高砂智恵は、あるお得意さんを待ちわびていた。
新刊を綺麗に陳列し終わると、高砂智恵はレジ前の椅子に腰を下ろした。
今日届いたばかりの新刊を陳列する作業がようやく終わったのだ。カラフルな手書きのPOPがたくさん飾られた、他のコーナーよりも明らかに気合の入っているライトノベルコーナーにその新刊はめでたく仲間入りしたのだった。
智恵はいそいそと卓上ミラーを取り出すと、髪の毛の乱れをチェックする。手ぐしで整えた髪がふわりと舞い落ちた。
「うん! 今日も完璧だ!」
満足げな笑みを浮かべ、元気良く立ち上がった。
この書店の看板娘である智恵は、明るい接客に気さくな性格、そしてどんなジャンルの本にも精通している知識のおかげで常連さんたちから大変評判が良い。
そんな彼女がさらに明るく店番をこなす日がある。それは山田エルフ先生と千寿ムラマサ先生の新刊が発売される日に限る。
なぜならば……。
智恵がはたきを持って最後の仕上げをしていると、お店の自動ドアが陽気に開いた。
「いらっしゃいませー! ムネくん」
「よっ、智恵。目的のもの、入荷してるか?」
「ふっふっふっ。安心なされよ。出来立てホヤホヤですぞ」
ほれほれーと歌いながら、智恵はクラスメイト兼お得意さんである和泉正宗をライトノベルコーナーへと連れて行く。
「おおー、今回も気合の入った飾り付けだな!」
「そりゃあね〜♫ なにせ二人の先生の新作発売日が一緒なんだから」
「そうなんだよ! どっちから読もうか心底迷っちまうぜ」
正宗は二冊の表紙を見ながら無邪気に笑った。
「でもさ、ムネ君どっちの先生とも知り合いなんでしょ。買ってくれるのはもちろん嬉しいけどさ、貰えたりはしないんかい?」
智恵は前から疑問に思っていたことをぶつけてみた。
正宗は少し考えた後、気まずい顔をする。
「俺が言えば多分くれるだろうけど。だけどな、俺にもプライドというものが少なからずあってだな」
「ムネくんからプライドという言葉が発せられるとは。でもねー、こうして買いに来てるけどねー」
変なのーと智絵はケラケラとあざ笑う。
「だって、面白いんだから仕方ないだろうが!」
「そこはボクも同意しますよー。だ・か・ら、ムネくんの新作がすでに隅っこに移動されてしまったことには怒らないでねー」
「あー!? ほんとだ、俺の本がいつのまにか……。まあ、……今回はもったほうかもな」
智恵は正宗の肩に手を置いた。
「そういうポジティブなところ、好きだぞー」
「はいはい、ありがとさん。慰め嬉しいわ。それじゃあ気持ち切り替えて、買わせていただきますか」
と正宗が二冊の新刊を手にしたところで、彼が思わず噴き出した。
「どうしたの?」
「いや、先月の出版社での出来事を思い出しちゃって。この本のことで、山田エルフ先生と千寿ムラマサ先生が喧嘩したんだよ。発売日が被ったのは意図的だの、営業妨害だのってな。なだめるのすごく大変だったんだぜ。そんな争いを間近で見てるから、こうして書店で無事に並んでるのを見ると何だか可笑しくってさ」
苦労話を語る彼の横顔はどことなく楽しそうに見える。
「へー。ムネくんが仲介役をねー。ついこの前まで小説バトルしてたくせにさ」
「同じ業界のライバル同士とはいえ、二人は紗霧の友達でもあるしな。兄貴として仲良くしないわけにもいかないだろ。それにこの前一緒に合宿にも行ったって話しただろう。それで仲良くなったのもあるかもしれない」
「合宿とな!? 聞いてない! はっ、まさかムラマサ先生も!?」
「あ、ああ、もちろん。あれ、言ってなかったか」
合宿することになった経緯や島ではどんなことをしたのかを正宗は説明した。
「二人の先生たちと、ずいぶんとまあ親密なんですね」
有名なライトノベル作家たちが集まったのである。智恵の反応があまり良くないのも納得で、さぞや羨ましいのだろうと正宗は思った。
「分かったよ。不定期だけど俺んちで集まることがあるから、次回は智恵も呼ぶ! ラノベの話、たくさんしよう。きっと楽しいぜ!」
「……ボク……ひと………………けどな……」
「ん? なんか言ったか?」
智恵は首を横に振り、いつもの笑顔に戻ると、顔の前でピースした。
「待ってるよん♫」
明日もまた買いに来てねーといつもの営業挨拶を放ち、正宗を見送った。
ふたたびレジ前の椅子に座った彼女は、レジ台に突っ伏した。ちなみに、他にお客が誰もいないことは確認済みだ。
「……先生がたも。きっとご苦労されているのだろうねー」
人前では見せない、少しふくれっ面の智恵。
智恵は慣れたように引き出しの中から一冊の本を取り出した。
それは先ほども正宗と話題にしていた和泉マサムネ先生の新刊だった。すでに九回の読了。そして十周目に突入中なのだ。
隅っこに追いやったとおり、本の評価は彼女の中でそれなり、であった。だからこれよりも面白い新刊はたくさんある。にもかかわらず、つい手に取ってしまうのは、彼女なりの理由があった。
読んでる間、なんだかムネくんとおしゃべりしてる感じがするんだ♫
まるで最高に面白いラノベを読んでいるような、楽しそうで幸せそうなスマイルが卓上ミラーには映りこんでいた。