のみと、すぐに持ち場に戻ろうとした時。

 後方、いや上方からついさっき聞いた爆音が、再び聞こえた。

 

『ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン!!』

 

「……えっ!?」

 

 悲鳴に近い声が漏れ、思わず振り返る。

 そんなまさかという思いで見た光景は――――破壊された跡であった。

 瓦礫の雨が降って来て、すぐにその場から離れて避難する。先程の音が幻聴でない事が知らされてしまう。

 あちこちで騒めきが聞こえ、指を指して瓦礫が降ってきた方向に視線が注目している。

 その視線の先は、跡形もなく無惨な光景が見える、城の頂上の部屋―――――『王座の間』。

 灼熱の砲撃が、ヒュアキントス達がいる部屋に炸裂したのだ。

 

 

 

 

『なっ……、何だ今のおおおおおおおおおおおーーーッ!?』

 

 実況が、民衆が、港町が、バベルが、絶叫に包まれた。

 

「すげぇ!? 今の何だ!?」

「さっきの炎の砲弾だぜ!?」

「もう一発撃てたんだ!」

 

 広間の中で湧きに涌くすべての神々。

 突然再び現れた巨大な炎の砲撃に、驚愕の声と歓喜に包まれる。

 

「な、何だ、と……!?」

「…………!!」

 

 主役である筈の主神二人もまさかの展開になり、目を見張る。

 開いた口が塞がらず、『鏡』にかじり付いた。

 

「へ、ヘファイストス。また何か、誰もいない所から……」

「あの威力は……。…やっぱり、『クロッゾの魔剣』ね」

「え、ファイたん今なんて?」

 

 ヘスティアも何が起きたのか理解していないが、隣に座るヘファイストスは砲撃の正体を理解する。さらにその隣に座るロキは、鍛冶神から何かとんでもないワードが聞こえ、冷や汗を掻いた。

 ここに来て、まさかの【ソーマ・ファミリア】の大逆転勝利―――――。

 民衆も、神々も、そう頭の中で過ぎった。

 すると、『鏡』の映像からそれを否定するかのように、瓦礫の中から出てくるヒュアキントスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーっ、はぁー………っ!?」

 

 石材の破片を取り除いたヒュアキントスは、全身を発熱させる。

 『王座の間』は、消失。

 他の者達は無事なのかわからない。

 

「な、何だ今のは!?」

 

 直前に見えた光の方向から、直下より砲撃されたと考えていた。

 つまり、そこまで敵に侵入されていた、という事だ。

 しかし、理解したのはそこまで。

 火力がいくら何でも強すぎる。【魔法】だとしても、魔力を一切感知できなかったのはおかしい。

 それに、誰にも見つからずに辿り着けたという事も、納得いかない。

 

「カサンドラ!? 皆の衆!?」

 

 怒りと混乱に感情が支配されるまま団員達の名前を呼ぶが、返ってくる返事はない。

 マントの裾をボロボロにさせ、汚れた髪を振り乱しながら喚く。

 『玉座の間』に赤い光が漏れだしたとき、彼はカサンドラに体当たりされ、窓を割って宙に放り出された。

 間置かず大炎がヒュアキントスの視界を塗り、弾け飛んだ無数の破片と共に地に墜落したのだ。今は周囲が瓦礫の山と化し、視界を遮る膨大な砂煙が充満している。

 

「何処だ!?」

 

 周囲で残っているのは自分のみ。その事実で、ヒュアキントスの精神の均衡が崩れる。

 乱心したかのように勢い良く抜剣し、何度も体を回転させて周りを見渡す。

 波状剣を握る手に汗が掻く。心臓が荒れ狂い、思考が平静にならない。

 この煙に身を潜め、このヒュアキントスの首を狙っているのか。

 やがて、上空の太陽の光が砂塵を切り裂き、徐々に散らしていく―――――その時。

 揺れる空気の流れ。

 背後の煙の奥で、駆けてくる音が聞こえた。

 

「―――――そこか!!」

 

 全身がわなないて、振り返る。

 煙を突き破って、姿を現す――――――――かと思いきや。

 誰も、出て来ない。

 

(いない!? まだ来て――――――ゥッ!?)

 

 もう一度周りを見渡そうとして、目の前を無防備にしたヒュアキントスに。

 その腹に、刃物で刺されたかのような激痛が走った。

 

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